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22・侍女は見た! お嬢様はだいぶ変わってるかもしれません

カーラ視点


 私はあまり高い地位にいない貴族の二女だった。


母は早くに亡くなっていたので、改めて父は後妻を取った。

別にその後妻にいじめられたというわけではなかったが、なんとなく家に居づらくなって16になった時に父に紹介してもらい、ヴォーデモン家で働きだした。ここは英雄が取り仕切る、質実剛健を形にしたような貴族家だった。


 貴族らしい飾ったものといえば、先祖から伝わったものだけで、実用品以外はほとんど存在しない質素な家だったが、この家の女主人、ドーラ様の権勢を表すのに、きどった飾りものなどは必要ない。


 何せドーラ様は英雄として、王にも教皇にも認められている。政治力も発言力も、そして軍事力でも比類ないお方だ。一人を指して軍事力というのもおかしな話だが、北の蛮族の侵攻をお一人で跳ね返したというのだから、それはもう、一人軍隊だ。

 そしてその力は齢を重ねられてもいささかも衰えている風がないという話だ。一睨みで並みの騎士なら心臓が止まり、足を踏み鳴らせば大地が割れる。そんな逸話を持つ方だから、ドーラ様という存在そのものがウォーデモン家の権勢を示している。


 実際にドーラ様にお会いすればそれは明白だ。その威厳と経験が深く刻まれたお顔に見据えられれば、余りの圧力に、誰もが思わず膝をつくだろう。私も初対面の時に見つめられただけで自然と傅いて、お傍に置いてもらえるよう願いでてしまっていた。


 しかし、ドーラ様は王に意見できるほどの権力をお持ちで、だれにとっても恐ろしく、楯突くものなどいそうにない方だが、貴族にありがちな理不尽さはない。私の継母は正しく貴族の妻だったが、それよりはるかに高い地位のドーラ様は貴族らしくない。いうなれば武人だ。あの方の中の正義と悪は市中に住む者に近い。とても恐ろしいが、好ましい方だ。


 ある日、そのドーラ様のご家族が、バーン辺境伯の領地からやってきた。


 南のヴォーデモン家の領地から来たのではなく、北のバーン辺境伯領からやってきたのは不思議だったが、みなで並んで出迎えた時、家令のジェド様を筆頭に、古くからいる使用人たちがぼろぼろと泣いていたので、いろんな事情があったのだろう。


 そういえば、ドーラ様には旦那様がいない。居たという話しもない。なのに娘がいる。普通の貴族の淑女にそんなことがあれば、大変なことだが、ドーラ様に至っては何でもありだ。何せ救国の英雄だ。

 

 そして私はやってきたドーラ様のお孫様、リリーナ様のお付きを命じられる。


リリーナ様は非常に可愛らしい! 大きな目に可愛らしい唇! まさにお人形のようだと例えるにふさわしいお姿だが、その目に込められた力は非常に強い。ドーラ様と同等の意志の強さを感じる。


 そして最初にご挨拶させていただいたときには

「私は田舎出なので、都会での生活がよくわかっておりません。気になったところはどんどん指摘してくださいね。あと、仲良くしましょうね」


と、とてもかわいらしい笑顔でおっしゃった。ここもまた、ドーラ様と似た気質の、貴族らしからぬ、好ましい方だと思い、その方のお付きになれたことがとても嬉しかった。



 しかし、翌日は朝から驚かされる。リリーナ様がベッドのわきで伏せられていたのだ。お加減が悪いのかと慌てて近寄ってみたら、早起きしたので運動をしていたと返された。

 貴族の娘がなんてことを! おもわず、ひとしきり注意してしまった。しまった、つい言いすぎてしまった。

 あの可愛らしいお嬢様に嫌われたらどうしよう! などと思ったが


「カーラの言う通りですね。新生活に少し緊張してたので、それをほぐそうと軽く運動などしてみたのですが、たしかに貴族らしいふるまいではありませんでしたね・・」


申し訳ないと言わんばかりの表情でそう返された。緊張をほぐそうと軽く運動をしたとおっしゃる割には、きっちりと鍛錬をした兵士のごとく汗をおかきになっており、その細い腕とのギャップに何かのずれを感じる。なんだろう? 


 お嬢様のお体を拭かせていただき、お髪を櫛でとく。とても小さく可愛らしく、本当にお人形のようだ。歳は一つ下のはずだが、三つか四つは違うような、護りたくなる可愛らしさがある。なのにあんな運動をするなんて! 



