四-二
リューガには、「憑依」の他に三つの異能を有していた。
あらゆる物・ものを打ち毀す「破壊」、
同じ種族に限り、肉体の寿命を取り込む「寿命吸収」、
そして、命ある物を、別の命ある物へと改める「生物変化」。
この地ー1080の世界では「破壊」と「寿命吸収」は発動できなくなっていた。神々が妬いているのか、いたずらしたのか、なぜなのか分からない。
「この変態行使者を、鶏へ!」
りゅーがブルーの血を汚らわしい指ですくおうとした黒い奴を、黒いくたかけに改めた。
「この辺に、鶏が神の使いの神社があるんだってな」
行使者の首を鷲づかみにし、りゅーがブルーは唯音の記憶による情報を聞かせてやった。
「どいつの血でキャンパスを水浸しにしたんだ? まともに逝けると思うなよ」
羽をばたつかせるくたかけに、ドライヤー型のピストルを押し当てた。いおんブルーの発明品「沖つ青波」である。普段は護身用だが、戦闘では青い空気砲を撃てるとのこと。
「必殺技をぶちかましてやりたいけど、俺には使えねえようだ」
トリガーを何度も引いたが、弾が発射されない。ピストルがりゅーがブルーを拒んでいるようだった。あくまでいおんブルー専用なのだろう。
「ちょうどそこに先生がいるから、性根を叩き直してもらえ。真面目に生真面目な、かいけつ金時女史にな!」
卒塔婆にかかと落としをしかけていた女史に、くたかけを放り投げた。
「いいいい、痛いのですよ!」
「そいつが犯人、俺の膝をなでくりまわした筋金入りの助平だ」
目を回したらしきくたかけに、腕章の女史は平手打ちして強制的に起こした。そして、
「そこになおってください!!」
卒塔婆と卒塔婆の間にねじ込んだ。
「仁科さんとリューガさんに不快な思いをさせましたね!」
五体を震わせて、雷を落とす。効果は絶大だ (りゅーがブルー推測)。
「あなた、度を越した迷惑をかけているのですよ!!」
虫の居所が悪くて、また、やつあたりで、叱っているのではない。これまでの悪行に気づいてもらうためだ。
この世に地獄があれば、すぐさま悪行と同等の苦しみを受けさせられるのに。いや、同等、はなまぬるい。輪廻から外れろ。二度と世に在ろうとするな。何も犯していない風に装って、のほほんとした生を送っているのが、許せない。
「大学に侵入して洪水を起こし、多くの方々を逃げ惑わせ、『呪い』に必要な血を取るため学生に接触しました! ここに来るまでに、自分以外の血を使いましたね!? 卒塔婆に塗った血は、おそらく鳥か野良猫ですよね!」
捕まえたら主任に引き渡し、『呪い』とそれに関わる記憶等を封じるほかに、警察に通報しなければならない。
「地獄の炎に焼かれるだけでは、全然足りません!!」
腕章をつかみ、くたかけに力強くかざした。
「寄物陳呪・輪廻腕章、流転之縁起之純粋悪・人間道!!! 与えられる限りの責苦を与え、生涯悔いても緩めない縄をこの方の心に!」
数千年以上、善と対になる行いをはたらいてきた存在がある。名を人間。他を傷つけ、自身をも痛めつける。早くて三、四歳で悪を知る。そこから骸になるまで、深みにはまる者と、足を洗い想像するだけに留める者に分かれてゆくのだ。
「私もいつか地獄に参ります、傲慢なことは分かっているのですよ!」
神や歴史が戒めても、人間から悪は取り除けない。悪意を抱かずに生きてはいけない。ゆえに人間は刃を持つ。身の回りにある物で他の命を絶つ。己が手足、口舌、生殖器等を以て、他を殴り蹴り、罵り蔑み虐め、尊厳を奪い、欲を満たす。
「お天道様、仏様が見てみぬふりをしているのですから、無くならないじゃないですか! 反省できもしないあなたのすることは、これからも善を背きます!」
いかなる色にも戻れない暗黒が、くたかけを含み、咀嚼する。りゅーがブルーは、戦慄を通り越して茫然とさせられた。
「行使できて、優越感に浸りましたよね? これがあれば弱い方をもっと痛ぶれる。強い方へは屈服させられる。そういうあなたに、分かっているけど遠ざけてきた事実を伝えます! あなたは救いようもなく弱いのですよ!!」
紘子が解釈した六道の奇跡が、卒塔婆の行使者を吐き捨てた。「生物変化」が解けた行使者が、悲鳴をあげて痙攣している。身につけていた物を剥がされた行使者は、大きな身体だったのに、みじんこのようにも見えた。
「そりゃ封印しねえとな……でないと」
紘子自身も、苦しめられる。
りゅーがブルーの口から、ぽろりと金印がまろび出た。どう使うかは聞いていなかったが、鈕を持ち、濁った水の中を、ひたすら進む。
「紘子! 悪を嫌うな!」
生真面目でいるのは、悪意・悪行から手を引けない自分と他人を律するため。本当の紘子は、型にはまらず、悪に「まあいいや」とゆるく流せる性格のはずだ。
「寄物陳呪・金印、おたすけ一筋!!」
印に刻まれた文字が、りゅーがブルーを借りて言葉にした。空満神道における「人を助けること」が、純粋悪を吸収する。他者に危害を加えた人間には「次はしてはならぬ」と、地獄を突き詰める人間には、「いま一度考え直しなさい」と金印は諭す。
「りゅーがブルー……さん…………?」
人心地ついた紘子の肩に、りゅーがブルーはそっと手を添えた。
「災いは収まった。ヒロインズを呼ぼう」
腕章の女史・紘子の表情が、和らいだ。