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21・王都での新生活! 筋肉は頼りにならないかもしれません

 見知らぬ天井の下で目が覚めた。 


正確には天蓋付きベッドの天井だ。昨日からおばあ様の館でお世話になっているのだった。私はいつも、朝は教会の掃除をするために少し人より早起きだった。今朝もまだ、夜が明けきっていない。教会の掃除に行くわけにもいかないし、なんとなく落ち着かないので、とりあえず筋トレをすることにした。

 準備運動をして軽く腕立て、スクワット、クランチ、立派な天蓋をつかんで懸垂。いい汗が出てきた。気持ちよくなってきて、本格的にやり始めたところで扉がノックされる。

「お嬢様? お目覚めになられて・・・」

言いかけた侍女が私を見て「きゃー!!」と悲鳴を上げる


「おっ! お嬢様!どうされましたか!? 御気分がすぐれませんか!?」

侍女のカーラが超慌てまくる


「あ・・・いや・・早く目が覚めたので・・トレーニングを・・・」

腕立て伏せの態勢で返事をする。


「とっ・・とれーにんぐ・・?」

絶句した。止まってる。・・・五秒ほどして再起動した。


「貴族のお嬢様ともあろう方が床に手をついて、そんな事をなさってはいけません!! ああ、ああ、こんなに汗までおかきになって!! こんなことをなさって、腕が太くなったらどうするのです!!」


 いや、腕はすでにたぶんあなたのふくらはぎより太いんです・・・手遅れなんです・・・とは言えなかった。私はいま、お母様の連れてきた、小さく可愛らしい孫娘なのだ。その孫娘が細っこい腕で、うんしょうんしょと床にはいつくばってハードトレーニングしていたら、慌てるのも当然か。そういえば、彼女、私の侍女になったカーラは下級貴族の子女だと家令のジェドから紹介された。よっぽど私よりも、貴族としてのふるまいに詳しいだろう。


 貴族にあるまじき行為とやらを反省しているとカーラが朝食の時間だと教えてくれる。そうだった。時間厳守。汗で濡れた寝間着を着替えようとするとカーラに止められた。お体を拭きましょうと服を脱がされ、身体を拭かれ、髪を軽く整え、軽いドレスを着せられてようやく食堂に案内された。さすが大貴族、メンドクサイ。


 食堂に通されるとおばあ様がすでにいらっしゃった。貴族というと、ゴベーンとかババーンとかキラキラーな部屋で食事をするものだと思ってたが、おばあ様の屋敷は、基本的に何でも簡素だ。貴族とは言え、英雄なおばあ様は考え方が武人だ。ごちゃごちゃしたものが嫌いらしく、何でもシンプルなものが多い。屋敷は大きく豪華だが、それはそもそも先祖から受け継いだものなので自分の趣味ではないらしい。ただ、家のところどころに奇妙な仮面が飾ってある。あれはおばあ様の趣味らしい。


「おはようございます」

「おはよう。朝からやらかしたらしいな」


「はい・・・腕が太くなるからやめろといわれました・・」

しゅんとする。太い腕はダメか。


「まあ、腕の太い貴族は、男でも女でもほぼいないな。グランツ将軍と、私、あとはバーン辺境伯くらいか」


バーン辺境伯とはラルのお父様だ。そうか、腕太いか。


「私用の鍛錬室の鍵を渡そう。そこの鍵を持ってるのは私と、ジェドだけだ。誰にも見られない。好きに鍛えるがいい」


「ありがとうございます!」おお、鍛錬室! 素敵だ。


「では食事にしよう」


 私に運ばれた食事はおばあ様と同じものだった。特にたんぱく質にこだわったようなところはないが、満遍なく栄養にこだわった内容だった。そして量が多い。それをおばあ様は姿勢よく、そして丁寧にお腹に収めていく。基本的に貴族のマナーは大食い用に出来ていないようだが、おばあ様の真似なら、作法で怒られることはないだろう。私もおばあ様と同じ量、身体に収めていく。


 続けてお皿を持ってくるメイドが青い顔をしている。なんだろう? 毒でも盛られてるのか? とおもったが

「あっはっは、リリーナが朝から私と同じ量を食べるので、見ていて胸がいっぱいになってるのさ」

ああ、私はおばあ様の四分の一くらいの大きさしかない。それが大食いと思われるおばあ様とほぼ同じ量を食べるのだ。口が小さいので速度的にはおばあ様の半分くらいだが、出されたものを全部胃に収めていく。

確かに見ていて胸焼けするかもしれない。


「だっておいしいんですもの。そして栄養バランス満点ですわ」

「そうだ、強い体にはよい食事だ!」

おばあ様と意気投合する。筋肉は分かり合えるのだ。


「しかし・・」おばあ様の声のトーンが一段落ちる。あれれ?


