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後編①

「それで……」


 先ほど駆けつけた騎馬と最新式の蒸気自動車で警察一隊は、あっという間に付近を閉鎖し、近くにテントを張った。そしてそこが、簡易の取調室になる。

 その中で一番階級が高そうな、金のモールのついた黒い制服と同じデザインの高帽子を被った警官が、メモ帳と鉛筆を片手にキースとイブリンに話しかけた。


「仏さんと、あなたがたはお知り合いとか?」


 この異世界で死体の事を「仏さん」というのも、不思議な感じがしたが、イブリンは黙って頷いた。


「……キースの……こちらにいらっしゃる、クラン侯爵家のメイドです」

「ほう……?」


 警察官は悲劇のヒロインよろしくうっぐうっぐとしゃくり上げながら、さめざめと泣いているキースに目をやった。そして、対照的に冷静なイブリンに目を戻す。


「それで、あなたは?」


 警察官は、なんとも含みのある目でイブリンを見つめる。


「イブリン・モーリス。伯爵家の娘ですわ」

「お二人の関係は?」

「…………婚約をしております。一応」


 一応、という部分に力にイブリンが入れすぎたからか、警察官は気まずそうに咳払いをする。


「ええっと……。確か、第一発見者は……」

「女性のようでしたわ。茂みの奥から叫び声が聞こえたんです」

「そうそう、そうでしたな」


 第一発見者の女性はすでに供述を終えているらしい。改めて私に聞くのは供述に矛盾がないかをつくためだろう。ノートをめくりながら他の証言と照らし合わせているようだ。


「今日は、どうしてこちらへ?」

「私ですか? 私はこちらの公園のバラがきれいだと友人に聞いた者ですから、バラを見に……」

「なるほど。そのご友人のお名前を聞かせていただいても?」

「ええ」


 イブリンは、昨日のお茶会に出席していた令嬢の名前を答えた。こんなことを聞いて、後で確認でもとるつもりだろうかと不思議に思う。


「それで、クラン侯爵令息はどうして?」

「ひっぐ……え?」


 キースは、鼻水を垂らしたまま顔を上げた。いい歳の男がする顔ではない。

 警察官はそっと目を背けながらも、自分のハンカチを差し出した。いい人だ。


「チーン」


 キースはそのハンカチで鼻をかみ、「ありがとう」と無邪気な笑顔でハンカチを警察官に戻した。そのハンカチを警察官がどうしたかというのは……語らずにおこう。


「それで? どうして公園に来たかだったかな?」

「はい」

「リリーに聞いたんだよ。ここにイブリンが来るからって」


 イブリンは首を傾げた。公園のバラの話を聞いたのは昨日だ。そして今朝になって、家庭教師が急遽休みになったので、バラの話を思い出してここに来たのだ。リリーが知っているはずなどない。


「なるほど。では、クラン侯爵令息とモーリス伯爵令嬢でお約束していたわけではないのですな」

「ええ。その通りです」


 なるほど、なるほどと言いながら、警察官はノートにメモ書きを走らせた。


「ところで、お二方は何か言い争っていたようですが……」


 本題はこちらのようだ。


「ええ。プライベートなことでちょっと」


 ニコリと微笑むのは、「そりゃ、関係ないことでしょ!」という非難の合図だ。ところが……。


「そうだ! リリーを殺したのはお前だろう!! イブリン!!」


 立ち上がりざまに椅子をけり転がしながら、キースが叫んだ。警察官は一オクターブ高い声で、「ほう?」と息を吐き出した。


(リリーの死体を見たときから、言うんじゃないかとは思っていたけれど、まさか警察官の前で言うとは思わなかったわ)


