二
夢は、パラレルワールドをのぞかせてくれる窓なんじゃねえかって思う。
ジェットコースターのレールを走って、空を跳んでる。月夜に火箸を投げて、悪を倒してる。サイコロの覆面集団に追いかけられるあたしもいた。
最近のあたしは、演劇部なんだ。シンバルだかカリンバだかマリンバだか、楽器みてえな名前の貴族役をもらってた。「トパーズの盟友」ってタイトル、ソレだけは覚えてる。部員は知らねえ男子ばっかだけど、顧問は、今あたしがいる世界でよく会ってたやつだった。
「よう、マリンダ。久しぶりだな」
目の前にいるやつは、「演劇部の先輩」だった。身体はあたしのいとこ、唯音姉ちゃんだけど。
「カールっ、いんや、いさむ! いさむなのかっ!?」
夢で一緒に台本決めして、練習でいっぱい本音ぶつけ合って、本番は満員御礼、大成功、打ち上げでハメを外しまくって、顧問に一喝されて……とても濃い日々だった。まさか、こんなとこで会えるなんてよ。
「ああ、そうだ。驚いた、華火が『日本文学課外研究部隊』のメンバーだったとはな」
「アーノルドは……笹本は元気にやってるか」
いさむが、頭の後ろをかいた。姉ちゃんはまずやらねえだろうけど。
「笹本か、アイツとは連絡取ってねえな……あんまり自分からする方じゃねえし。どうにか元気でやってるはずだ。便りの無い便りは、良い便りっていうだろう」
そーだったら、いいな。笹本には、世話になったかんな。演技指導、分かりやすかった。自己主張少なめで影薄いけど、あたしは居心地がすんげく良かった。恋愛感情だったのかもしれねえ。現実のあたしにはもう……その話はここではやめとく。
「お取リ込ミ中、申シ訳ナイんデスがー」
あたしといさむの間に、やつが割って入ってきやがった。
「いおりんセンパイニ取リ憑イテるノハ、何者なんデスか?」
怪しくてたまらないみてえで、やつはーあきこは、いさむの上下左右をじろじろ見回したんだ。
「分かった、簡単に説明する」
いさむは、あたし達にこれまで紆余曲折あったことを一切合切話してくれた。
いさむは今、ひよこに生まれ変わって、リューガって名乗ってる。ただのひよこじゃなくて、触ってきたやつに食べられると、そいつに七日間「憑依」できるみてえだ。他にも特殊能力を持ってるけど、空大(空満大学の略なっ)に来てから、調子が悪くて使いにくいんだと。
地球に帰ろうと、リューガはいろんな世界を冒険していろんなやつを助けたり一緒に連れてったりしてる。あたしが演劇部にいたのは、リューガの前世なんだってよ。そこでのあたしは、高一だった。んで、今あたしがいる世界っての「1080の世界」で、リューガの元いた地球とは若干違うそうだ。確かに地球なんだけどよ、ややこしいよな。
姉ちゃんに「憑依」してるってことは、姉ちゃんがリューガを食べちまったワケだ。聞いてたら、リューガがかわいそうだった。鴎外に助けてもらったのに、エロ松……松えもんが猜疑嫉妬して斬り捨て御免されかかったのを、危機一髪っ、鴎外が逃してくれた。あたしらを頼れと言われたが、慣れない場所を走って疲れたとこを、空腹状態の姉ちゃんに捕まって、実験室に持ち帰り素揚げにされたんだそうだ。姉ちゃんは細いけど、男顔負けの健啖家だからな。カロリー高めに料理されちまったんだろ。
「ナルほどデスな、センパイが超絶☆饒舌なノハ、さむセンパイが憑いチャッたカラなんデスね」
姉ちゃん第一発見者のあきこが、オーバーに頭を上下に振った。
「ここでは、宇治先生にご用があるんやね。えらい大変そうやなぁ」
あたしとお弁当食べてたゆうひが、リューガを心配してる。ひろこの「呪い」がどーのこーのって言い出したから、はなび様がごまかしたんだ。ひろこが不思議な力を使えるってのは、あたしとひろこの秘密だかんな。
「おいリューガ、さっきからゆうひの胸ばっかし見てんじゃねえよっ、巨乳フェチなのはしかたねえけどよ」
「俺の性癖まで覚えてたのかよ!?」
打ち上げで暴露してたぞ。直後に顧問が「不潔極まりないのですよ!!」って火炎放射してな。
「ふええええ」
ほら、ゆうひがふみかんとこに隠れちまった。胸でかいの気にしてんだよ、男子の注目浴びやすくってよ。
「大丈夫だ夕陽、俺はあたり構わず手出しはしない。エロ松よりもはるかに紳士だ!」
弁明するリューガに、ふみかが蔑みの目を向けた。
「紳士って軽々しく言える人ほど、けだものなんだよね」
