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30・王都動乱。筋肉の出番かもしれません

「おい」


その翌日、学園の庭を歩いていると後ろから声をかけられた。


声に含まれるモノにイラっと来たので、淑女にふさわしく、ことさらゆっくりと振り向くと、そこにマックス様に似たお顔の方が立っていた。学年を表す襟章の色が、一つ上の学年を示している。さらに横にある襟章が王族であると語っている。 私は何とか様になってきたカーテシーをとる。


「ふん、貴族とは言え領地にずっと引っ込んでいたというだけあって挨拶も満足にできないのだな。しかし、確かに見目はよいな。おまえ、私の妻としてやろう」


 何を言ってるんだこのスットコ=ドッコイ氏は。そういえばマックス殿下にもスットコ殿下と呼んでしまったので別の呼び方がいいな。えーと、えーと、どうでもいいや。


 見目がよいとか言われても、この姿は偽りの姿だ。この姿に惑わされるような奴に妻にされるいわれはない。私の『何だコイツ』という思いを全力で目にこめた表情を正確に読み取ってくれたのだろう、盛大に舌打ちしながらこちらに歩いてくる。帰っていい?


「お前も僕をそんな目で見るのか。忌々しい」

忌々しいって言われても、忌々しいのはこっちの方だ。なんなんだコイツ? 王族だよな。そういえばマックス殿下には腹違いの兄がいるという話だったな。側室の子だから、兄だけど王にはなれないとかだっけな。なまえはー・・・ビルド? だったか。心底どうでもいいけど。私の少ない、王族・貴族知識を、脳内倉庫から引っ張り出す。どうでもいい情報だからすぐ捨てた。ポイ。


 に、したっていきなりこの態度はひどい。初対面での好感度ロールが限界のマイナス値だ。いくらダイスを振りなおしてもプラスになることはなさそうだ。


「お前はあの英雄ババアの孫なのだろう?」

近寄ってきた男がいう。マックス殿下に似てるのに、なんでこんなに嫌な顔なんだ?


「確かに、私の祖母は英雄の称号を受けております」

「蛮族らに煮え湯を飲ませた英雄の孫だ。事が起こった時には利用価値があるかもしれん」


ニタニタと笑う顔がもう相当に気持ち悪い。マッスル体当たりで吹き飛ばしてやりたいところだが、グッと我慢して『事が起こった時』とは何を指してるのか聞いてみる。


「英雄の孫のくせに知らんのか。もうすぐまた蛮族が攻めてくるということだ」

ああそれか。それは知ってる。じゃああれか?『利用価値がある』というのは、蛮族が攻め入ってきたら私を差し出して逃げるとかに利用するとかいうのか? クズか?


 じゃないなら、コイツはアレだ、蛮族とやらと内通してるな? そんな匂いだ。私の筋肉がコイツは臭いと言っている。どんな臭いに例えればいいかな? 雨上降りの日にはいてたお父さんの洗ってない靴下二日目とか・・。想像しただけで酸っぱい顔をしてしまうようなことを考えていたら、脳裏にマックス殿下のお言葉がぽっと浮かぶ。


『おかげでもう一つの問題も片付きそう』


 ああそうか、あれはコイツのことか。まあ王位簒奪、狙ってそうだよね。もういっそ今ここで私のマッスルチョップで地面に埋め込んでやろうかしら? 5メートルくらい埋まれば誰にも見つかるまい? 完全犯罪? いやもっと・・


「おい、聞いているのか? まったくニヤニヤしおって気持ち悪い奴だ」


 いえまったく聞いておりませんでした。なにかごちゃごちゃ言ってた気がするが。私の筋肉は、お前のような奴とは語り合わない。ニヤニヤしてたのはフヒヒ女子の方だろう、が、アイツもまあ、あんたみたいな奴の言うことは聞いてない。アイツはよく一人の世界に入って戻ってこない。きっとあんたを、どう始末するか考えてたら笑いが出てしまっただけだろう。


「はい。では失礼します!」


 踵を返して前に進む。人の目は前に進むためにここについている。 横についているからと魚は横に進まないだろうが。


「そうか・・・なっ! おい! どういう流れだ!? ちょ、おい! まて!」


 知らない。どんな流れも興味がない。唐突な私の行動に戸惑うくそ殿下を尻目にさっさと立ち去る。ビルドの後ろの従者が、うんうんとうなずき、しっしと手を振る。あれは早く行ってしまえと言ってくれてるのだろう。おまえ、従者にまで相手にされてないぞ? あ、あれはマックス殿下の手の者か。納得。



***************************



その夜は、全身がチリチリとした。私の筋肉が警鐘を鳴らしている。


「ふん、分かりやすいこと」


私は自分の部屋で軽いトレーニングをして待っていた。ゆったりと椅子に座って、片手に持った二つの鉄球をくるくると回す。指を鍛える鍛錬だ。鉄球は一つが五キロある。


「この大きさで五キロだと、鉄じゃないかもこれ・・」

二つ合わせると時々青く光って素敵だ。


 ドオン。家の外でなにかが炸裂する。悲鳴も聞こえる。だが、家の中には実は聞こえていない。私が意識を外に飛ばしているから聞こえただけだ。家の中はいつもと同じ、穏やかな夜の時間が流れている。


 賊がこの屋敷に迫ってきていた。


きっとあの、ビルドに手引きされた蛮族の暗殺者たちだ。屋敷を包囲して一斉に攻めこんできたのだ。しかし何の心配もない。私が庭に設置した数々の罠と、家に張り巡らせた、防壁が完全に家族を守る。もちろん使用人も守る。誰一人傷つけはしない。そしてそれを静かに行う。


 ドオンドオン。面白いように引っかかる。近寄ると爆発するマッスルボマーだ。私が握りつぶした鉄球の破片を入れ込んである。マッスルの要素はそこだよ?


