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6・私が好きになった男の人は、ちょっと趣味が悪いかもしれません

 ラルとは4年前に出会った。


 山の向こうの辺境伯領からきた隊商に、護衛として付いてきていた。

11か12歳くらいだと思うが、そんな幼いころから隊商の護衛というのもどうなのかと思うが、実際は訓練と経験を積むためとして送り出されているそうで、たぶんそれが必要な身分なのだろう。


 4年前のその日、町のはずれで少年がスクワットをしているのを見かけた。見知らぬ少年だったが、隊商が来てるので、それと一緒に来たお客か何かだろう。その時は、気になることはあったが用事があったのでそのまま通り過ぎた。


二度目に通りかかった時には腕立て伏せをしていた。


「フッ、フッ、フッ」と規則正しく息を吐く彼の姿がやっぱり気になって、いらぬ声をかけてしまった。


「その運動は、下に下げるときに息を吸って、あげるときに息を吐いたほうが効果的よ」


ん? と動きを止めた少年がこちらを見る。黒い髪に黒い瞳。後ろでかるく縛った髪は、汗で少し浅黒い肌に張り付いていた。結構整った顔に少しドキリとした。


「なんで、そんな事をお前に言われなければならない」


女に、体の鍛え方を指摘されたのが癇に障ったのだろう。


「あら、せっかくやるなら効果的なほうがいいと思っていったんだけど」


 胡乱な眼をして立ち上がった少年は私より視線が低かった。私は女子としては不必要に高いので、彼が特別低いわけではない。それによく見ると、少年はそれなりの体つきをしている。ちゃんと鍛えているのだろう。田舎暮らしの、力仕事もさせられる同年代の子たちよりも、しっかりとした体つきだ。


いうなれば、好みだ。


 しかしやり方がよくない。あのやり方でこの身体なら効果的にやればもっと結果が出るはず。


 先ほどのスクワットも身体を上下に動かす屈伸運動になっている。膝をつま先より前に出さず、お尻を突き出す感じでやれば効果的だ。・・と話したら「よくわからん」と返された。私は


「肩幅に脚を開き、手は水平に前に、股関節から腰を落として、お尻を後ろに突き出す感じで・・こう、こう、こう」


と実践して見せたところ見る間に彼の顔が赤らめられていく。


「わっ・・わー! わかったから! やめろ! やめてくれ!」


伸びあがったところでやめてみた。何をそんなに慌ててるんだ?


「女がそんな足を開いて尻を突き出すような真似は、やめろ!」


 ああそういう。まあはしたない姿かもしれないが、このほうが効果的なんだから仕方ない。それに今は長めのスカートをはいている。なにかが見えるわけでもないのだから気にならない。と言ったら少年はいきなり怒り出した。


「なっ・・なにかが見えたりしたらこっちが困る! 破廉恥な女め! だいたいお前がいう訓練法が効果的かどうかなんて、わかったもんじゃない!」


カチンときた。こちとら筋トレ続けて前世と合わせりゃ十うん年。お前みたいなスクワットもできないヒヨッコとは訳が違う。


「そんなに言うなら私より強いところ見せてよ。腕相撲でもする?」

「馬鹿にするな! 女と腕相撲なんて・・・」


袖をまくって見せた。みしりと筋肉の筋が浮かぶ。彼の目が大きく開かれる。


「やる?」

「・・・やってやる!!」


 圧勝だった。右腕でも左腕でもひっくり返るほどの勢いでブチ倒した。いや実際ひっくり返ってた。


「すまなかった・・」

 私より、すこし小さい背を綺麗に丸めながら謝罪の言葉を口にする。目の端が光ってる気もしたがそれは見ない。しかしあまりに素直に謝罪を口にするので、こっちが拍子抜けしてしまう。


「負けは負けだ。おまえの言うことを受け入れ・・・」愁傷な言葉の途中でがばりと顔をあげる。


「次はもっと鍛え上げて、おまえに挑戦する!!」びしい!

