5・16歳になった私なら、筋肉以外に好きな相手が現れるかもしれません
それから週に二度ほど司祭様のところに通って勉強を教えてもらい、残りはトレーニングとディージャーたちと遊ぶのに使う。子供は全力で遊ぶのもいいトレーニングになるのだ! 遊んでるわけじゃない!
あとは食事だ。ときどき農家に手伝いにいき、豆なんかを貰って食卓に並べてもらったり、川で魚を取ってきて食べる。なるほど災害によってすべてを失ったという父の、ここに移り住んだ判断は納得だ。ここは田舎のつまらない町だが、食うには困らない。
ちなみに山に野犬は出なくなった。理由は聞かないでおく。犬好きだから。
良質な食事と程よいトレーニング、12歳になるころには様々な遊びや運動から、豊富に得た経験値で、身体を動かす神経の基礎を、高いレベルで築けた。
もうディージャーより速く走れるし、同世代ならケンカをしても男の子にも負けない自信がある。
よっしゃそろそろ筋肉だな!!
とうとう本格的に鍛えるときが来たのだ。まあ今までも鍛えていたが。
司祭様から教えがいがあるといわれるほど勉強にはまじめに取り組んだ。
前世では勉強はあまり好きじゃなかったが、この世界の勉強は前世に比べて簡単だ。読み書きから歴史、礼儀作法、帳簿の付け方まで教わった。おかげで、実はもうすでに魔法はそこそこに使え始めている。
魔法に必要だったのは体力と想像力とだった。
私はそう結論付けた。
『魔法を使う』というのは素質が必要で、それがどういう原理で身につくのかはわからない。わからないから教会も、司祭様に代わる代わる妻をあてがうのだろう。
下手な鉄砲も・・・ってやつだ。あくまで例えだ。
だけど、素質がありさえすれば腕で物を持ち上げたり、脚で走ったりするのと変わらない、身体を使うのと同じ。魔法とはそういうものだと理解した。
身体の関節は決まったほうにしか曲がらず、限界を超えて曲げれば、折れたり外れたりする。だが、魔法というのは無限に曲がったり、伸びたり、跳んだりするのだ。それを制御するのが想像力だ。
腕や脚だって漫然と動かすより想像力を働かせて、うまく制御すれば、より良い結果を導いてくれる。
この世界の人たちにくらべて私は想像力が高い。正確には想像力が高いというより、誰かが『創作』したものを、多く知っているということだ。
私には前世で見た、アニメや漫画や映画の知識があった。その登場人物達が行う、魔法や必殺技を、私の魔力を使って『真似』するのだ。だから、かめかめ波も、似たものが出せたのだろう。威力までは、当時の魔力が少なかったので実現できなかったが。
そうして訓練しているうちに、光と動きの魔法は操れるようになってきた。あとは肝心の癒しの癒しだが、これもなんか最近できそうな気がしてきている。私は前世で看護師だった。だから人体のイメージをもっとはっきり持って、光と動きの魔法を組み合わせれば出来るはず。
必ずできる!それら魔力を制御するには筋肉だ! 筋肉をつければなんでも出来る! 筋肉はすべてを解決する! まちがえてない! 結果は私の後からついてくる! 来い!
そうと決まればトレーニングだ! わっせいわっせい! うおおお頑張るぞ!
淑女シスターは会った翌年には懐妊したらしく、中央に帰っていった。その後も新しいシスターが二人ほど入れ替わりでやってきたが、お尻以外はさっさと目的を果たして帰っていった。司祭様がなんだか種馬のようでちょっと可愛そうな気もするが、この世界にはこの世界の流儀がある。しかし中央の教会に行くと司祭に似た子供が何人もいるのかと思うと微妙な気がする。
それから2年。14歳になるころには、私は癒しの魔法を体得した。
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「あら、ラル、来てたの」
私がいつも登っていた木の影に腰を下ろし、綺麗なテリー織で汗を拭いている少年に声をかける。
さすがに私も16歳になった今、『町の中にある樹』には、もう登ってはいない。
頭を拭いていたテリー織を払うと、濡れた黒髪が太陽の光をキラリと反射する。歓迎の意味で私に向けて弧を描く唇は艶っぽく、もともと浅黒いところにさらに日焼けした肌は、とても男性的なのに、どこかなまめかしい色気がある。
「隊商の荷馬車が来てるのは知ってるだろうに、しらじらしい」
「隊商が来てるからって、あなたが来てるとは限らないわ」
「こんな田舎を通る隊商は、うちくらいのもんだ」
「その田舎より向こうの、辺境伯領から来るくせに?」
確かにそうだが、辺境伯領はここよりは栄えているぞ。と言いつつ笑顔のまま立ち上った少年を前に、私の視線はずいぶん上を見るようになってしまった。
2年前に私の背を追い抜いた彼を、少年というのは、もう相応しくないかもしれない。この町の女性の中で、一番背が高い私より、まだまだ上に目線がある。
それに結構な細マッチョだ! 前から鍛えてそこそこの筋肉だったが、この一年の彼の成長ぶりは目を見張る!! 薄いシャツの切り取ったようなノースリーブから覗く肩はムキリと盛り上がり、そのシャツに収まる胸から胴は、特別、分厚くはないが形よく逆三角形を描いている。一年ぶりに会った彼は、すっかり私好みの「細マッチョ男」になっていた!
彼はやってくる前になると『伝報』をくれる。この世界独特の通信手段で、要するに魔法だ。前世の世界にあった電報に似ている。手紙ももちろんあるが、王都周辺以外だと辿り着くかも怪しい。
この伝報というのは、特殊な石を二つに割って、それぞれを魔法使いが握ると言葉が伝わるというものだ。魔法使いの能力如何で伝わる距離が変わる。
だいたいは町々にいる指定された魔法使いや、教会の司祭が決められた時間に石を握り受信してくれる。距離が遠い場合は中継していくので、遠くなると数日かかる。
距離と文字の数だけ料金がかかる仕組みだが、まあまあお高い。
値段以外の問題は、途中の魔法使いに内容が全部筒抜けだということなので、貴族などは決まった乱数表をつかって暗号文として送ったりもしてるらしい。それでも遠慮なくポエムな恋文を送るものもいるそうだが。
それを事前に受け取っていたので、もちろん彼がやってくる、およその日は分かっていた。今年は例年よりちょっと早かった。時期が近づいて指折り数えて、そわそわしてたものだが、思っていた日より早く来てくれて嬉しかった。
「毎年この時期になるとやってくるけど何を運んでるの?」
そんな指折り数えてた気持ちを隠し、会うたび格好よくなっていく彼が、またもさらに格好よくなってることに、それはもう緊張していた私は、興味はあったが聞かなくてもいい話を、まず振ってみた。
「キノコさ。辺境伯領でしか取れない。貴重な品なんだ」
「へえ・・」
キノコ。おいしいマツタケみたいなキノコか、はたまた怪しいトリップする系キノコか。
なんて考えをそらしていると彼が近づいてくる。完全に視線が上に上がる。
「背・・また伸びたのね」きっと今、私の顔は赤い。
「うん・・少し関節が痛いんだ・・・おまえは・・・・・・」
「綺麗になったな」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・は?」
たっぷり間をおいて、私はそれしか言えなかった。
ようやく、恋愛小説っぽいところまで来れました。