34・私の怒りが炸裂するかもしれません
「ふふふ・・あの小娘の振る剣が我に通るとはな・・・」
小娘の振った剣が、すねの皮をぺろりとはいだ。特に痛痒を感じないが、不愉快ではあった。 海豚に鯨、あれらを苗床に魔獣を産みだすのに、少々力を使いすぎたところに、鳥になって、飛び、そして砦の連中に呪いをかけた。さすがに限界だった。
しかし効果はあったはずだ。つねに勇猛なあの砦の連中の反発が弱い。我らが魔の軍勢は、個々の能力は人より高いが、軍として機能させるとあまりよろしくない。砦は今まで一度も破れていない。
今回はあの愚かな人間を使い、潜入させた配下を使って、やつらの都やそこいらの町と同時に攻撃をしている。人間の増援は遅れるであろう。あの人間がつかう伝報石とやらが我らにも使えれば、もっとうまくやれるかもしれんが。我らの言葉は音の高低や大きさで伝達する。音を文字として送るあの石では、我らの言葉はギャとかヴァとしか感じられず意味が解らない。これもまた忌々しい・・・。
さて、さあこうなれば占いの聖女が慌ててやってくるであろう・・・。
前の聖女は珍しい、空を飛ぶ能力を持っていたが、あんなものは例外だ。我が500年の生の間に戦った何十人というそれらの者のなかでもそんな能力を持ったのはあいつだけだった。そしてあ奴は、もうその力を失った。
今度の聖女は何日でやってくるかな? それまでに、あの陸の女はみな苗床にしてやる・・・。そうして聖女が辿り着いたころには、苗床になった女どもから新たな魔が産まれるころだろう。
この我が島の浜辺は、黒く染まった我が島の中で唯一白い場所だ。我が島の中で最も美しい場所ともいえる。我は白いものが好きだ。ここで奴らの砦が落ちるのをじっくりと眺めさせてもらおう。今日こそあの忌々しい絶壁を更地にしてやる。そうしたらここから橋でも掛けてやろうか? いや・・いっそこの地を捨てて、あそこに一族もろとも移住するか? いや、あの地だけでない、この世のあらゆるところに満ちてやろう! そうしてすべてが滅びるのだ。
もうすぐまた夜が来る。夜は我らの世界。魔獣どもはすでに再侵撃をはじめている。あ奴らにとって長い夜になるだろうよ・・。
くくく・・楽しみだ・・ああ、楽しみだ・・・。
ビシャアン! 奴らの砦のほうに大きな雷が落ちた。 天も奴らの最後におののいているのだろうか。
我はさらに愉快な気持ちになって声を出して笑ってやった。
「何がそんなに面白いのかしら?」
軽やかな綿毛が舞うような声が風に乗ってやってきた。 声? 風に乗って? 魔法? 見ればわが軍の侵撃が止まっている。みななにかの様子をうかがっている? いや違う! 海豚も鯨も、腹を出して浮かんでいるではないか!! 我らの角持ちもぷかぷかと浮かんでいる!? ・・・なんだ? なんだこのうすら寒さは?
目を凝らすと、かすむほど遠くにある、砦の人間達が笑い合う顔が見える。なんだ? なぜ笑う? なぜ絶望していない?
気が付くと、海が気持ち悪いほど凪いでいる。波一つ立っていない。なんだ? なんだこの気持ち悪さは? 我らの軍は凪いだ海に当てられたのか、みなじっとしている。いや、みな一点、気持ち悪いものの発生源から目を離せないでいるのだ。それは海の上を『歩いて』いた。
「あなた達には、お父さんやお母さんはいるのかしら?」
なんのことだ? 我らは苗床から生まれる。父や母などという人が持つような者はいない。有るのは王と、それ以外だ。
「そう。そうまで違うなら気にしないでいいわね。徹底的に、潰してあげる」
潰す? 殺すでもなく、倒すでもなく、潰す? 言葉に含まれた意味を察するには、さほど時間は必要なかった。そいつは本当に我らの仲間を『潰し』はじめたのだ。握り潰し、踏み潰し、すり潰した。なんだ? あれは? あれが・・・聖女? あれが・・? あの大きな肉の塊が? なんだアレは・・
我は、我らのことを、世を穢すだけの存在であることに嘆き、魔と呼んだ。
だが、違う・・あれは、あれは穢すのではない。潰すのだ。
あれが・・あれが・・・本当の悪魔か?
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「ふう、キリがないわね」
大きな鯨に乗った二本角の巨人が持っている銛を降り下ろしてくる。
銛って刺すものじゃないの? ピンと指ではじいて銛を跳ね返す。
前世でクジラは大好きだった。見てよし、めでてよし、食べてよし。いやあんまり食べたことなかったけど。だけどあれはクジラじゃない。まず目が気持ち悪い。そして手足が生えている。あんなものは私が大好きだったクジラじゃない。私を一飲みにしようというのか口を開く。生臭い。
その口を閉じろ。おらあ! よしよし。そうやって、ずっと閉じてなさい。
あーうるさい。だから銛は刺すものじゃないのか? 貸してみろ! こう!