ふみかは男嫌いだったよな。普段は本に夢中だけど、言う時はけっこう言う。
「唯音先輩にいるから我慢しているけれど、首をしめたいよ」
「モブ顔のわりに辛口だな……」
「何?」
「……いや、何も」
リューガが小さくなった。姉ちゃんをベラベラしゃべらせて、感情表現豊かにさせて、こんなの前代未聞だっ。
「ふみセンパイ、ソコまでニしまショウ。萌子タチの紹介、まだっスよネ」
あきこが、椅子をぴょん、とか言って下りて、リューガに近寄った。
「与謝野・コスフィオレ・萌子デス☆ 日本文学国語学科、略して日文の一回生! 大スキな物イッぱい、トップはアニメ『絶対天使 ☆ マキシマムザハート』っス」
「その口調どっかで、と思えば『マキハ』か。俺の世界でも流行ってたな」
「きゅふーん☆ さむセンパイとハ夜通シ語レそうデスな」
リューガ、あきこにも赤面してる。
「本名は与謝野明子なっ。日が三つの方じゃねえんだ」
「ななななっ、どバカはなっち、本名公表やめろし」
吠えるあきこの口をふさいで、姉ちゃんの紹介だっ。
「リューガを食べたのは、仁科唯音っ、あたしのいとこ。化学科の四回。発明が得意だぞ」
「俺をぶち込んだ球形のカプセルも、その発明品だったのかもな」
「だと思う」
ふーん、からちょいと経って、リューガが焦った。
「唯音って、女?」
「そーだけど」
「俺が一瞬その気になったぐらいイケメンな風貌だったが……1080の世界も、ナメていられねえな」
他の世界でキツい経験したのかもな。
「ゆうひ、もういけるかっ?」
「えぇよぉ。リューガくん、初めましてぇ。本居夕陽ですぅ、萌ちゃんと同じ日本文学国語学科の、二回生やよ。趣味は、ピアノです。まだまだ人前で弾けるレベルやないけどぉ」
リューガが感心する。
「雰囲気的に、クラシックが得意そうだな。ショパンか?」
ゆうひが黒縁メガネを押し上げて、答えた。
「いえ、いえ……よう弾いているんは、リストです。ラ・カンパネラ、聞いたことあるかなぁ?」
メロディーを歌ってみせるゆうひ。恥ずかしそうにしてるけど、音程はばっちりだ。
「あれか! すげえよ。謙遜する必要ないって」
「あはは、おおきにぃ」
絶対リューガは空満を訪れたことを感謝してる。どストライクってやつ?
「ゆうひは記憶力が半端ねえんだっ。『日本国語大辞典』と『角川古語大辞典』は全巻覚えてるんだ、すんげえぞ」
「全巻は言い過ぎやてぇ」
ないない、とか手を振ってるけど、マジだかんな。写真を撮ったみてえに、記憶できる。
「で、俺を親の仇かってぐらいにらんでるのが……」
「大和ふみか」
吐き捨てるように、名乗った。
「あー、ゆうひと同級生なんだ。三度のご飯より読書、韋編三絶っ、まぬけにみえっけど読解力はずば抜けてる」
「よろしくな」
「よろしくしたくないです」
リューガは、苦笑いした。
「ふみか、そんなに嫌わないでやってくれよ。最後はあたし、夏祭華火っ! 空大の附属高校、三年っ! 山で走るのが日課だ!」
「変わってねえな、マリンダは」
「うるせえよ、カール」
パラレルワールドがつながって、再会ってか。映画みてえなことって、実際起きるもんなんだ。
「あたしらが『日本文学課外研究部隊』、別名『スーパーヒロインズ!』。戦隊物なノリで文学楽しいぞってPRするサークルだ」
「なんとなく、分かった。ハチャメチャな文学系サークル、の認識で大丈夫か?」
「おうよっ」
リューガはさえてる熱血漢だった。根っこがふみかと近いかも。主人公属性っつーのかな。
「ひろこに会いたいんだよな。あたしらがついてってやらあ」
姉ちゃんの瞳が、かなりキラキラしてた。リューガらしい。夢の中でも、そんな感じだった。
二〇三教室を出よっ、んで、あたしとリューガの「演劇部」で顧問をしてた、ひろこを仰天させちまおう。
華火の恋愛模様については、今年師走に投稿予定の、第三部・師走篇にてちらりと語られるかもしれません。
華火は人の名前を覚えるのが苦手なので、エリスを「鴎外(苗字が森だから、森鴎外と連想)」、紘子を「金時(苗字が宇治ときて、宇治金時とつながったのでしょう)」と呼んでいます。近松先生自身は、「エロ松」と呼ばれた方が食指が動くらしいです。「近えもん」ではなく、「松えもん」。前者だと門左衛門が主役のドラマの題名と同じになってしまいますので後者にしました(音楽を担当されたのは、将軍サンバⅡの作曲者なのですよ。恵比寿・田町・多摩・五反田・三鷹!)