 食堂に案内してまた驚かされた。なんと朝から多く食される、あの大きなドーラ様と同じ量をお食べになるのだ。どこにその量が入っていくの!? 私は、部屋の隅で目を丸くするばかりだったが給仕をしていた同僚は、ついに気持ち悪くなって青い顔で退席してしまった。うっぷ・・とか言っているので心配だ。


 ぺろりとそれらを平らげたお嬢様だったが、そのあとはちょっと大変だった。


ドーラ様が、お嬢様の作法を注意し始めたのだ。確かにお嬢様の所作はあまりよろしくない。カトラリーを使う手はおぼつかず、食事を口に運ぶさまも、訓練はしているのであろうが美しくはない。田舎で奔放に育てられた方だと家令のジェドさんに言われていたが、実際そうなのだろう。


 だがそれを指導するドーラ様が魔法を使ったのには驚いた「お腹が痛くなる気がする魔法」だなんて・・。お嬢様の可愛らしいお顔が脂汗を流してしかめられるのを見るのは、こちらが拷問を受けているような気分だった。


 そのあと、お嬢様はドーラ様から、秘密の部屋のカギをお借りしてとても嬉しそうにそこに一人で入っていった。この家に来てから、ドーラ様が何度かあそこに入っていってるのを見ていたが、聞いた話ではあの部屋は拷問部屋だという。


 中には見るも恐ろしい、人を痛めつけるための道具が並んでいるという噂だ。なぜそんな部屋にお嬢様が? 私は言い知れない不安を感じて失礼とは思いつつも閉ざされた扉のむこうの様子を耳を当てて伺ったが、中から聞こえた規則的な唸り声を聞いて背筋が凍ってしまった。しかしそのことを報告しても、ドーラ様もステラ様も、まったく意に介しておられないし、ましてやお嬢様が晴れやかな笑顔で部屋から退出されてくると脳内は混乱の極致になった。


ご本人が満足そうなので何も言えない。


 お客様が来た。バーン辺境伯爵家のランスロット様だ。私がこの屋敷に勤め始めたころから知っている、二・三か月おきに訪問されてくるなじみ深い方だ。ドーラ様とどのような関係なのかよくわからないが、彼がやって来るとドーラ様は懐かしいものを見るような優しい目をしてらっしゃったのを覚えている。特に会話もなく、お茶を数杯飲むとお帰りになっていった方だ。


 そのランスロット様が、お嬢様を街の散策に誘った。いきなりデートとは? 

しかしドーラ様は快く送り出していたので、もともとお知り合いだったのだろうか。


 お二方は当初、供はいらないと申されたが、そんなわけにはいかない。私は強硬に同行を願い出た。妙齢の貴族の女性が男性と二人きりで外出など、許せるわけがない。さらに護衛も必要だ。軽い感じで大丈夫だと断られるが、何とかお願いして、私と護衛を二人お供に付けていただくことになった。


 貴族の方々を供もつけずに外出させるなんて、英雄がゆるしても私が許せない。


しかし大丈夫なのだろうかこの方は? この方もなかなかに良い体格をしている。きっとお強いのだろう。しかし一人でお嬢様を守り切れると思うなど、自信過剰ではないだろうか?


 とは言え、我らがお嬢様と辺境伯の殿方との外出となれば晴れの舞台だ。私はほかの侍女とともにお嬢様を磨き上げた。いきなり来て、供もつれずにお嬢様を連れ出そうなどという唐変木な殿方など、しばらく待たせておけばいい。


本当はピッカピカに磨き上げて高貴なドレスでお嬢様を飾りたかったが、お忍びで少人数の外出だからそうもいかない。とはいえあまり質素な格好も殿方の手前失礼だろう。侍女総出の相談の結果ふと見ただけでは貴族だとは気づかれないような、身なりのいい商家の娘程度にみえる格好にお嬢様を仕立て上げてみたが、うまくいったかは難しい。

お嬢様はは抜けるように白い肌で、手も足も小さく可愛らしい。まるで妖精のようだ。目立たない服装を着せてもにじみ出るオーラが違う。貴族はどんな格好をしても貴族なのだとあらためて理解した。私がしっかりお守りしないと。



***************************



 市中に連れ出されたリリーナ様はとてもうれしそうだ。

「はぐれるといけない」といってリリーナ様の手を握るランスロット様も楽しそうだ。


 ランスロット様は、体格もよく、日に焼けた肌をしているが、実はそれなりに麗しいお顔立ちで、妖精のようなリリーナお嬢様と手を繋ぐ姿はなかなかに絵になる。

 邪魔をしないように存在を消すように後ろをついて歩くと、王都で今話題のカフェの近くまでやってきた。ここの予約を取っているというのなら、この方はなかなか準備がいい。と思ったがそこは通り過ぎる。

 連れられたのは、少し怪しげな細い階段を上がる先にあった、いかがわしい占い師のいそうな小さなカフェだった。中は大きな木をくりぬいたような不思議な空間で、妖精の住み家に迷い込んだような感覚だった。


