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天使たちはかく語りき  作者: たかはらナント
11/13

第九話 公団住宅の少年 其の九

 公団住宅の少年 其の九




 時刻は夜の十時を回っていた。

 半月と呼ぶ方が近くなってしまった形状の月が、東の空に顔を覗かせて浮かんでいた。

 カーミィたちが事後処理を済ませた公団住宅の周辺は、異様なほどに静かで、寝静まるには幾分か早い時間であるにも拘らず、まるで日常から切り離されてしまったかのように、ひっそりと、静まり返っていた。

 植え込みに佇む質素な街灯の不定期な明滅を繰り返す「チカ、チカッ」という小さな音までもが、耳に尖って聞こえて来るほどだ。

 もしかすると、カーミィの施した神通力の影響が、まだ、残っていた所為かも知れないのだが、現況、確かめる術はなかった。



 そんな中を、一人の少女が歩いていた。


 紺色のセーラー服の上に、あずき色のダッフルコートを羽織ったその少女は、上機嫌なのか鼻歌を口ずさみながら、時折、自らの脚を交差させ、楽し気なステップを踏んで「クルリ」と回っていた。

 その時、少女の弾んだ髪が、街灯に照らされ赤黒く反射して見える。まるで名匠が作った漆細工を思わせるような、赤黒い輝きを放つ髪の少女――。


 ――そう。この少女は、今回【悪意】の発現した篠垣少年より『アヤ』先輩と呼ばれていた少女であった。


 アヤは、明滅を繰り返す街灯の下を通り過ぎると、尚も鼻歌を弾ませながら、コンクリート仕立ての階段をゆっくりと昇っていった。

 と、目的の場所に着いたのか、今度は、口ずさんでいた鼻歌をピタリと止めると、目の前の「五〇一」と記された扉に向かい声を掛けた。



「開けて頂戴。迎えに来たわよ――」



 すると、間もなくして「ガチャリ」と音が響き、目の前の扉がゆっくりと開いた。と、開いた扉の隙間からは、愛らしい幼女が顔を覗かせた。その幼女は篠垣少年の妹で『早苗』という名の幼女であった。つまり、この扉の先にある部屋は、篠垣少年の住んでいる部屋だという事になる。


 扉を開けた幼女は、目の前のアヤを見上げると言った。


「なぁに、むかえにきたって。うまくやりちゅ()ごせたんじゃなかったの?」


 舌っ足らずな問い掛けが、ムスっとした表情から出て来た。それを聞いてアヤは、上機嫌な笑顔のままで、その問いに答えた。


「――だと思ったんだけどね。どうやら勘付かれたみたいなのよ。さっき、向かいの棟の『三輪車』を調べてる者を見かけたわ。残念だけど、ここからは撤収するしかなさそうね」


