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8・彼を家まで誘うのって、ちょっと大胆だったかもしれません

 贈り物をもらっておいて、ハイさいなら。というわけにもいかない。


というのは建前で、年に一度か二度しか会えないのに、そんな簡単には「さいなら」なんてできないわよ! 誰に対する建前なのか・・・。


ので、私のお気に入りの場所に誘ってみた。しかしあんた、隊商の人たちが、荷馬車を修理したり店を開いたりしてるのに、いいのかこんな遊んでて? ・・いいのか坊ちゃんだから。おのれ身分制度。


 私のお気に入りの場所は山だ。あの野犬に襲われた街を一望できる場所だ。この場所は大人の足でも散歩にしては、ちょっと過剰なコースだが、私たちはトレーニングの一環で歩いているので、多少過剰なくらいでちょうどいい。


「昔ここで野犬に襲われたんだ」

「えっ!?」


意外とぎょっとした顔で返された。犬、苦手なんだろうか?


「いまは大丈夫なのか? その時もケガしなかったのか?」

「その時は何とか逃げ切ったわ。それに今、もし出会っても、私相手には熊でも寄ってこないよ」

「それもそうか」


 幼馴染のディージャーあたりに言わせると、私には、ときどき戦うオーラのようなものが周りに見える気がするらしい。だいたいそれは私の機嫌が悪い時で、それが見えるときには近づかないようにしてるとか。

 たぶんそれは魔力だ。目に見えるはずのものではないが、感じられるということは、ディージャーにも、ほんのり魔法の素質があるのかもしれない。または私の扱いに慣れてしまったか。後者かな。だから野生動物はきっと私に寄ってこない。

犬、好きなんだけどなぁ。


 お気に入りの場所にたどり着いて、それぞれ、置いてある丸太の椅子に座る。私が前に、倒木を手刀でちょうどいい感じに斬って作った椅子だ。もちろん魔力を込めた手刀だぞ? そうやって作ったなんて彼には言わないけどな! こう見えても心は乙女だからね! 違った。心はフヒヒ女子だった。体は筋肉、心はアラサー・フヒヒ女子。


乙女の部分残ってなかった。



「リリーナは、なんでそんなに鍛えてるの?」


この質問はいつか来るとは思っていた。女子にしては過剰なこの筋肉は、この田舎の生活にも過剰すぎる。


「私ね、実は魔法使いなの」

「へえ・・・?」


 魔法使いは多くはない。でも1000人に一人とか言うから、東京でお巡りさんに会うくらいの確率か? もっと多かったっけお巡りさん? で、魔法使いは貴族に多く、それは特権階級だ。だから平民に魔法使いがいたからといって珍重されたりはしない。だからおそらく貴族であろう彼に、私が魔法使いであることを明かしたところで、攫われて監禁されて、魔道具を作らせつづけられる、なんてことはない。


「私のお母さんがね、病弱だったの。それを私の魔法で癒してあげたくて、身体を鍛えたらできるんじゃないかって思って、鍛え続けたの」


「過去形ってことは・・・効果あったの?」

「あったわ。結局、私は癒しの魔法も身につけ、お母さんはすっかり元気になったわ」


 魔法使いは貴族に多い。だから平民が魔法を使えたからといって彼等の特権を平民に与えたりはしない。とはいえ、癒しの魔法まで使える魔法使いはあんまりいない。だからおそらく貴族であろう彼に、癒しの魔法が使えることを明かすのは、本当はよくない。それこそ攫われて監禁されて、貴族を癒しつづけるなんてことをさせられる可能性もある。


しかし彼はそんなことをしないだろう。そんな気がする。甘いかもしれない。


「凄いな」

「凄いでしょう?」


感心される。何せ私は癒しの魔法まで使えるのだ! まあ実はそれだけどころじゃなくなっているが、それは今は秘密。


「家族を想ってそこまで身体を鍛え上げるなんて・・。凄いよリリーナは」

「え?」


あら、そっち? まあ確かに、結果だけ見ると家族を思ってムキムキになるまで頑張ったってことにはなるんだけど、私の場合、筋トレは若干趣味の部分もあるから、私は鍛えられ、家族も健康になって万事万々歳! 鍛えるたびに私の婚期が遠のくであろうだけだ。


「癒しの魔法が使えることは、誰にも言わない」

「あら、あなたのところで囲ってくれてもいいのよ?」


半分冗談半分本気。よい就職先な気もする。癒しの魔法使いは高給取りだと聞く。


「そんな事はしない」黒い瞳をじっと向けてくる。あれ?ちょっと怒った?


