32・悲しみから怒り。戦うときかもしれません
準備はしていたという。
国境沿いの砦に兵を集め、蛮族軍の侵攻があったとしても、持ちこたえられるほどの準備を。
しかし、魔王は一人でそれらを飛び越え、襲ってきた。領都の城に単身現れた皇帝はラルのお父様とお兄様を殺め、魔法を駆使して領都に大きな被害をもたらしたという。
幸い、聖女の発表がある日に向けて、必ず蛮族の侵攻があると確信していたバーン辺境伯爵は、事前に民を避難させていたため、領都の人的被害は少なかったそうだが・・・
「砦が今も攻撃を受けているそうです。しかし、指示をする父たちが亡くなったことで指揮系統が乱れ、守りが崩れ初めていると報告されてます・・・。あそこが落ちれば辺境伯領に蛮族が流れ込むでしょう」
「そうなれば、我が国全体が危うい。・・それにしても、蛮族皇帝、自らが単身で乗り込んでくるとは・・」
私は頭がおかしくなりそうだった。家族がいない寂しさは知っていたが、家族を奪われる苦しみは知らなかった。私の家族ではないかもしれない。でも誰かの家族が誰かに理不尽に奪われるなんて・・頭の中がグルグルして、ラルの話を聞かなければならないのに目から涙がどんどん溢れてくる。
さっき助けたあの赤ちゃんだって、お母さんがもしいなかったら? あの赤ちゃんが死んでしまっていたら? 助けた時には意識になかった。私がたまたまそこにいたから助けてあげられた。たまたまだ・・。私が見ていないところで誰かが傷ついていたんだ。
火を放ったり、街の人を襲ったり。思えばとんでもないことばかりだ。私は強くなりすぎてそういう感覚が麻痺していた。私は・・・馬鹿だった。
蛮族は街を乱し、その混乱の隙を突いて、王族を狙ったり、反乱を起こさせたりしていた。それは単なる作戦なんだ! 誰かのなにかの欲望を満たすための、作戦なんだ! そんな欲を満たす作戦のついでで誰かの家族が奪われるなんて。許せない! 許せない!
許せないい!!
しゃくりあげて泣き続ける私の肩にラルがそっと手を置いてくれる。
「ごっ・・ごめんにぇ! ほんひょうに、ちゅらいのは、らりゅなのに! わたひがにゃいちゃっだめにゃのに!!」
「ありがとう・・僕の家族のために泣いてくれて・・・」
「ごめんにぇ!!」
「マッスルレディ」
殿下が力強い声をかけてくれる。
「ひゃい!」私の背が伸ばされる。
「ランスロットとともにバーン辺境伯領へ向かえ。砦を守る力となれ。人々を守れ!!」
「はい!!」
涙は止まった。
「ラル!」ラルを見る
「頼む」
「行こう!!」
私はラルを抱えて飛び上がる。ぐんぐん高度を上げていく。私の下からは私を応援する声が聞こえる。高度をあげる私を見つけた街中の人が私に手を振ってくれる。みんなそれぞれ家族がいるんだ! みんなの家族を私が守る!
行くぞ!
水平飛行に入った私は私の故郷に向けて飛ぶ。その向こう、山の向こうに辺境伯領はある!
私は砲弾のように自分とラルを守る膜を作り空を駆ける。一筋の光となって。
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トリスタン視点(ラルの妹)
黒い大きな影がお父様のお顔を握っていた。それが何なのかはその時はわからなかった。黒い影は、異形な黒い塊の影で、うねるように捻じれると塊の一部が真っ赤に裂けた。途端に周囲に恐ろしい地鳴りのような音が響く。
真っ赤に裂けた部分が、笑う口のように見える。いや、実際に笑っていた。地鳴りは裂けた部分から響く笑い声だった。
「ゲハハハハハハ・・・これは・・愛らしい娘だな・・・あとでこの我が直々に、魔の苗床としてやろう」
何を言っているのかわからなかった。 声なのかどうかもわからない。お父様が、お顔を掴んでいる何かを振りほどこうとしている。私はとっさに床に落ちていた父の剣を拾う。剣など握ったことはない。しかしとにかく黒い塊に剣を叩きつけた。
「チッ・・ 馬鹿な小娘が!」塊がひゅっ、としなって私を打った。私の体が宙に浮くとガラスが割れる音がして、あたりは真っ暗になった。ザーという雨の音がたくさん聞こえる。気が遠くなる。
目が覚めるとラルお兄様がいた。ラルお兄様は泣いていた・・・まだザーって音が聞こえる。凄い音だ。
後ろには知らない覆面をかぶったおおきなひとがいる。だれ?