「リリーナの作法はまるでなっちゃいないね。せっかく可愛らしいのに台無しだよ。私の真似をすれば許されると思ったかもしれないようだけど、そうは問屋が卸さないよ。これからみっちりしごいてやる」


みっちりしごかれることになった。今まで優しくて大きくて、幸せの塊のような存在だったおばあ様が、歴戦の戦士のごとき気配に代わる。


ああ、そういえば戦士どころか、この人、英雄そのものだったわ・・・。

問屋は異世界にもあった。


 ちなみに後からやってきた母と弟は、私たちと違って一般的な朝食だった。

なんだか特別に配慮されたようで、そこはうれしかった。



***************************


 

「ぎぐうううう・・・・」

私は原因不明の腹痛の余韻にうめき声をあげていた。いや原因はよくわかっている。


 朝食後、昨日言われた通り、その場でたった30分ほど、おばあ様に直接作法の指導をうけた。いや、あれは作法の指導とかじゃない。単純に言えば拷問だった。


 おばあ様は、作法の指導に魔法を使った。空気の膜が私の周りに張られ、マナーに合わない行動をするとその膜に触れる。すると原因不明の腹痛が、私を襲うのだ。いや原因はおばあ様だが。


「まさか、かわいい孫を、出来ないからといってひっぱたいたりはしないさ。傷なんかつけたら可哀想だしね。まあ、そもそもリリーナには、少々私が蹴り飛ばしたところでびくともしないだろうけどさ」


あっはっはと笑うおばあ様の言いようにカーラが目に分かるほどうろたえているのが分かる。『あなた様が蹴り飛ばしたら、小さなお嬢様は昇天してしまいます』と言わんばかりだ。


「だから、出来てないときは『少々腹が痛くなる』というお仕置きを与える。やっぱり身をもって覚えるのが一番さ。ああ、大丈夫。その腹痛は幻覚さね。ただ苦しいだけさ」


 うぐおおおお・・・これは・・鍛え上げられた私の体でもこれは効く。耐えようもないし、あとも残らない。いい拷問だ・・・いや拷問じゃないけど・・。指導・・指導よね? 空気の膜に触れるたびにものすごいお腹が痛い。しかもこれが幻覚だと? うおお、あとでこの魔法教えてもらおうううううううう。


私が指導される姿を見て、お母様が脂汗を流す。そうか経験者か・・・。

母の『母(おばあ様)に見られたら、この子、ただじゃすまないわよ』とは、こういうことか・・・。ちなみにお母様もきっちり拷問・・じゃない指導を受けた。


「ステラは言ってた以上にこの子の教育が甘かったね。まったく」

といいつつ、大きなため息をつく。それだけで母が泡を吹く。ため息だけで拷問が成立してる! いや指導だ。 指導指導・・うぐううううううう!! 



 というわけで短い間だったが内容の濃い指導を受けた。


「今後はもっとみっちりやろうかね」という言葉に私は白目をむきかける。



これ・・・みっちりじゃないんだ・・・



***************************



 そのあとは、先ほどおばあ様からお話のあった「鍛錬室」のカギをさっそく使ってみる。ワクワクしながら地下にある、その部屋の扉を開ける。


厳しい指導の後に、楽しいトレーニング。飴と鞭か? いや、どっちもなにかの鍛錬なので、どっちも鞭ともいえるが、私にとって筋トレは飴だ。わーい。



 中に入ると、それなりの広さがある石造りの部屋に、大きな自然石がいくつかと、鉄製のダンベルっぽいものや取っ手のついた鉄球が転がっている。あとは壁に輪っかや棒が飛び出しており、さらにボルダリング用か、石壁のあちこちが飛び出している。床にシミが出来ており、おばあ様の汗が染みこんでいるのだろう。


 なんというか、窓もないこの部屋は知らずに入ったら拷問部屋か? と思う雰囲気である。内側から鍵をかける。


 早速余すところなく堪能させてもらおう!! 折角なんで変身を解いて、いい汗をかきまくる。いやーやっぱりおばあ様とは気が合うわー、なんて素敵な部屋なんだろう! 地下にある部屋だけど、空調は魔道具でされてるし、とても快適!!


