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第2話


日曜日。起床して最初のコーヒーは酷く不味かった。当然だ。真横に幽霊がいるのだからこんなに気味の悪いことはない。なんてことはなく純粋にスーパーで買ってきたアイスコーヒーの味がいまいちなだけなんだけど。


「お前、いつまで僕に憑いてるつもりだ?」


溜め息を交えて吐き出す。ちなみに彼女を殺した犯人のことは結局話していない。


「とーぶん」


そう答えた今井 薫は壁抜けして遊んでいる。

どうやら幽霊には質量という要素が存在しないらしい。幽霊を構成するのは原子ではないわけだ。学習。


「日曜日ぐらいは一人にしてくれないか やりたいことぐらいはあるんだけど」


「ブーブー」


よくわからないブーイング。三島は朝食の目玉焼きにかけるための塩をひとつまみして、薫に投げつけた。


「いたっ 痛い!」


どうやら幽霊にも痛覚があり、それは塩化ナトリウムを主成分にした数種のイオンとの混合物に反応するらしい。学習。っていうか効くと思ってなかった。

三島は台所にあった塩をチャック付きの袋に詰め込みポケットに忍ばせ、意地の悪い笑みを浮かべた。


「ついてきたら頭から浴びせるから」


今井は身震いし凍りつく。


「ひまなら映画でも見に行ったら? タダ見できるよ」


若干の親切心とほんのちょっぴりの意地の悪さを残して三島は家を出る。

果たして人間は何時間映画だけで粘れるのだろう、だとか頭の片隅で考えながら。


現在時刻、10時と少し。

季節は7月。例によって太陽は激怒中である。とりあえず一人になりたくて家を出たはいいが、行く当ては特になし。

カジュアルな格好でポケットには財布と携帯電話と、塩。あきらかに1つだけ変な物があるが三島にとって必需品であるから気にはしない。

ちなみにカジュアルというのがどの程度の物かは筆者がその点にあまりさとくないため割愛する。ええ、書いてるのは現役高校生のはずなんですけど。

とりあえず三島は駅前の本屋を目的地に定めて歩き出す。



贔屓にしている本屋は既に開いていた。日曜日の朝からとはご苦労なことだ。とはいえ店内には欠伸に性を出す店員と熱心に漫画コーナーを行ったり来たりする女の子。それから入り口近くの文庫を手に取る黒い影を纏った男性が1人しか居ない訳だが。


ん? 最後の何だ? と僕はよく目を凝らす。うん、今井と違って死んではないよね? 透けてないし、って、ことはあれか。

今井 加奈子の同種か。つまりは─…殺人犯。


触らぬ神に祟りはありません。ということで僕は素早く男の右側を通り抜けて危険地帯を脱出する。いくら物語だからってそうそういろんなことに巻き込まれてたまりますかってんだ。こんときしょー。でもほんの少しの好奇心で横顔を覗いてみる。


憔悴仕切った全国指名犯の横顔。一応マスクしてるけど、僕には一発でわかった。お兄さんイケてるね? どこの人?

違った。とりあえず逃げとこう。 ってか目合ったし。やっべ。ニコって微笑み返しといたけど。


その一瞬が命取りだったらしい。


「お前、俺のこと嫌いか?」




服越しに銀色に光る刃が当たる。登山ナイフとか言う銃刀法違反の大型の代物。根元まで刺さったら死ねるだろうな。


「俺のこと嫌いか?」

と、もう一度。滅相もない。僕ほどあなたのことが大好きな人間はいませんよ。だとか言っとこうかと思ったけど雰囲気にそぐわなかったので口にはチャックをかけた。


この状況で何か使える物。ないか。流石に。

ここ本屋だし、本の角で頭叩いたら痛いだろうけど生憎それのあるのは素敵なお兄さんのいる左側だ。あっ あった。

僕は右手を限りなく静かにポケットに突っ込み、素早くそれを掴むと犯人の顔にぶっかけた。言うまでもなく塩である。殺人犯を相手に財布の中の小銭を披露する趣味はない。眼球に入ったらしく素敵なお兄さんは悶絶。予行演習が役立った。万歳。


反転し、出入り口に向かって全力疾走。幸い駅近くだから交番はすぐそこ。ナイフを目撃した店員の中途半端な悲鳴。ウルセェよ、バカ。

同じ出入り口から外に飛び出したが僕の追跡より逃亡を優先する犯人。利口だな。

でも多分捕まるだろう。とりあえず危機は去った訳だ。

でも僕も捕まるだろう。事情聴取だとかいろいろで。そしてこう訊かれるだろう。なんで塩なんて持ってたの? 納得して貰える答えが見つからずに僕も逃亡を優先する。

クールだな。よし。


まあ死に直面するのは初めてじゃないし。



お家に帰るのもなんだからその辺をブラブラする。これと言って用事はないわけだけど、とりあえず自販機でスポーツドリンクを購入し、ベンチで一杯やってみる。人通りは、まあ少ないほう。

