第4話
三島 太陽をからかったあと私はその足で画材屋に向かった。一話しか空いてないのに忘れてる人が三割はいるだろうけど漫画家の卵ですの。(むしろ八割近い気がするけど私の自尊心のため三割とする)
「……彼のことネタに出来るかしら?」
独り言を溢す。嫌ね……すっかり1人が染み付いてる。壁に耳あり障子にメアリー。
……我ながらくだらない。
「はぁ……」
あ 溜め息つくと寿命が3日縮むんだった。ほんとなら私の寿命はもう残ってないけど。……これって死亡フラグだったりするのかしら?
ほら、包丁持った男の人がこっちに突っ込んで……
ドスッ
『もしもし』
「あ、ちゃんと出ましたね 太陽くん」
『高藤 美咲』
「えれすくれこーと です」
『いま忙しいんで切りたいんですけど』
「あら奇遇ですね、私も少々あれな状況で」
『切るよ?』
「いやね、少し困っちゃい『プツッ』
リコール。繋がった。
「実はですね、私死体を発見してしまったのですよ」
『……』
「その大発見を大親友である太陽くんに御知らせしたいと思いましてお電話させていただいた所存なのですが」
『切るよ?』
「死体は同い年ぐらいの女性で─プツッ
リコール。繋がらない。
リコール。繋がらない。
リコール。繋がらない。
リコール。ようやく繋がった。でも私の意識はこれ以上繋がってくれなかった。
『高藤? お前いまどこだ ……高藤 おい?』
葬式は今井 薫の時よりはつつしまやかに行われた。
◇
僕は包丁が刺さったままの彼女を見つけた。
救急車と霊柩車のどっちを呼ぼうか迷ったが一応救急車にしておいた。自分のを使うと面倒なので彼女の携帯から。
手がかりがないかなぁと見渡す。彼女が握っているシャーペンと手帳。手帳の方は血まみれで何が書いてるか読めなかったけどシャーペンのほうには証拠……と呼べるかは微妙だけど、特定出来る要素は残っていた。一度自分の腕で試してみた。
今日はいろいろある日だな。と、僕は思った。
ちなみにいま僕は彼女を刺した犯人と対峙している。キョロキョロと臆病に回りを見渡す姿は小動物を連想させる。小動物に失礼か。って言うかそんなにビビるなら証拠ぐらい消してくればいいのに。
いや、僕が持ってきたけど。
道路の端。血まみれの彼女が握り締めていたシャープペンシル。
どっぷりと付着した血液。それには浸るはずのない芯の奥の部分までが赤く染まっていた。
多分彼女は咄嗟にこれで犯人の手を刺したのだ。相当深くまで。そして証拠を残すために芯を引っ込めた。自分の血と混じってしまわないように。
まったく抜け目のない女だ。嘆息。
シャーペン持ってたのは僕が彼女を見つけたとき左手に持っていたメモ帳に何か書きながら歩いていたのかも。と推測。
だから僕は彼女の行きそうな場所で手に新しい傷のある人を探せばよかった。そして見つけたのが、この画材屋の店員だった。
「これ、落ちてましたよ」
僕が差し出すと小肥りで丸眼鏡の冴えない店員は血まみれのシャーペンに驚いて後ろの棚に包帯を巻いた手をぶつけて悲鳴をあ挙げる。
「どうして彼女を?」
「な……なんのことですか?」
「彼女、刺されてからしばらくは生きてたみたいで手帳にこの店の名前書いてました あなたの名前も、小島さんですよね?」
嘘だけど。名札に小島とあったから読み上げただけ。
「確実にあなたにも調べが入ると思います」
「…っ………」
男は唇を噛む。
「どうして彼女を?」
「か…彼女が……俺をああ相手に……しなしなしない……かから」
酷く吃りながら男は言った。美人は損だねぇと嘆息。まあこの動機は僕にとっては残念ながらこれは参考になりそうにないな……
「では僕はこれで失礼します」
