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第8話


ファザコンである今井 薫が父親の死体を発見してから初めての日曜日。薫は猫とじゃれあっていた。と、いうと触れないことはわかってるクセに薫が僕に向かって拳を突き立てる。


僕も触られないことはわかってるけど一応避けてみる。


「失敬、猫は薫とじゃれあっていた」


「……よろしい」


薫は猫に意識を戻す。


はたして猫を主語とするのと薫を主語にすることには意味に差はあるだろうかと思考しながら僕は家を出て本屋をひやかしに向かう。



そして僕は高藤 美咲と例の駅前の本屋でばったり会った。


「もう動いていいのか?」


「ええ 300年の寿命を(まっと)うするためには適度な運動が不可欠ですから」


「相変わらずよく回る舌だね 感心するよ」


「そういえば提出をお願いした書類の制作は進んでますでしょうか?」


「ああ 順調だよ、あと249年と358日ぐらいで出来上がるかな?」


「あら セミが五月蝿くてよく聞こえませんわ」


「そーだね 回りに木どころか草の一本も生えてないけど」


なんて普通(大いに疑問を挟む余地あり)の会話をしてると髪を明るい色に染めた背の高い男の人が入ってきて邪魔になりそうだったから避ける。


「お 美咲? ぐーぜんだな」


「……白々しい あとつけてきたんでしょう?」


「んーなことないって こちらは?」


「『友達(?)』の三島くんよ ひますぎて本屋に来たらしくてここでばったり会っただけの」


「あ〜俺、西村 祐介ッス アダ名はゆーに」ぱんっ


小気味いい音を立てて高藤が西村さんの頭をはたく。


「まったく……頭になに詰まってるのよ、あんた」


「あっはっは 美咲に決まってるだろ」


あからさまな侮蔑と軽蔑の視線を向けられてもあっさりと笑う西村さん。


ん? 西村? どっかで聞いたような……


まあ思い出せないなら大したことないんだろうな うん。


……それよりさっきから西村さんが興味深そうに僕を見てるんだが、なんだ? いったい。


「あの、僕に何か?」


率直な僕の疑問に対し感慨深げに西村さんがポツリと言う。


「へぇーこれが美咲のダンナねぇ」


「……はい?」


「いやぁ こいつが俺のこと邪険に扱うもんだからどんなもんかと思「歯をくいしばりなさい 祐介」


「へっ?」


ベキッ


鳩尾に綺麗な正拳が突き刺さる。

……拳の効果音としてはいろいろ間違ってる音がしたけど。


「じゃあ私はこれで失礼しますわ ではまた」


「おい 待て、本屋に死体を放置するな……」


僕は頬を引き吊らせる。



「いやぁ……死ぬかと思った スマンね、み……みし……みっしーくん?」


「髭のおじさんを背に乗せて冒険する緑の恐竜とは縁がないつもりですが」


「ヘェ 言い回しが女版美咲だねぇみっしー君は」


「残念ながら僕のほうがオリジナルだと自負しております」


「あっはっは で、美咲は彼のどこに惚れたわけ?」


「しつこい」


「惚れてないんなら別にいーじゃん 俺と付き合ってもさ」


「ゆーにぃは嫌」


「じゃあ誰ならいいわけ?」


「……」


「ダンマリは反則」


高藤が、キレた。


「ええ、わたくし三島さんのことを心から愛していますのであなたとはお付き合い出来ませんの ご理解いただけます? 変態さん」


ダニかなにかを見るような高藤の視線もかいさずに西村さんはポケットからなんか出して快活に笑んだ。


「ん じゃあデート行ってこい タダ券2枚やるから」


「へ?」


「じゃたまに確認入れるからそんときみっしーくんといなけりゃ次は俺とデートな」


「え いや…… へ……?」


「心から愛してるんだろ?」


イタズラっぽい笑みを浮かべて西村さんは高藤の手に映画のチケットを押し付けて帰って行った。



「ハメられた……」


高藤がポツリと呟く。


「僕もそろそろ行くけど……」


「……私はあのダニとデートなんて絶対ご免よ」


もし視線に殺傷力があるなら西村さんは死んでるだろうなぁと思わせるような目線の方向から、ダニという単語が僕を指していないことを察する。


「意味がいまいち咀嚼出来ないんだけど……?」


「……今日1日付き合いなさい って、言ってるの」


僕は嘆息する。そして何も反応しない壊れてる心と相反して少しだけ彼女と共に過ごす時間を望んでいる思考がいることに気が付いた。ただ1つの疑問を解消するためだけなんだけど。


「……1つ訊きたいことがあるんだけど」


「あら なに?」


「君は黄空のことをどこまで知ってるんだ?」


僕は意識して軽い声を出した。重い声で切り出せば自分が潰れてしまいそうな気がした。


「本当に何も覚えてないのね」


「覚えてる とは言いがたいね……前後の記憶が酷くあやふやだから」


少なくとも何があったかは覚えている。小学×年のときに起こった黄空家の事件。

それからいまに至るまでの小〜中学時代を僕はほとんど何もせずに無為に過ごした。義務のように学校には行ったがそこで誰かと会話した覚えはない。今井 薫と出会うまでは。実は北川のフルネームを知ったのも最近だ。


「……あなたの家、あのとき私の家と向かいにあったんだけど覚えてない?」


「え……」


思わぬ不意討ちに僕は間抜けな声を出した。


「あの事件のときあなたが飛び込んできたのが私の家だったのよ」


「それで僕の……」


「ええ 元々の名字も知ってたってわけ」


記憶を探ってみるが血まみれの2つの死体が浮かぶばかりでやはり前後の出来事は浮かんで来なかった。


「それで、どこへ行く?」


声の質をいつもの調子に戻して高藤が言う。というかそこで声質を変えて会話していたことに初めて気づいた。彼女なりに気を使ったんだろうか?


「言っとくけど映画館は嫌だから」


多分西村さんが先回りしてるんだろうなぁとか邪推を働かせてみる。


「えーっと…… 行きたいとこはあるんだけど」


僕が今日家を出た元々の理由。彼の元を訪れること。出来れば彼女を連れていきたくはないんだけど、今日を逃せばいつになるかわからないしいつまで彼があそこにいるかも定かではない。


「歯切れが悪いわね? 行きましょうよ」


僕のせいでダニとデートさせるのも心苦しいなぁ、とか思い我ながら丸くなったもんだと嘆息する。


「1つだけ条件が」


「何?」


「絶対、笑わないこと」


高藤は不思議そうな顔をして頷いた。




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