第6話
「ねーたいよー」
ちなみにこれは「ねたいよう」でも「ネータ・イヨー」とかいう意味不明な外人っぽい名前ではなく「ねぇ、太陽」という呼び掛けである。多分。もしかしたら僕の解釈が間違っているかもしれない。
「なに?」
「あたしの家ってどうなってんだろ」
「さぁ 引っ越しでもしたんじゃないか」
流石に敏夫さん─薫の父親─が一人であの家は持て余す気がするし、真っ当な神経の持ち主は極端に家賃が安くでもない限りは殺人の起こった家には住まない気がする。
「……行ってみよーかな」
「いいんじゃないか じゃ僕は学校行くから」
「なに言ってるの? たいよーも行くんだよ?」
「は?」
「あたしあるところにたいよーあり よってレッツ&ゴー!」
昔の四輪駆動車擬きを題材にしたアニメの名前を高らかに歌い上げて今井 薫は明後日の方向を指差した。
「いや 行かないし」
結局放課後という譲歩付で行くことになった。
決め手はこの一言。
「──行かないんだったらあんたがお風呂場でなにしてるか覗いてやるんだからぁ!!!」
……反則じゃないか? これ
「なあ 三島」
「なんだ、北川か」
「北川か ってなんだ、か って」
この割りとテンション高めなアホは北川 陽介というアホで、アホだ。常時女と遊ぶことしか考えてないと言える人間的にトテモトテモ薄っぺらな存在だ。第1話に微妙に登場しているのも彼である。考察終了。
「お前って草食系だよな?」
「お前には僕が草を食べて生きてるように見えるのか?」
「恋愛に大してだよ れ・ん・あ・い」
「草食も肉食も食べる物が違うだけで基本的に何も変わらないと思うけど」
恋愛に関する積極性を自然界の捕食者と被食者の関係に置き換えるのは不謹慎だ。彼等は生きようと必死になってるのに娯楽に等しい恋愛の愉悦に例えるなんか、とか真面目に憤ってみる。
「あぁ めんどくせぇなぁ、お前」
どうやって僕の内心を読み取った?!ってわけじゃないけどタイミングが抜群過ぎて笑えてきた。堪える。
「そう めんどくさいんだよ、僕は そういう話なら坂口にでも振ったほうがいい」
「わかったよ そーするよ」
ため息を吐いてとりあえず自分の席に戻る北川。薄っぺらくてアホだけど悪いやつじゃないんだよなぁ……
正義感溢れる好青年、気取りが世の中には多いけど少なくとも北川が誰かを助けたのは何度か目撃してる。中学のときだったよなぁ って懐古しようとして何一つ思い出せないことに気付いた。おそらく最近の出来事が波乱万丈過ぎるせいだろう。決して僕の頭があれなわけじゃない。
脳内で適当に処理したところでチャイムがなって教師が入ってきた。
「あと一週間でテストだ そのあとが夏休みだからと言って決して気を抜かないよーにな」
あんたの頭のネジが抜けてるだけじゃないのか? と思いながら聴いてる僕&その他大勢。
あながち間違いじゃないだろう。年を取るとネジが緩んでくるらしい。思考の硬質化。頭の悪い大人にはなりたくないものだ。
「学年トップの三島を見習うように」
……訂正。ネジだけじゃなくて中までスカスカらしい。
先生。あなたはいま世界で一番余計な一言を発しました。この学校では定期テストの結果が発表されたりしないのに。北川が目を丸くして僕を見る。せっかく成績に関しては黙秘を貫いていたのに。あー…次に殺されるのがこの人ならいいのになぁ。不謹慎ですねーはい。
北川その他諸々から質問責めにあったが適当に流して今日を終えた。じゃあ次の日に移行しま「違うでしょ?」
……めんどくさ
「誰も死なない話なんて物語として取り上げるほどの価値はないと思うんだけど」
だから僕は推理小説なんかは割りと好きだが恋愛小説が極端に嫌いだ。
「だーめ 行くったら行くの!」
……おい お前、大分とキャラが崩壊してないか? ファザコン娘。筆者の技量のせいか?
まあヘソ曲げられたら同居人としては面倒だから言わないけど。嘆息。
「わかったよ 行こう」
仕方ないから歩き出す。どうせ鍵はしまってるだろうし。
誰も死なない話って言ったのは誰だったかな。多分。僕だったな。
噎せかえるような血の匂いの中で僕は考える。鍵は開いていた。なぜなら今井 敏夫は中に居たからだ。
刺殺体で。
薫が僕にしか聞こえない悲鳴をあげた。
怨恨だな…… 死体を見た瞬間に察する。滅多刺しにこれ以上があるだろうか? というほど刺されまくっている。
多分死後1〜2日以内だろう。まさか加奈子さんの死体が放置されてたりしないよな? と一瞬不安になったが流石に痕跡一つなかった。
今井 敏夫は警察官だ。僕は以前に薫の口からそれを聞いている。休日返上になることの多い多忙な彼等が3日以上の無断欠勤を怪しまないはずがない。上層部が「この件についてはこれ以上の調査をしてはならない」とでも言い出さない限りは。
僕が死体を見つめて思考の世界へトリップしていたそのとき、
…ンっ
小さな足音が鳴った。
薫は聞き逃したらしい……というか幽霊のクセに尻餅をついて死体にビビっている。嘆息。
元々何かの役に立つのを期待していたわけじゃないけど というか彼女、物にも人にも触れないわけだし。
足音の大きさからして二階の一番遠くの部屋と推測する。それぐらい小さかった。相手は女かも知れない。
逃げるか? でもそれには尻餅付きの彼女を踏みつけていかなければならない。幽霊だから触れないんだけどなんとなく嫌だ。
そこで僕は足音の正体を知る。
「にゃー」
……鳴き声がして階段近くから一匹の猫がタンタンと軽快な音を立てて駆け寄ってきた。気を尖らせた僕のほうがアホのようだった。
「あ……ソラ」
薫が正気を取り戻す。ソラと呼ばれた猫が「にゃあ」と返事をする。
僕は薫と顔を見合わせた。猫は薫のほうへすりより感触がないことを不思議そうに彼女の顔を見上げている。
「みゃ」
そして疑問符が付き添うな鳴き声をあげた。
……どうやら見えてるらしい。
その猫─ソラは連れ帰ることになった。
「お前餌代誰が出すと思ってる?」
当然反論する僕。すると薫が引き出しを指す。ビニール袋を使い指紋をつけないように開けると底が二重底になっていて中から×十万円出てきたので戴いて猫も誘拐してきた。どうやら加奈子さんのヘソクリらしい。
窃盗の罪は殺人犯に被って貰うことにしよう。殺人犯に猫を誘拐する理由があるかは不明だけど。
(今回は流石に手掛かりがないな……)
僕らは今井家をあとにする。指紋を拭き取ってから