 あまりに幸せで三セットくらい堪能した後、部屋の隅にある獅子の像が吐き出す水をかぶって汗を流す。綺麗なテリー織の布が何枚も置いてあり、遠慮なく使わせてもらう。脇に小さな部屋があるのを覗いてみると、サウナのように使う部屋らしい。たまらんね!! スポーツジムに通ってた頃を思い出すねー。

 壁の一方に大きな姿見が置いてあり、全裸に首タオルの私を映す。うん、筋肉だるまだ、素晴らしい!! やっぱり私はこうじゃないと! 魔法を使って、貴族の娘モードになる。全裸の細そっこいちび女が鏡に映る。

 だめだコイツは、ベキベキのボッソボソだ。いいところは、身体を拭くとき筋肉が邪魔にならない。筋肉状態だと、胸と腕の筋肉がぶつかって、わきの下に手が届かないんだ・・。


 細っこい娘のまま、服を着て部屋を出る。首タオルはもちろんしてない。地下にあった鍛錬室の階段を上がりきったところで家令のジェドさんがやってきた。


「リリーナお嬢様。お客様がお見えです」

「お客様?」

「バーン辺境伯様の次男、ランスロット様です」


 応接室に入るとラルとおばあ様とお母様がいた。なんでラルが? と思ったが、それより前にからかわれる。


「もうさっそくやらかしてるらしいな」

ラルが何だかおばあ様と同じことを言う。


「今朝はちょっと、目覚めがよかったから張り切っちゃっただけよ」

「リリーナらしい」


入れ替わりにおばあ様が立ち上がる。

「では、私は仕事に向かう。アレックス、ついてこい。おまえはもう父親の手伝いをしてると聞いてるからな。見せてもらうぞ? ステラにはあとで仕立て屋が来る。よいドレスをつくりなさい。おまえは私と違って美しいからな。ランスロット、先ほど話した通りよろしくな」

「はい、リリーナをお借りします」

はて、私はお借りされるのか。立ち上がったおばあ様がアレクをつまんで連れて行く。涙目だ。


 私はいったん退席し、カーラたちに、あれよあれよと準備された。まさかラルを待たせてお風呂に入れられ、身体を改めて磨かれるとは。もう一度髪を梳かれ、今度はしっかり結われる。軽めのコルセットで身体を絞り、可愛らしい白いワンピースに前の部分をひもで締めるベストを着せられ、つばの広い帽子をかぶされ、小さなポーチを持たされ馬車の前に立つ。この国の服は私のイメージより貴族っぽくないなともったが、街歩き用の、身分を表さない服だと解説される。なるほど。

 この国で流行る貴族女子のコルセットはイメージよりだいぶ軽く柔らかかった。もっとも、私の幻の胴体は締めあげる必要のないくらい細く、真実の胴体は、コルセットごときで締めたところでびくともしない。


「可愛いよ。リリーナ」

「まあ、本音かしら?」

「『今の君』が可愛らしいのは間違いがない」

後ろで、私付きの侍女となったカーラが当然だろうが! とうなづいている気配がする。彼女は私に真の姿があることを知らない。


「本音は?」

「かっこいい君も、とても好きだよ」

『かっこいい君』とは筋肉だるまのことだな。うまいことをいう。


後ろでカーラが小さく「まぁっ」て顔をしている気配がするが、好きだよという言葉に反応したのだろう。私とラルはこういう関係なのだ。なのだ。どひー。きっと赤くなってる。


彼にエスコートされて馬車に乗る。馬車は簡素で小さなものだった。お忍び用ってやつか。

カーラも一緒に乗り込む。まあ、貴族ってそういうものよね。


「で、何をしに行くの?」

「特に予定は決めてない。ドーラ様に君に街を案内するようにと、伝報石で呼びだされたんだ」

「おばあ様に?」

「君達はドーラ様に気に入られてるようだね。楽しそうだよ」


どうもラルは、毎年、隊商とともに王都に来たときには、必ずこの館に立ち寄っておばあ様とお会いしていたらしい。まあ、愛した男の孫なんだし、いろいろ思うところもあるのだろう。

 ん? ラルはおばあ様にとっては恋敵の孫でもあるわけだよな・・・。


まあいいか。掘っちゃいけないところな気がする。


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