と音がするほど指さされた。


「は?」人を指さしてはいけませんと教わらなかったのかお前は?


「さあ!俺の訓練法が悪かった部分を指摘してくれ! そして俺はそれを実践して、今度、おまえと会うときまでに、おまえより強くなってやる!」

変なところでライバル認定された。


「しかし、女に負けるとは・・・」とほほ。思い出したか途端にシュンとなる。


「正しい鍛え方をすれば、筋肉はちゃんと返してくれるわ。一緒に頑張りましょう」


 ということでいろいろと筋トレの方法などを教えていく。話すと素直ないい奴で、言われたトレーニング法を真剣に聞いていた。今世でこんなに筋トレについて、話しができたのは初めてで、楽しくなって二人でみっちりトレーニングをして、すっかりいい汗をかいてしまった。


「ありがとう!また来るからな!その時また勝負だ!」


 黒髪をまとめた尻尾を可愛く振って、爽やかに立ち去った彼だったが、そのヒザはガクガクと笑ってた。やりすぎた。ひと月後くらいに、王都からの帰りに立ち寄った際には


「あのあと全身筋肉痛で護衛の任務が出来なかった・・・。任務中は筋トレ禁止になった。帰って鍛えてから、来年また来る」

としょんぼりしながら話す姿が可笑しくて、笑ってしまったらはにかみながらも笑い返してくれた。


 それから彼は年に1度、正確には往復で2度、この町にやってきた。


会うたびにたくましくなっていく彼に、結構ときめいたり、しちゃったりもするが、そのたびに腕相撲やらスクワットやら懸垂やらで挑まれ、そのたびに私の実力を思い知らせてしまうので、この気持ちが、なにかに発展することはないだろうと思っていた。


私は手抜きができないタチなのだ。



そんな彼に「綺麗になったな」といわれてしまった。



 いやいや待て待て。私は今や筋肉女だ。この町のほかの女子の脚ほど太い腕と、彼女らの腰ほどの太ももを持つ。首だって太い。私は私の筋肉のことが美しいと思うし大好きだが、たぶん彼がいう『綺麗になったな』とは意味が違うはずだ。


そんなこと言われる筋合いはない! いや筋合いがないって憤慨することは何もないのだが、とても本気には取れない。コイツは目がおかしいのか? コイツは趣味が悪いのか? それともおべっかで言ってるのか? よくわからない。


趣味が悪い場合だけは、彼にとっては本当だということなので嬉しいかもしれない。

いや、好ましい異性が趣味が悪い、というのを喜ぶのもどうなんだ?


 今日の私は、新緑色のゆったりとした長めのスモックワンピースの腰を、リボンで絞ってベストを着た格好なので、この筋肉美はほとんど見えない。この世界は教会もあんななせいか、あまり禁欲的ではないので、もっと肌を見せたとしてもかまわないのだが。


今日は彼が来ると分かっていたので、ちょっと可愛い格好をしてみたんだ!

髪もいつもより丁寧に編んで、少し首元が出るように後ろにまとめてある。白いリボンをピンでとめて仕上げとしていた。


 まあホントはこの髪型は、私の自慢の美しい僧帽筋(首から肩の筋肉)がよく見えるようにという配慮なんだけどね! 何せ私は、脱いだらすごい! ああ、どうせならラルにこの筋肉を見せてやりたい。むしろ彼なら可愛い恰好より筋肉のほうが好きなんじゃないか? 見せよっかな!? いや駄目に決まってるだろ! ぐるぐると、よくわからないことを考えながら、『綺麗になったな』に対して、なにか言い返えそうと、口を開いていたことをしばらく忘れてた。まぬけだ。


 結局なんと言うえばいいか思いつかず、あうあうとよくわからないうめき声しかでていない。顔が熱い。きっと今は真っ赤になっている。


おのれーこの私をうろたえさせえるとは・・・


ラルのくせにー!


ああ・・やっと恋愛っぽくなってきた? 来てない?

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