9・あれれ彼と私って、相思相愛かもしれません
翌朝、隊商が出発する時刻となった。
今回は王都での大事な用があるそうで、一泊だけだった。
昨日の雨は夜のうちに止んでいる。少し地面がぬかるんでるが、この時期は雨も多いので隊商にとってはいつものことらしい。
「ラル!」
「うん」
荷物を荷馬車に積んでいるラルに声をかける。振り返った彼の短く束ねた黒髪が馬の尻尾のように振られた。
「坊ちゃん、少し、いいですよ」
「ありがとう」
隊商の年輩の男がラルにすれ違いながら声をかける。
にっこりと、あの艶のある唇に弧を描いてこちらに歩いてくる。逆三角形の身体に黒革のベストを纏い、緑のマントを羽織っている。くそうかっこいい。
彼に誘われ、あの私が登りすぎてつるつるになった木の下で向かい合う。
なんか近い。顔を見上げればすぐに彼が話し出す。
「俺は来年、王都に上がる」
「うん・・・」
「18歳から王都にある、アカデミーに入るんだ」
「へえ・・ラルって一つ上だったんだ・・」
「言わなかったっけ?」
「聞いてないわ。落ち着いてるからもっと年上かもって思ってた」
「俺は、リリーナは可愛らしいからもう一つくらい年下だと思っていた」
自分が筋肉女だということには、そうとうの自信? 自覚? がある。その私相手に可愛いとか言われると、絶対からかわれてると思うので腹が立つのだが、ラルの場合は本気で言ってそうなので困る。赤くなってしまう顔をごまかすためにも、怒ってるふりをして腰に手を当て上目遣いにねめ付ける。彼にはこの視線にあまり効果はない。ディージャーだと震えあがって腰を抜かすところだが。
「弟も、来年からバーン伯爵領の学園に入るわ」辺境伯領にある。
「アレク、優秀なんだな」
「父が、領主様のお仕事を手伝ってるからね。そのコネみたいなものよ。ゆくゆくは父と一緒にその手伝いをさせられるのよ」
「なるほど。俺は・・、ゆくゆくは王宮に仕えようと思っている」
「・・・ふうん?」
「来年、俺の兄が伯爵領を継ぐ。そうなれば、俺の予備としての役目は終わる。兄に子供ができるまでは完全に自由ではないが、そのあとは好きにしていい。だから俺は王都に行って官僚にでもなろうかと思っている」
さらっと自分の身分を明かしているが・・まあ想像の範囲内だ。
「お兄さんを手伝わないの?」
「辺境伯ってのは国境沿いにあるだけあって、一つの王国みたいなものだ。いろいろ面倒なんだよ」
「そっか・・・。じゃあ来年は王都に移り住むのね・・」
なんとも言えない気持ちになって、つい俯いてしまう。いやいや、まだ来年の話だし、これから王都までの旅に向かう彼に暗い顔して送り出すわけにはいかない。
顔をあげにっこり笑う。
「あっちに行っても筋トレ続けなさいよ?」
腰に当てていた右手の人差し指をあげる。その指で笑いながら彼の胸を突く。彼の上体が揺れる。そんなに強く突いたか? しかし、うまく笑えてるか自信がない位なので力加減を間違えてるのだろう。
たぶん来年、彼が王都に向かうとき、それが最後の面晤となるんだろう。今回の旅の復路と、来年の往路以降、もう会うこともないということだ。ツキンと胸が痛む。ある意味今打ち明けてくれてよかった。貴族を相手に平民が実らぬ恋などせずに済むというものだ。来年は晴れやかな顔で王都へ見送ってやろう。
突いた私の手を、私よりちょっと大きい彼の手がつかむ。
「一緒に来ないか?」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・は?」
たっぷり間をおいて、私はそれしか言えなかった。
「来年。俺と一緒に王都に行ってほしい」
「ちょっ・・私・・王都に行って何するのよ」
