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いちメイドの寝言

 取り調べにより余罪が明るみに出、信条に度々背いてきたことが騎士として人格に問題ありとされたマルコム・アルノは失職した。オーディンに仕えていたメイドも謝罪を受けた後、騎士と関わりの少ない部署に転属を促され、これを受け入れた。


 オーディンは以降に勧められた付き人も新しいメイドも拒絶している。


「シーラ。ちょっと説得するの、手伝ってくれないかい?」

 ギュイオットの目は据わっていた。

「説得とは、どなたをですか?」

「あの堅物を、さ」

「あら……」



****



 予定されたギュイオットとオーディン両名の面会に、パウエルとシーラも同席を許された。側近としてではなく、席につく同格として。

 ちょっとしたお茶会のようになっていた。場を自ら整えた後、席を勧められ、シーラはおずおずと椅子に落ち着いた。


「騎士の本懐は守ることにある。……貴殿のほうがよっぽど道理を知っていた」


 オーディンはシーラにかすかではあったが、頭を下げた。それでも謝罪としては大事だった。


「ひぇ」


 無意識に悲鳴が漏れた。


「とんでもございません……」


 同じメイドだから、同じ女だからという共鳴意識のようなものが働いて、守りたかったというより放っておけなかったほうが強い。

 マルコムが騎士として優秀だったからオーディンの側近くを許されたことを考慮すると、逆上した彼に算段もなく立ち向かうなんて無謀だったとしみじみする。


 そんな謝罪から始まった面会。

 題目はやはりマルコム・アルノの事件関連で、ギュイオットや周囲はオーディンに付き人をつけさせたい意向だった。


「後続を育てるのも私たちの役目なのだよ」


 ギュイオットが諭したが、


「子どものように世話を焼かれるのもぞろぞろ後ろをついて回られるのも好かん」


 と、わがままを言った。


「自分の監督下で不祥事起こされたことで、不甲斐なさがほとほと身に染みたから、後輩育てるのも嫌になってしまったんだろう」


 ギュイオットがこめかみに指を当てる。


「シーラ、なんとか言ってやっておくれ。この場では礼儀も身分もなにもかも忘れてくれていいから、率直に」


 矛先を向けられ、事件現場にいたものだから一言くらい残さなければいけないだろうと気構えた。


「いちメイドのたわごとと思っていただけると幸いですけれど……」


 ぺこりと頭を下げてから続けた。


「お付きの者がひとりふたり減ったら、人件費は確実に浮きますね」


 パウエルが人件費……と呟いた。意外な切り口だ、みたいな感心はやめて欲しい。真っ先に思いついたものがそれだっただけだ。名誉と誇りを生きる糧とし、金銭報酬に頓着すべきでない騎士にはない発想だった。


「それで助かる予算は王宮では軽微なものでございますが。改めてまっさらな状態から教育しようとすると、初期投資で多額がかかります。あるべき手引き書もなく引き継ぎができないのなら、一から調べて学び直すのは時間もかかり大変でございましょう」


 オーディンは面倒そうに目を閉じている。

 シーラだって、当人にならなければその苦労も知ったことではない、というのが本音だ。頑張れとしかいいようがない。理不尽な命令や周知のない人事異動、気分で首をすげかえられたり、表面には出ない裏方の苦労などは数えきれないほどある。それでも上の者にはメイドの苦渋など関係ないしどうにかなるのが実情だ。やれと命令があれば四の五の言わず実行するまで。


 ここからが本題だ。


「それは置いておいても、後ろ盾の少ない騎士や家格の低い令嬢が宮中に上がることは、彼らにとって救いでもございます。命運がかかっておりますから」


 開かれた金の瞳が光を帯びる。


「……俺は優秀な者の学びの場や人脈作りの機会を奪っているのか」


 あるいは未来の国の損失にも繋がる、とも。

 成り上がりとも言われようが、貴族といえど宮中に上がるにはたいてい苦労がつきまとう。入るにも、居続けるにも。いくら素質や才能があろうと選ばれなければ踏み込めぬ場所。宮中に居られること自体が栄光でもあるし、そこで繋がる縁の力は計り知れない。


 幼い頃からどの方面にも質の高い教育を受けることが可能で生活に困ったことのない男には配慮しづらいことかもしれなかった。好きなことに適性があることの奇跡もだし、彼はいつだって、なにをするにも選ぶ側だった。


