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天使たちはかく語りき  作者: たかはらナント
1/13

プロローグ 其の一 黒翼の少女

 黒翼(ネーロ)の少女


 満月が照らす高き電波塔の天辺で、一人の少女が佇んでいた。

 電波塔の天辺はあくまでも天辺で、最上階より上を意味する。

 柵も壁も何もない鉄の先端に佇む少女は、何かを探すように、そこから、箱庭程度の大きさとなった暗い街並みを見下ろしていた。


 歳の頃は十五、六と言ったところだろうか、闇に溶けるような黒く長い髪をたなびかせた少女は、黒のスタジアムジャンパーに黒のショートパンツと黒一色で、その長い髪には不似合いなボーイッシュな恰好で身を包んでいた。

 足元には、黒の少女とは正反対な真っ白いネズミが一匹ちょこまかと動いている。


「お嬢……やっぱり見つけるんは無理ですって――」


 白いネズミがそこまで言うと、黒の少女は唇に指を当て「しっ」と窘めた後、


「見つけた」


 と、呟いてからその身を宙に躍らせた。

 見る見るうちに落ちていく黒の少女。その後を、白いネズミも飛び込んで追いかける。


「ちょ、待ってぇな、お嬢!」


 白いネズミは空中で黒の少女に追いつくと、離れぬようにとスタジアムジャンパーの袖を掴んで張り付いた。

 そんな事には気にも止めず、ぐんぐんとスピードを上げて落ちていく黒の少女。と、地面のスレスレになってから、その背中に、カラスのような黒く立派な翼を広げた。

 とたん進行方向が『垂直』から『水平』へと変わる。

 方向を変えた黒の少女は落下の勢いそのままで、狭い路地へと飛び込んで行った――。



 黒の少女の目指す先には一組の男女が居た。男はラフなスエットに身を包み、女はシックなペンシルスカートのスーツを着ていた。女の手には料理に使うペティナイフが握られており、二人とも、靴は履かずに裸足であった。