 いかにも仕方ない――といったアヤの口調ではあったが、その表情は、終始楽しげなままであった。その為、アヤの言葉を訝しんだ幼女は、舌っ足らずな問い掛けを重ねて来た。


「ざんねんだけど――とかいうわりには、じょうきげんにみえるんだけど。どう()てかしら?」


 その言い草に、アヤは、すぐさま取り繕うように言った。


「あらそう? そう見える? でも、そんな事は無いわよ、きっと暗いからそう見えてしまうのよ」


 まるで気の所為だ――と、言わんばかりの否定であった。が、その表情は、嘘だと示すように楽し気なままであった。絶対に暗いからと言うのが理由ではない。


 幼女は、尚、訝しんだ眼差しを続けると、言葉も続ける。


「ほんとうか()ら? ……でもまぁ、これできゅうくつな生活ともお別れできると思えば――アタシとしては、一向に、構わないけのだけど……」


 聞いていると、舌っ足らずな声が、徐々にしっかりとした口調に変化していった。と、とたん、幼女は力を失くし、その場に倒れ込んだ。

 間もなくすると、倒れた口の中から、一匹の黒いネズミが這い出て来る。

 その姿を捉えたアヤは、即座に文句を口にした。


「もう、天姫(あまひめ)ったら。今から撤収作業をしなくちゃいけないのに、こんな所で出てきてどうするのよ。ひとつ手間が増えるじゃない」


『天姫』と呼ばれた黒いネズミは、伸びでもするかのように一つ身震いをすると、(おもむろ)に口を開いた。


「そう言わないでよ、アヤ。潜んでいるのと違って、操るのって思った以上に大変なのよ、もう疲れちゃったわよ」


 言い終わると、即、天姫は、アヤの肩口まで駆け上り、毛繕いを始めた。その素早さを見る限りでは、全く、疲れているとは思えなかった。

 アヤは小さく嘆息すると、


「もう。我侭なんだから――」


 そんな愚痴を零しながらも、倒れた幼女の身体を抱え上げ、そのまま、靴も脱がずに部屋の中へと入っていった。



 狭い廊下を潜り、奥のリビングへと進んでいく。

 既に何度も足を運んだ部屋ではあるので、明かりは無くともアヤには分かる間取りとなっていた。

 ダイニングと呼ぶには狭すぎる煩雑な部屋を通り過ぎ、不似合いな大画面テレビの置いてある、これもまた、広くも無いリビングに辿り着くと、アヤは、部屋の隅で、遠慮がちに敷いた布団の上で眠っている篠垣少年の隣に、幼女の身体を横たえた。


 毛繕いに満足したのか、肩口の天姫が質問を投げ掛けて来る。


「それにしても、なぁに、夕方のバカげた神通力の子。いったい何者なの? 騒がしいから様子を見に降りて行ったら、とんでもない目に会わされちゃったわよ。しばらく意識を飛ばされた上に、直接『浄化光(じょうかこう)』を浴びた訳でもないのに、引きずり出されそうになっちゃったわよ」