万引きばりの速度で本屋から逃亡してきたからには目撃者は少ないに越したことはない。なんてことはないだろう。彼等は彼等で自分が生きることに精一杯で他人なんて目に入っていないのだから。


後ろから首筋にチクりとした感触。またか、と僕は無表情で嘆息。


「あれ? リアクション少ないね」


図々しくも僕の隣に座り込んだそいつは先程の素敵なお兄さん、ではなく漫画コーナーを行ったり来たりしていた少女。よく見ると顔に覚えが会った。ってか同じクラスの高藤 美咲だった。

ちなみにチクッときたものはナイフではなく漫画のブックカバーだったりする。


誰かが言ったように彼女はいじめられっこだ。それは彼女が入学式の日に吐いた素晴らしい台詞に由来するものである。


「それ、偽善と同情の比率は何対何?」


話し掛けてきた女の子を一蹴。それでも薄幸のヒロインにありがちな飛び抜けた容姿を持っていたりする。どうやら世界って片寄った作りをしているらしい。

まあ幽霊と同居生活しているという真っ当な男子である僕でも女の子に笑顔で話し掛けられたら笑顔で対応するのがルールだろう。


「なんか用?」


あれ、なんかこの言い方トゲがあるな。削除。エラーだって、残念。


「さっきの、見てたわ」


あぁ、恥ずかしいとこを見られたな 殺人犯のお兄さんと仲良く追い掛けっこしてるとこを見られるなんて。


「凄かった」


目を輝かせる。なんなんだ、お前は。


「よく怯まずに逃げれるわね」


そりゃまあ僕の場合初めてのお使いじゃありませんから


「漫画みたいでびっくりした」


そりゃまあ素人の書いた出来の悪い○○の中の出来事だからね。あれ? ○○だけ言えないや、文庫、単行本、ケータイ○○、なんでだろう。


「あ 私のこと知ってます?」


「知ってるよ、ある意味有名人だから」


高藤 美咲、17歳、高2、2‐6組、漫画家志望。有名なのは最後のところ。いくらか賞金かっさらったこともあるとかで。

探偵志望の僕とは気が合うかもしれないね。あ 間違えた。

ほんとはゴーストスイーパーだった。いやいや、霊界探偵か?


「で、何のよう?」


「参考までに感想を訊いときましょうかと」


「何も考えずに振り抜いた 今日のホームランはただそれだけです」


「はい ありがとうございました では、次のニュースに参りましょうか」


「後悔している 被害者には本当に悪いことをした」


「はい?」


「以上 反省すればどんな罪でも軽くなると思っている阿呆のインタビューでした」


僕はスポーツドリンクを飲み干して近くのゴミ箱にシュートする。ペットボトルはご機嫌斜めらしくふちにあたって跳ね返る。


仕方ないから帰るとしよう。僕は腰を上げて自分のうちのほうへ歩き出す。



「……なんでついてくるの?」


「追加で取材を申し込もうかなぁと」


「御断りします 後程正式な書類をお送りしますので」


「そうですか、だいたいいつ頃になりますでしょうか?」


「そうですね だいたいあなたの遺体が白骨化した頃になりますか」


「残念ながら私を土葬よりも火葬の方が好みなのでそれは不可能かと思われます」


「ぷっ……」

「くっ……」


ほとんど同時に吹き出す。なんだこの茶番。


「では、250年後に必ず届けるとお約束致しますよ」


「困りましたね 私は寿命が300年ですがそれじゃあなたが亡くなってらっしゃるかと思いますが、何せ以前に一度死んでらっしゃるでしょう 黄空 太陽さんは」


「……」


「目が泳いでますよ どうしました? 昔の名前がそんなに懐かしいですか?」


……ふむ 尋問される側の気分も味わってみるものだな。学習。


「これは任意の事情聴取で答えるも答えないも僕の自由ですよね?」


「つまりは」


「「黙秘権を行使します」」


「ぷっ……」

「くっ……」


ちなみに黙秘権は任意じゃなくても使えるんだけど。


「それじゃ、また学校で」


「ええ わたくし不登校なのでいつになるかは定かじゃないですけど、出来れば連絡先を譲渡していただければと存じます」


「力の限り御断りします」


「そうですか じゃあこれからあなたの家に押し掛けて住所から電話番号を割り出すことにしますね」


「世間一般ではそれをストーカーと言うらしいですが」


「そうですね」


……嘆息。


「わかりました、こちらにおかけください ではまた」


僕は携帯電話の番号を見せた。


「あら、ご自身の無力をよく理解しているのはすばらしいことですね」


彼女はそれをメモして僕らはそこで別れた。


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