「あの()は違うんだって、だから落ち着け、な、な」


 男は窘める言葉を吐くが、女は聞く耳を持たない。その眼は既に常軌を逸しており錯乱している事が一目で分かった。


「もういいの、そんなの聞きたくないの――」


 女は涙を流しながら言葉を絞り出す。そして、まっすぐナイフを持ち上げると、


「――ねぇ、一緒に死のう」


 男に襲い掛かった。

 と、その時、


「はい、そこまで!」


 飛び込んで来た黒の少女が、すれ違いざまに手刀を振り下ろし、女の手からナイフをもぎ取った。

 勢いのまま靴底を滑らせて着地する黒の少女。背中の翼は既にしまい込んでいる。


 一瞬の出来事に、男女とも、何が起こったのか分からず怯む。

 黒の少女がすかさず「白水丸(はくすいまる)!」と、白いネズミの名を呼ぶと、ネズミは「ハイな!」と言葉を返し、一本の薙刀へとその身を変貌させた。


 その薙刀を手に取って、くるくると回した黒の少女は、柄を地面に突き立てた後、真っすぐ眼前に構え、


「はぁっ!!」


 気合を入れた。


 瞬間、眩い光が(やいば)から溢れ出す。

 光を浴びた女は苦しみもがく。

 喉元を手で押さえ、口から黒い煙を吐き出して、苦しみの内にのた打ち回る。


 女は黒い煙を吐き切ると、動きを止めて気を失った。

 吐き出された黒い煙はその場でもやもやと蠢めくと、人の形を成していく。目も鼻も口もないただ人の形を成したモノ。

 厚さも持たないそのモノは『影』と表現した方が似合っているのかも知れない。


 黒の少女は、影となった物体を見据えると、




光刃(こうじん)滅消斬(めっしょうざん)!」




 掛け声と共に飛び掛かり、光る刃で一太刀にした。


 声にならない叫びをあげて、影は宙へと霧散していく――。



 ほんの僅かの出来事であった。近隣住民たちも、精々、酔っ払いが管を捲いているくらいにしか思わないほどであった。

 目の前で起こった現実を理解出来ずにいる男は、締まりなく口を開いたまま、呆然と立ち尽くしていた。



 薙刀から姿を戻したネズミが言う。


「お嬢……今の掛け声、何ですのん?」


 すると黒の少女は胸を張り、


「うん。カッコいいでしょ」


 瞳も輝かせた。

 得意気なその声に、ネズミはトホホと呆れると、仕方なく、続きの言葉を吐き出すのであった。


「……まぁええですわ。それよりもお嬢、まだお役目が残ってまっせ」


 ネズミに促されると、黒の少女は『あ、そうだった』という表情をして、取り残されていた男に対し声を掛ける。


「脅かしてごめんね。じゃ、今のこと忘れよっか」


 そう言って、黒の少女がパシンと手を合わせると、男は、電池の切れたおもちゃのように動きを止めて(ほう)けるのであった。




 ◇◇◇




「カーマイン=ローズ!」


 自身の名を呼ばれ、黒の少女はビクリと肩を竦ませた。

 目の前にはアラサーと思しき金髪の女性が目を吊り上げており、こめかみには、青筋まで立てていた。

 彼女の胸元に付いている名札には『ヘリオト=ローペ』と刻まれている。

 役所のロビーのようなその場所で、黒の少女こと『カーマイン=ローズ』は、彼女から、こっぴどく説教を受けている最中であった。


 衆人環視の好奇な視線に晒されながらも、ヘリオト=ローペは我慢の限界と言うように、カーマインに声をぶつける。


「私が聞きたいのは、あなたに【天使】としての自覚があるかと言う事です。何を食べていて遅れたかなど、聞いているのではありませんっ!」


 怒気のこもった大きな声が響いたのであった。



【天使】――そう、彼女たちは人界の者では無い。【神】が作りしシステムの一端なのである。

 便宜上システムと呼んではいるが、機械的な構成要素を示すのではなく、抗体反応とか自浄作用とか、そんな意味合いでの自然界における防衛機構を示していると思って欲しい。

【神】が奇跡と呼んだ人界の者達を【悪意】から守るシステム、それが、彼女たち【天使】の役割なのであった。


【悪意】とは、感情に寄生し進化の妨げとなる存在の事で、人界の者たちが進化を始めたその頃から存在を現し、どのように現れ、どのような害を及ぼすのかは様々で、現在を以ってしても不明の多い存在である。


 システムと明言する以上【天使】たちはきちんと組織化されており、統括本部を中心に各方面本部から支部へと管轄区域も分けられていた。

 もちろん身分を表す階級も存在し、カーマインの階級は下から二番目の『二級執行官』であった。

 日本の警察組織で例えると『所轄警察署の新米刑事さん』くらいの立場で、いわゆる現場担当の末端というヤツである。持っている権限までは一緒では無いので、あくまで想像的目安の話だ。


 ヘリオト=ローペの大きな声は、まだ続く。


「発現対象を見失うなど言語道断です! 浄化できたから良いようなものの、もし取り逃がしでもしていたら、人界にどのような影響が及んでいたか分かったものではありませんよ!――」


 言葉の勢いは一向に衰える気配を見せなかった。野次馬根性で見ていた者たちも、いい加減カーマインが気の毒になってきて、その場を離れていった。しかし、大きな声は、まだまだ言い足りぬと許してくれそうにない。


「――過去の記録では、たった一つの【悪意】の所為で、大きな戦争が起こった例もあるのですからね! だいたい、いつも言ってるではありませんか、食事の時間にはあれ程注意しろと――」


 ……!…………この間もっ!


 ……!……!


 ……いい加減にっ!


 ……っ!…………!


 ……!……そう言えば、あなたっ!


 ……。



 まだ続くので中略――。



「――良いですか! 始末書は明日中に提出する事。分かりましたね!」


「は……はい……」


「返事はハッキリと!」


「り……了解しましたっ!」


「よろしい。では戻って結構です」


 ………………………………


 ………………


 …………


 ……はぁ。



 ようやく解放されたカーマインは、ふらふらとした足取りで、自室のある宿舎へと向かった。

 一緒に付き合わされたネズミの白水丸も、スタジアムジャンパーのポケットから顔を出してげんなりしていた。

 どうしてあれ程までに怒る事が出来るのだ、きっとカルシウムが足りないからだ。と、カーマインは自身が原因である事を棚に上げ、愚痴るのであった。

 まぁ、一時間も叱られたのだから無理もない。


 自室の扉を開け、中に入ると、ルームメイトの『シアニー=ウェスタリア』が、くすくすと笑いながら出迎えてくれた。彼女の肩までの金髪が、その笑顔に合わせ、サラサラと揺れていた。


「お帰りカーミィ。ヘリオトさんに大きな声で説教されてたって聞いたわよ。今度は何をやらかしたのかしら?」


 その言葉に、カーマインは不機嫌な表情を作ると答えた。


「し、失礼な。何もやらかしてないよ。食事をとってたらちょこっと時間が過ぎちゃって、ちょこ――っと監視対象とはぐれちゃっただけよ。騒ぐほどでもなかったのにさ、あんなに怒るんだもん、ホント酷いよ」