「そうかもしれません。けれど、ベッキングハム公爵さまが快適であると感じる以上に優先することはないかと存じます。その最適な環境を作るために、結局私たち側近は存在するのですから」


 シーラは、側近など嫌ならつけなくていいと断言した。


「いま、人と向き合うのはお辛いでしょう。信じていた者から裏切られれば当然です」


 オーディンは素直に耳を傾けている。マルコムは己の前では紳士然としていたし、剣も熱心に学んでいた。しかし彼の本性を見誤り、守るべきものも守れなかった責をオーディンは負っている。


 ギュイオットやパウエルや他の者が同じことを言っても無駄だったろう。だがオーディンが聞きたいと思う人間の話であれば心証も変わる。


「しかし人に傷つけられた心を癒すのもまた、人でございます。そして治療は早ければ早いほど、よろしいか、と……」


 言っているうちに偉そうな口振りだと気づき、シーラは語尾をぼかした。


「賢しいことを申し上げました。以上、寝言でございます」


 ギュイオットは平然と足を組んでお茶を飲んでいる。


「いいよ。別な人間の視点って大事だもの。実際オーディンには効いてる。考え直してるよこれは」

「その、発言をなかったことに……」

「できぬ。貴殿は篤実だな。言を覚えておこう」


 オーディンの視線が外れてくれなくて、シーラはこくりと喉を鳴らした。色もさながら、太陽のように強い瞳にあてられて、呼吸もままならなくなりそうだった。


「裏の顔があるなんて、敵でない限り有り得ないとか思ってる人間だから、信用しては裏切られていちいちまともに傷ついてさぁ」

「マルコムについては、もっと早くに気づいてやれれば正してやれたのにと後悔した。俺は指導者としても失格だと……」

「だから。どう指導をつけようとも、性根の腐ったやつは押しても引いても上げても下げても腐り落ちるんだ」


「おひとりで背負うことはありません。ベッキングハム公爵さまには、こんなにも心強いお仲間が周囲にいらっしゃいます」


 ギュイオットやパウエルに笑顔を向ける。こうして心配して説得さえしてくれる者たちがある。




 ギュイオットは意固地をやめた。君主、そして国の繁栄のために尽くすのもまた騎士である。下の者を養育することもそれに含まれる。


「パウエル、俺を助けてくれるか」


 聞かれた当人よりも先にギュイオットが口を開いた。


「え、私の従者をとるのかい? もしやシーラも?」

「……、メイドは、いい。代わりに新米騎士をもうひとり付けてもらおう。しばらく男だけでやってみる」

「部下不信の発症だけでなく女性不信も深刻化してしまったのか。かわいそうに、ならいいよ。パウエル、オーディンについてあげられるかい?」

「ご随意に」

「それからきみが推薦したい人物は? 後釜を決めなければならない」

「私の一存では……」


 さすがに越権だと尻込みするパウエルに、オーディンも頼み込む。


「縁故で採用するのは嫌だったが、無作為に選ぶのもよくはないと今回学んだ。もう一人選ぶにしても、パウエルの見立てを参考にしたい」


 パウエルなら横の繋がりで若い騎士たちの人柄にも通じているだろうから。



****



 執務室に帰ってきて、ギュイオットは申し訳なさそうだった。


「シーラ、残念だね。私は残ってくれて嬉しいけれど」

「ギュイオットさま! 残念なことなんてないです」

「うん、ありがとう。オーディンは昔にも何度か信じた人を失っててね。先輩後輩同期女性老いぼれその他」


 シーラも、噂話でいくつかはきいたことがある。どれが真実でどこの部分が嘘なのかはわからないけれど。

 補足しておくと、老いぼれとは宮中の重鎮たちを指す。暗鬱とした計略に巻き込まれ、政略的なものではあったが婚約が立ち消え実兄たちとも仲違いしそうになったオーディンは宮を辞して隠居しようとさえした。……という、これもまた噂。


「……そうでしたか」


 オーディンの落ち込みは、その積み重ねによるもの。


「道から外れる者が出てくるのは、私は仕方ないと思っている。集団の母数が多ければなおさら。人の心は弱いから。

 オーディンは割り切れないんだよね」

 

 でも、もう彼は大丈夫だ。ギュイオットやパウエルのように、支えてくれる存在がある。オーディンもそれらに頼ることを覚えた。



おそらくオーディンは減俸くらいにはなってると思われますが、騎士としてお金に執着がないので本人には意味のない処置。

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