1、出会って運命ねじ曲がる
アンネリーゼがその剣を引き抜いたのは、本当に些細な興味からだった。
多くの武器が散乱する廃城の一角に、なぜか一本だけ棺桶にまっすぐ突き刺さっている剣が気になり、中身を確認するために引き抜こうとしただけであった。
しっかりと真まで刺さり、床にまで貫通しているのではと思える刺さり具合であったがアンネリーゼが剣に触れ引き抜くために軽く力を入れただけでその剣は何の抵抗もなくするすると抜けてしまった。
妙に手になじみしっくりとくるその剣に驚く。アンネリーゼは剣を手に持った経験など一度も無い。触れたことすらない。だからこそ、長年共に歩んできた相棒のように、自分にあつらえたかの如く握った柄が吸い付く感触に困惑しているのである。
さらにもう一つ、アンネリーゼを困惑させる出来事が起きた。棺桶の中から何やら物音がするのだ。ガンガンゴンゴンと中から棺桶の蓋を叩いて何とか外への脱出を図っているようににも聞こえる。
あまりの異常さに思わずアンネリーゼは後ずさる。ついさっきまで剣の刺さっていた棺桶の中から明らかな異音がするのだ。自分の今持っている剣によって何か施されていた封印が剣を引き抜いたことにより解けてしまったのではないかという考えにたどり着く。
しかしその考えにたどり着いた時にはすでに遅く石造りの重そうな棺桶の蓋は嫌な音を立てて横へと滑り落ちていった。
「久しぶりの外の空気ですね。」
棺桶の中から姿を現したのは美しい少女であった。緋色の長髪に輝くルビーが嵌め込まれたような瞳。あまりにも目鼻立ちが整った少女の美しさはもはや彼女が人ではないナニカであることを示しているようにも感じられた。
棺桶から立ち上がりしばらく深呼吸をしていた少女は何かをふと思いついたように辺りを見回し始め、棺桶に刺さっていた剣を手に持ったまま固まっているアンネリーゼを見つけじっと見つめた。
「あなたがその剣を抜いてくれたのですね。」
少女の質問に対し、首を縦に振るアンネリーゼ。少女から発せられる異様な雰囲気に呑まれそれ以上の動きは出来なかった。
「感謝致します。その魔剣のせいで数100年も眠っていたままだったのです。あなたのおかげでようやく長い眠りから目覚めることが出来ました。」
自分の手を見つめながら握ったり開いたりして体の感触をもう一度確かめてから少女はもう一度アンネリーゼの方へと体を向けた。
「なにかお礼をしなければなりませんね。幸い私の体は衰えていないようですし…。いかがでしょう、あなたが生きている間私を女中として使えるというのは。当然ですが私の所有物であるこの城もあなたに差し上げますよ。ま、生きている間だけですが。」
アンネリーゼはしばし頭の中で考えを巡らせる。少々込み入った事情のある彼女にとってこの提案は非常に魅力的なものである。どういった裏のある話か分からないが、結局アンネリーゼは首を縦に降った。
「それではこれより私の主はあなた様となりました。どうぞイルヴェリナとお呼びください。あなた様のお名前をお伺いしても?」
「…アンネリーゼ。」
「なんとも優雅な響の名前でございますね。さあ、そんなボロ切れはあなた様に似つかわしくありません。私の隠し部屋にいくつか服があるはずです。そちらに着替えましょう。」
アンネリーゼの手を引き城の中をずんずんと進むイルヴェリナ。彼女に振り回されおかしな方向に進むアンネリーゼの物語が今、始まったのであった。