第2話 〜ハーモニクス学園 共律学科Cクラス 〜
学校の入口付近に、立てかけられてる情報板を見ると。入学式の開始時間まで、あと十分を切っていることを知った僕は、校舎の通行路を辿って時間内に目的地にたどり着いた。
大きさ246メートル四方の大型体育館に集まった新入生達が、きれいに整頓されたパイプ椅子に腰掛けて、開会までの時間をソワソワとした様子で待っている。
新入生の誘導をしている教師に座る席を尋ね、椅子に座るのと同時に式が始まる。
無駄に長いお話を流し聴いていると、漸く最後の学園長挨拶になった。
「えぇ~。ここハーモニクス学園に学びを求めてくれたことを感謝します。ここでは2年で各分野の育成を終え、世に出す事を目的としています。」
「専攻学科に一年間多く在籍できますが。ここでは、殆ど個々人独自の研究開発や現場でのインターンを中心に行います。」
「基礎的な事柄は、最初の2年で叩き込むことになります。是非存分に励んで下さい。以上です。」
挨拶を締めた学園長が壇上から降まりる。
教師たちが席列の生徒達を三等分して牽引すると、そのまま校舎の中の教室に向かう。
僕の列に、今朝の獣人の青年が混ざっているのを、後ろ姿から見つけた僕はこれからがちょっと不安になる。
僕は、教室に入る前にプレートに書かれたCクラスの文字を見つける。
生徒全員が席に座るのを見届けると、牽引していた男は「お前たちの担任になるリンフォ・アクナだ。覚えとけ。」
そう自己紹介してから、言葉を切り。小さく咳払いをすると言いきった。
「まず俺は、お前達に期待している事はない。好きに学び、好きに遊べ。」
学園長の話の流れをぶった切る放任宣言に、クラス中がざわつくが、担任は気にする様子もなく続ける。
「1クラスには調律師と錬律師希望の生徒の数が半分になるよう調整されている。」
「お前たちは、共に学科を学び、演習場では実践的な訓練を分かれて行うことになる。」
「ハイッ。先生。発言よろしいでしょうか。」
「……何だ?アスミ・テルミナス」
生徒の反応を無視して話を進める教師に、エルフの女生徒が手を高く伸ばして話を遮ると、面倒くさそうな顔で、テルミナスと呼んだ生徒に続きを促す。
「何故、錬律師希望の方と一緒なのです?」
「テルミナスは、調律師希望だったか。」
「はい。」
「何故か……。当然のことだが、プロの現場では基本的に、調律師と錬律師が組んで仕事をする。」「未開放地域に近い所ほど、機会が多くなっていくもんだ。その予習だな。」
その言葉を聞いて、合同で学ぶ理由を理解した彼女は。「ここでパートナーが出来てれば、現場でやり方を調整しなくていいですもんね。」と不満そうな顔を引っ込めておとなしくなる。
それを確認して、教壇に用意していた紙の束。学業行事予定表を生徒全員に配る。
紙が行き渡ったのを確認したリンフォ先生は、言葉を続ける。
「さっき好きにしろとは言ったが、ここに書かれている行事には必ず参加してもらう。特に各学園合同競術大会は、優秀な生徒が居たら1年からでも、参加してもらう事があるからな。」
さらにざわつく僕たちを、またもや無視した先生は、更に続けた。
「お前達には、座学以外に演習場を使った授業の代わりに、特別研究室を使って新たな調律術の研究や、自分に合った錬律や調律の調整を、学園内の設備を使って行う事が許されている。」
先生からの待ち望んでいた情報に、待ってましたと。ざわついた声を潜めて、話を聞き洩らさないようにする僕達を見て、リンフォ先生は苦笑する。
「あぁ、そうだ。……忘れるとこだった。」
「明日は、1日使って演習場で実力テストを行うので、教練服を持ってくる様にしろ。」
すっかりボルテージの上がっていた僕達は、その言葉にまたざわつくが、今度はすぐに静かになって話の続きを待った。
「明日の実力テストは、お前たちの授業方針や、研究室の使用許可を出すかの指針になる。」
「手を抜いて良いが、それなりに危険だからそのつもりでいろよ。」
「………………ふぅ。」
「「「「「「「…………?」」」」」」」
「はぁ~~疲れた。よしお前ら、これで今日の日程は終わりだ。もう帰って良し。」
教壇の後ろにあったのだろう椅子に腰掛けて、最後にそれだけ言うと、一気にだらけて気の抜けた表情になる。
僕たちは呆気にとられてしまった。
(え?終わり……?)
