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騎士道精神

「パウエル、シーラ、あいつがそろそろやらかしてる頃だと思うんだよね。オーディンを探して連れてきてくれないかい?」


 ギュイオットの指示に脈絡がないことはままある。あいつ、が誰を指すのか知らない。オーディンかもしれないし、他の誰かの可能性もある。とにかく今回であれば、要はオーディンを探し出せばよいとふたりは部屋を出て、左右を見渡した。


「二手に分かれましょう」

「私はひとまず訓練場を目指して外に行きます。グリーン嬢は宮中を」

「わかりました、先に執務室に行ってみます」


 すれ違う人たちにオーディンの行方を尋ねたが、直近の目撃情報はない。

 彼の執務室まで辿り着いて、入室の許可を伺うが留守にしているようだった。

 シーラは王宮の端を目指していく。


 庭に出てしまうか、というところで、興奮した男の声があった。

 見慣れない少年がひとり地面に尻もちをついていて、口端から血を流している。喧嘩か、と眉をひそめたところで他にも人が見えた。

 壁際にいるメイドが震え上がっている。シーラも何度も顔を合わせたシドニー・クランフォード。そばにいたのは拳をにぎった新米騎士のマルコム・アルノ。オーディン付きの男女が揉めている。歳上の男性に体を掴まれて迫られれば、少女にはひとたまりもない。

 あえて遠回しに、関係のないことから会話を切り出した。


「……ベッキングハム公爵さまを探しているのですが」

「ここにはいないことくらい、見ればわかるだろう」


 マルコムは頭に血が上ったままイライラと答えた。


「アルノさま、」


 いつの間にか立ち上がっていた少年が、ゆらりとシーラの前に出て遮った。


「その方をお離しください、マルコムさま。彼女は嫌だと言ってました」

「うるさい」


 シーラは横にずれた。


「いったいなにをなさっているのですか」

「メイドなんてみんな茶を淹れるしかできないだろ。他に価値があるとすれば、男に媚びを売るくらい。それを買ってやる、と言っているんだ」

「アルノさまの思い込み及び勘違いでは? こういった現場を見るのも不愉快です、おやめください」

「お前……っ、俺とこの子の問題だ、関わるな」

「ならば宮中、公の場ではお控えを。公私混同も甚だしゅうございます」

「年増が生意気だぞ!」

「ええ。あなたより歳上ですからお教えして差し上げますけれど、」


 カッカッカッ、と石畳を蹴る音が近づいてきて、シーラのそばで止んだ。

 見上げればオーディンは軽装で、胸元のボタンもいくつか外されている。修練帰りか。

 シーラはさっと目を外した。シャツの下にはしっかりとした筋肉の盛り上がりが見えたから。


「マルコム。……なにごとだ。俺の鍛錬中は好きに気を休めろとは言ったが、蛮行は許していない」

「俺はこの女に庇護を与えようとしたまでです」


 メイドたちと少年は一斉に首を振る。一番の被害者がようやく緩んだ腕を振り切って、先輩メイドに駆け寄った。シーラも彼女を受け止める。

 オーディンにも真実は伝わったことだろう。


「ならば答えよ。騎士の信条第十五条は」


 答えたくないのか、記憶にないのか。口を閉ざした。オーディンは代わりに背後に問う。


「パウエル」

「はっ。第十五条、『女の貞操(名誉)を敬え』!」


 快活に返ってきた。パウエルは先にオーディンを見つけて合流していたらしい。オーディンがマルコムに視線を投げる。


「第十一条」

「『 不公平、卑劣、欺瞞を許さず』!」


 同じくパウエルが迷いなく答えた。マルコムは唇を噛み締めている。彼は女を見下した、弱きを高圧的に脅した、罪から逃れようと嘘をついた。


「騎士の誇りを忘れた者よ。ここにお前の居場所はない」

「オーディンさま! どうか」

「わからぬか。年齢や性差で人を侮る愚鈍を俺は極めて疎ましく思う」

「しかし……」

「寮の自室で謹慎していろ。パウエル、連れていけるか」

「はっ」


 パウエルがマルコムの腕を掴んだが、抵抗はなかった。そのまま連行する。



 次いで振り向いたオーディンは、シーラの隣で所在無げにしているメイドに向き合った。


「俺の訓導が至らなかった。すまない」

「い、いえ、あの……」

「許せないとは思うが、なるべく早く処罰を与える。その間は待ってくれないだろうか」

「ええ、はい、それはもちろん……」


 萎縮してしまった彼女を代弁して、シーラが声を上げる。


「ベッキングハム公爵さまに申し上げます」

「なんだ」


「彼の態度から、他にも過去に被害者がいないか不安でございます。どうか調査をしていただけないでしょうか。そしてマルコム・アルノさまには公正な処罰を」

「承る」

「感謝いたします」


 少年が一歩進み出て敬礼した。


「あの、僕、証言できることがあります!」

「よろしい」


「お待ちください」


 かわいらしいメイドがすっと歩み寄り、ハンカチを少年の腫れた頬に当てる。


「庇ってくださりありがとうございました、勇敢な騎士さま」

「う、いや、まだ見習いです……はい」


 守りきれなかったことに恥じ入りつつも、ハンカチと感謝は頂戴した。


 オーディンはシーラに目を合わせる。背筋が伸びた。


「……クランフォード嬢を頼めるだろうか」

「かしこまりました」


 彼女はオーディンつきのメイドなのだから、彼が氏名を知っていて、呼んでもおかしくない。なのに、体のどこかがツキリと痛んだ。


「では着いてこい」


 オーディンは見習い騎士を連れて騎士団に向かった。




 年若いメイドがひっしと腕に抱きついてきた。


「お姉さま……! ありがとうございます!」


 聞きなれない単語に、引っかかった。


「あら? いえ、いいのですよ」

「シーラお姉さま、とお呼びしても?」

「ちょっと落ち着いて、シドニーさん? あとで温かい飲みものでもいただきましょう。怖かったですね」


 腕を組まれながらギュイオットのもとへ戻り簡単に事情を説明すると、憐憫の情を持って、メイドたちが長めに休憩し、彼の執務室の中で自由に行動することを許した。

 気が昂っている少女のために、シーラはお茶を淹れてなぐさめてやった。なお最後まで「お姉さま」呼びは撤回できなかった。


せっかくフルネームもらえたのに退場が早かったマルコム・アルノくん。

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