 そのままドサッと自身のベッドに倒れ込む。精神的にものすごーく疲れた為である。自業自得である事はこの際置いておこう。

 ちなみにカーミィとはカーマインの愛称である。仲の良い友人たちは皆この愛称で呼んでいる。決してピンクの丸いヤツをもじった訳ではないので、間違えないでやって欲しい。

 なので、こちらも親愛を込めて『カーミィ』と呼ぶことにする。とは言いつつも、今の不貞腐れた姿を見る限りでは、とても親愛の情など湧き難いのではあるが……。


 その不貞腐れた姿を見据えながら、シアニーは呆れて笑う。


「そう、結局、遅刻はしちゃった訳ね」


 すると、白水丸が割って入り、


「はぐれたどころやおまへんがな、完全に見失ってましたがな。よう言いますわ」


 自身の寝床に移りながら、そうぼやいた。それを聞いたカーミィは口を尖らせると、言葉を詰まらせながらも反抗を示す。


「そ、その原因を作ったのは白水丸じゃないの。いきなりテーブルの上なんかに飛び出してくるから、大騒ぎになったんでしょ!」


 あの時、好物のハンバーガーを堪能していたカーミィのポケットから、不意に白水丸が飛び出してきた。それを見た近くの女性客が『キャー、ネズミよ!!』と騒ぎ立ててしまったが為に、その場はてんやわんやとなったのである。


 店内を逃げ回る白水丸を残して出て行く訳にもいかなかったカーミィは、騒ぎを覗く野次馬の振りをして、その場に留まったのであった。


 カーミィの無慈悲な言葉に、白水丸は頬を膨らませると不服の言葉を返す。


「ワイの所為にせんといてぇな。悪いんは、お嬢が時間を気にせんと、いつまでもハンバーガー食うとったからですやん。ワイかて好きで顔出したんとちゃいまっせ」


 時間の事を言われると、ぐぅの音もでないカーミィであった。

 現に、好物のハンバーガーの美味さに幸せを感じ過ぎて、時間を忘れていたのは確かであった。

 白水丸はそれを咎める為に『いい加減にせんと、間に合いまへんで』と、テーブルに登って告げたのである。それでその騒動である。責任がどこにあるかは明白である。


 ぐぬぬぬぬ。


 確かに、時間を忘れて食事を堪能していたのは悪かったが、かといって、このまま、従者に言い含められるのは主として気に入らない。何とか言い返そうとカーミィが思考を巡らせていると、傍で聞いていたシアニーが、


「ふぅん、遅れた挙句に対象喪失……それは叱られても仕方ないわねぇ。でもあなた――」


 彼女の目付きが鋭く変わった。


「――まだ何か隠してるでしょ?」


 それはまるで、獲物を見つけたハヤブサのような目付きであった。同時に「シャキ――ン」と、擬音まで伴った気がした。


 カーミィと違い『分析官』と言う立場のシアニーは、人界での活動は行わない。主にカーミィたち実行部隊から任務遂行時の状況を聞き取り【悪意】の情報を集め、記録分析をする立場にあった。階級は『二級分析官』カーミィを説教したヘリオト女史は、シアニーの同僚であり先輩にあたる。


 しかし、年中同じところで活動する彼女たちは、代り映えの無い毎日に飽きないまでも、刺激は求めていた。つまり、今回のような失敗談は、まさにお喋りのネタとなる垂涎もののご馳走であった。


 マズいヤツに勘付かれた! と、カーミィは冷汗を流す。

 そんな思いとは裏腹にシアニーは追及を開始する。


「あなたってば、隠し事をしていると、言葉を詰まらせる変な癖があるのよね。それを今やったと言う事は――やらかしたのはそれだけじゃないって事でしょ? ヘリオトさんには気付かれなかったようだけど、私には分かるわよ。一体何を隠しているのかしら?」


 鋭くなったシアニーの目付きが、先程の、怒ったヘリオト女史の顔より怖かった。


「か、隠してる事なんて……ある、訳ないじゃない」


 カーミィは平静を装うべく顔を背けて視線を避けたが、残念な事に、また、変な癖が出てしまっていた。

 それを確認したシアリーは「ふぅん」と小さく呟くと、口端を上げる。

 こうなってくると元々噂好きでもあったシアニーは、更に目付きを鋭くして追及の言葉に拍車を掛けた。この時の彼女の眼は既に、獲物を見つけたハヤブサから、獲物に食らいついたスッポンへと変わっていた。