その時ほほにぽつりと水滴が落ちてきた。


「え? 雨?」

「ああ・・しまった。急いで戻ろう」


なにがしまったのかわからないが、私たちは慌てて山を下りた。



***************************



 町に着くころにはすっかり大降りになっていた。

ちょっと先が見えない程の大雨だ。


「ここ私の家」

「そうか、じゃあまた明日」


町の入口に近いところにある我が家の前で、私が立ち止まってそう告げると、後を走ってきたラルが笑って別れを告げる。明日には隊商は発ってしまうというので、「明日」会うときは見送りのときだ。

 一年に一度か二度しか会えない彼と、こんな形で別れるなんてと、まだまだ惜しかった私は、反射的に言ってしまう。


「・・何ならうちで雨宿りしていかない? 母や弟もいるだろうし」


ちょっと意表を突かれた顔をしたラルが何か言おうと口を開きかけた時、家のほうから声がかかる。


「あなた達!早くお入りなさい!」母だ。玄関を開け手招きしている。すっかり元気になって大声も出せる。綺麗で張りのある声が、雨音を突き抜けて私たちの耳に届く。あの声で誘われたら私はどこへでもついていく。母の声は大好きだ。


「行こう」笑って彼の手を取る。腕相撲なんかで手を握ることはあっても、こうやって「手を繋ぐ」のは初めてな気がする。そう思ってちょっと胸がきゅっとなるが、ごまかすように前を歩いて彼の手を引いた。


うちに入ると母が笑顔で迎えてくれた。


「あらあら、ずぶ濡れね。いま拭くものを持ってくるわ」

「はーい」


前かがみになって髪を絞っていると、ラルが口元を抑えてそっぽを向いてた。

真っ赤だ。


「どうしたの?」

「いや・・・」


なんだ? と思ってたが、こんな反応、前にもあったぞ? これは私が原因か? と自分を振り返ると、雨でぬれたスモックワンピースがぴったり身体に張り付いている。ああ、体のラインを見てしまったか。まあ見えたとしても、えくぼのできるカチンカチンの尻から、普通の女子の腰ほどあろうかという太ももが見えるだけだ。

たいていの男はドン引きするであろう。


「えへへ・・これはお見苦しいものを・・」

貼りつた服をぱっぱと引っ張り身体からはがす。


「いや・・とても美しいと思う・・」


「・・・美しい?」

「あっいや!すまない!」

慌てる彼だったが、私はこの筋肉をほめられたのが分かって、すごく嬉しくなった。この筋肉美が分かるとは! やっぱりこいつは趣味が悪い! わーい。


ちなみに母や弟には私の筋肉は評判が悪い。ほかにはほぼ見せたことがないが、この良さがわかる人はこの町にはいないだろう。



「うーん、もう家の中だし、ラルには話したからいいか」

言うなり私は魔法を使った。


 魔法を彼の服に掛ける。水分だけを抜き取るのだ。水の分子をイメージして手のひらに集める。くるくると回る水の玉が手の上にでき、みるみる大きくなっていく。いくらか大きくなったところで玄関からポイ。

今度は自分の服に掛ける。また水玉が出来てポイ。搾りすぎるとゴワゴワするので少し残しておく。あっという間に服が渇く。


「頭にも掛けたいけど加減がいまいちなのよね。やりすぎるとすごい髪になるわ。そのテリー織もう乾いてると思うから、それで髪は拭いて」

「あ・・ああ・・」


 私は母が持ってきてくれた亜麻布を髪にあてる。彼は持ってた布で髪をふく。

拭いてる布にも魔法をかける。すぐに乾くのでよく水を吸う。


「凄いな。こんな魔法見たことない。鮮やかすぎてびっくりしたよ」

「そうなの? あんまり人が魔法使ってるところ見たことがないから、ほかの魔法使いが何ができるのかとか、知らないのよね」


「それに詠唱もなかった」

「なんとなく、なくてもできるから」


 魔法は端的に言うと魔力を使ってなにかに作用して結果を導く能力だ。

ボールを手に持って投げれば飛んでいくのとさほど変わらない。魔力でボールを投げても結果は一緒だ。ただ、どのようにして、どのような結果を出すか、過程と結果をちゃんとイメージすることが大切だ。魔力でボールをどう投げるか、それをちゃんとイメージできるかが問題だ。


 呪文の詠唱は、魔法によって起こって欲しい事象のイメージをつかみやすくするために、この世界の魔法使いたちが苦肉の策として作ったもののようだった。決まった文言を決まったように唱えることで、決まった結果を得ようする。先人の技を見て真似をするのだ。


