ギュイオット・エブレンデンとよいメイド
ここから過去回想がしばらく続きます。
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「シーラ・グリーンでございます。
側近をお許しいただき光栄に存じます」
十三歳より王宮に上がって四年、毎年の配置変えのおかげで迷路のような道を覚え部屋を間違わないようになってきた頃。オーディンと比較比肩される、智謀の騎士の執務部屋付きメイドに配属された。
「グリーン伯爵のお嬢さんだね。……なるほど」
その間に含みがあるような気がしたけれど、にこやかさを保ったままだ。
「ギュイオット・エブレンデンだ。私の後ろにいるのがパウエル・ホーランド、騎士成り立てでこれも私の側仕えだ。王宮ではシーラ嬢のほうが先輩だから、行儀作法で気づいたことがあったら教えてやってくれないか」
シーラより若く、窮屈そうな制服に身を包んでいる少年を指す。彼は愛想も返さず頭を下げた。
「よろしくお願いします」
「こちらこそ、お願いいたします。ホーランドさま」
「気軽に話しておくれ。そのほうが私も楽だから」
パウエルは頷くだけで、楽にするつもりはなさそうだった。
「ありがとう存じます」
「うーん。まだかたいなぁ」
ふかふかの椅子に座り、広い机に頬杖をついて苦笑する。
「エブレンデン次期侯爵さまは、遠慮がないほうが寛げるのですね?」
「うん。ガチガチなのは部下の筋肉と騎士団規律だけで間に合ってるよ」
クスクスと上品な人形の仮面が崩れた瞬間だった。
「では、そのようにします」
「物事に柔軟なのはよいことだ。きみは主人の意図を汲み取るよいメイドだね」
「お褒めいただきまして」
「私は魅力のあるよい主人になれそうだろうか?」
微妙な言い回しだが、なんとなく口説かれているように思えて、シーラは慎重になった。
「……はじめに言っておきますが、私はベッキングハム公爵さま派、なのです」
宮中のメイド間ではだいたい、忠義のオーディン・ベッキングハムか賢才のギュイオット・エブレンデンかで派閥が分かれている。
「えぇ? 私の目の前で他の男がいいと言うのかい? そこは私の顔を立てて『もちろんエブレンデンさまは素敵なご主人さまです』って言ってほしかったなぁ」
「当人に面と向かって素敵とか言う方が誤解を生むじゃないですか……。でも、エブレンデンさまはずっとそう言われてきたんですね」
いままで出会った女性たちの影が見え隠れする。
「社交辞令でも褒めておくれ。おだてておけば私はよく働くよ?」
ひとたび剣を握れば千人単位を容易に動かすというのに、下働きのようなことを言う。
「神山鬼謀 “The Black” のエブレンデン次期侯爵さま。ご高明なのはもとより聞いてます」
「うん。それは私の二つ名だけれども。私の髪はこんなに白いのになんて皮肉だ。ああ、私のことは名前で呼んでくれていいからね」
薄い金髪を耳にかけた。黒いのはあくまで性格の話だ。
「ギュイオットさま、と?」
「そうそう。そのほうがいい」
「……よく気安すぎると言われませんか?」
くすり、と笑う男の姿に不自然な点はないが、その裏で何を考えているのかわからない。
「いいや? 心を許す相手は選んでるよ。勝手に嫌われることのほうが多いものでね。シーラ嬢もパウエルも私と仲良くしておくれ」
「は」
無駄話は不得意らしいパウエルの簡潔な答え。
「ええ、それは友好的にしてもらえれば嬉しいです」
かくしてシーラは円滑な職場環境を手に入れた。
貴人にお付きが複数つくのは、不用意に男女ふたりきりにならないようにするための防止策でもあったり。
主人もメイドも位の高い方がほとんどなので。
という、設定(?)。
ギュイオットは口説いてるつもりはありません。
からかうつもりはあります。