33・蛮族? いえ、あれは悪魔かもしれません
皇帝・・・産まれ落ちた時から、我はそう呼ばれた。
何をもって皇帝なのかは知らない。ただ、この、愚かなる魔人どもを統べる主として、この世に有れ、と産み落とされた。人間の奴らは我らのような『存在』を認めたくないゆえに蛮族、などと我らを呼ぶ。違う。我らは魔の者。命を穢すもの。
何百年も生きているなかで、ときおり不思議に思うときがあった。我らには、ほかの生き物のように雌がいない。なぜなのだろう? 我らは仲間を増やすに、人なり獣なりの雌を襲い苗を植え付ける。そうするとそのうちその腹から我らの子が生まれる。しかしそうして襲った雌は、我らの子しか産むことができなくなる。
もし世界中の雌を襲いつくしてしまったら、我らは寿命に達して滅びるだけだ。我らはいったい何のための存在なのか? その疑問が、ぞの自問が浮かぶたびに、我が結論はこれに至る。
「世を滅ぼすため、命を穢すために我らはいる」故に魔。ゆえに無。
我らの国は四方を海に囲まれている。海を渡れば人の国がある。我らはつねに、人の国を襲う算段をしている。それが魔人に、我に課された使命であり、それが我の結論だ。人を穢し犯し滅ぼしてしまえ。と。
しかしそのたびに邪魔が入る。英雄だ、聖女だという、超常の力を持ったやつらだ。まったく忌々しい。ときおりそれらと呼ばれる前に我の前に立つ愚か者がいる、そういうものは勇者と呼んでやった。理屈は知らぬ。先代が残した書にそう描いてあったからそう呼ぶだけだ。
そいつらは何百年と生きる我と、変わらぬ力を持つ。忌々しい。それらの人間の話を聞くと、いつしか我は正気を保てなくなっていた。つねに奴らの産声を探し、殺すことだけを考えていた。
占いで、海の向こう、大山の手前の人の国に聖女が現れたという。我は怒り狂い、魔を放った。しかし思うようにはみつけられない。配下は愚かな者ばかりだ、仕方ないのかもしれない。しかしなんとしても探し出さねば。そのうち、その国に、つごうのいい、邪な人間がいると占いで出た。そのような奴に「すべが欲しくないか?」とささやけば、すぐに魔に下る。欲にまみれて仲間を売る。人間とはまったく我ら以上に愚かだ。
魔に下った者たちを利用し、手の者を潜らせ、忌々しい聖女を探す。いるのはわかっているが見つけることができない。
忌々しい。まったく忌々しい。忌々しい忌々しい忌々しい忌々しい忌々しい忌々しい忌々しい忌々しい忌々しい忌々しい忌々しい忌忌忌忌忌忌忌忌忌忌忌忌忌・・・。
今度の聖女はいったいどんな奴なのか? いったいどれほどの強さなのか? 40年前、現れた女はかなりの力の持ち主だった。我らの兵は奴の前にことごとく退けられ、軍団は奴一人に千々に散った。我は勇者と呼んでやった。だが我との闘いの中で、我は奴の魂に深手を負わせることができた。奴はブクブクと太った大きな肉の塊へと姿を変え、逃げ去った。ふたたび歯向かうことはないだろう。
そしてその憎き宿敵を見つけることができないまま、教会が聖女を認定する日がくるという。そうなると厄介だ。人間どもの士気は上がり、国々が手を携え、我らの島へ侵攻してくるかもしれない。
我らは自らだけでは増えることもできないか弱い種だ。寿命も短く日の光にも弱い。人がまとまって襲ってきたらひとたまりもないだろう。
奴らに希望を持たせてはならない。我は怒りに任せて全軍に進軍を命じる。「砦を砕け! その先にあるすべてを苗床とせよ!」
勇ましい言葉の裏で、我は怯えていた。結局聖女がどんな者なのかわからなかった。奴らの国で噂され、部下を捕らえたマッスルレディとか言うやつが聖女なのか? そいつはブクブクと太った肉の塊だという。だとすればそいつは40年前に我と戦い相打ちになった、あの聖女のなれの果てと同じ程度だ。そんな肉塊に負けはしない。
今度こそ・・・今度こそ・・その首引きちぎって喰らってくれる!!
