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第1話



今井 薫は目を覚ました。「おはよう」と愛猫のソラに声をかけると私より少し早起きなソラはにゃーと鳴いて寄ってきて私の頬を舐める。

小さな窓を貫いて射す朝日が瞼に痛い。


「んー………、あれ?」


上体を起こし思いっきり伸びをして私は、自分の体が動いていないことに気付いた。いや 私は動いてるんだけど、もう1人の私が居てそれはベッドに横たわったままなのだ。


「……なにこれ」


そして寝ている私には大きな包丁が胸に突き刺さっていた。


え? なにこれ 死んでない? ウソ? どうして? 私まだ17歳で高2で一番楽しい時期で……えーっと……えーっと……えーっと……ソラ坊なんかわかる?


ソラ坊は首を傾げてみぁ、と一声。わかるわけないよね はい……


「とりあえず、あたし死んじゃった?」


当然、返事はない。


「ってことはいまここにいるあたしは、幽霊……?」


なんだよ、お前そんなこともわかんねぇのか? とでも言いたげにソラ坊が大きく欠伸(あくび)した。


「ええぇぇぇ!?!?」




……よし ソラ坊よ とりあえず話を整理しようではないか


私は自室で殺されていた。私の部屋は2階。

窓の鍵はかけないことが多くて外からは真下にある大きなゴミ箱を台にして飛び付けば入ることは出来る。ってか親が鍵置き忘れたときに私自身何度かそうして入った。

部屋は荒らされてないし、見るのが結構辛かったが自分の身体を調べてみたところレイプされたような形跡は全くなかった。

私の胸に突き刺さった大きな包丁以外はこの部屋は私の就寝以前の状況と全く変わらない。


その1 なぜ私は殺されたか?


心当たりが全くないことはないけど、少なくとも殺されるようなことはしてない……と思う。


その2 誰が私を殺したか


クラスのイジメられっ子とか、以前私がフッた男とか、そのあたりかな?

一瞬だけ彼氏の祐介の顔が浮かんでブンブン首を振ってそれを打ち消す。


あ〜……ダメだ。考えられない。

もしかして私ってバカだったのかな……?


悶々としてると、部屋のドアが勢いよく開いた。どうやら警察の人みたいだ。パパも居た。

私はなんとなく居心地が悪くて部屋をあとにした。


なんにも言われなかったからやっぱり誰にも見えてないらしい。




僕─三島 太陽は額の汗を拭った。7月の陽気は堪える。

通学路までの短い道程を僕は音楽を聴きながら歩いていた。不意にそれが目に入って僕は独り言を溢す。



「……今井の家 誰か死んだのか」


クラスメイトの今井 薫の家。僕には『死』が見えた。幼い頃からずっと見えていた。

誰かが死んで一週間程度のあいだ、死んだ人物と所縁の深い場所や物に怨霊のような黒い影がこびりついて見える。それは物によっては消えないのだけど。


玄関先で警察官に何か訊かれてる女性を一瞥しあからさまに横付けされた車を避けて僕は、その影に踞っていた何かを避けようとして危うく転びそうになった。影にいた少女が驚いて顔を上げる。


「あんた あたしが見えるわけ?」


同じクラスの今井 薫。


(死んでる)


僕は直感する。いままで見たものの中で最も強く黒い影が浮き出ている。その色はテレビで見るどんな殺人鬼の物より更に濃い。っていうか身体を突き抜けて奥の風景が透けて見える。

僕にも死者自身が見えるのは初めてだったのでそんな物なのかと、学習。


「よかったぁっ 誰もあたしのこと見えないみたいで心細かったのよぉ」


続けてどうやら面倒なことになりそうだと嘆息する。




「三島 今週はじまった『彗星の絆』見た?」


「ああ 西野 東吾の」


「西野? いや、話知らないんだけどさ ヒロイン役のあの子むちゃくちゃかわいいよなぁ、なんてったっけ? えーっと」


「ねぇ 三島?」


三島くんは視線だけを何気なく私のほうへ移す。見えてるし聴こえてるのはたしからしい。


学校。教室。30いくつかの席に空席は2つ。不登校の高藤 美咲と、私…… 殺されたと聞いて何人かはそれなりに悲しんでくれたけどやっぱり教室はいつも通りの喧騒に包まれている。私ももう高2だ。