 扉がノックされる。「はい!」と返事し、扉を開けるとそこに、お母様とおばあ様が真剣な顔でお立ちになっていた。


「いよいよ来たようだね」

「おばあ様!」

「大丈夫よ。お母さんもおばあ様も、分かっているわ」


さすが私の母、そしておばあ様だ。おばあ様が私とお母様を抱きしめる。ときどきこうして特に訳もなく抱きしめられるが、おばあ様の胸は大好きだ。だいたいお母様も一緒に抱きしめられるが、こうされると、もう幸せで幸せでたまらなくなる。前世でさみしかった分まで、いっぱいこの胸で幸せになるんだ。よーし、私も二人を幸せにするぞーと、お母様とおばあ様を抱きしめ返す。なんだこの幸せ空間。最高。


「王都には、奴らがかなり入り込んでいる。手引きしてる奴も併せて何とかしないとならない。都の皆の平穏のためにはおまえの力が必要な時だ。行くといい」


「おばあ様・・・」

おばあ様はこの幸せをみんなに配れという。了解です!!


「大丈夫よ、リリーナ。ここにはあなたのおかげですっかり元気になった私と、英雄のおばあ様がいるわ。あなただけで背負い込むことはないわ。家族みんなで助け合いましょう」

「お母様!」ありがとう。嬉しい! 最高!!


「これをお持ちなさい」

「これは・・シュタの実?」

なんの変哲もないバナナのような例の木の実だが、色が濃い。


「おばあ様とお母さんの特製。魔力を込めて育てたの。疲労回復に効果抜群よ」


 事前にこんな用意までしていたのか。さすがだお母さん。私はもう一度ふたりをぎゅっと抱きしめてから部屋の中心に立った。


「ふうん!!」


 気合とともに変身を解いて、本来の姿に戻る。一気に部屋を内側からはじけ飛ばさんとする圧力がかかり柱からみしりみしりと音がする。私の力はここ一年でさらなるパワーアップを遂げた。きっと全盛期のおばあ様を凌駕している。


「ほほう、それがお前の本来の姿か。あの可愛らしい姿も嫌いではないが、いいね。それでこそ私の孫だ」

私は恐縮して赤くなってしまう。


『マッスルフォーム!』 念じると私の体が光に包まれ、置いてあった赤と黒のスーツが私の体を包んでいゆく。私の魔力のこもった特別製だ。破れないし、よく伸びる。そして私の素晴らしい筋肉ラインが見事に浮かび上がり、さらに赤いラインが筋肉の盛り上がりを強調し、力強くあらわされる。


「お母さん、そのスーツは体のラインが見えすぎてどうかと思うわ・・」

「あたしゃいいと思うけどね。かっこいいよ」


「行ってきます」


少し照れ臭かった。



***************************



母視点


 ふっと消えたあの子の気配はそのまま空へとあった。家族だからどこにいても感じられる。しかしあの子は本当に力強い疾風だ。静かな嵐といえばいいのか。


「さて、屋敷の周りを掃除してくるかね、そのあと王に協力してアホ宰相たちも叩きのめしてやろう」


「お母様、アレクやカーラたちは就寝してるはずです。お静かにお願いします」


 お母様の身を心配する必要はない。あの子は気が付いていないようだが、お母様はリリーナの前では実力を隠している。リリーナの心配もする気がないのに、それに匹敵するであろうお母様の心配などやはり無用だ。


 二人で玄関まで歩いていくと、カーラがロウソクに火をともし現れた。

「どうされましたか? お二人でこんな夜更けに」

不安そうな顔をしている。


「うむ、ちょっと野暮用でね。まだ起きてたんだね。そうさね、なら、よいワインと、つまむものでも用意してもらうかね」

「あなたの分もね」


「はあ・・?」

夜更けにただならぬ雰囲気で歩く主人母娘の、のんきな指示に戸惑うカーラ。


「じゃあ行ってくるよ」お母様がロビーを抜けて玄関の扉に手をかける。

「はい」


「え? どちらに・・」

カーラの言葉を背にお母様が扉を開けた。


 飛び込んできた賊がぬめりとした短い剣をお母様の脇から突き立てた。もちろんそれは刺さらない。わき腹の筋肉が見事に防いでいる。いや、服にすら届いてないようだ。何らかの防御魔法か? さすがお母様。


お母様は賊を見下ろしその腕ごと剣をつかむ。お母様の手は大きい。


「ドーラ様!!」

慌てたカーラが飛び出しかけたが、その腕をつかみ制止する。


「さあ、グラスを用意しましょう」

 私の顔を見るカーラが困惑を隠してない。大丈夫。今までだって、王都に入り込む賊はみんなお母様がやっつけてきたんですもの。最近はそれをリリーナが肩代わりしてたけど。

 そもそも英雄だもの。蛮族の皇帝には勇者と呼ばれたそうよ? 英雄は国が決め、聖女は教会が決める。そして勇者は魔王が名づけるの。英雄で勇者。無敵よ。


 お母様が扉を閉めるのを見送った後、うきうきと二階へ向かう。お母様の活躍を見るためだ。もちろん、お母様が出た後、あの子が張った防壁は私が貼りなおす。えいっ。はいこれで大丈夫。


健康になった私の力は今や、なかなかのものなのよ?

実は癒しの魔法も使えるわ。

おかげで今はあの子の力を借りなくても常に健康体。

いつまでも娘の世話になるわけにはいかないからね。


私は正しく英雄の娘で、聖女の母親だったのね。


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