死の選択
後書きでお話があります。
青々とした空の下、両耳にイヤホンを付け周囲との接続をシャットダウンして登校するのが彼、佐々木英治の日常だ。
なるべく周囲に気づかれないように、なるべく関わらないようにひっそりと過ごすことに徹する。それが彼の幸せであり、彼女の幸せである。
その地味な見た目に合わずハードロックな曲を聴きながら、少し前を友達と笑顔で歩く少女をバレないように見つめる。
「おいおい、ストーカーかい?通報しちゃうぞ?」
後ろから英治の体に体重を乗せ、そこまでない胸を背中に押し付けながら幼馴染の杉野梢がぶつかってきた。
「びっくりさせるなよ、痛いじゃないか」
「全く生地ないなぁ、男なんだからもっとシャンとしなよ!」
腰をさする英治の背中に、喝を入れるように平手打ちを一髪かます。男子並みの力のある梢の一発は、英治にとって効果は抜群だった。
「くぁ!ったく朝っぱらからやめてくれよな」
「ごめんごめん、でも目が覚めたでしょ?心なしかさっきより目が生き生きしてるよ」
「まぁ確かにそうだけど……」
「そうだろう」とでも言いたげな顔をしながら笑顔でいる梢を見て少し赤面しているのを隠すように、先ほど外れてしまったイヤホンをつけ再び英治は自分の世界へと入り込もうとする。
梢はその赤面した瞬間を見逃さず、照れている英治を面白がるように見ながら、隣を歩く。二人の間にしばし会話はなかったものの、二人の間には周りとは少し違ったとても暖かい幸せな空間があった。
だが幸せな時間はあっという間に過ぎるもので、それに例外はなかった。
「おう、もしかしてとは思ったが、やっぱりそうじゃん。えーいーじーくーん!」
二人、いやその周りの同じ制服の学生なら誰でも知っている嫌な声。
梢はその声に睨みをきかせながら振り返るが、英治はイヤホンをしているためか振り返る気配はないものの、少しだけ眉間にシワが寄りめの下が少しピクリと動いた。
「あれぇ〜梢ちゃんじゃあ〜ん!朝から会えるなんて、運命の巡り合わせかなぁ〜?嬉しいなぁ〜、やっぱり俺たちは運命の赤い糸で……」
「うるさい、一体英治になんのようなの?悪いけど関わらないでくれる」
金髪に両耳にピアスをつけたいかにも柄の悪そうな男秋葉 雄二に、果敢にも睨み顔で梢は立ち向かう。
雄二は、梢の返事が自分の思うような返事ではなかったのか、さっきまでのニヤケ顔がなくなり一瞬で機嫌終わるそうな顔になった。
「なんでこんな、陰キャみたいなのといつもつるんでんだぁ?俺の方がお前を十二分に楽しませられると思うぜぇ?」
「忘れられなくなるかもな!」
後ろから梢の右腕を掴み上げ、雌を見るような目で見る雄二の後ろでその友人たちが笑いながら雄二を持ち上げる。
極力関わりたく無いものの、友人のピンチに助けに入らないほど男が廃ってはいない。その思い足を前に一歩出す。
「……っ!」
出すのは足ではなく汗。
たった一歩、たった一歩なのにその一歩が出せない。
別に怖いわけでは無い、そういうわけでは無いのにどうしても足が動かない。
他の人からは分からないように右腕を握り、太腿を叩く。
叩けば叩くほど歯軋りが強くなり、眼光はより強くなる。
嫌がっている梢を目の前に、ただただ自分の情けなさに情けなさが大きくなる。
「話してよぉっ!」
「ははっ!話す前に何か言うことは無いのかぁ?」
「あんたなんかに言うことなんて……、このレモン頭!」
「……うぐっ!」
「なぁ?!」
雄二の金髪のレモンのような頭の形から、密かに呼ばれている彼の頭。それは彼には言ってはいけない言葉で、雄二の周りの友人も顔を青めている。
その一方で一部始終を見ていた周りの生徒たちのヒソヒソと笑う声を聞いて赤面する雄二を見て、してやったりと言わんばかりのにやけ顔をする梢。
その顔を見てより一層怒りが増した雄二は、左腕を大きく振りかざす。
「いい加減に……」
振りかざす動作を見て、梢はとっさに身構える抵抗をとる。
二人が同時に、対になる動作をした為に重心がずれ、両者のバランスが崩れる。
雄二が崩れた先には同じ制服を着た女子、無駄に図体がでかいが故に衝突した反動が大きく、道路に出てしまった。
「キャァ!」
道路のど真ん中に倒れ込み、なかなか立てない。そうしている間に、車が彼女のもとへと迫っている。
今一番道路に近いのは英治、そして即座に動いて助けることが可能なのも英治だけである。
(いけ、いけ俺の足。行かないとまた……)
やはり足が動かない、目の前の命が失われそうなのをただただ見ているだけ。それは英治にとって一番思い出したくない過去、トラウマに繋がる。
(今度こそ絶対に!)
そう何度も心の中で思っても、どうしても動かない。
「っあぁぁぁぁぁぁ!」
行き場のない思いを声にだし叫ぶと、周りの人が驚くと同時にバランスを立て直した梢は何かを思い出すように叫び出す。
「いけぇぇぇぇぇぇ、えいじぃぃぃぃぃぃ!」
「っ!」
なぜか自然と足が動き出す。
特に何かを思うわけでもなく、体が勝手に動き出す。その体はさっきのように重くはなく、とても軽やかに素早く動けた。
「大丈夫か?」
「足が……」
右足をくじいている。彼女を持ち上げて逃げられるほどの時間の猶予はない。
どうにかして助け出すためには、考え尽くすものの確実な方法は一つしかなかった。
「体を丸くして」
「え?」
体を丸くしようとする彼女を、歩道に投げ込む。
(これでいい、これでいいんだ)
「英治!」
必死に手を伸ばす梢が、英治の視界に最後に写った。
そうして、彼は初めて命を引き取った。
読んでいただきありがとうございます。ここまで読んでいただき嬉しい限りです!
まだ模索中で、どのような作品を連載しようか悩んでおります。
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