 まるで「反則(チート)だわ!」とでも言いたげに、天姫がぷんすかと憤ると、アヤは何かを探るべく周囲を見回しながら言った。

 それはまるで、料理の片手間で我が子をあやす、母親のような振舞いであった。


「それは仕方ないわね。だってあの子は『色付き』なんだもの」


「えぇ!? そうなの。それってアヤと同じって事?」


 天姫は即座に反応した。そして、驚き、質問を継ぎ足した。

 アヤは、見つけた少年の学生鞄(スクールバッグ)を拾い上げると、ファスナーを開け、中を探りつつ答えた。


「同じか――と言われればそうかも知れないけれど……でも、本質は全く違うわね」


 その答えは、アヤだけが納得する否定の言葉であった。

 天姫は、即、首を斜めに捻ると


「それってどういう事?」


 また、質問を投げ掛けて来る。と、アヤは学生鞄(スクールバッグ)の中に目的の物が無かったのか、元の位置に投げ置くと、


「だって私は暗赤翼(グラニータ)、混ざりものなの。あの子は黒翼(ネーロ)、純粋なのよ」


 と、また、別の場所を探りつつ片手間で答えた。しかしその答えは、やはり、アヤだけが納得の出来る答えでしかなかった。


 結局、何の意味も分からないまま、天姫は質問を続ける。アヤもまた、目的の物が見つからないのか、時折、嘆息を交えながら探し続ける。


「う――ん。良く分かんないけどさ、それってつまり、あの子と喧嘩したら、アヤが負けちゃうって事?」


「うん? そうねぇ……。今の内なら私が勝てる――かな? でも、明日になると分からないわねぇ」


「え? え? それってさ、それだけの能力をあの子が秘めてるって事?」


「えぇ、そうよ。今は持て余した強い力をぶんぶん振り回しているだけなんだけど、技術が伴えばさすがに厄介ね。地力が違うから勝ち目がないかも」


 すると、即座に天姫は、


「嘘! じゃ、今の内にやっつけなきゃいけないじゃない。今なら勝てるんでしょ? アヤ。早く何とかしないとダメじゃない!」


 慌てて全身の毛を逆立てながら、まるで天敵にでも出くわしたかのような不安いっぱいの声で騒ぎ立てた。

 と、その様子を見てアヤは、くすくすと笑いながら答える。


「無理言わないでよ天姫。あの子一人倒せたとしても、そのあと、全ての【天使】を敵に回さなきゃいけなくなるのよ。割に合うわけないわ。それにね――」


 アヤは探し物の手を一旦止めると、とても楽しそうに笑ってから、


「――もう一人、手強そうなのが近くに居たでしょ? そうそう簡単にはいかないわよ」


 その言葉に、天姫は、更に驚くと、


「えぇっ!? 手強そうって――あの変な犬みたいなのに連れてかれちゃった子が?」


 とても信じられない、と言ったように声を上げた。

 それを聞いてアヤは、もっと楽しそうに笑うと、


「そうよ。随分と『呪い』にやられてたようだけど、それでも動いて、あれだけの技を見せるんだもの。相当に鍛えてあるし、相当に我慢強い子だと思うわよ。それに、手の内が見えないって事を考えると、むしろこっちの子の方が敵としては厄介ね。あぁ言う優等生染みた子の方が、諦めが悪くて怖いのよ」


 などと言いつつも、アヤは何故だか楽し気に、終始笑顔を浮かべていた。そして最後に一言、


「ちなみにあの子も『色付き』よ」


 とたん、天姫の声が大きくなる。


「え――っ! そうなの! でもでも……どうするのよ!? アヤみたいなのが二人も居るんじゃ、負けちゃうじゃない!」


 慌てる天姫に対し、アヤはまた楽し気に笑うと、今度は自信満々に答えた。


「安心して頂戴。その程度の条件で負けはしないから。相手も無敵ではないし、万能でもない、手の打ちようはいくらだってあるのよ。だからひとまず撤収するの。何も直接ぶつかるだけが勝負じゃないのよ。今はね、むしろ『逃げるが勝ち』なのよ」


「え――。逃げるのぉ?」


「そう、逃げるの。古い文献にだって、ちゃんと書いてあるんだから。『三十六計逃げるに如かず』とか『逃げを知らずば勝ちは無し』とか『逃げるは恥だが役に立つ』とかね」


 アヤは、格言を引用しながら、さらりと言ったかと思うと、止めていた手を、また、動かしながら、楽しげに笑った。

 天姫は「う――ん……」とまだ、愚図るように声を零すと、アヤに問い掛ける。


「でもさぁ……結構気に入ってたんじゃないのこの子の事」


 眠っている少年を見据えながらの言葉であった。と、促されたアヤも、探る手を止め、少年を見据えながらに返した。


「そうねぇ。からかい甲斐のある子ではあったわね――」


 と、そこで、アヤは肩を竦めると、


「――でも、私、年下は趣味じゃないのよ」


「えぇ――っ!?」


 再び、天姫は驚いて、


 「そうだったの!? 手を握らせたりしてたみたいだったから、てっきりアヤもそうだと思ってたわよ!」


 まるで、初めてヒーローショーの裏側を知った子供のように目をまん丸くした。

 その言い草に、アヤはまた、くすくすと笑うと、


「今どき、その程度の事で恋愛に結び付ける子はいないわよ。天姫は随分と純粋(ピュア)な心を持っているのね」


 つい、からかうような調子で言葉を繋いだ。――しかし、残念な事にアヤの本意は天姫には通じず、それどころか、予想外にも、




「えぇっ!? だとしたら酷いわアヤ。この子、アヤに相当惚れ込んでたみたいだったのに、騙されてたって事なのね!」




 と、からかった当人が、何故だか責められた気分になる言葉を返されてしまった。

 アヤは、僅かに苦笑いを浮かべると、


「あ……あら、騙すだなんて――私には、とてもそんな風には見えなかったのだけれど?」


 何とか言葉を繋げ、感情を誤魔化しながらも切り返してみる。が、それでも天姫に本意は通じず、それどころか天姫は堂々と胸を張ると「そんな事無いわ」と前置いてから、はっきりと言い切るのであった。




「だって、夜中にアヤの名前を呟いて、何やらごそごそやってたくらいだったもの。何をやってたかまでは分かんなかったけど、もし、それが寝言だったとしても、それは、アヤの事を、夢に見る程に慕ってたって事でしょ。やっぱり酷いわよ、この子はアヤに弄ばれちゃったのよ」




