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11・大事件を何とかするのは、私の筋肉しかないのかもしれません!

「ん?」

「水・・?」


抱き合ったまま2人で床を見つめる。長屋の玄関でずっとこんな話をしていたわけだがその床が、今一センチくらい水に浸かっている。


「え?なにこれ?」


「大変だ!!」唐突に長屋の玄関が開かれ、教会の騎士が飛び込んできた。


「増水したそこの川が氾濫したぞ! 教会騎士は領主の館に集合せよ!」


大変だ! の声が聞こえた時にはそれぞれの居室から騎士たちが顔を出していた。彼等は一瞬引っ込んで服装を整え素早く飛び出してくる。


「本当だ! 土間がすでに浸水してるぞ!」

「装備はいらない! まずは集まり指示を仰げ、第一隊のみ町に走って住民を保護せよ! 領主の館に集合だ!」


みんながそれぞれ動き出す。伝令はすでに次の長屋に向かったようだ。

まだ騎士服を着ていた兵達はそのまま土間でブーツを履いて飛び出していく。私たちはその横で抱き合っていたが、完全スルーだ。


「ラル! どうしよう!?」

「僕はとりあえず館に行くよ、リリーナは弟さんを見に行ってやれ! 高いところに避難するんだ!」

「わっ・・分かったわ!」


胸のぬくもりが名残惜しいが、一刻を争う。


 彼と離れてさっそく行動に移す。父や母は領主様の屋敷にいるはずだ。弟を確保してそこにむかおう。私は家に走る。道は領主様の館から町の入口に向かって、ゆるく傾斜が付いた坂になっている。

私の家は町の入口の近く、川が氾濫してきている方向にあるせいか、進むほどに道を流れる水の勢いが増していく。あたりはすっかり水浸しで、町の中に水の流れができていた。これが川のようになるってやつか。

 長屋を出た時は靴底が水につかる程度だったのがすでにすねのあたりまで水が来ている。すれ違う住人には「領主様の館へ!」と叫んでおく。

 家にたどり着いた。水圧で開かなくならないように玄関をあけっぱなしにして家に入る。


「お姉ちゃん!」

「アレク! 逃げるわよ!」


その時一気に水が来た。


 あっという間に腰まで水に浸かる。私より小さい弟は胸まで浸かることになってずいぶん慌ててしまっている。私は弟の胸倉と、太ももの服をつかんで、「おりゃっ」と、重量挙げのように頭上に持ち上げる。そのままざぶざぶと水をかき分け、開きっぱなしの玄関から外に出た。弟の頭を玄関の上にぶつけてしまうが今はまあ許せ。

 さらに水が押し寄せてきた。ものすごい水圧に、また家の中に押し戻されそうになる。もう私の胸のあたりまで水が来ている。


「うわああ! お姉ちゃん怖いよう!!」


持ち上げられた姿勢のまま弟がバタバタする。弟は泳げない。しかし彼がバタバタしたくらいでは私の腕の筋肉は揺らがない。しっかりつかんだまま弟を勇気づけてやる。


「お姉ちゃんに任せなさい!」


 非常事態だ、魔法を制限して使ってる場合じゃない。私は弟を持ち上げたまま力を溜めて、水中の地面を、蹴る! 魔力を込めた跳躍は、身体が半分以上水没してても、ひとひとり抱えていても、軽々と近くの家の屋根に私を飛び上がらせる。


 弟を下ろしてぎゅっと抱きしめてあげる。


「ありぎゃどうおねえぢゃあああん! ごわがったあああああ!」

ぼろぼろ泣いてる。怖かったんだねーよしよし。お姉ちゃんが来たからには大丈夫だよー。とはいえまだ助かっていない。移動せねば。


 あたりにゴゴーンと轟音が響く。何の音かはわからない。雨の勢いが増してくる。こんな地面の上に置いただけの家々はすぐ流されてしまう! 町の住人を裏山に避難させるか?


「目をつぶってなさい!」

とりあえず移動だ。弟を横抱きにして、また跳躍する。ものすごい勢いで景色が変わっていくことに、弟が目を回しているが、今は放っておく。家々の屋根を飛び跳ね裏山がよく見える家の屋根に辿り着くと、またゴゴゴと地鳴りのような轟音がした。


「裏山?」

 向かうべき裏山のまわりの景色は一変していた。畑があったはずのところが濁流に飲まれて川になっている。上流が土砂か何かで川が詰まって流れが変わったのだ。激しい土石流で畑は押し流されていて、道も川も見分けがつかない。