 イブリンは、優美な指で「あたた」と額を押さえた。


「それは、どういう根拠があるのですかな? クラン侯爵令息」


 こんな時でも、礼儀正しさを損なわずに警察官は尋ねる。


「それは、動機があるからだ!!」

「どういう動機ですかな? クラン侯爵令息」

「それは、僕がリリーを愛してしまったからだ。しかし、俺を愛するイブリンが嫉妬のあまり……」


 キースは、クッと歯をくいしばったかと思うと、涙をこぼした。どこか演技じみた様子で、すっかりイブリンと警察官は白けてしまう。


「私はあなたを愛していないわ」

「そんな風に、自分を偽らなくてもよいのだぞ!!」

「偽っているわけじゃなくて……」


 ああ、話が通じない。これだから、家は関係なく本人同士で婚約破棄することもままならなかったのだ。とイブリンは額を押さえた。


「ええっと、証拠とかは……?」


 一応念のために、といった様子で警察官がキースに尋ねる。


「証拠? ないが? でも、動機があるのだから、犯人はイブリン以外にないだろう?」


 ああたたたと頭を押さえるのは、イブリンではなく警察官だ。


「証拠もなしに貴族令嬢を犯人扱いはできません」

「けれど、イブリンはリリーにいやがらせを……」

「そんなことはしていません!! なんなら、それこそ警察の方に調べてもらってもかまわいませんわよ!! それに動機があるというのなら、あなただってそうでしょう!?」

「俺にどんな動機があるって言うんだ!? 俺とリリーは愛し合っていたんだぞ!!」

「だったら、なんで婚約破棄しないのよ! そんなに好き合っているなら、私と婚約破棄すればいいじゃないの!!」

「い、いや……それは……。婚約破棄なんかしたら、パパとママがなんて言うか……」

「リリーとは愛し合っているとか言うくせに、婚約破棄はしたくない。そこをリリーが責めたとしたら? 婚約破棄をしなければ、別れるって脅していたとしたら? 立派な動機じゃない!!」

「リリーはそんなことをしない!!」

「私だっていやがらせなんかしないわよ!!」


 ガルルとにらみ合う二人を見ていた警察官は、「案外、この二人って似たもの同士なんじゃないか?」と思わずにはいられない。


「だいたい、キース。私に犯行は無理なのは、あなたがよく分かっているでしょう? なにせあなた自身が証人なのだから」

「僕が?」


 まったく分かっていないようで、キースは自分を指さしながら首を傾げた。


「そうでしょう? あなたとリリーと二人で私に言いがかりをつけていたでしょ。野次馬の前で。それからずっと、私はあなたとずっと言い争っていた。そして二人でリリーの死体を確認したのよ。それまであなたは、ずっと私といっしょだった。私にはあなたという証人も、アリバイもあるのよ」


 そうでしょ? とイブリンは今度は警察官に向かって言う。警察官もそれは分かっていたようだ。ノートをめくるまでもなく、頷いた。


「確かにそのような証言がございました。しかし、モーリス伯爵令嬢……。よくアリバイなどという専門用語をご存じですな?」

「え? ええ……。本で読みまして」


 イブリンは前世の知識で、ミステリーの基本くらいは知っている。本を読み囓ったにすぎない、基礎的な知識だが。


(そういえば、この世界に私立探偵っているのかしら?)


 十九世紀のヨーロッパ。特に、イングランドに雰囲気の近いこのイングラス王国ならば、シャーロック・ホームズのような探偵がいてもおかしくはないのだが、残念ながらそんな職業をイブリンは一度も聞いたこともなければ、新聞で記事を読んだこともない。


「ともかく分かりました。お二人は、殺人現場にはいなかった。ということでよろしいですな?」

「「はい!!」」


 警察官は、ノートにメモをとった。と、テントの外から一人の警官が入ってきて、取り調べをしていた警官に耳打ちと共に何かを渡した。


「あ、それは……」


 思わず声が出たイブリン。ハッとして、自分の口を塞いだ。警察官が受け取ったのは、血に染まったリリーの懐中時計だったのだ。

 イブリンの失敗をキースが見逃さない。


「お前は、リリーの懐中時計を盗んでいないと言ったな!! なのに、どうしてこの懐中時計がリリーのものだと知っているんだ!?」

「うっ……。べ、別に私はそれがリリーの懐中時計だなんて言っていないし……」


 警察官のイブリンへの視線は、今まではあくまで被害者の関係者というだけだった。しかし、この発言から少し、風向きが変わる。


「令嬢。この懐中時計がどこから見つかったかご存じで?」

「知るわけないわ!」

「これは被害者の近くに落ちていたものです」

「リリーさんの近くに? だったら、リリーさんが懐中時計を持っていたってことよね!? 盗まれたなんていうのも虚言だったのよ! きっと!!」


 警察官は鋭い視線を向けたまま首を振った。


「いえ。この懐中時計は、被害者の血の上に落ちていたのです」


 ほら、とひっくり返した時計の背面は、血がこびりついていた。


「被害者がもともと持っていた物ならば、懐中時計の上に血がかぶるはずですが、このように下に血がついていて上には血がついていないとなると、これは被害者が血を流した後に置かれたものということになります。つまり、これは犯人が置いた物ですよ」


 警察官はコホンと咳払いをする。

 キースが勢いよく立ち上がった。その拍子に椅子が倒れて、不快な音を立てる。


「やっぱり、お前が殺したんだな!! 盗みがバレたことで、リリーを殺し、盗みの証拠の懐中時計を返したんだろ!?」


まだ続きます。

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