「……あ、そう」


 天姫の言った内容が何を意味していたのか? アヤには、すぐに察しは付いたのであったが、下手に内容には触れず、呆れた笑いだけ浮かべると、


「――そうね。それは、()()()しちゃったのかもね」


 と、違う意味にも取れるような、そんな、意味深な言葉で締めくくった。

 すると、その言葉に乗っかって天姫が言う。


「そうよ、悪い事しちゃったのよ。アヤは罪な女なのよ」


「……そう」


 アヤはまた、僅かに嘆息すると、本当に意味が分かって言ってるのかしら? と、先程とは違う苦笑いで以って天姫を見る。

 と、そこで、


「――あ、そうか」


 アヤは、ふと、何かに気付いたように呟くと、寝ている少年の傍へと歩み寄り、次いで、布団の下に手を突っ込んで、少年の頭の下辺りをごそごそと探った。

 すると、何かを見つけたのか「あ、あった」と小さく呟くと、その見つけた何かを取り出し、ひと(こと)言った。


「やっぱり男の子って、こういう所に隠すのね」


 呆れた口調と表情であった。


 アヤが見つけた物。それは、逆さ十字の紋章が付いている本であった。

 アヤはすぐさまペラペラとページを捲ると、本の中身を確認し、間違いないわね、と満足してから本を閉じた。

 と、その時、一枚の紙片が閉じた本からはみ出ている事に気付く。何かしら? と思い、アヤが引き抜くと、それは、図書室で本を読んでいるアヤの姿を写した写真であった。

 いつの間に撮ったのか、ピントは合わず全体的にぼやけた感じの、いわゆるピンボケ写真ではあったが、見る者が見れば、紛れもなくアヤだと分かる写真であった。


「まぁ、油断も隙も無い――」


 アヤは写真から視線を外し、少年を見据える。


「――あれほど、魂が抜かれるから写真は嫌いと、言っておいたのに、悪い子ね」


 愚痴をこぼす。

 写真を撮られると魂が抜かれるから――と言った理由は、もちろん大嘘であったが、撤収する際に余分な手間を省けると言った理由から、アヤは、少年と出合った当初から「写真は嫌いだから、撮らないでね」と彼に告げていたのである。

 まだ、一年にも満たない期間ではあったが、彼は良い隠れ蓑であったとアヤは思っていた。しかし――。


「やっぱり、悪い子にはお仕置きしなくちゃダメよね」


 アヤはそう呟いて、薄く口端を上げると、さて、どんな罰を与えてあげようかしらと、楽し気に思考を巡らせる。と、


「ねぇ、アヤ。この子の記憶を消しちゃう前に、聞いておきたい事があるんだけど」


 また、唐突に、天姫が質問を投げ掛けて来た。

 思いの(ほか)、真剣な天姫の声に、アヤは巡らせていた思考を止めると、


「良いわよ。何かしら?」


 何気なしに答える。

 すると天姫は、改まって少年を見据えたあと「ちょっと、気になったんだけど……」と、前置いてから口を開いた。




「この子の願い事って、いったい何だったのかしら? もし、妹ちゃんが邪魔で、存在を消したかったのだとしたら、アタシは何だか悲しいわ」




 その言葉に、アヤは驚きを覚えた。

 表情にはおくびにも出さなかったが、思いの(ほか)、本人は動揺していた。よもや天姫が『悲しい』などと言う言葉を使うとは、夢にも思わなかったからである。

 今までの天姫ならば、無邪気に楽しみこそすれ、泣いたり悲しんだり、それこそ、哀れんだりする感情を口にする事は無かった。それが、唐突に『悲しい』などと言い放った訳である。

 この状況を例えるならば、一緒になって蟻の行列を踏みにじって遊んでいた幼馴染が、ある日突然、可哀相だからと止めに入ってきたような感覚である。


 もしかして――とアヤは思う。


 しばらくとは言え、天姫は、幼女の中に入り、少年と一緒の日々を過ごした。その事が影響して、感化されたのだとしたら、或いは――。


 ――ちっ。


 アヤは、今、この場を引き払う事を惜しいと思った。もうしばらくここに天姫を隠しておけば、新たな発見に繋がったかも知れないのに――と、(ほぞ)を噛んだ。しかし、そんな事をして見つかってしまっては、それこそ、今までの苦労が全て水の泡と化してしまう。