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バーン辺境伯爵領には海がある。美しい海で、我が領に数々の恵みをもたらしてくれる母なる海だ。だが、その美しい海にはとても不釣り合いな、恐ろしげな島が水平線の上にあった。蒼い海を穢す、墨をぶちまけたような黒い島、あれが北の蛮族が住む土地、ルケイ島だ。
その島は、中央につねに紅の炎と、噴煙を吐き続ける山があり地表には草木一本生えていない、恐ろしい蛮族はその地下に住むという。
もしあの島と、辺境伯領が陸続きなら3時間も歩けば辿り着くだろう。近い。すぐそばに巨大な獣が寝ているようなものだ。恐ろしい。
しかし島の周りには、激しい海流が取り囲んでおり、船がそのうみを渡ることを許さない。それは、海が、あの恐ろしい蛮族をあの島に封じているのだと思っている。
この辺境伯領最北の砦に、隊長として赴任して、私も1年になる。砦は海岸線にある、天然の絶壁をくりぬいて作られていた。数キロにわたるその砦は、海からの蛮族の上陸を何度となく跳ね返してきた歴史のあるものだ。
ここからあの島を監視する。それが我らの任務だ。
あのけがれた島を年中にらみ続けるのは、とても緊張し、心を擦り減らす。なにせ蛮族の奴らは油断をすると、炎を吐く怪鳥に乗って空を飛び、海を渡り、人を攫って島に戻っていく。島に連れていかれた人を救うすべは、ない。
我々は遠眼鏡で奴らの島を監視し、飛んでくる災いを、魔砲や大型弩砲で撃ち落とす。そしてそれを領主に報告する。
昨夜、島から、巨大な真っ黒い怪鳥が飛び上がるのが見えた。遠眼鏡が必要ないほどの巨体がぐんぐんと砦に向かってくる。急ぎ領主様へ伝報石にて報告し、魔砲で迎え撃つ。しかし、怪鳥は砦の手前で一気に魔砲が届かぬ空へ飛び去り、そのまま領都へむかった。
魔法が届かぬ空を飛ばれたのは初めてだ。そして、あのような巨大な怪鳥を見たのも初めてだった。兵たちが動揺を始める。マズイ。
ふたたび、怪鳥がうえを飛び去り、島へ帰っていく。なにかの用が済んだようだ。空にあるのに不気味な腹に響く地鳴りをあげて。・・あれは・・禍々しさを凝縮した『なにか』だった・・。
兵が目に見えて動揺していくのがわかる。怪鳥の地鳴りを聞いてから落ち着きがない。きっと何かよくないことが起こるとささやきあっている。しばらくして、領都から、ご領主様が討たれたとの報が入った。あの『なにか』の仕業であろう。兵の動揺は極限に達した。
日が海に落ちる刻限のころ、怪鳥を迎え入れた島から黒いシミが広がっていくのが見えるた。薄闇の海にさらに黒いシミが広がっていく。世界が闇に飲まれたころ、何も見えなくなった海から泡立つ音が砦にまで届く。
私はたまらず魔法の光を灯すように魔法使いに命じた。空に打ち上げた魔法の玉があたりの海面を照らすと、みなが息をのむ声が聞こえた。いや自分の声だったかもしれない。埋め尽くすほどのなにかの頭が海面からこちらをうかがっていた。その額には角がある。そいつらが自らしぶきをあげて向かってくるのだ。
それは何かにまたがった一本角達だと気が付く。またがっているもの・・あれは海豚?。いや違う、あの海豚には腕がある。そしてやはり額に角があった。あれは、海豚を苗床に生まれた蛮族・・いや、・・悪魔だ! 背に乗せた一本角とともに海豚が、砦の絶壁に迫る。
「魔砲を放て! 弩を降らせろ! あの魔物共を近づけるな!」
私の絶叫に対する兵たちの動きが鈍い。私は同じ激をもう一度飛ばす。見たこともない巨大な怪鳥に怯えていたところに、見たこともない軍勢が押し寄せてきたのだ。さらにはご領主様が討たれた聞けば兵が怯むのも止むをえまい。逃げ出さないだけマシといえるか?
砲をかいくぐり、海豚は絶壁に一本角をとりつかせると海に潜ってゆく。とりついた一本角たちが器用に絶壁をぐんぐん登ってくるのがみえる、このまま登らせるわけにはいかない!
「矢を射かけよ! 登らせるな! 石を落とせ!」
「ボオオオオオオオオオオオ!!」
いきなり、巨大な木管楽器を、勢いよく吹き付けたような音が響きわたる。私はみっともなくも、思わず首をすくめてしまっていた。腹の中がむずむずと呻きを漏らすのを感じ、海を見た。
するとイルカの群れの中に勢いよく潮が噴き上がっているのが見えた。「鯨?」徐々に白波を立ててこちらに来る『それ』が水中から姿を現した。『それ』は巨大な手足の生えた鯨にまたがる大きな二本角だ。
そいつが、水を行く勢いのままに、手にした巨大な銛を投げつけて来た。ズドン。鋭い音とともに砦の壁に銛が突き立った。銛には太い鎖が繋がっているのが見える。
夜の黒い海から城壁のかなり高いところまで一本の鎖でつながれた。一斉に一本角たちが鎖に殺到する。
「鎖を外せ! 壁ごと壊して構わん! 魔砲で撃て!!」
「射角が取れません!」
「砦の内側にある砲で、壁ごと撃て!」
ドゴン! 鳴り響く破壊音に、どこへともなく顔をそむけてしまう。自らを守る防壁を内側から吹き飛ばすなど愚の骨頂だ。だが、それしか思いつかなかった。あんな戦法を用意していたなんて! 大きな被害を出しながらも、壁をうがつ銛を、三本ほど砲で吹き飛ばしたころに、敵の第一波が引いていった。
夜が明けたのだ。防壁に空いた大穴から、空に垂れる雲が見える。もし雲がなければ、砦の内側にいながら全身に日の光を浴びることとなっていたろう。心の平穏のためには曇りでよかった。
次は持たせられないだろう・・・。




