かくれんぼ
子供の頃、数人でかくれんぼをした。
子供だったから怖いものなしで、狭い小さな隙間でも隠れることが出来た。山の中の荒れ果てたお堂の中、足場を作らないと入れない天袋の中、鬼を見ながら近くで息を殺して隠れる場所を変えながら、私達はかくれんぼを何度もしていた。
そして、ある日。
隠れたはずの一人が見つからないのだ。
夕暮れになり、誰かが大声で「○○くん、帰ろうー」と叫べば、他の子も続いた。
その声で、周りの大人も少し心配したのだろう。
陽気な声で「○○ー、もう出てこいー。おまえさん隠れるの上手いなぁー」と、一緒に叫び探した。
陽が完全に落ちた頃、大人たちも慌てだした。
灯りを持って山に入り、必死な声で見つからない子供の名前を叫ぶ。
私を含めた子供達は先に家に帰され、捜索が続く。
そこで、ふと誰かが気付いた。
「○○の親が何で居ねぇんだ?」
最初、単純な疑問だったのだろう、言葉が零れた感じだった。
だが、周りの大人達も気付きだす。
「そもそも、○○ってどこの家の子だ?」
「おめぇが知ってると思っていた」
「誰か子の親に連絡入れただが?」
「連絡しないと不味いだろう」
だが、見つからない子供の名も親も誰も知らないのだ。
「狸かなんかにばかされたんじゃねぇのか?」
誰かが言った、その言葉をきっかけに一度山を降り、子供達に確認しに行った。
すると、子供達は誰も覚えてないのだ。
見つからない子供のことも、その名前さえも。
つい数分前まで、子供の名前を叫んで探していた大人達でさえも、名前を覚えていない。
そのまま、狸や狐に化かされたと捜索は打ち切りになった。
でも、私は覚えているのだ。
もう名前は覚えていなくても、あの時一緒にかくれんぼして見つからなかった子供が居たことを。
私は、子供ながらに怖かったのだろう。
周りの子供達は覚えておらず、自分しか覚えていないこと。
もしくは、覚えてないふりをしているのに、私だけ覚えているという仲間外れになることを。
私は、結局見つからない子供の名前を言わずじまいだった。
そして、次の日に体調を崩してしまい、元々あった持病への影響を恐れ、都会の大きな病院へと親が連れて行った。
そのまま、持病を悪くし入院してしまい、そのまま何年も過ごした。
運良く、持病が快復し、人並みに生活できるようになったのは、成人してからだ。
そして、いつの間にか入院している間に見つからない子供のことは忘れていたのだが、家に帰り妙に押し入れや戸棚、暗い廊下へ繋がる扉の隙間に、恐怖を抱いていることに気付いた。
それは、誰かの息遣いや視線を感じるのだ。
そう、まだかくれんぼは続いているように、確かにあの子の気配を感じ取ってしまう。
退院をしたのに、帰宅してから暗い私を家族が心配するが、この恐怖を言えるわけがない。
あの時、一緒にかくれんぼをしていた妹に、何気ない昔話として触れてみたことがあるが、何も覚えていない様子だった。
ただ、最近私が帰宅してから、夢の中で視線を感じる、悪夢というか変な夢で目覚めが悪いと言っていた。
そんな妹が、ある日荷物も残したまま消えたのだ。
書き置きすらもなく、スマホも財布も、登校用の自転車さえも家に残したまま。
妹の友達、同級生、学校の担任、部活の顧問、バイト先の同僚、店長、少しでも交流がありそうな所には電話もした、直接会いに行き事情を話したが、誰も何も知らないそうだ。
いよいよ、警察に届けようとしたところで、両親が止まったの
だ。言葉そのまま、動きが機械的に止まったのだ。
そして、「私は何をしていたのだっけ?あぁ、そうだ明日の会議の準備が途中だった」
「私も洗濯物を干しっぱなしだったわ、急いで中に入れないと」
私は、戸惑ってしまった。
慌てて、妹のことを警察に届けようと叫ぶと。
両親は、私を不思議な目で見るのだ。そして、怯えながら私の事を、持病の再発を心配するのだ。
次の日、妹の部屋だったそこには、埃の被った段ボールや普段使わない脚立や大工道具等が置いてあった。
妹の形跡が世界から消えたのだ。
私は気が狂ったのか心配になった。
確かに、妹は居たのに何も残っていない。
いつしか、不可解な違和感を残しつつも、私も妹忘れていくんだと思った……思っていたのだ。
妹のことを忘れなければと思っていた頃、狭い小さな隙間から気配や視線を感じる。
また見つからなかった子供のものだと思った。
だが、その気配や視線がもう一つ増えていた。
それは、私以外覚えていない妹のものだった。
私は身震いした、途轍もない恐怖を抱いた。
そして、意識を失った私は、馴染みのある病室の天井を見上げていたのである。
今度はすぐに快復した……そう、周りに思い込ませ、さっさと退院した。
そして、私は昔にかくれんぼしていた場所へ還ってきた。
昔を懐かしみながら、山へと歩いていた。
そして、日没間際。
私はここまでどうやって来たかを思い出せないことに気付く。
スマホおろか、財布も持っていない。
電車に乗ってきた気がするのだが、小銭すらポケットに入っていない。
焦りはもう感じていなかった。
そう、そこらかしこに気配がするのだ。
息遣いがするのだ。
あの時、見つからなかった子供のも妹のも、その他に私が忘れているのかもしれない何者か達の視線。
肩を叩かれた。
その声は、見つからなかった子供の声でもあり、妹の声でもあり、他の誰かの声でもあったのかもしれない
私は、恐る恐るゆっくりと振り返る……。
「○○くん、みっけ」