 アヤがその事に気を取られ、しばらく悩んでいると、催促する様に天姫が声を掛けて来た。


「ねぇ、どうしたのアヤ? 急に黙り込んで。やっぱりこの子ってば、殺したい程憎んでいたって事なのかしら?」


 その声に、アヤは「ニコリ」と微笑むと、その問いに答えを返した。


「いいえ、違うわよ。確かに妹ちゃんの癇癪(かんしゃく)には困っていたようだったけど、殺したい程憎んでいた訳ではなかったわ。精々、勘弁してくれって思っていた程度よ」


「じゃ、いったい何だったの、この子の願いって?」


 アヤは少年に視線を戻すと、穏やかに微笑んでから口を開いた。


「それはね、ごく自然な事よ。誰もが願う当たり前の事をこの子は願っただけよ」


「当たり前の事?」


「そう――」




 ――両親を生き返らせて下さいって願っただけよ。




 その言葉を聞いて、天姫は、安心したように息を吐くと言った。


「なぁんだ、そんな事か。心配して損したわ――」


 そして引き続き、


「――でも笑っちゃうわね。そんな事、【神】にも出来やしないのにね」


 と、今度は、アヤの真似でもするかのように「クスクス」と笑い出した。

 それを見据え、アヤは肩を竦めると、


「そうね。それが出来たら、私たちがこんな苦労しなくて良いのだものね」


 と、天姫と同様「くすくす」と笑った。


 この時、アヤは少年への罰を思い付いた。薄く口端を上げ、徐に踵を返す。と、少年の学生鞄(スクールバッグ)の中からペンを取り出し、自身の写ったピンボケ写真の裏に一文を書き記した。


 それを見て天姫は、首を傾げ、また、尋ねて来る。


「ねぇ、アヤ。一体なんて書いてあるの?」


 アヤの記した文字。それは、日本語でも英語でもなく、例の逆さ十字の本に記してあった文字であった。もちろん天姫の知らない文字である。


「さぁ? なんて書いてあるんでしょうね」


 悪戯っ子のようにアヤがもったいぶると、


「え――っ! 良いじゃない教えてくれたって。ねぇねぇ、なんて書いてあるの? アヤ、なんて書いたの!」


 天姫も、好奇心旺盛に尋ねて来る。

 しかしアヤは、もっと悪戯っぽく笑うと、


「だーめ。教えな――い。これはね、おまじないの言葉なの。だから簡単に教えてはいけない言葉なのよ」


 と、嘘か本当か分からない言葉で、拒否を示した。

 するとやはり、天姫は駄々をこね、


「え――っ! 教えてよ、アヤのケチんぼ。そんな意地悪するんだったら、アタシ、もうアヤとは口聞いてあげないわよ! それでも良いの!」


 脅迫にもならない脅迫をしてくる。

 アヤはもっと「くすくす」と笑うと、


「どうぞどうぞ、ご自由に」


 とたん、天姫はへそを曲げ、


「フンだ。アタシ本気だからね。今から謝ってももう遅いんだからねっ!」


 そう言ってそっぽを向くと、勿体付けるように、何度か振り返ってからコートのポケットに潜り込んでいった。そして数秒の後、もう一度、顔だけ出すと、


「本気だからねっ!」


 と、念を押しをしてから、また引っ込んでしまった。


 アヤは、僅かばかりに肩を竦めると『さて、何分持つのかしら?』とほくそ笑んでから、改まって少年に向き直り、ピンボケ写真を少年の枕元に置いてから言った。




「この写真はあなたへの罰よ。私との約束を反故にして自らの欲求を満たしてしまったあなたへの罰。消えてしまった記憶の端にこびり付いた、私の影を探して悩みなさい。それがあなたの懺悔であり、贖罪の術。もし、そこから、再び私を見つけられたなら――」




 アヤはそこで言葉を止めると、少し逡巡してから、




「――そうね。その時には、ご褒美にキスの一つもしてあげるわね。だから頑張ってね、篠垣良太くん」




 そう言い置くと、アヤは「パチン」と指を鳴らした。


 乾いた鋭い音が、狭い室内に響くのであった。





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