これでは山に向かえない。しかも向かうべき山からなにやら地鳴りがする。私は飛び乗った屋根の上から光の魔法で遠視をおこなった。すると裏山の中腹に亀裂が見え水が噴き出している。


「あれは地滑りの前兆だわ!」

前世の知識で異変に気が付く。さらに山のすそ野が流れの変わった川で削られてどんどん状況が悪化している。

裏山が崩れれば町ごと土砂に飲まれてしまう。とにかくこのことを伝えるためにも、私は領主様の館に向けて大きく跳躍した。



 ひと飛びで領主様の館の上空に到達できた。もうすでに一階は水没しているようだ。二階のバルコニーに父と領主様、ラルに教皇様を見つけ、魔法で落ちる角度を調整してそこを狙う。バルコニーの敷石を割りながら狙い通りの場所に降り立つ。


「リリーナ!」

「お父さん! お母さんは!?」

「大丈夫よ! ここにいるわ!」

館の中からひょこっと顔を出す母に安堵して、完全に目を回した弟を母に渡す。


「リリーナ!」

ラルがそばに来て私の腕を取りながら、私の体に怪我がないか見回す。


「ラル!大変なの! 裏山が崩れる前兆があるわ!」


「なんだって!?」

私の叫びに反応したのは領主様だ。普段はのんびりとした地方の領主にふさわしい人だが、今は真剣な顔をして私に声を向ける。

「それは本当か!?」

「遠視の魔法で見ました。地響きがして山の中腹に亀裂が入って水が噴き出しています」


地すべりや山崩れが起きる前兆だ。私は前世の知識のおかげでそれを確信しているけど、その知識が領主様たちにあるかはわからない。どんな判断をするかと息をのむが、彼等は私の意見をすでに受け入れているようだ。それをふくめた対応策を検討し始めた。この場でこの惨状で、事態を楽観的に考える者がいないことに安堵する。


「まずいな。この水害に、さらに裏山が崩れたりしたらこの町は壊滅だ。避難しないと」

唸る領主様に父が何事か話かける。避難方向の話し合いか?


「みんなは?」

「騎士長屋の屋根に上がっている。だが長くはもたないだろう」


私の質問にラルが答えてくれる。遠視の魔法でラルが指さすほうを確認すると、長屋の屋根の上に騎士たちのほかにディージャーたちも見える。どうしよう。飛んで何人か抱えてここに運ぶか? 何度か往復すれば・・


「リリーナ!」


 大雨の中、綺麗で張りのある声が、雨音を突き抜けて私の耳に届く。あの声で呼びかけられたら私はどんな時でも振り返る。母の声は大好きだ。


「お母さん!」


 バルコニーに出た母を雨粒が襲う。しかしその雨粒が母を濡らすことはない。やんわりと雨が母をよけている。大雨の中まったく濡れずにバルコニーに立つ母を、みなが不思議なものを見る目で見る。


「リリーナ。あなたのおかげで元気になったお母さんは、この大雨の中、こうして濡れずにここに立つことができるわ」

「お母さん・・・」


「でも! 今のあなたならもっと凄いことができる! 今こそあなたの力を使うときよ!」

「お母さん!」


「リリーナの力はね、お母さん一人を元気にして終わりのものじゃないの。あなたの力はみんなを幸せにするための力なのよ!」


母が私を抱きしめる。


「あなたの魔法は神様からの送り物よ。だけどそれを今ほどの力にしたのはあなたの努力。お母さんを死の病から救ってくれたほどのあなたの力、今こそ見せて!」


私は母からがバリッと離れる。目に決意を込めて母を見る。

母は優しい微笑みで私を見てくれる。嬉しい。ただ嬉しい。


「わかった。お母さん・・。お母さん、見てて!」


お母さんはとてもいいものだ!!こんなとてもいいものをこんなところで失うわけにはいかない。

弟だってお父さんだってラルだってデイージャーだってみんな守って見せる!


私は普段から纏っている魔力を一段上げた。鍛え上げた筋肉をゴキリとさらに膨張させる。


「リリーナ!」

「ラル。お父さん、お母さん。行ってきます!」


私はふわりと浮かび上がる。さっきまでの跳躍ではない。母以外のみんなの目が驚きに見開かれるのが分かる。そう、実は私は、飛べる。


 にらみつけるのは川の少し上流だ。きっと土砂で埋まって川の流れを変えている。まずはそこをもとの流れに戻す! 


いけっ!!


間が悪く、豪雨被害の話を書いた後に、令和2年7月豪雨災害が起こってしまいました。私も実家が大分なので被害の映像などを見るたびに、故郷のもとの景色を思い出し、涙が出ました。皆様の安全を祈っております。

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