16・聖女と呼ばれてしまったら、生活が一変するかもしれません
教皇様から私は聖女であると宣言された。
聖女。まさかこの、筋肉だるまの、私が? 私よ? 聖女?
ここはご領主様の館の二階。私の家の全部と同じくらいの広さの客間に、母と弟といる。綺麗な卓を囲んでアンティークなソファーに腰掛け、優雅にお茶など嗜んでいるわけだ。
いや違う。優雅なのは母だけで、私と弟はとても居心地悪くここに座っている。
それはこのアンティークなソファーに慣れないだけでなく、他にも何人かが、この部屋にいるからである。家族のだんらんに他の人がいる違和感。慣れない。
他というのは部屋付きのメイドさんと、教会の護衛騎士だ。母は、父と結婚前は貴族の一員だったとのことなので、こういう部屋や従者がいることに慣れているようだが、私や弟は産まれた時からの根っからの平民だ。
私に至っては前世も合わせれば、この世に産まれる前から平民だ。こうやって綺麗なソファーに座ってるだけで居心地が悪い。前世でもワンルームでベッドの上が生活の場だった。
ソファーなんて買ったことない。
聖女と呼ばれたあの日から、今日は四日目だそうだ。あの後がっつり寝込んでしまい、起きたのはついさっきのことだった。ああ、よかった。疲れて倒れるなんて、私にもまだ、人間っぽいところが残っているじゃないか。
起きたところでメイドさんに手伝われ、身体を拭かれて髪を結われ、今は教皇様が着てたような、白いゆったりとした貫頭衣を着せられている。襟の周りや袖口に綺麗な金色の糸で、若草の刺繍が刺されており、見てる分には、気持ちも上がってくる。
綺麗な服や、綺麗な宝石は大好きだ。見ている分には。
自分が着たり付けたりと思うと、いたたまれない気持ちになる。服や宝石に申し訳ない。そしてさらに、それが白い服なんて、「お茶とかカレーとか零してシミにしたらどうすればいいんだ・・・」と軽い絶望が襲ってくる。軽い絶望っておかしいか? あと、この世界に来てから、まだカレーは食べてない。カレー。好きだったなあ。
「で、なんでここでお茶すすってるわけ?」弟に振ってみる。
「なんでって・・・お姉ちゃんが聖女ってことになったからでしょう?」
聖女。何だ? 聖女って。聖女って私のイメージでは、妖精のような女性が、慈悲深い微笑みをたたえて、つつつーっと、滑るように歩いて人々を癒して回る。そんなイメージだが、私は残念ながら真逆の存在である。いうなれば筋肉だるまだ。筋肉の妖精だというなら私だが。
とにかく、聖女が「おりゃあ!」とか「どっせえぇい!」とか言って魔法を使うイメージはない。いっそ聖女とかじゃなくて筋肉だるまでいいじゃないか。達磨法師も聖人だったんだ。それに、だるまって言葉はなんとなく愛嬌があるよね? ない? ・・・とか考えていたら、部屋付きのメイド、ハンナがすすっと寄ってくる。
「聖女様、お茶の代わりをお持ちいたします」
ハンナはさっき着替えを手伝ってくれ、髪も結ってくれた人だ。こんな小さな町なので、もちろんなじみの顔だ。昔は一緒に裏山で走り回った仲だが、今はおすまし顔でしずしずと卓に寄ってくる。
「ハンナ、凄く違和感があるから普通にして・・・」
私はあまりの居心地の悪さから友人に、そうお願いしてみる。
「まあっ! 聖女様。わたくしたちは、ご領主様の命により、聖女様に尽くすよう言われております。違和感とか言われても知ったこっちゃあ、ありません! おとなしくカップを渡してお代わりをいただいてください!」
ふふふ、と笑いが出る。ハンナも笑っている。彼女も仕事だ。ここはその仕事を尊重して手に持っていたカップをソーサーに乗せ、ソーサーごと渡す。護衛騎士が変な顔をしていたが、あなたもそのうち慣れてほしい。この田舎ではみんなこんなもんだ。しかし、この町で護衛って必要か? 田舎だよ? それに、私個人の護衛というならよけいにどうだろう? たぶんその腰に下げてる剣で私を刺しても傷一つつかないぜ? 私の筋肉はハガネより硬いぜ?
「さて、教皇様は昨日、神山に向けて旅立たれました」
「はい」
母が、居住まいをただして話し始めたので、それに倣って背筋を伸ばして返事をする。
「二か月後くらいにはこちらにお戻りになりますが、そのあと、あなたは教皇様と一緒に王都に赴くことになります」
「王都に」
「王都では、新たに聖女と認められたあなたに、国王陛下がお会いになります。そこであなたには、教皇様がお戻りになられるまで、それにふさわしい作法を身に着けていただきます」
「さほー」
母の目に感情が乗る。怖い。母に怒られたら刃も徹らないハガネの筋肉も形無しだ。ビンタでもされたら三日は地面にめり込んで暮らす。されたことないけど。
しかし作法? この筋肉に? いやこの私に?
