3・私が魔法を使うには、想像力が必要かもしれません
裏山に駆け入る。子供なせいか、何となく走ってるだけで楽しい。不思議。
裏山は、山というよりは低く、丘というには高かった。すそ野には私たちの住む町があって、一番下に穏やかに流れる川がある。つり橋を渡ったその向こうは、畑やら森やらあった、また山だ。要するに山だらけだ。
町のみんなは、町の一番奥にある、ご領主様の館の向こうにある山を『裏山』と呼んで、川を挟んで反対の山は『山』と呼んでいた。頂上に登ると町が一望でき、見晴らしはとてもいい。手前に見える段々畑が何となく大好きだ。ぶどうっぽいものが育てられている。
町の横を流れる川の上流、その左右に大きな岩が二つあり、通称双子岩とかいわれている。安易だ。町のシンボルみたいになっていて、登って怒られたことがある。しかしあの岩が上流から転がってきたものだと思うと、自然の猛威はやっぱりすごい。
水源といわれる山がそのずーっと先に見えるが、山の高さがどのくらいなのか、見た感じだと分からない。水源とやらが見える位置にあるのだから、この町はだいぶ田舎にあるのだろう。川は穏やかで、非常にのどかな景色なので、きっと田舎だ。ここが一番の都会とかだったら・・どうしよう・・どうもしないが。
地図など見たことがないので、結局詳しくわからない。
川のほとりでは水車がくるくると回り町に水をくみ上げている。あれがなかったら、あの川まで毎日水を汲みに行ってたかと思うと・・、それはそれで鍛えられてよかったかもしれないなあ・・・。
水車のそばには桟橋があり、ここを起点に川下に物資を運ぶ船が出る。物資を運んだ船はどうやって上流に戻ってくるのかなと思ったら、なんと川に浮かべた船を両岸からロープで引っ張って溯上してくるとのこと。
人力か! それも鍛えられそうだな! 将来その仕事もいいかも!
とか思っていたら、ディージャーにまた変な顔をされた。ニヤリしてた?
もっとも、この町には運ばなければならないほどのものがないので、桟橋はあまり活用はされないようだ。
私は近くの背の低い木に近づいて、そこにあった、いい感じに熟した実をもぐ。もぎり。この樹はシュタと呼ばれていて、前世のバナナに似た実がなるのだ。ただ、バナナのように房にはならず一本一本垂れさがってる。甘くなく、もそもそしているが、栄養価が高く疲労回復になる感じだ。疲れた時に食べるととてもいい、気がする! しかし町の人にはあまり人気がない。もそもそ。
「またそんなもん食ってんのか」ディージャー、お前は何もわかってない。
「栄養満点よ」もぐもぐと咀嚼しながらしゃべる。お母さんの前でやると怒られる。
「おっとまただ」仲間の子の一人が地面を見ている。
山頂に続く道に、横に伸びる亀裂が入っている。深くはないし幅もないが、なんとなく嫌なのでディージャーに続いて両足をそろえて飛び越える。こういう亀裂があるのって、山崩れの前兆じゃなかったっけ?
「あの辺は去年崩れたから、めぼしいものが何もないんだよな」
ついてきた仲間の一人が山肌の何もないあたりを指さしながらいう。この「めぼしいもの」は木の陰に生える山菜やキノコ、鳥の巣の卵などだ。あとは蛇とか鼠みたいなやつ。めぼしいか?
「おととし雨が降った時に崩れたところだね。あの時は、あの辺の畑までみんな埋まっちゃったんだ」
ほかの子がその「あの辺」を指さす。町の入口近くまで指さされていたが、この山が崩れたら、そのくらいまではいくかなと納得する。今は崩れた土砂の上に段々畑を作り直したらしい。畑を作るのもいい運動になるだろうな。
そんな話の後は、みんなで山を駆けまわったり、樹に登ったり、変なキノコを見つけて棒に刺して振り回したりして、すっかり野山を堪能してしまった。
疲れたのでシュタをもぎって食べる。もそもそ。み・・水が欲しいかも。
そろそろ帰ろうかという話になったころ、少し離れたところにお花を摘みに出かけたディージャーの悲鳴が聞こえた。
私は帰る前にと、仕上げにのぼった樹の上から、そちらを見る。
尻もちをついたディージャーの前に野犬が唸り声をあげているのが見えた!
犬! 犬可愛いよねー! 前世では小さいキャンキャン吠える犬より、大きなゆったりした犬が好きだった。やっぱりこう、大きいが故の、余裕というか、泰然と構える、そういう姿が好きだった。って、いや、あの犬は怖い!
よだれだらだらでちっとも余裕がない! 逃げろディージャー! お前の足なら逃げ切れる!・・かな? とか思ったが二匹目が現れた。しまった退路をふさがれた!?
仲間の子供たちは犬に向かって石を投げ始めた。
おおっそうだ! 牽制攻撃だ! 仲間を守れ! 私も樹から降り石を握る。
「うおん!」何い三匹目だと!? そいつが茂みの中から、私のま横に現れた。
ヤバイこれ! 私の命がヤバい! ひときわ大きい犬が周りの子をねめ付ける。すくみ上ったその子たちが後ずさる。うんまあしょうがない。相手が悪い。ひと噛みで、ぱっくり行かれそうな確信がある! 嫌だそんな確信! 仲間の中で一番弱そうな私がターゲットになったんだ! うえー!
どどどどどうしよう。大した武器もない、手には消しゴム大の石か、さっきディージャーに持っててと渡されたカマキリの卵がついた枝くらいしかない。
アイツこれをどうする気だ?
ううう・・・こんな時こそ・・・魔法だ!
そうだ私には魔法があるはず!
この一年のトレーニングで今の病弱な母くらいの体力は身についたのではないか!?母どんだけ病弱だよ! おのれー母め! もっと健康になりやがれ!
とはいえもちろん魔法の手ほどきなど受けていない。しかし母は特別に呪文を唱えたり、なにかの道具を使ったりはしていなかった。きっと私にも何かできる!
そうだイメージだ!
イメージーイメージー・・・とっさに思いつくのは前世で見た漫画の、手から光線を出す奴だ。えーとそう!
私は両手を合わせて右後ろに引く、こんな感じ!と思いつくままポーズをとる。
「かーめーかーめー・・」
権利関係の問題は異世界にまでは及ばないはず! 法律の専門家は帰れ! ついでに今は非常事態だ!
構えを取って漫画の「あの」感じでイメージすると、手が何だか温かい! これだ! いける! いっけえええ!
「はーっ!!」
突き出した両手から光が伸びた! でた! かめかめ波! イメージ通りだ! まともに食らった野犬は吹き飛・・ばなかった!
しかし至近距離で光りを見てしまったのか目をつぶってもんどりうって悲鳴とともにのたうち回る。
ボス格の悲鳴に驚いたのか、ディージャーを囲んでいた二匹がうろたえる。よっしゃお前らにもお見舞いしてやる! 俺のこの手が真っ赤に燃えるぅ! くらえっ! かめかめ波!
私の両手から放たれる白い光を浴びた二匹は特に怪我などはないようだが、眩しかったようで、きゃいんと一声鳴いて逃走した。ゴメンよ。私ほんとは犬好きなのに。
「うわああっ眼が!眼がああ!眩しいいい!」
おまえこの光を見てしまったのか! やっぱりあほの子か!
いやこれは私のせいかと、思い直し、眼を抑えてのたうち回るディージャーの手を引き、あっけにとられる仲間たちに声をかけ、一目散に山を下りた。
逃げろ!!