 お嬢様に手を引かれ、同じ卓に座らされる。普通、侍女は一緒には座らないと断ったのだが「いいじゃない。私はカーラとも仲良くなりたいのよ」


妖精の住み家で妖精に笑顔を向けられた。


 断れるはずもない。ランスロット様にも促され、一緒の卓にお邪魔する。しかしなるほど、ここはとても不思議で、なんとも言えない良さがある店だ。四つしかない卓は、今はだれも座っていない。


「ここはね、魔女がやってるお店なんだ」

「魔女?」


「まあ、魔法使いだね。この独特の雰囲気は、その魔女のものなんだ」

「そうなんだ」くすくすとお嬢様が笑う。


いまのやりとりは面白いところだっただろうか? 魔女なんておっかないだけだと思うけど。そういえばお二人は魔法が使えるのだろうか? 私も貴族のはしくれだからそれなりに訓練したが、ごく簡単な魔法しか使えない。それでも結構な才能だと言われたのだが、魔女をまったく恐れないこのお二人の様子を見ているとなんとなく才覚を感じる。


 黒いローブをまとった、魔女そのものが、何も言わないのに、お茶とスイーツを持ってきて、置いていく。無言だ。


「このお店は、こちらの様子を見て、お客が食べたそうなものを魔法で探って勝手に持ってくるんだ」

「まあ、それはとても変わった魔法ね! そんな魔法があるなんて素敵ね!」


 出されたのはそれぞれ色の違うハーブティーと、六角形に切られたムースをたっぷり使ったスイーツだった。それがそれぞれ違うものが二個ずつ、三人ともばらばらの物のようだ。毒見を、といったところ、それならばとランスロット様が魔法を使って毒の検知をおこなってくれた。この方はやはり魔法使いのようで、しかもなかなかの使い手のようだ。


 結局、お嬢様が2人のも味見したいというので、あまり行儀は宜しくないとは思いつつ、三人で回し食べた。


「少し風味が変わっていて素敵ね。ラルはこういう味が好きなのね!」

「ああ。前に行ったことのある南の国の香辛料だね。気持ちが高揚する感じだ。今日はたしかにこの風味がほしかったんだよ。カーラのケーキもおいしかった。ふんわりしていて口当たりがとてもいい」


「お気に召されたようで嬉しいです。リリーナ様のものは、思ったより素朴な感じでした」

「私は、あんまり甘々としたのちょっと苦手なの! でもこれはあとからほんのり甘くて、いつまでも余韻が続くから好き!」


 可愛らしい方だ。どうやら魔女のセレクトは完璧なようだ。しかし最初は不安だったが、このお店はよかった。落ち着いた雰囲気でお忍び感が良い感じだ。ここを選ぶランスロット様は悔しいがセンスがいい。話題のカフェは混んでしまうし、メニューはありきたりだ。店を出るとき、魔女はそっと会釈しただけで、青い顔は最後までにこりともしなかったが。


 そのあとも、ランスロット様が案内する店は、布を扱った店。綺麗な貝殻を扱った店。揚げた不思議な長い棒を食べさせてくれるお店と、あまり貴族が選んでいきそうにないが、どこも一風変わってて面白いところばかりだった。お二人のお話も弾んでいて、顔を赤らめてランスロット様を見上げるリリーナ様は、それはそれは可愛らしかった。


館の前で、お別れするころには、私のランスロット様への印象は逆転していた。お二人が名残惜しそうにお別れしていたのが印象的だった。


「良い方ですね」

馬車を見送りながらリリーナ様に話しかける。


「ええ。辺境伯領にいたころは、腕相撲とか、山登りくらいしかすることがなかったけど、今日は彼のいろんな面が見れてとても良かったわ」


 腕相撲? 勝負にはならないと思うが、ランスロット様がリリーナ様の手を握る口実にでもしてたのだろうか? だとしたら、意外とシャイな方だ。

しかし、お二方はもう長いお付き合いだったのか。もう何年も前からの知り合いで、今日が初めての都会でのデート。その貴重な瞬間に立ち会えたのは幸運だった。無理を言ってお供してよかった。


「失礼ですが、お二人は婚約なさっておりませんよね?」

「え? うんまあ・・そういうのは、して・・ないわね」


「あの方は、見目も麗しいですし、家格もよいです。ドーラ様にご相談なさったほうがよろしいかと」


今日一日で、すっかりリリーナ様とは打ち解けたと思う私は、少し踏み込んだことを申し上げてみた。

「ラルは、身分を捨てて官僚になるって言ってたわ。そうなったら婚約とか貴族らしいことは必要ないのかなって思ってるの」


官僚に。確かにあの方の今日一日のふるまいを見てると、なかなかの能力をお持ちだというはうかがえた。あの方は貴族として人を使う側より、使われた方が能力を発揮するかもしれない。


私はランスロット様がリリーナ様と結婚して、ヴォーデモン家の跡取りになってくれ、お二人に末永く仕える未来なども想像してみた。


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