「あぁそう」


 シアニーはそう前置くと、


「別に無理に話せとは言わないわよ。あとからバレて困るのはあなただけだしね。でも、友人としてそれは可哀相だと思うから、こうして手を差し伸べているのだけれど――」


 続けて、


「――そうね、差し伸べた手を気付かれないからと拗ねるのは大人気おとなげなかったわね。きっとあなたは私を巻き込まないようにと気遣ってくれたのよね。でも友人としてそれは残酷な行為だわ、同じ部屋で寝起きするだけの薄っぺらな関係だとでも言われているようで心外だわ――」


 更にスピードも上げて、


「――本来なら、あなたから話してくれるのを待つべきなのでしょうけど、私としてはそんな苦しんでいるあなたを見てられないの。おせっかいと罵られようとも私は追及を止めないわ、だってこれは、あなたの為を思っての行動ですもの。私は今でもアカデミー時代の事を後悔しているの。あの時、あなたにもっと厳しく言及できていたのなら、決してあのような結果にはならなかったと思っているわ。だってあの時のあなたは――」


「分かった、分かった話すからぁ! アカデミーでの話は止めてぇ!」


 カーミィが耳を塞いで嘆願すると、シアニーは停電が起きたテレビのように『プツリ』言葉を途切れさせてから、


「――あらそう? じゃ、話してくれる?」


 と、さらさらとした金髪を耳に掛けながら、カーミィの隣にスッと腰を下ろすのであった。


 まるで、ガトリングガンの弾の如く飛び出したシアニーの言葉に、カーミィは敗北感を覚えると、


「……この意地悪(いけず)


 と、涙目で呟いてから、その時のいきさつを吐露するのであった。


 さぁどうぞ、と差し出されたシアニーの手の平が、尋問官じみて冷たかった。



 ◇◇◇



 人界省――これが、カーミィたち【天使】を動かす組織の冠名である。

 そこに、本部やら支部やら課やら係などの名称が色々とくっついて、整ったのがそれぞれの部署名となる。


 人界省、東亜細亜方面八洲(やえす)支局、執行部、執行課、強行一係。


 これが現在、カーミィの所属する部署の名称であった。

 ちなみに最後が分析一係となるとシアニーの部署になる。


 彼女たち【天使】は、まず、方面本部局の『預言部』と言う所から【悪意】発現候補者の通達を受けて行動を開始する。

 発現候補者一人に対し【天使】が一人で対応し、発現予定時刻となるまでの間、その動向を監視する。

 その後、発現を確認したならば速やかに浄化を実行し、何も起こらなければ即帰還となって、担当分析官に活動報告を提出した後、任務終了となる。


 そして今回、カーミィは、その発現時刻に候補者を見失うという大ポカをやらかしたのであった。

 しかし、その事は、先ほどヘリオト女史によってこってりと絞られている。と、言うことは、カーミィが隠しているのはそれ以外の別の事。と、言う事になり――。


 一通りの顛末を聞いたシアニーは、確認を含めて復唱する。それを聞いてカーミィは相槌を打つ。


「それで、見失った候補者を探す為に、電波塔の天辺に登って――」


「うん」


「神通力で『遠望聴視(えんぼうちょうし)』を使って、候補者を見つけて――」


「うんうん」


「翼を使って急行した後、浄化して、傍に居た男の記憶を消した――と」


「うんうんうん」


「なるほど――」とシアニーは頷いてから、


「――あなたってば、そんな重要な事、良く黙っていられたものね」


 と、呆れる。


「だって――」とカーミィは言い澱み、


「――監視カメラも無い狭い路地だったし、他に誰もいなかったし、男の記憶もちゃんと消して置いたし、じゃ、これで良いかなって……」


 まるで幼い子供が拗ねるような言い訳であった。


 それを聞いたシアニーは「じゃ。じゃないでしょまったく――」と呟くと、


「それでも、報告は義務でしょう?」


 と、叱りつけるのであった。その姿は、まんま保育園の保母さんそのものであった。


 実のところ、この中で一番問題となる行為は、意外に思うかも知れないが、翼を使ってその場に急行した事である。

 決して翼を使ってはいけないという訳では無いのだが、使った場合には詳細に報告する義務が発生する。

 人界の者達に【天使】の存在を知られる事は、進化の妨げになり得ると【神】が禁止した事柄のひとつであった。それ故、【天使】たちはその事実を知られぬようにと、常日頃から注意を払って活動しているのである。


