四-一
「走りながらで失礼致します! 本居さん、『宇治拾遺物語』巻二ー十二、唐卒塔婆血付事を要約してくださいますか!」
当てられた黒縁メガネの女子学生は、最後尾でつらそうに腕を振っていた。
「ひろこっ、ゆうひは答える余裕ねえぞ。ふみかにしとけよ」
「ちょっ、どうして私なの!?」
恨めしげに華火を見つめ、ふみかはしかたなく代わりにまとめた。
「唐の山のふもとに住むおばあさんが、頂上に立っている卒塔婆を毎日見に行くの。卒塔婆に血が付いた時、山が崩れて辺りが深い海になるって言い伝えを信じていたから。わけを聞いた若い男たちが、いたずらで血を塗りつけたんだ。おばあさんは驚いて、近隣の人たちに逃げろと叫んで山を去った。すると、言い伝えの通りになり、おばあさん笑っていた人たちは災いに巻き込まれてしまった。はあ、はあ、疲れた」
「大和さん、よくできました! 卒塔婆が門になっている、いたずらで塗った血は犬または鶏のもの、など、多少異なる点がありますけど、漢籍『淮南子』、『述異記』、『捜神記』にみられます! また、『今昔物語集』に類話があります!」
紘子は先頭を維持していた。息づかいは教壇に立っている時と変わらなかった。それもそのはず、彼女は高校時代に長距離走の新記録を叩き出していたのだ。現在も破られておらず、環境さえ整っていれば陸上競技の世界で名を馳せていただろう。「こんな町さ嫌だ」と思わずこぼしたくなる田舎育ちと、都市部の大学陸上部のやっかみさえ無ければ……遺憾なり。
「キャンパス荒らしは、自作の卒塔婆に血を塗って、水を引いているのですよ! 私が責任を持って止めに行きますから、『日本文学課外研究部隊』の方々は避難誘導をお願い致します!」
華火に伴走していたリューガは、憑依した女性の薄いわき腹を押さえた。
「共闘はどうしたんだ。先生と相性が悪い奴なんだぞ」
「サポートはしてもらいます! ですけどけど、前線に学生を向かわせるわけにはなりません!」
「あたしだけでもだめなのかっ?」
自分を追い越しそうな華火に、紘子はさらさらの髪を振った。
「信頼しているからこそ、行かせたくないのですよ! 相手は姿を巧みに隠しています! 血液を使う術ですから、けがでもしたら利用されるかもしれません!」
「今回ノ相手ハ、凶悪クレイジーっス!!」
リューガは口に出さないで、萌子に「すまん」と言った。リューガと華火以外は、安達太良まゆみの力が「引い」てきた現象だと認識している。
日文教員の異能と、裏の仕事は、紘子と華火の隠し事だ。無理があるかもしれないが、かつての仲間の秘密は守ってやりたい。もちろん、今日出会ったふみか達も大切である。
「道が濡れています! ここまで水が来ているのですね!!」
紘子と「日本文学課外研究部隊」は、A・B号棟前広場に着いた。真ん中に複数本、赤黒い液が滴る卒塔婆が立っている。そこから濁った水がじわじわ湧いていた。
「それでは、参りますよ!!」
華火、ふみか、夕陽、萌子が臨時顧問の前に並ぶ。
「リューガっ、ボサっとすんな!」
「おう……!」
華火に腕を引っ張られ、青いヒロイン服を着たリューガも隊列に入った。
「やまとは国のまほろば! ふみかレッド!」
「原子見ざる歌詠みは、りゅーがブルー! ……で合ってるか?」
「おうよ、ばっちりだっ! 花は盛りだっ! はなびグリーン!」
「言草の すずろにたまる 玉勝間、 ゆうひイエロー!」
「こよい会う人みな美シキ☆ もえこピンク!」
『いざ子ども 心に宿せ 文学を! 五人合わせて……スーパーヒロインズ!』
乙女達よ、そして異界より訪れた鶏の子よ、嫗が恐れた災厄から学び舎を守れ。
ーいざ、戦闘開始!
「ふみかレッドさんとゆうひイエローさんは、外に出ている方、A・B号棟内に残っている方をA号棟の四階へ避難させてください! りゅーがブルーさんは、はなびグリーンさんともえこピンクさんと広場の封鎖、および購買部にいる方をA号棟へ導いてください! 封鎖については、自転車置き場付近の警備員にお願いするのですよ! 私は卒塔婆を折ります!!」
『ラジャー!』
「ラジャー……って、待て!」
りゅーがブルーが、二歩で急停止した。
「地獄道が不利だからって、素手で戦うつもりか」
「そうですけど?」
漆黒の上着を脱いで腰に巻き、紘子が答えた。
「あ! 流転之縁起之純粋悪ですよね!? 気合いで出したいですけど、へし折るのが早いと思ったのですよ!」
購買部の出入り口ではなびグリーンが、紘子とりゅーがブルーをちらちら見ていた。
「地獄道で行使者を懲らしめるか、『呪い』を圧倒するかしたらこちらのものなのですよ! ですけどけど、あぶり出せないじゃないですか、洪水じゃないですか! もう肉弾戦しかありませんよね!?」
紘子は、ずぶずぶ卒塔婆へと走る。学生のためなら、たとえ火の中水の中、か。
「本当に水の中じゃないか!」
追いかけるりゅーがブルー。急いでいるものの、細長い足は鈍るばかりだった。心と身体がかみ合わないため、彼はつまずいてしまった。
「青りゅー、喫煙所っ、右だっ!」
はなびグリーンが叫ぶ。憑依した女子大生の言葉を借りるなら、三時の方向に黒いだるまが接近していた。上下一式の黒いレインコート、黒の目出し帽で正体を隠した曲者が、水上を器用に移動する。
「こいつが犯人か、ぐッ!!」
曲者はりゅーがブルーを取り押さえ、膝に手をのばした。狙いは擦り傷の……血。黒い長靴の底にくっつけた卒塔婆に塗られては、まずい。
紘子は猪武者のように広場の卒塔婆へ突進している。ふみかレッドとゆうひイエローはA号棟内か。もえこピンクは混乱している人々を落ち着かせているのに必死だ。はなびグリーンは、動画を撮りたいがために避難しない男子学生(股間を今すぐ蹴ってやろうか)に手がかかっている。
「マリンダ流なら、乾坤一擲だな……」
変態行使者の好きにさせてたまるか。りゅーがブルーは、この地で未だ発動を試みていなかった能力を口にした。
「生物変化!!」
はなびグリーンは、いおんブルーのことを「青姉」と呼んでいます。いとこのお姉さんですからね。
りゅーがブルーになると「青兄」ではなく「青りゅー」と呼びます。「せいりゅう」ではありません、「あおりゅー」です。
ちなみに、各ヒロインの仲間達への呼び方は、下記の通りです。
ふみかレッド:ブルー、グリーン、イエロー、ピンク、まゆみ先生
いおんブルー:赤さん、緑さん、黄色さん、桃色さん、まゆみさん
はなびグリーン:赤、青姉、黄色、桃色、まゆみ
ゆうひイエロー:レッド、ブルー先輩、グリーン、ピンク、安達太良先生
もえこピンク:レッド隊長(または隊長)、青センパイ、みどりん、黄色センパイ、まゆみセンセ(またはセンセ)