第11話
三島 白夜の実家は閉塞した田舎の更に外れにある。学校をサボってそう幾つも離れていない駅を電車に乗って向かった。
……平和だ。ラッシュの時間を外していることを考慮しても人の少ない田舎の電車。ふと、この電車に乗っている何人が僕がナイフを手に姉を殺すために行くのだと気づけるだろうか と優越感に浸ってみた。絶望と高揚が同居する奇妙な感覚。本屋で貰った小さい紙袋に手を突っ込んでナイフを鞘から抜き覗き込む。
目的の駅について僕はそれを閉じた。片手で数えれる程度の人数が降りて改札に切符を通し思い思いの方向に歩いて行く。
「……」
何の感慨もない田舎でうろ覚えの道を辿った。最後に祖父の元へ行ったのは何年振りだっただろうか?
葬儀のあとに一度は訪れたはずなのだがどうも記憶がはっきりしない。
……困った。迷った。
「なんでついてきたんだよ 薫」
「ん? なんだっていいじゃん」
よくないよ 道に迷ってるのなんか他人に見られたらバツが悪いもんだ。
本題からはほど遠い理由を振りかざして携帯電話のナビ機能を開いてみた。
住所なんて覚えているはずがないからとりあえず駅名を入力して近辺の地図を開く。すると意外にもすんなりと木造の古い屋敷は見つかった。地図が出るだけで大分違うもんだ。人類の進歩に感涙してみた。
「……太陽?」
薫が僕の顔を覗き込む。
「……行こう」
全ての始まりの元に。
僕を壊した人間の元に。
僕の追い求める動機の原初へ。
「太陽です 開けてください」
ノックもせずに僕は古びた屋敷に向けて言った。
あっさりと扉は開いた。最悪破壊することを想定していたためあまりの好都合に少し驚く。
「……入って」
黄空 夜月が僕を導いた。
頷いて、僕は屋内に一歩踏み入れる。古い木材特有の香りとそれに混じった線香らしき白煙を伴った匂い。それとなく玄関を観察する。靴は二足しかない。祖父母と夜月は三人暮らしのはずだが、僕の知らないうちに誰かが欠けたらしい。
「夜つ──」
油断した。殺しにきたクセに殺されることをまるで想定していなかった。僕はなんて愚か者なのだろうか
首に巻き付く腕を感じたとき、僕は咄嗟にそう考えた。
引き剥がそうともがいた手を、僕は直ぐに止めた。首に回された夜月の手があまりにも弱々しくて。
「太陽…… 太陽ぉ……」
夜月は僕にしがみついたまま何度も僕の名を呼んだ。
肩のあたりにこすりつけられた瞳で服が湿る。この展開は予想外だった。
半ば無意識に僕は姉の背に腕をまわす。記憶にあるのと随分違う小さく脆弱な身体。
「っ……」
唐突にフラッシュバックが襲ってきた。何故? あのときを思い出す要素はないはずなのに…──
しかも……消えない?
あいつらが使っていた灰皿。吸いかけのタバコが宙を舞う。死体が1つ。
包丁。包丁? 包丁はどこにあった? シチューの皿、パン。ああ そうか あれはたしかパン切り包丁だった。死体が2つ。目眩と動悸で頭が歪む。呼吸が出来ない。夜月が手に何か持って僕を押し倒した。首に手がかかって…… あれ? 夜月の手は首じゃなく口のほうに動いた。どうして? 荒い息を吐く僕に何かをくわえさせた。
シュッ という気体が噴き出す音がした。
「ウソだ……」
カチカチと音を立てて壊れていたはずの心が組み上がって行く。
現実が戻ってくる。夜月はまだ僕の胸で小さく震えている。
「夜月じゃ……ないのか?」
神代さんを殺したのが夜月じゃないのは玄関で見た時からわかっていた。彼女は影を纏っていなかったからだ。
だけど、記憶の中の夜月さえもあの影を纏っていなかった……
夜月じゃなかった。なら殺したのは誰だ? そんなもの答えは1つしか残っていない。夜月以外であの場にいた人間──曖昧だった記憶が形を成して僕を蝕んで行く。
無感情だった心に体温が宿り、また急速に奪われる。
ボクガコロシタ? ナニモカモコワシタノハボクダッタ?
不意に夜月の背中に回した腕に力がこもった。
小さいころに僕は喘息を患っていた。呼吸不全と嘔吐を繰り返す僕を両親はいつしか煩わしく思い、そのうち虐待するようになった。
あのとき煙草の煙をまともに吹き掛けられて、呼吸困難に陥る僕を嘲笑する両親。殺される──と思った。
薬はあいつらが持っていてあいつらは僕が本当に死にかけるまで渡さなかった。
だから僕はテーブルの上の灰皿を手にして、あいつらを殺して薬を奪おうとした。先ず女を殺した。玩具の思わぬ抵抗に怒り狂う男を咄嗟にテーブルの上の包丁で刺した。殺した。
だけど過呼吸と喘息による酸欠で僕は薬を手にする前に意識を途絶えかけさせた。そこへ夜月が来た。彼女が僕に薬をくれた。その直後に僕は酸欠によって意識を失った。
それが、僕の探し求めたあの事件の動機と結末。
他人の事件に首を突っ込んだまで探し求めた動機?
そうなのか? 夜月