「何してんだお前ら、俺からの話も全部終わったぞ。帰るなり自己紹介するなり好きにしろ。」「あ。あと。資料館に行きたい奴は、言いに来い。許可すっからさ。でもあと三十秒以内な。はい1、2、3、……」
暫く固まっていた僕たちだったが、本当に終わったんだと判った途端に、皆で一斉に隣の人たちとの自己紹介を始める。
ただアスミ・テルミナスさんは、さっきの質問ですっかり皆の記憶に残ったのもあって挨拶もそこそこに、先生の所で資料館の使用許可を貰うと「皆様、これからどうぞ宜しくお願いしますね。ごきげんよう。」と告げて資料館に歩いて行った。
それを見送った僕も自己紹介をしようとするも、目を合わせてくれない。
はて。と思って何度か挑戦してみるも、うまくいかない。
そこで、今朝の事をみんな知ってて避けているのでは?と思い至る。
ならば。と運良く一緒のクラスだった今朝の彼に声をかけるために近づく。
「やぁ。今朝の君じゃあないか。一緒のクラスだったんだね。僕はシェード。よろしく頼むよ。」
笑顔で彼に手を差し出す僕に、驚いた表情で僕の手と顔を見比べると、ちゃんと手を握り返してくれた。
ミシミシ。と手からなってはいけない音を、辺りに響かせながら、鋭い犬歯が魅力的な笑顔を見せる彼は。「おう。よろしくな。テメェ。よく今朝の今で、俺の前にその間抜け顔を見せられるな。」と低い声で返してくれた。……コワッ。
(う~ん。彼と親しく話せれば、今のまわりに避けられてる現状をどうにか出来る。と思ってたんだけど……。この声色じゃ逆効果だったかな……。)
周りの気温が少し下がった気がするのを感じて作戦が失敗したのでは?と思うも。
ここで引いては、彼とはもう対等な関係は築けないのでは。との予感があって。手を握る力を笑顔で強めると、「ハッ。根性ある奴もいるじゃねえか。」と近くの僕にも聞こえづらい声で呟くと手を離してニヤリと笑う。
「俺は、ディーゼル。ディーゼル・ティーダだ。怪我にはせいぜい気をつけるんだな。」
あぁ。そうするよ。僕がそう返すとティーダは席を立ち、教室を出ていく。僕はそれを、さっき握っていた手を振りながら見送った。
教室の温度が戻ったように、話し声がまたあちこちで聞こえ出し、僕は周りをチラリと見てみると、僕に対する拒絶感は控えめになったようだったが、今すぐ和気あいあいにはできそうにない。
(さっきのやりとりに三十秒つかってたか……。教室から先生もいなくなってるし。)
仕方ないと息を吐き出して、教室をあとにした。
「さぁ〜て。じゃあ、行きますか。」
教室を出てから下校するでなく。町を見て回るでもなく、この国にくる前に聞いていた道順を辿って校内の目的地へと向かう。
「ここか……。」
校舎はどこもマグネタイト鉱石を加工して造られているが、目の前の扉は枠組が魔法鉱石を溶かして造った漆でコーティングしてある。
僕がドアをノックすると、ドアに付けられた音の魔法石から、入学式で聞いた学園長の秘書の声が聞こえてくる。
「その制服は新入生ですね。ここは、学園長室ですよ。帰りなさい。」
こちらの要件も聞かず、にべもないその言葉に僕は学園長に呼ばれていると説明する。
僕の引こうとしない言葉に、苛立ちを抑えた冷静な声で秘書は言った。
「貴方の名前は?」
「リーゼ・f・システラ学園長にシェード・f・リィンスが来たと伝えれば分かるはずです。」
僕は、あの日に別れた愛らしい親戚のお姉さんの事を思い出しながらそう答えた。