これでよし。うんうん。私の指導に感謝しろ?
いっぱいいる。メンドクサイのでさっきの雷をもう一発落とす。どんがらがらがっしゃーん。交通事故みたいな音がした。そうそう、一度だけその瞬間を見たことがある。大きなトラックに挟まれた軽乗用車がぺっちゃんこになったの。でも、運転手の人は、後ろのトラックにぶつかられたときにスポーンって飛び出てて挟まれなかった。ほぼ軽傷で済んでた。奇跡だって泣いてたなぁ・・・。
ああ、あなた達にはそんな奇跡は必要ないので、軽乗用車のほうになってくだちい。どっせーい! あら、海が割れた。ちょうどいいや。周りを凍らせてっと。これで歩きやすくなった。
ああ、メシマズで有名なイギリスのパイみたいになってる。ところどころからアイツらが変なポーズで飛び出てるんだよ。え? しらない? あのパイ。ほら、魚が丸ごとパイに突き刺さってるアレ。
なんて言ってたら大体終わってた。まだ夜更けだが、もう海にはアイツらはいない。さってっと、さっきから、がくがくあわあわしてるアイツらの親分に会いに行こう。あれがジャバゴ皇帝だ。私にはわかる。
浜に上がった私をそいつが驚愕の目で見る。もっともどこに目があるのかわかるのは私くらいだ。細い。真っ黒な枯れ木のような身体に黒い何かがまとわりついて、アイツを形作っている。そんなベッキベキのボッソボソでは、私の相手はできないわね。
「おまえは・・・何者だ・・?」
「私? 私は、鎧の代わりに筋肉をまとう、筋肉の戦士。マッスルレディ」
静かに。あくまでも穏やかに告げる。内に湧く怒りはまだそこに留めておく。
「筋肉? 鎧の代わり? お前は・・聖女ではないのか?」
「その枯れ木みたいな身体だと、筋肉を知らないのも無理はないかもしれないわね」
私は右手を挙げて筋肉をアピール。ムキリとそれが盛り上がる。私の筋肉ながら惚れ惚れするね! おやあ? 皇帝が一歩下がったぞ? おいおいどこに行く。私の筋肉講義はこれからだ。
「筋肉とは正義の源。筋肉とは正義のあかし。言葉は必要ないわ。その身に直接教えてあげる」
静かなる宣言。私の講義を全身で受けてもらう。
「馬鹿な・・・正義などありはしない・・すべては強いか、弱いか・・だ!」
「そう。その通りよ。そして・・、私の筋肉は強い。私の正義を思い知れ!!」
語り終えた。これ以上の言葉は必要ない。あとはこの筋肉で教えてやろう。
殴る。枯れ木が吹っ飛んで転がって、浜辺の反対側まで行ってしまう。
おいどこへ行く。マッスルじゃーんぷ、からのー、すとんぴんぐ! ぐわっしゃーん。決まった。
おっへー汚い! 黒い何かをダバダバ吐いてる。蹴とばしちゃえ。ばっきーん。
おいおい、こんなもんで終わると思われたら困っちゃうわよ? 王都での謀略や、ラルの家族にしたこと、すり潰すまでやるわよ?
「く・・くそう・・我の魔力が戻っておれば・・・全力があれば貴様など・・・」
「へえ? 全力なら何とかなるんだ? いいわ」
私は魔法のポッケからシュタの実を取り出し投げてわたす。
「それを食べれば魔力が回復するわ。毒だとしたって、どうせ効かないでしょう? だまされたと思って食べてみて。私は、全力のあなたをすり潰してあげたいの。そうね私も一つ食べておくわ」
いぶかしんだ皇帝だったが、このままでは宣言通りにすり潰されると思ったか、賭けに出たようだ。真っ赤に裂けた口が、シュタの実にかぶりつき咀嚼する。黒い魔王と筋肉の聖女が一緒に浜辺でバナナを食べてる。はたから見るとちょっと面白い絵面なのではないか?
すると皇帝を取り巻くもやが一気に膨れ上がり、強烈に渦巻いた。
「おお・・・愚かなる人間よ・・・礼を言うぞ・・我の魔力がすっかり元通りだ。いいだろう、私の方こそがお前をすり潰してやる!」
「へえ、一本で満タンになっちゃうんだ。私は二本食べても、まだ足りないんだけどね?」
もう一本いただく。もそもそ。お水欲しい。
「・・・お・・おまえは・・?」
「行くわよ」
ドゴン。枯れ木にふたたび私のパンチをたたき込む。




