2・私が魔法を使うためには、筋肉が必要かもしれません
前世では、スポーツジムに通っていた。
なんとなく健康維持のために通い始めたが、これに思いのほか、ハマってしまい、筋肉が付くたびに鏡の前でニヤニヤしていた。筋肉はやった分返してくれる。
もちろんいい加減にやれば、いい加減にしか返ってこない。誠心誠意込めてトレーニングすれば、ちゃんときっちり反応がある。
正しい鍛え方をすれば、筋肉はちゃんと返してくれるのだ!
天涯孤独の寂しいアラサーだったが、自分の体の一部とはいえ、筋肉はどこか家族のような存在だった。
「んー、疲れちゃったかぁ?筋肉疲労にはビタミンBね! 待ってて! 今日はネギがお安かったから!」
自分の二の腕と会話するくらいに筋トレにハマっていた。
あんまりおもしろいと思ったことにない筋肉と会話するというネタの芸人がいたが、腹筋が割れたころには「わかるー」と笑えるようになっていた。
そんな記憶をたどりつつ、前世で得た知識を使って身体を鍛えるんだ!!
子供のうちに筋トレをするのは成長に悪い、という話もあったが、実際には骨や関節に負荷がかかるものでなければ、けして悪いことはない。
「一緒に頑張ってお母さんの病気を治そうね!」
その日から私のトレーニングが始まった。
前世ではゴールデンエイジなんて言葉があった。12歳ごろで神経系の発達がほぼ100%になるので、そのころまでに、様々な運動を体験することで、動作に対する基礎が、特にできるというものだ。
前世で子供時代にあまり外で遊べなかった私は、ジムに通うようになってからそのことを知って地団太を踏んだ覚えがある。
私は暇を見つけては木登りをすることにした。
前世ではスポーツクライミングとか言うのが流行っていた。どうやったら早く、うまく登れるか? ルートを考え壁を登っていくスポーツだ。私はご近所の樹に登る。
前世の記憶があるので知識はあるが、私の脳はまだ子供だ。子供の脳を鍛える知育競技としてもスポーツクライミングはよいとされていた。
しかしここにはそんな施設はないので木登りだ。負荷は体重と重力でかかる分、器具もいらない。私は身体づくりのために町中の木を登り倒していった。半年もしたら町の周りで登ってない樹は領主様のお屋敷の樹くらいになった。
領主様。どうもこの世界は貴族なる特権階級がいて、彼らがそれぞれの地方を収めているというはなしだ。どういう政治形態なのかは知らないが、王様がいて貴族がいるんだから中世ヨーロッパ的な感じか?
この世界は前世に比べてずいぶん不便だ。火を起こすのに、石の板のようなものを、ナイフで削って火花を散らして火をつける。なんてぐらい不便だ。
押せば火が付くボタンもないし、夜に道を照らす電灯もない。マッチは都会にはあるらしい。過去の世界にタイムスリップしたのか? とも思ったが、地名や国名にも全く覚えがないし、何より魔法がある。
よって、『何か知らないヨーロッパっぽいところ』ということで『ナーロッパ』と私の中で勝手に呼ぶことにした。
まあ、この町が単に遅れた田舎なだけ、かもしれないけど・・。
登ったらすぐ降りる。私にとって当たり前の行為を繰り返していると、声をかけてくる者がいた。
「なあ、木に登った後、なんですぐ降りてくるんだ?」
ご近所に住む2歳年上の男の子、ディージャーが鼻水を垂らしながら聞いてくる。私はちょうどウォーミングアップに登った樹から降りてきたところだった。
私が決意をしたあの日から一年。この木は登り慣れ過ぎてルートが確立してしまっていた。私が登るルートは、表面がすっかりつるつるになっている。
ディージャーに、普通はせっかく登ったら上から景色を眺めたり、そこになってる実をもいできたりするものじゃないのか? と聞かれても、私は上に到着することが目的ではなく、登ったり、降りたりする、行為そのものが目的だから、登ったらすぐ降りる。そしてまたすぐ登る。その姿は周りからは不思議なものに見えるらしい。
「いいの。登るのが楽しいんであって、登った場所に興味があるわけじゃないから」
「ふーん・・・変なの」
今のは6歳児っぽい言い方じゃなかったな。と若干反省。
中身はアラサー女子です。はい。
「なら裏山に行こうぜ!」
なにが、ならなのかサッパリわからないが、京じゃないなら奈良でいい。
「うん!」と満面の笑顔で答える。これはうまく子供っぽかった気がする。
裏山なら体を鍛えるのにちょうどいいしな! 口の端をあげニヤリと笑う。
これは子供っぽくない。
昔、友人からも「そのフヒヒって感じで笑うのなんか怖い」といわれた。お前もそうだろうが! と、前世のアイツにツッコミながら前を走るディージャーに必死についていく。
ディージャーはアホの子だが足が速い。追いかけるだけで一苦労だ。ふっふ、だが子供のかけっこもいい訓練になる、と、またあのニヤリが出ていたらしい。すれ違った大人が変な顔をしていた。いかんいかん。
この町はなだらかな山裾を、ジグザグに削って作った道の間に家がある。道はよく踏み固められているがカーブが急で、走るとなかなかに大変なコースになっている。すっ転びながらも町を駆け抜け、必死にディージャーを追いかけていたら、いつの間にか仲間が増えて5人になっていた。
すっ転ぶのはまだ身体をうまく使えてないからだが、それもそれで訓練になる。そのたびにフヒヒと立ち上がるので、町の子供たちには変な目を向けられる。小さい子が転んでいちいち泣いてたらお前らもめんどくさいだろうが!
おっといかん子供子供。
満面の笑顔を作りつつ、立ち上がり追いかける。それも変か?
とりあえず恋愛小説のつもりでありますが、5話目くらいまではこんな調子です・・・