それが呪文の正体だと気が付いたら、私には必要ないものだった。


 私には前世の知識や記憶がある。科学の知識や医学の知識も多少ある。水をイメージするときに、この世界の人は塊でイメージするが、私は前世の世界であったハイスピードカメラの映像なんかを思い描いたり、水の分子モデルをイメージすることで、より小さなものから動きを想像できる。もちろん正確に一つ一つを思い描く必要はない。ある程度イメージすればあとはこの世界のことわりが私の魔力を使って勝手に何とかしてくれる。だからひねり出せる魔力は多いに越したことはない。


おかげで私の魔法は無限だ。



 土間で靴を脱いであがる。よそは知らないけどこのあたりは靴を脱いで家に上がる文化だ。前世が日本人だった私にはなじみ深い。しかしみんな革靴を履いているのでお父さんなどは結構足が臭う。土間の横に水桶が置いてあるのはそれで足を洗うためだ。

 短い廊下を通ってダイニングに入る。ラルに椅子をすすめて私はキッチンに向かう。


「お母さん! あの人、隊商の護衛のラルさん」

キッチンにいる母の背中に、ちょっと大きい声でラルにも聞こえるように話しかける。


「はいはい、ラルさんですね。よく娘があなたのことを話してますよ」

振り返った母が、お茶のセットを持っていたのでそれを受け取りダイニングに持っていく。


「そんなに・・話してたっけ?」ちょっとまごつく。


「ご挨拶が後になってしまい申し訳ありません。隊商メンバーのラルと申します」

ダイニングに入ると、彼が立ち上がり胸に手をあて、母に向けて綺麗にお辞儀をする。そういえばこのお辞儀を見るのは初めてだ。


「はい。リリーナの母のステラです」

ラルに合わせて母もきれいな綺麗なお辞儀をする。私の母は姿も所作も美しい。


「姉ちゃんが男連れ込んだ」

「アレク、ご挨拶が先でしょ」


4歳年下の弟が胡乱な目をしてダイニングに入ってきた。この子はそこそこのシスコンで、若干口が悪い。


「はじめましてアレク君」

「アレックスです・・はじめまして・・・」

挨拶もそこそこにダイニングの椅子にちょこちょこ座るアレク。ちらちらとラルに投げかける視線が冷たい。アレクとは呼ばせない気か。


「リリー、ポットお願いね」

私たちの服がすっかり乾いているのを見て、母は事情を察したようだ。私はポットの水に向かって魔法をかける。水を小刻みに振動させて熱を作る。電子レンジをイメージだ。あっという間にお湯になる。チン。


「光の魔法で熱するわけじゃないんだな・・・」

「これは動きの魔法ね。水を振動させるの」

「振動でなんでお湯が沸くんだ?」

「それはね・・・」


しばらく魔法の講義というか、かんたんな理科の授業をしていたら父が帰ってきた。

私は前世で勉強は好きではなかったが、そこそこ成績は良かった。


「ふー、ずぶ濡れだよ。頼むよリリー」

「はーい」


 玄関で濡れ鼠の父が情けなく立っている。ささっと体を乾かす。父相手に掛ける魔法はおおざっぱだ。頭まで乾かしてしまう。おっさんの髪はまあまあどうでもいい。禿げたら可哀想だが、その時は魔法で植毛しよう。痛いかな?


 領主様の屋敷で手伝いをしている父は、いつも遅くまで付き合わされてる。父が災害ですべてを失った時に、古い友人だからと手を差し伸べてくれた人なので感謝しかないが、旧友がそばに来て嬉しいのか、こき使う風にしていつも二人でツルんでいる。


荷物を下ろしてダイニングに来た父が、ラルに声をかける。


「おや! ランスロット様。こんなボロ屋においでとは」

「ラルです。お邪魔しております」


立ち上がり、胸に手を当てやはり綺麗にお辞儀するラル。ていうか今ランスロットとか言ったお父さん!? ラルじゃないんかい!しかも様呼び!? もう完璧コイツ貴族じゃん! あとお父さん声でかすぎ。


「ふむ・・、しかし隊商を離れて、心配させませんかな?」

「大丈夫です。こちらにお邪魔することは連絡しておきましたから」


はて、いつの間に。


「では折角ですし、何もない家ですが、夕飯などご一緒にいかがですか?」

「はい。では、ご厚意に甘えさせていただきます」


母と私で夕食の準備する。そのあいだラルは弟と仲良くなっていた。

折角なので彼のメニューは私と同じものにしておく。


要するに筋力が付くメニューだ。身体づくりは食事からだよ。


それぞれどのような効果があるメニューか説明しながら彼と一緒に食べた食事は、なんだかとってもおいしかった。


ちょっとキリが悪くて長くなってしまいました・・・

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