「・・・・・・」なにかをお兄様がしゃべってらっしゃるけどザーしか聞こえない。
「・・・」おおきなひとはうなずいただけ・・・ザー
おおきなひとが私の手をつかむ・・大きい手だ・・あったかい・・
やがて、ザーって音は、雨の音になった。しとしとしとしと・・綺麗な音・・
ああ・・またねむくなってきた・・
おやすみ・・おにいさま・・
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私たちは空を駆けた。無言で駆けた。
ラルは私の背中にいるのでどんな顔をしているのかわからない。闇の中に私の町が見えた。まだ朝じゃないから誰も歩いてない。一瞬で通り過ぎる。次に山が迫ってきた。高度を上げる。日の光が差して私たちを照らしてくれる。美しい太陽だが、いまはその黄色に寂しさを感じてしまう。そして、私たちの後ろから雨雲が追ってくる。あの美しい太陽はすぐに雲に隠されてしまうだろう。
山を越え、山を下る。ふもとの整った町を飛び越え、いくつかの農村を飛び越える、そしてその先に大きな町が見えてきた。王都ほどではないがおおきな町だ。
隊商が一か月かけて進むコースを私は半日で駆けた。
街からはいくつか煙が上がっているのが見える。私の心臓がきゅっと締め付けられた。
あそこでいったいどんな惨劇があったのか? たなびく煙の数を数えるたびに、締め付けられた心臓からふつふつと怒りがにじみ出る。
おおきな町の中心付近に『嫌な感じ』の残滓が見える。見える・・。黒いもやが街の中心にある大きな建物にかかっている。あれが嫌な感じの正体だ。たぶんあそこにラルの家族がいるだろう・・。
屋敷の前に着地すると兵士に囲まれ誰何される。みな疲れ切った顔をしていた。
ラルが私の背中から降り顔を上げる。
「みな、ごくろうだった!」
疲れた兵士たちの頭に気を張ったラルの声が落ちる。
沈んでいた何かが少し浮上する。
「坊ちゃん!」
「ランスロット様!」
「母と、妹は?」
「こちらです」
城の中に通される。いくつかの角を曲がって案内された先には、ベッドに横たわるトリィがいた。隣はお母様だろう。ふたりとも黒いもやがかかっているが、アレはみなには見えていないと思う。あちこちがうっ血していて、お母様はお顔から胸にかけて、トリィはお腹に・・とても大きな傷を負っていた。
耳からも血が流れ出ている。トリィは・・・くっ!! ・・見ていられないぃっ!
涙がまた溢れてでて思わず目をつぶってしまう。あの可愛らしかったトリィが!!
「血が止まらないのです・・・我々の癒しの術ではこれ以上は・・もう・・」
「そうか・・ご苦労だった・・」沈んだラルの声が震えている。
「リリーナ・・頼む」
「うん・・任せて・・」
「えっ!?この方は・・」動揺する癒しの魔法使い達をラルが手で制す。
私はうなずき、覆面を取る。ラルのお母様と、トリィ、それぞれの手を取り・・そして力を開放した!
ビュバッと音がして私の手が光る。癒しの力がトリィとお母様に注ぎ込まれていく。肉体を修復し、その芯にある魂を修復する。そして、ほかの術者が癒せない原因を攻撃、する!!
