降誕
優子ちゃんが教室に復帰したのはそれから一週間後の水曜日だった。「知子ちゃん、手伝ってくれない?」優子ちゃんに言われて、私は始業よりも大分早い朝の七時半に学校にやってきて優子ちゃんと一緒に視聴覚室に忍び込んだ。二時間目の授業で道徳教育のための映画を見せられることになっている。
優子ちゃんと一緒に「準備」を終えて、何食わぬ顔で朝礼に出て優子ちゃんが久しぶりの教室に受け入れられるのを見ていた。けど、頭の中では「なんで?」と「まじか?」が交互に浮かんでいてそれどころではなかった。一時間目の数学の授業も内容がまったく頭に入ってこなかった。
二時間目がはじまって、私達は視聴覚室に集まる。全員いることが確認されて、電気が消される。私たちは白いスクリーンを正面にした席に並んで座って映画が始まるのを待ってた。向井が「あれ? おかしいな?」マウスをカチカチやってもスクリーンに変化はない。プロジェクターとの接続が優子ちゃんによって切られているからだ。優子ちゃんが黒い布で画面の灯りを遮ったスマホを手元で操作した。プロジェクターが動き出して、動画を再生しだした。スクリーンには幸が映し出されていた。みんな一瞬なんなのかわからなかったはずだ。場所はデパート。さっと視線を動かして店員の場所を確認した幸が、商品を鞄にいれて何食わぬ顔で売り場を離れた。カメラは幸の後ろをついていく。幸は次々に商品を鞄に放り込む。画面はメルカリのページに移り変わった。幸のものと思われるアカウントがさきほどパクっていた化粧品や小物を売りさばいている様子を映している。
音声が流れた。「おまえここ好きだよな」城山の低いささやき声。それから由香里の嬌声。
向井が暗闇の中で必死にパソコンのボタンを叩く。でも動画も音声も消えない。幸が教室の灯りをつけた。幸は半ば狂乱状態になりながら、少しでもスクリーンを見えづらくするためにカーテンを片っ端から開いていく。真っ青になった由香里が視聴覚室から駆け出していった。幸は窓に貼られた写真に気づかなかった。それに気づいた芦川くんが、窓に近寄った。
「なにこれ?」
窓には、小学生の頃の耕助くんが肛門に爆竹を挿されている写真が貼りつけられていた。爆発の瞬間に耕助くんが仰け反っている。“そういった内容”の写真がすべての窓に大量に張り付けられている。
「うわあー」
どこか非現実的な叫び声をあげた耕助くんが窓を叩き割った。破片で手を切って血が床を濡らした。
勿論、映像も音声も写真も用意したのは全部優子ちゃんで、それを手伝ったのは私だった。幸の資金源はメルカリで万引きした商品を売り払っていたことで。由香里はほんとに城山と車でヤッてて。耕助くんは肛門に爆竹を入れられて自分がカエルにされていた。優子ちゃんは休んでる間ずっとこれらの証拠集めに奔走していて、カメラをちょいと突き出してカバンを向けて幸を付け回し。城山の車に盗聴器を仕掛け。耕助くんの小学生の頃のクラスメイトを探し出して交渉して写真を手に入れた。ヒントを与えたのは全部私だ。なにげない雑談のうちに私は「幸ってなんであんなお金持ってるんだろう」とか「バレー部で城山と由香里がヤッてるって噂が流れてる」とか「耕助くんは小学生のころいじめにあっていた」とかそういう話しを優子ちゃんに教えた。私は優子ちゃんが休んでいるうちにやってたことを何も知らなかったけれど間違いなく片棒を担いでいた。
今朝視聴覚室でこの準備をしてる途中で私はほんとうにここまでしないといけないほど幸と由香里と耕助くんを憎んでいるのかと自問し続けていた。でもやめようと言い出せなかった。「これ」が私に向くことが恐かったから。
次の日から幸も由香里も耕助くんも学校にこなくなった。ついでに城山がクビになった。
平穏が訪れた。救世主の手によってすべての闇は払われて栄光の王国が教室の中にやってきた。芦川くんが蹴られてカエルにされることはなくなった。私に小言を言ったり無視しようとした人は優子ちゃんに「もう。そんなこと言っちゃダメだよ」やさしく窘められて諭された。優子ちゃんがクラスの子と話してるときに「知子―、ちょっと来てー」と呼んで私は会話の輪の中にふつうに受け入れられた。私の闇さえもなかったことにされてしまった。
でも私はいまの教室のことが、幸と由香里がギスってた教室と同じくらい嫌いだった。
私は幸と由香里が優子ちゃんを間に挟んでうまくやってた頃の教室が好きだったのだ。耕助くんが「バカやってる」くらいに暴力性を抑えてた頃の教室が好きだった。全部の闇が払われたいまの教室は不自然で、気持ち悪かった。
「ねえ、知子ちゃんは高校どこ行こうって決めてる?」
優子ちゃんが訊いてくる。
「んーん。まだぜんぜんきめてないよ」
「えー、そうなんだ。わたし、知子ちゃんとおなじとこ行きたいなぁ」
きっとそうなるんだろう。私と優子ちゃんだと学力が優子ちゃんの方が全然上で、優子ちゃんが私にあわせようと思ったら簡単なことだ。優子ちゃんが私を見る目は熱っぽくて、その輝きはどっかふつうじゃない。
ああ、私はきっとこの子の聞きたい言葉を傍で言い続けるんだろうなぁと思う。
たぶん、一生。
「知子ちゃんのおうちって、ご両親、仲が悪いんだよね」
優子ちゃんが言った。
「たすけてあげよっか?」
幸や由香里や耕助くんにしたみたいにして。
優子ちゃんが笑い、私は光に包まれた。