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結局、その作法とやらを身に着けるために、ご領主様の館の客間をお借りすることとなった。何せ、家がすっかり流されてしまったからだ。ここで作法を学びながら避難生活を送ることになるそうだ。豪華な避難生活だ。
家に魔法を使って修復すれば? とも思ったが、元に戻す魔法も、対象物がなくなってしまえば使えない。町の家も、かなりの数が流されてしまったそうだ。ハンナの家もない。壊れたすぐあとなら、なんとかできたかもしれないが、数日寝込んでしまってたのでその機会を失った。出来たかもしれないことに、申し訳ない気持ちになる。
生きてれば何とでもなるよ!と町の皆なら言ってくれそうだが。私はこの町も愛している。
「リリーナがそこまで気に止むことはないわ。私の両親もみんなも、あなたのおかげで助かったんだし」
私の顔色に気づいたハンナが、なんてことない、と言ってくれる。人的被害はほぼなかったそうだ。教会騎士たちの迅速な対応で、素早い避難が行われたからだ。その教会騎士たちは50人ほどが残って復興の手助けをしてくれているという。さらには辺境伯領から派遣されてきた100人も手伝ってくれ、後片付けは着々と進んでいるらしい。
「お母さん、私もみんなの手伝いがしたい」
「・・・そういうと思ってたわ。まずは、みんなが元の生活に戻らないと、作法の勉強なんてあなたは身につかないでしょうしね」
と笑ってハンナに合図を送る。
「では準備しましょう」とハンナは私を連れて隣の部屋へ。そこでなんだか頑丈そうな皮のベストに下は薄いグリーンのニッカポッカ、ブーツを履かされテリー織を首に巻かれる。おお、これはまさに前世で見た鳶職人! 筋肉だるまから鳶職人にクラスチェンジだ! いやあんまり変わってないな。
「あなたが、スカートはいて空飛ぶからよ」
ああ、これはアレか、あのときお母様たちからは色々見えてしまっていたということか。そしてこの後、私が飛び回ることも想定済みということか。確かにお母さんの判断は正しい。私は気にせず色々見せてしまっていただろう。
早速、鳶職人になった私は町に飛んでいく。飛び職人。あいて! なんか飛んできた! 上空から見ると、大きな岩が町の中に鎮座しており家を何軒か押しつぶしている。改めて見てみると、そんな感じでほかにも大きな岩から小さな石まで町中ごろごろしている。まずは大きいのは放置して、とりあえずの後片付けをしているようだ。ならば私はそれらを何とかしよう。
地面に降り、ひょいっとばかりに石を持ち上げ町の外に持って行って降ろす。巨大な岩が歩いているので、そんな事ができるのは私ぐらいだと、すぐに私が来たことに気付いた人々が、集まってくる。
「もういいのかリリーナ?」
「もっと休んでてもいいんじゃない?」
みんな口々に私の身を案じ声をかけてくれる。私は私より大きな岩を持ち上げ、白い歯を見せて笑った。
「もう、大丈夫! これ以上寝てトレーニングをさぼったら、筋肉が萎えちゃうわ。だからいいの!」
と岩を頭上で上下させて答えれば、あきれ顔でみな納得してくれた。よーし町を再建するぞ!
町に入り込んだ、岩や土砂は数日後にはすっかりなくなり綺麗になった。そしてよい筋トレになった。自然の石は持ち上げにくくて、効果的だ。私は魔法で木材を切り出し町に運び、いったんどけた石を切り刻んで石材としてもらった。一週間ほどそんな事をして、おおざっぱな、重機・・じゃなくて私ができるような仕事がなくなったころ、後を任せてお屋敷でお母さんに向き合った。
「お母様。宜しくお願いいたします」
「ええ。とりあえず『みっともないと思われないくらい』には頑張りましょう」
だいぶハードルが低めに設定されてる気がするが、私が相手なのだから仕方がない。この日から、お母さんをお母様と呼ぶことになった。お母さんのほうが親しみがわいて好きだ。聖女と呼ばれるということはそういうものらしい。ふさわしい礼儀を身につけなければならないし、身につけたほうがいい。
まあ私も、聖女なんていわれる人が、胡坐かいてビール片手に、スマホ弄ってたりしたら嫌だ。
なあーに。筋トレに比べれば大したことじゃない。お嬢様のふるまい方だって知ってるし! ごきげんよう! スカートのプリーツは乱さないように! 裾は翻らないように! ゆっくり歩くのが嗜みですわ! 簡単ですわよオホホホ。
しかし一月後。
母は盛大に、ため息をついていた。
「ふうむ、捗ってないようだねステラ」
「ええ。私もお母様に厳しくしつけられて、それなりの作法を身に着けたと思っていたけど・・」
母の曇る表情はさらに深くなる。伏せられたまつげは「これはダメだ」」と雄弁に語っている。
「まさか、あの筋肉が、淑女としての所作のすべてに、邪魔になるとは・・。気づかなかったわ・・・」
お屋敷の客間で、仕事の休憩時間にやってきた父と母の会話に、私は背中を丸めて小さくなる。気持ちだけ。この筋肉はこれ以上折りたためない。
客間の入口でそっと立っているハンナが何やらプルプル震えている。笑いをこらえているようだ。
弟はすでに床に転がりおなかを抱えて笑っている。
「立ってる姿勢は美しいし、歩けば踏み出す足も綺麗に出るんだけど・・・、その美しい立姿は淑女としてではなく戦士みたいなものだし、踏み出す足は、そっと歩いてもみしりみしりと『筋肉』が音を立てるんだもの」
「ぶふっ!」ついにハンナは決壊した。「し、失礼しみゃした」と頭を下げささっと廊下に逃げる。お前まだまだ笑う気だな。そこの護衛騎士!あんたも肩が震えっぱなしだよ!弟はもうすでに涙を流している。
「困ったねえ。まあ王様に会うだけだったら、ロクな作法も身についてない田舎娘。ということですっとぼけてればいいんだろうけど・・・」
「ええ、王都に出向くなら、必ずあの方の耳に入りましょう」
「あの方?」私の作法がよくないと、気に障る方がいるようだ。全く想像もつかないが。この練習はその方、向けだったのか・・?
「その・・あの方、というのは?」
ふー、とため息をつくお母様が少しためらいがちに答えてくれる。
「・・・あなたのおばあ様。私のお母様よ」
「えっ・・・」
私のおばあ様ってご存命だったんだ!!