 決して、今まで、誰一人として、存在を知られた事はない――という訳ではもちろん無く、その度に【天使】たちは、記憶を消したり、デマを流したり、或いはオカルトめいた都市伝説としたりして、事実を隠蔽して来たのである。


 それに、報告義務とは言っても、当初はそんな大仰しいものではなく、それこそ口頭で『飛んでるところ見られちゃったかも知れないから後の確認よろしくね』くらいであったのだが、昨今、人界の状況は一変してしまった。

 進化の度合いが進み、テクノロジーが発達し、ネットワークと呼ばれる環境が整った。

 この事は彼女たち【天使】の努力の賜物でもあるのだが、反対に、行動を制限する結果にもなってしまった。


 最たる要因は映像技術が発達してしまった事。

 防犯カメラや沿道監視カメラ、スマートフォンに至るまで、ありとあらゆる映像記録媒体の性能が向上し、そこかしこに光るようになってしまった事。


 近年、翼を広げ飛んでいる姿が映像として見つかると、それがインターネットによって拡散され『フライングエンジェル』の名で世界中の話題となってしまった。

『対策部』の対応が適切であった為、ネッシーや雪男のような、真偽不明のオカルト映像として認識されるようにはなったのだが、それ以来、翼の使用は出立(しゅったつ)及び帰還時以外は控えるようにと指導されているのである。


 そして現在、その頃よりも映像技術は更に進化しており、それ故、翼使用時の報告内容は日に日に詳細化されていった。

 何時何分は当たり前で、何処から何処までの区間? 飛翔高度はどのくらい? 映画やテレビの撮影は無かったか? ――ごく最近では、有名動画投稿者はいなかったか? ドローンは飛んでいたか? 等々が追加され、地味に手間の掛かる作業として【天使】たちの間で疎まれるようになっていた。

 報告書が苦手なカーミィが隠したくなるのも無理はない。


 しおしおと小さくなるカーミィに


「どうせ始末書、書かされるんでしょ?」


 と、シアニーは言い置くと、ため息を吐いてから、


「そんなにしょげないの。話を聞いた以上手伝ってあげるわよ。始末書を書く時に目立たないように書くといいわ」


 と、慈悲のある言葉を掛けるのであった。

 その言葉を聞いてカーミィは、


「あ……あ、ありがとうシアニー!」


 と、瞳を潤ませ喜んだのだが――、


「――その代わり」


 と、シアニーが続きの言葉を吐き出すと、瞬間、その表情を寸止めにした。


 手の平を眼前に付き出して、シアニーは告げる。


「チョコレート。持ってるんでしょ。さっきから良い匂いがしてるわよ。それで手を打ってあげるわ」


「えー……」


 心境一変。カーミィは身体を捻ってポケットを隠す。


 実のところ天界の食べ物は味気ない。栄養源としては完璧に申し分ないのであるが、嗜好品として捉えると、人界のモノとは比べ物にならないくらいに差がある。

 例えるならば、あんこの入ってないドラ焼きを食べる様なモノ。シロップ無しでパンケーキを食べる様なモノ。ケチャップの付いていないハンバーガーを頬張る様なモノであった。

 今回、このような慌ただしい事になってしまったが為に、カーミィは手土産を買う暇が取れなかった。なので、このチョコレートは、何とか持ち帰った虎の子ともいえる一枚だったのである。


 それをシアニーに要求された。

 次の任務に就けるのは、明日になるか、それとも一週間後になるかは分からない。もし、その間に休暇が取れたとしても度重なる失態の所為で、人界へ降りる許可が出るかは分からない。


「こ、これは……今回、これしか買う時間が……」


 何とか渡さずに済む方法が無いものかと悩んでいると――、


「別に、無理にとは言ってないわよ。だって、あなたが一人で頑張れば済む話ですもの」


 ――シアニーにトドメを刺された。


 冷たさの染みるその言葉に、カーミィが震える手でチョコレートを差し出すと、


「あら、良いの? 悪いわね」


 と、シアリーは、ニコリと微笑んでから、しなやかに受け取るのであった。


 彼女の目的が、元よりこのチョコレートであったとは気付かないカーミィであった。






 ここまで読んでいただいた方。有難うございます。たかはらナントです。


 とりあえず始めてみました「天使たちはかく語りき」いかがだったでしょうか?

 まだ、序盤も序盤なので、面白いもくそも無いと思いますが、漫画やアニメと違う小説ならではの面白さなどが表現できればと思って書いておりますので、よろしくお付き合いくださいませ。


 次回はもう一人の主人公の登場です、ご期待ください。

 



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