29・悪役令嬢、デレたかもしれません
『仲良くしてほしい』という殿下のおっしゃりようは本気だった。
ちょうどいい時間なので、このままカフェに昼食でも食べに行こうと誘われたのだ。うええ・・私が・・? 殿下たちと? 途中で殿下は従者を走らせティターニア様にも声をかけられ合流させられる。殿下に率いられた私たちは、カフェに向かう。
何でお前が殿下と一緒に? と言わんばかりの視線が周りからブスブスと飛んでくる。気にしないけど。
私はいつも、ティターニア様に淑女としての所作を指摘されてばかりだ。そうした礼儀作法はやるからにはちゃんと身に付けたいし、身につかないとおばあ様に締められるので、私もぜひ体得したい。しかしこちとら残念ながら産まれる前からのド平民だ。淑女の所作など一朝一夕に身につくものではない。できるというのならやってみせい。ほんと大変なのだ。
そんなわけでティターニア様と同じ卓について食事などしようもんなら、味なんてわからなくなる。ああ、もうどうせ味なんてわからないんだから、いっそプロテイン的なタンパク質だけ飲んでればいいんじゃないか? となかば自棄になる。
カチャリ。私の食器が大きめの音を立てる。ついにみしりと音がする勢いでティターニア様の眉間にしわが入る。ああ、ああ、淑女としてそのお顔はなりません、あの夜はあんなに可愛らしかったじゃないですか! と言いたいがいうわけにはいかない。もうこれは授業だ! 厳しいマナーの授業がここでも続いているんだ! と思って、淑女にふさわしくならない程度に震え上がる。
「殿下。なぜ今日はヴォーデモン様とご一緒なのでしょうか?」びゅううう。極寒だ。
「私が彼女と仲良くしたくてね。話すとなかなか興味深く面白い人だよ」
周りの、耳をそばだてている人たちが、ピクリと反応する。
「それはこの方が、淑女として時折相応しくない行動や、言動をなさるので、慎みある方ばかりに囲まれた殿下には、それが新鮮に映るだけなのではないですか?」
そうですそのとおりですわ! 思わず相槌を打ちそうになるが、私がそうしたら取り返しがつかない。
それにしても殿下相手に、思ったよりズケズケと話すんだなぁティターニア様・・・。
「ティータはリリーナ嬢に厳しいねえ。もっと仲良くなれればいいのにとか、言ってたじゃないか」
「な! 私はだれとでも仲良くなりたいのです! だいたい、そもそも私はリリーナ様のことを嫌ったりしておりません! ただ・・・あまりにも粗野なところが目につくのでどうしても口を出さずにはいられないだけです!」
えっ・・? そうなの? 悪役令嬢がなんか急にデレたぞ? いやまて、もともと怒られることはあっても確かに嫌われたりさげすまれたりした覚えはなかったな。むしろ怒られてばかりだった。もしかして優しさ? いやいやまてまて、嫌ってないのに怒られてばかりって、それはもう私が一方的にダメすぎるのではないか? 恐縮して縮み、沈む。ずぶぶー。
「まあ、それはリリーナ嬢が悪いから仕方がないな。だがね、リリーナ嬢、ティータは厳しいこともどんどん言うがホントは気のいい子なんだ。少し入れ込み過ぎるところもあるしね。そうだ、折角だから、ティータが昨夜会ったマッスルレディとやらの話、をラル達にも聞かせてやってくれないか?」
ゴフェ! なんてこと言いやがるんですかこのスットコ殿下は!
「マッスルレディ様!」ああ、目が急に乙女に。
「鎧の代わりに筋肉をまとった、筋肉の戦士。マッスルレディ! わたくし、あのようにお強い女性の方がいらっしゃるなど思いもしませんでした!」
「ブフォ!」
失礼ちょっと紅茶が気道に・・・と言いながら顔をそむけるランスロット。
殿下は浮かれる婚約者に微笑を向けている。内心私の反応にニヨニヨしているに違いない。殿下のお付きの従者はさすがに表情一つ変わらないが・・・。いや、肩が震えている! がっでむ!
