5、模擬戦
アンネリーゼを寝室で休ませたイルヴェリナはヴィーネを連れて修練場へとやってきた。
元々城として機能していただけあり、修練場や騎士の休憩室、地下牢など城に本来備わっている施設は一通り揃っており、今回ヴィーネが連れてこられた修練場も足場は砂、壁は石造りのかなり頑丈で立派なものであった。
1部崩落しており使えない施設もあるが、何年前に作られたのかも分からない修練場がそのまま崩落せず残っている所を見ると、耐久力の高さが伺える。
「さて、あなたの実力を見せてください。あなたにアンネ様を守る力が無いと思ったらこの場で殺します。アンネ様が生きていることを知るのはアンネ様に使える価値のある物だけでいいのですから。」
修練場へと足を踏み入れてすぐ、ヴィーネの方へと振り返ったイルヴェリナは言い放つ。ヴィーネは特に驚きもせずに自身の剣へと手をかける。
「まあ、こんな所に連れてきて、そりゃあやることはひとつだな。わかった。私の実力、その体で感じるといい。」
先に動いたのはヴィーネの方だった。全身に鎧を纏っているというのに常人では考えられない速度でイルヴェリナに大上段から切りかかる。
「なるほど、その鎧は魔具でしたか。見たところ速度上昇もしくは軽量化といったところでしょうか。
振り下ろされた剣を1歩右に動き避けるイルヴェリナ。剣との距離はミリ単位。最小限の動きでヴィーネの攻撃を避けて見せた。
何食わぬ顔で立っているイルヴェリナのその影から何かが迫って来る気配を感じたヴィーネはその場から後方へ飛び跳ねる。見ると、いつの間にやらヴィーネのいた位置にイルヴェリナの足が振りあがっていた。
「とんでもないな、1度見ただけで鎧の特性を言い当てるのか。そしてその蹴り、全く見えなかった。…よし、出し惜しみしていては命が危ないのはよくわかった。全力で行くぞ。」
「最初からそうしてください。」
イルヴェリナが言い切った瞬間、ハンマーを地面に叩きつけたような鈍い音が響き、ヴィーネの姿が掻き消えた。
唐突な消失にイルヴェリナもヴィーネの姿を一瞬見失ったが、右後方から再び響く打撃音がヴィーネの地面を踏み込む音だと判断し瞬時に体を反転、予想通りイルヴェリナ目掛けて突っ込んでくるヴィーネに対して反転のエネルギーを利用した拳を叩きつけた。
自身の強襲に反応されたことに気がつき、なおかつカウンターが飛んでくることを確認したヴィーナは切り上げるために下段に構えていた剣を、腹部分を突き出して広い刀身を盾にする形へとすぐさま動く。そのまま突っ込み体当たりで相手のバランスを崩そうと考えたのだが、
「ぐほっ!?」
ヴィーネの腹には深々とイルヴェリナの拳が突き刺さっていた。手に持っていた剣は、腹の部分をイルヴェリナの拳が貫通している。剣の耐久力をイルヴェリナの拳が上回ったのだ。
凄まじい衝撃を受け、壁に叩きつけられるヴィーナ。鎧のおかげで致命傷には至っていないが、戦闘不能はほぼ必須の威力の攻撃を受けたはずなのだが、叩きつけられ地面に堕ちた直後、ヴィーネは再び立ち上がった。
「なるほど、軽量化と速度上昇、どちらも着いているのですねその鎧。殴った感触がおかしかったので衝撃吸収あたりの効果までついていると見るべきですね。そして自身の地力も高く、治癒魔術まで使用できると。魔具の効果3つと併用して治癒魔術も使っているところを見ると魔力の器も相当なものなんでしょうね。」
淡い緑色の輝きに包まれながら立ち上がり、再び剣を構えるヴィーネ。だが若干のふらつきを殺しきることは出来ない。
「こうもいいようにやられるとはね…。これでも全力のつもりなんだけどな。」
対するイルヴェリナはそっと頭を下げた。
「あなたの実力を疑ったこと謝らせていただきます。そして剣に穴をあけてしまったことも。剣に関しては必ず私のようできる範囲の最高の物を用意させていただきます。」
唐突な変化に大きなため息を一つ、ふーっとついた後、手に持つ剣を杖代わりに脱力した体を支えるディーネ。安堵の表情の中に若干の悔しさも見受けられるそんな微妙な表情をしている。
「自分ではそれなりに戦えるつもりでいたんだが…。はあ、なんというか君は本当に化け物なんだな。けなしているわけではなく、心の底からかなわないと思ったよ。何とか認めてもらえてありがたい限りだ。…それで、試験なんて受けさせたのには何かしら理由があるんだろう?私が合格なら教えてほしいものなんだが。」
疑問をぶつけるヴィーネに対して、イルヴェリナは少し考える素振りを見せる。その様子は話すかどうか迷っているのではなく、どう話したものか考えているように見れる。好き放題しゃべるこの化け物メイドにも話しあぐねる時があるのかとヴィーネは内心親近感を感じる。
「1から全て説明すると長くなりますので、強く無ければいけない理由についてお話します。それはアンネ様の持つ魔剣の特性に対抗する為です。アンネ様が持つ魔剣は鞘から抜かれている間、周囲のマナを吸収し続ける特性があるので、一定以上のマナプール、もしくはマナに頼らない肉体のみの強さがある程度無いと、アンネ様が剣を抜いた時点で戦力外になってしまうのです。私自身、体感した事がありますので間違いありません。そもそもアンネ様を守るために戦うのにアンネ様が身を守るために剣を抜いたら戦力外だなんて笑えませんからね。」
イルヴェリナが長く眠っていた理由はこれに尽きる。アンネリーゼの持つ剣の特性は剣に近づけば近づくほど大きくなるものであり、刺されてしまうと吸収効果は一瞬で通常の人間のマナを枯らしてしまうほどの効果量となる。そのせいで刺されている間、自分の回復のためにマナを使うことが出来なかったイルヴェリナは眠っていたのだ。
「そんな凶悪な剣をアンネリーゼ嬢はどこで手に入れたのだ?君が渡したのか?少なくとも追放された時にはそんなもの持っていなかったはずだが。」
「さて、私が気付いた時にはそれを既に持っていたのでどこで手に入れてきたのかまでは…。」
イルヴェリナの言葉に嘘は無い。ただ直前まで自分に刺さっていたことを黙っているだけだ。
「まあ、いい。強さを試された理由はわかった。これからも足でまといにならないように精進するとしよう。」
後で1度、魔剣が抜かれた状態でどこまで戦えるのか試してみようと思うヴィーネであった。