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いや、べつに?

 



 週に二回は優子ちゃんの家に行っていて気づいたのだが、優子ちゃんはどうもあのもこもこパジャマに着替えてから私に会っている。「何してた?」て訊いたりすると「家でごろごろしてた」なんて答えるわりにはメイクが(ナチュラルなものではあるけど)整ってたりで、なんとなく優子ちゃんはいつも「家でごろごろしてる」わけではないことを感じ取る。その証左としてお腹痛くて早退したときに行ってみたら優子ちゃんは家にいなかった。なにしてんだろ。ちなみに腹痛は学校を出た途端に直った。

 私達は一緒にいるときはだいたい勉強道具を広げながらお喋りしておやつを食べてお茶を飲んでしている。今日はお喋りしてるうちに優子ちゃんが教室の様子を聞きたがり、私は自分の印象を悪くしないために優子ちゃんの前であまりマイナスの発言をしないようにしていたのだが、ギスってる教室の雰囲気に疲れてて愚痴りたくて「幸と由香里が喧嘩してるんだよね」ぽろっと溢してしまう。

「え? どういうこと?」

 詳細を聞きたがった優子ちゃんに教室の現状を話す。

 幸と由香里がもめてて女子全体がそれに巻き込まれてること。

 男子は相変わらずだったのが優子ちゃんの不在でエスカレートしつつあること。

 調子に乗って口が軽くなって幸の金遣いのこととか由香里の噂とか耕助くんが昔いじめられてたこととかも。

 幸も由香里も耕助くんも全部いなくなればいいのに、って。

「優子ちゃん戻ってきてよー」

 冗談めかして私は言うが、これにはかなり本音が入っていた。

 優子ちゃんは深刻な顔になって考え込む。

「ねえ、知子ちゃんは、私のこと好き?」

「え、うん」

 実際は(いや? べつに。向井に言われなかったらこなかったし、教室で窒息しそうになってなかったら呼び戻そうとだって思ってない。そもそもおまえて私よりかわいいからわりと目障り)ぐらい。

 性格いいな。かわいいな。とは思うが私はべつに性格がよくてかわいい子が好きなわけじゃない。なんなら幸や由香里くらい歪んでる方が好きかもしんない。

「私もね、知子ちゃん好き」

 優子ちゃんは私の隣にやってきて指を絡ませてくる。目が潤んでいる。顔が近くなる。え? ちょ、何? 反射的にちょっと身を引いたら優子ちゃんが正気に戻った。

「教室、戻れるように頑張ってみる。でももうちょっと、その、準備をさせて」

 あんまり深刻な顔で言うので私は「あ、うん」という中途半端な返事しかできなかった。



 家で勉強する時にはイヤホンをつけて讃美歌をかけている。

 讃美歌が好きなわけではないのだが母親がキリスト教系の宗教にハマっててよく聞かされてたから耳が慣れてて、私が好きな竜星くんの歌う曲を流せば変にテンションが上がってしまって逆に勉強に集中できないからだ。いま流してる曲は「メサイア」で救世主の復活を歌ったもの。歌詞の意味は母親に読めと言われた聖書を途中で投げ出した私にはちんぷんかんぷんだがおおむね「やみに覆われていた大地が救世主の復活によって光が満ちて平和になって人々の苦痛がやわらげられて栄光の王国が続く」とかそんな感じ。

 闇に覆われた私のとこの教室にもそのうち光が満ちてめんどくさいことがなんもかんも終わらないかなぁとか想像してみたけれど、そういう光景は思い浮かばなかった。たぶん私は光に満ちてなにもめんどくさいことが起こらない教室というものを望んでいない。その中では私の汚さがことさらに強調されてて居場所がない。私は内心で幸も由香里も耕助くんもバカにしまくっている自分の汚さをちゃんとわかっている。幸みたいにおしゃれになれず由香里みたいにスポーツに熱中できない私の中途半端をわかっている。どちらかといえば私は光に払底されてしまう闇の存在なんだろう。だから私は優子ちゃんがいたころの、幸と由香里が内心でどう思ってたかはともかく表面上は仲良くやってて耕助くんが「バカやってる」程度に暴力性を抑えていたころの教室が好きで、「光に満ちた栄光の王国」なんてやつはくそくらえだ。それはたぶんいまの混沌とした教室と同じくらいに私を窒息させる。

「おい、とも」

 父の声がして、私は晩ごはんのために部屋を出る。リビングに入って一緒の食卓についているのに手をあわせて「いただきます」と言ったのは私だけだった。父も母も黙って箸を動かしている。山奥とかのすげー離れたとこに住んでる人を紹介するテレビ番組だけが陽気にしゃべり続けていた。空気が不味い。

 父と母がこじれた理由は母が所属してる宗教系の楽団に、祖母が亡くなったときに入ってきた遺産を数百万単位でつっこんだことに起因している。それは母に所有権のある金だから法律上はまったく問題ないのだが「母の金≒家の金」だと認識してた父はかなりブチギレて離婚までいきかけた。が、私がまだ小学生(当時)だということで結局離婚にまでは至らなかった。母の方も私の金なんだからてめえにキレられるいわれはないとキレ返して、その揉め事はずーっと尾を引いている。だいたい父も唯一の趣味の車にかけなくてもいい金をかけているようだったのでどっちもどっち。「(離婚するときに)どっちについていくか決めなさい」と父に言われて私は「おとーさんについてくよ」と言い、「どっちについていくか決めなさい」と母に言われて私は「おかーさんについてくよ」と言っていた。

 私が適当なことを言っていることがお互いに伝わらないほど父と母はもう口をきいていない。私はしかめっ面で飯食ってる父と母を見て草生えるわーと思う。

 母はちゃんと料理が上手なはずなのだがこの家で食うとチンジャオロースーはあまり味がしない。

「ごちそうさまでした」

 手をあわせてそう言ったのはやっぱり私だけで、食器を流しにおいて自分の部屋に戻ってやっとほっとする。

 最近ごはん時に親が私を呼ぶ声に怯えている自分がいる。その症状は幸と由香里が揉めだしたあたりから悪化していて、たぶん私は幸と由香里が揉める以前は、教室でリラックスしていて優子ちゃんや幸や由香里や他の女の子達と話すことで家庭のどーたらこーたらの空気の重さを発散してたんだろう。ベッドに寝転んで、目を閉じる。眠りたかったが、眠れない感覚があった。

 焦点があわなくなって、天井が回っている。



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