「悪漢の持つ暗器にひるむことなく立ち向かい、ことごとく、正面からうち破っていくあの姿! 暗器をはじき、毒をものともしないあの筋肉! 鋼のような体とはあのお方のようなことを言うのですわ! いえ! 鋼のようななどという例えではなく、もはや鋼! 鋼そのものでしたわ! あの日に焼けた肌のすさまじい筋肉! まさに黒鉄の城!」
それ以上はいけない。権利関係の問題は異世界にまでは及ばないはずだが、もう自信がない。法律の専門家には袖の下でも渡すのでお帰り願いたい。
「ティータはすっかりマッスルレディのファンだね」
「ええ! 彼女の活動のために、どなたかが基金を設立するという話がございましたら、私の持っている宝石、すべてを捧げるくらいのファンですわ!」
それはきっととんでもない額になる。彼女らしからぬ熱っぽい様子でまだまだ話し続ける。どのように悪漢の攻撃を防いだか、どのように悪漢を吹き飛ばしていったか、彼女が見えた範囲で細かく説明を始める。ラルが頑張って平静を装って「それはすごい」とか言って聞いているが、すでに限界だ。机の下で太ももの内側を指でひねっている。
私も、ふんふんと、相槌を打つ。その姿にまたもラルのなにかが切れかける。ふとした瞬間に決壊しそうだ
「あっ・・・いっそ私が、その基金を立ち上げれば・・?」
「集めた資金はどうやって手渡せばいいかしら・・」
などと言いながらブツブツと長考に入ったティターニア様をそのままに、どうやら状況を堪能した殿下が私たちに声をかける。
「とても興味深い話だね。僕もマッスルレディには感謝している。とまあ、彼女はこんな調子でいい子なんだ。リリーナ嬢。これからもティータと仲良くしてくれ。時には厳しいことを言うだろうが、あまり気を悪くしないでやってほしい。ティータはとても純粋な心の持ち主なんだよ」
「!・・・・殿下・・!」
とたんにティターニア様が真っ赤になってうつむいた。やっぱり可愛いじゃないか。あの夜もそんな風に可愛かったよ。とかおもったが、このセリフは、何だか間男のようだなあと考えていたら、ラルにまた肘でつつかれる。ほえ? と前を向くと
ティターニア様がまたもおかんむりだ。
「そういう『心ここにあらず』という油断が、すぐ態度に出るところがよくないのです!」
はいいい! 背筋を伸ばして居住まいを正す。縮んだり伸びたりするさまがおかしいのか殿下が朗らかに笑っている。「もう!」とそっぽを向くティターニア様はやっぱりかわいい。
それに今のティターニア様のおっしゃりようは、いつもの吹き付ける吹雪の中に、毛糸のマフラーが一緒に飛んでくるくらいの甘さがあった気がする。
まあそのマフラー、巻いても凍ってるんだけど。
***************************
それからしばらくそんな感じで、殿下たちと食事したり、ティターニア様に呼びだされて、お茶会という名のマナー教室でしごかれたりしてたら、虐めはすっかりなくなっていた。まあ、未来の王様と、王妃様に目をかけられた英雄の孫に、これ以上ちょっかいをかけて得なことは何もないと知れ渡ったのかも。
ティターニア様は、殿下に言われて渋々という風を装いながらも、私に優しく厳しく接してくれた。もう、私の作法の先生は彼女だといっていい。
「殿下に命じられたので仕方なく、リリーナ様の教育係を承っているのです。ええ、厳しくしてましてよ? でもまあ、あの方も、私の指導のたまものですが、最近は少しは見られる淑女になったと思いますわね」
ツンデレか! 2人になった時などは結構気さくに話してくれるようになった。デレだ。ちなみにおばあ様にもときどき作法の指導はされるが、そのとき、私の中でおばあ様は先生ではなく『拷問官』と呼ばれているので、私の作法の先生はティターニア様だけだ。
放課後はラルに連れられ、あの軍の施設に顔を出している。私の活躍と筋トレの指導が評価され、すっかり教える側に回っている。ラルの疑いを晴らすために、実は女でしたーと明かしたら、なんでかそこで残念そうにする男が半分居た! なんでだよ! 安心してラルを預けられないよ! 軍の風紀の乱れが心配なレベルだよ!
ラルにも、私の常日頃から魔力を全身に流して負荷をかける訓練法を教えた。彼は今、メキメキとパワーアップしている。細マッチョはあまり変わらないが、筋肉の質がさらに一段上がった。うっとりするほど素晴らしい筋肉だ。そして強力な魔法使いへと成長している。
あまりにおいしそうな筋肉に「前に味見された仕返しにかじらせてくれ」と頼んだら、俺の抑えが効かなくなるからやめてくれと言われた。かじりたい。
グランツ将軍にも紹介され、ドーラおばあ様の孫だと言ったら「となると中身はアレかぁ・・・」と遠い目をされた。中身はフヒヒ女子ですよ、フヒッ! とは言ってない。
夜にはこっそりマッスルレディに変身・・・いや、変身してるのは淑女モードの方なのだが・・・。変身して、屋敷を抜け出して、被災地を回ったり、街で見かけた犯罪を防いだりしていた。蛮族の連中も頻繁に潜入してたが、全部なにかをする前に捕まえてやった。
殿下に言われた服装は何とかすることにしたが、筋肉をアピールしつつ淑女として、最低限の慎みを持つとなるといろいろ難しかったので、結局、黒と赤の全身タイツみたいなのに落ち着く。口元を出してるので、前世で見た、あの『コウモリのあの方』みたいな感じになっている。マントも付けた。ラルにこっそり見てもらったら「一度見たら忘れられない姿だな・・・」といわれた。褒めてるの!? けなしてるの!?
いろいろなことが順調に廻ってきたころ、聖女を一月後にお披露目すると、予想より、半年遅れで王宮から発表があった。
いよいよだな! と気を引き締める。