光がさらに溢れ、黒いもやがふたりの体の上でのたうつようにうねる。
「ギギギ・・」もやからツルが伸び、私の体にも巻き付いてくる、触れた部分が嫌な感じだ! くそう・・なんて! なんて嫌な感じの奴なんだ! これがジャバゴ皇帝か!! こんな奴はいていいはずがない! またも涙が出てくる。私はめいっぱい癒しの力の叩きつけ、黒いもやを二人の体から絞り出す。
誰の目にも見えるようになったもやが、呻きをあげて飛び出してくる。最後のあがきか、もやが私に襲いかかるが、おまえなんかの攻撃が、私に効くか!!
「うりゃあ!」もやをつかみとり、握りつぶす! おまけに手から浄化の光だ! 喰らえ!!
「ギャアアアアアアアア!!・・・」
断末魔の悲鳴を残しもやが消えていく。
「おお・・・なんという御業・・このような癒しの術は初めて見ました・・このかたは・・噂の聖女様ですね・・・」
膝まづいた癒しの魔法使いたちが、涙を流して私に首を垂れる。
ふたりの呼吸が楽になっているのを確認する。怪我もすっかり治した。元の可愛いトリィだ。
でも、彼女らの体は治せても、その悲しみまでは癒せない。
ふり返り、下げられていたラルの手を、取る。
「もう大丈夫だから・・」
ラルの悲しみも魔法では癒せない。
顔を見れなかった。俯いてしまった。どんな顔をすればいいんだ?
そんな私のことをラルが抱きしめてくれる。
「ありがとう」そう言いながら背中をなでてくれる。私はまた涙が出た。ボロボロ出た。
「ありがとう。俺の代わりに泣いてくれて」
「ふうううう・・」
一生懸命、泣くなって思っても全然ダメだった。ラルはもう泣けない。みんなの疲れた顔を見てしまったから。私は泣き止めない、心が泣かないのを許してくれない。あの前世の寂しい気持ちを思い出してしまったから。あの頃は、泣きたかったけど泣けなかった。泣いても誰も助けてくれないから、涙が出なくなっていた。
だけど今はすごく涙が出る。私は泣ける。
だからラルの代わりに私が泣く。私は泣くたびに強くなる!!
泣いてる人がいたら、私が助ける! 泣いてる人は私の筋肉で、みんな救ってしまえ!!
マッスルレディの覆面を勢いよくかぶったっ!
そうだ私は!マッスルレディ!!
鎧の代わりに筋肉をまとう、筋肉の戦士!!
「砦に向かうわ。案内・・は要らないわね。黒いもやと同じ気配がする。アイツが居る方角が、分かる!」
一方をにらむ。そこに砦があるはずだ。そしてその先に、あのもやを産んだ嫌な奴がいる!
「ラルは二人についていてあげて」私は扉に歩き出す。
「君の癒しは身をもって体験してるだけに、もう心配ないと思うんだけどな」
少し笑うラル。
「そう? じゃあ、ここの皆さんに顔を見せて、安心させたら追ってきてよ」
「わかった。必ず後を追う。しかし、昨日からこっち・・・君の体も心配だ」
「まあ。私を誰だと思ってるの? でも大丈夫よ。お母様からこれを貰ってきたわ」
魔法のポケットからシュタの実を取り出す。
「疲労回復にいいのよ。ラルもひとつどう?」
「いただこう」
ふたりで皮をむいてムシャリと食べる。やっぱりもそもそしてるけど、これはとても甘い。さすが特製。そしてものすごい回復力だ。二本も食べると疲れがあったことさえ思い出さなくなった。
「これ・・・普通の人に食べさせたら、魔力で体が破裂しちゃうかも?」
「うん・・これは・・ちょっと流通させられないな・・俺でも鼻血が出そうだ」
ふふふとふたりで笑いあう。そして笑顔でラルが送り出してくれる。
「獲物は残しておいてくれ」
「それは約束できないわ。・・だって私は、悪を許さない筋肉の戦士。マッスルレディだもの」
ラルが手をあげる。その手を私が叩く。スパアン!
ゴングが鳴った。