「俺と一緒に暮らしてほしい」
「なっ!?・・・私平民よ?」
「予備としての役目が終われば俺も平民だ。なんの問題もない」
「え? そういうもんなの?」
「よそは知らないがこの国ではそういうものだ」
知らなかった。そうなればラルと私に身分の差はない。この気持ちに蓋をする必要はないのかもしれない。
「でも私、筋肉女よ? あなたより強いし」
「・・・そこが・・好きなんだ」
「・・・!!」
「リリーナの美しい筋肉が俺は大好きだ。顔だって可愛らしい。性格だっていい。一緒にいてほしいと願う理由は多すぎるが、おまえを選ばない理由のほうは何もない」
「私たち・・年に一度か二度、会う程度の仲よ?」
「会えた回数の少なさはその通りだ。・・俺には、お前を選ばない理由はないが、一緒に暮らしてみたら、お前のほうが俺のどこかに、気に入らないことが出てくるかもしれない。だから、まずしばらくは、一緒に暮らしてみてほしい。駄目だったらここに帰ってくれて構わない」
・・もう駄目だ。私にも彼の提案を断る理由がない。彼の筋肉は大好きだし、顔だって好みだ。性格も趣味も合う。唯一身分が壁になるかと思ったがそれもないと言う。そのうえ猶予までくれるというなら、私にはこれ以上ないくらいの好条件だ。
ただ一つ心配があるとすれば、家族のことだ。
私は父母弟の幸せを願ってやまない。
しかし・・・彼等もきっと私の幸せは我が事のように喜んでくれるだろう。
家族の幸せ、というものはこういうものなんだなと、前世と合わせて40年くらい生きてようやく知ることができた。
「返事は急がなくていい。一月半後にまたここに来る」
「教皇様が、バーン辺境伯領にある神山に安寧祈願の行幸に赴かれる。今度来るときは俺は案内を兼ねて、その護衛についてくる。今回少し日程が早かったのはそのせいだな。返事はその時でもいいし、何なら来年俺がここを通る時でもいい」
ずっと、手を握られたままだ。彼の熱が伝わってくる。すると彼が私の手を持ち上げ、その手に口づけた。
心臓が大胸筋を突き破って飛び出したかと思った!! 私の大胸筋は大したものだが私の心臓はきっとそれを上回る。鋼だ! しかし今そのはがねの心臓に過剰な圧力がかかっている! 目をまんまると見開き、口づけたまま止まっている彼のつむじを眺めている。
まだ!? 長い! ひー!! これ以上は心臓が持たない! ばっくんばっくんいってるよ!! とか思ったところでようやく口づけが終わった。少し座った眼でにっこりと笑うラルもすっかり赤くなっている。
もう! もうもうもう!! ずるいずるい! そんな顔されたら断れないじゃないか! 断らないけど!! でもいちおう即答も何なので・・
「だ・・だいぶ前向きに・・、考えておきます・・」
私の答えに満足したのか「うん!」と満面の笑顔で彼が一歩離れた。そういう顔をすると子供っぽく見えて、17歳だということを思い出す。
くそうカッコ可愛い!
彼は隊商の荷馬車と王都に向けて旅立った。何度も振り返るので、そのたびに前を向けと念じながら彼が見えなくなるまで見送った。私の胸に揺れる、彼がくれた青い石を握ると、見えなくなった彼をなんとなく感じる気がした。
一月半後までにどうするか考えをまとめよう・・・。
とりあえず今はとてもじっとしていられない気分だったので、とりあえず山までダッシュすることにした!
そのあとは筋トレだ! うおおおおおおお! 土煙をあげて街中を走り抜ける。
彼の見送り用にと、持ってるなかで一番いい服を着てたことを、ひとしきりいい汗をかいてから思い出した。
ちょっとは恋愛小説っぽくなったかなあ・・? なってるといいなぁ・・