店を出て、走るか迷ったけどとりあえず隠れてみることにした。
小島サンが出てきた。包丁を持って小動物的な臆病な顔とニヤニヤした顔をごちゃまぜにして。短絡的な人間はこうだから困る。
さて、どうするか。
こちらに近づいてくる。不味いな……走るか 人通りの多い広い道に出れば、勝ち。前述のように体力には不安があるのだけど。
よーい ど
「お前、俺のこと嫌いか?」
僕は転倒しかけた。
「俺のこと嫌いか?」
もう一度言ってナイフさんが抜く。包丁を手にした小島さん腰が引けて2歩交代。まったく一旦狩られる側になると小動物はこうなのに。
結局足を縺れさせて転けた小島さんをナイフさんが指を切断して包丁を落とさせ腕を踏みつけ、心臓部分にナイフを力一杯突き刺して圧勝。年季が違うらしい。
「……つけてたんですか?」
「念のために ね、警察に駆け込まないって保証はなかったから ゴメン」
「いえ 助かりました」
「じゃあ、逃げようか」
人差し指を立てて笑顔で明るく提案。
人通りのない道をナイフさんが選んで僕らはダンボールハウスに辿り着いた。このへんの地理は頭に叩き込んであるようだ。殺したあと逃げるために。
◇
「以上、小島なんとかさんの人生の一端でした」
高藤 美咲は眉間に皺を寄せて僕を睨んだ。別に墓の下でも幽霊でもなく、清潔で不快な香りのする病室。小島とかいう画材屋の店員は結局彼女を殺せなかったわけだ。シャーペンを思いっきり突き立てられて腕の力が緩んだせいで包丁が刺さり切らなかったんだろう。
だから僕は小島さんを影に頼らずに探さざるを得なかった。殺されてくれれば犯人探しはもう少し楽だったのに。
「ところで腕の包帯はなにかしら?」
「転んだ」
シャーペンで刺して見たんだよ。ただ血に浸した場合と比べてどれくらいまで深く芯に血がつくのか。
「ヘェ」
「えーっと、生死の境をさまよった感想をどーぞ」
「あそこで勝負したのが不味かった あそこはやはり監督の指示通り敬遠すべきだった」
「敗戦処理をした三島投手に何か一言」
「彼が一点も取られなかったのでチームの士気が保ててなんとか最後の一点が入った。
ファンを沸かせることは出来たと思う 逆転こそ出来なかったが感謝している」
遠回しに感謝の意を示してるみたいだけど、気付かない振りをして別の話題を振る。
「そういえば君を刺した小島さん、よっぽど人望なかったみたいだね 葬式に顔出してみたけどスカスカだった」
「そうね 人のことジロジロ見てくる抜群に気持ち悪い人だったから」
と、痛烈な批評。小島さんはきっと自分に自信がなかったんだろうなぁ。世の中には自信に満ち溢れすぎた勘違いな若者が大勢いるのに、世界ってバランスが取れてないなぁ……なんとなく憂う。閑話休題。
「正直君を見つけたとき救急車を呼ぼうか霊柩車を呼ぼうか少し迷った」
「救急車にしてくれてありがとう」
彼女は皮肉混じりに微笑む。
「霊柩車のほうの番号がわからなかったから じゃあ」
僕も笑顔で返しといた。話すことは話したし僕は病室を出ようと腰を浮かせる。それを彼女が呼び止めた。
「そういえばあなた、どうやって私があそこにいたってわかったの?」
「ああ それは……」
僕は苦虫噛み潰したような表情になってることを自覚する。
「……秘密で」
「あら、秘密が多いのね 黄空さんは」
「君も、両親が一度も見舞いに来てないあたり」
「ぷっ……」
吹き出したのは彼女だけだった。
「じゃあ2度と来ないよ」
「ええ、どうせ1〜2週間のあいだですし」
後ろ手でドアを閉めて、嘆息。
僕がどうやって彼女の居場所を知ったのか。
流石に僕の人間関係を知りたがった同居人の幽霊があなたをつけてました とは言い辛いなぁ……