人が1人居なくなったぐらいじゃ何も変わらないことはわかっていたけどそれでも少し胸が痛かった。でもそれ以上に腹立つのは……


「返事しなさいよっ!」


三島くんがさっきからずっと私のことを無視し続けていることだ。


「おい、聞いてんのか三島っ」


「ああ 悪い」


男子生徒に対し曖昧に微笑む。なんかイラッときた。


「ねぇっ 三島ってば!」


「……ごめん ちょっとトイレ行ってくる」


「おおっ でももうすぐチャイム鳴るぞ」


友人に断りを入れて三島くんが廊下に出る。そのときにスッと私を手招きした。彼はトイレとは逆方向に歩いていき階段を降りる。

始業のチャイムが鳴ったけど気にせず校舎裏に回る。当然だが誰もいない。

そこでようやく彼は口を開いた。


「……なんだ?」


「なんだ じゃないわよっ! なんで無視するのよっ」


「アホかお前」


半分バカにしたような仕草で深く息を吐く。


「お前の姿は僕以外に見えてないんだから僕が独りでブツブツ言ってるように見えるだろ……」


「そりゃそうだけどっ ちょっとは優しくしてくれたって」


「自惚れるな 僕はお前が見えてるだけで別にお前に付き合ってやる義理はない」


正論が刺さった。酷く痛かった。


「っ……わかったわよ もうあんたなんかに頼んない 彼氏のとこ行きますっ!」


「ああ、そうしてくれ」


私は彼に背中を向けて三年の教室の方に歩き出す。


祐介のところへ行こう。太陽なんて名前のクセにあんな非情で冷血な人間と関わる必要なんてない。祐介なら私が見えるはずだ。愛の力で。うん。


「よし!」


……そうして10分もしない内に私は三島くんの元に引き返すことになる。


西村 祐介は一学年上の先輩だ。背は高くカッコいいし、人気がある。

気配りも効くし話題が豊富で話していて楽しかった。


「ああ あれね、別に他の女キープしてあるしどーでもいいんだけど、まあ精々『彼女に死なれて悲しんでる不幸な少年』でも演じて他の子の気ぃ引こうかな」


彼は笑いながら言った。会う気が失せた。見えないんだろうけど……


「……」


トボトボと自分の教室への道を歩く。覗いてみると三島くんは居なかった。あのままサボタージュに出たらしい。私はそこに居るのが辛くて行く宛もなくフラフラと外に出た。



その日の晩、通夜があった。僕も同じクラスとしてそこに足を運んだ。

奥にいる窶れた男女。恐らく彼女の両親だろう。教室では軽薄な態度を取っていたクラスの女子達も流石に現実感を帯びた木造の棺を前に涙する。浅はかと評してみる。


焼香だけをあげて僕は其処を出た。棺に腰掛けた彼女を平然と見れるのは僕が壊れているからだろうか。


途中スレ違った男の醜悪な微笑が目に止まった。式場に入った途端に上っ面の悲しみを顔に張り付けてたけど。



帰宅する。誰も居ない真っ暗な部屋。僕はリビングで電気をつけて、嘆息。


「……なんで居る?」


「や、ひまだなぁーっと」


今井 薫が出来る限りの笑顔で振り向いた。


「だってさ、西村だって雪ちゃんだってみんなあたしのこと見えないんだよ?! あんたしか見えないんだからあんたに頼るしか……」


「却下、帰れ」


「どこに?」


「……」


そうか、帰ろうにも帰っても居場所はないわけだ。


「ね、ちょっとだけ」


つまりは僕と同じな訳だ。



生きている人間が捉える死と実際に死んだ人間の死は全く違う物だ。といまさらながら実感する。私の感じる死は、虚無だ。永眠という言葉は即座に日本語から削除したほうがいい。これは眠りではない。


未練、怨み、妬み。身体という歯止めを失った私のそうした感情は時間を追うごとに膨らんで行く。


会話というツールがどれだけ重要だったか、私は嫌という程突き付けられた。いまの私には怒りは膨らめどそれを表現する方法が存在しない。呑み込まれてしまいそうで、怖い。恐ろしい。


「ねぇ」


「なに?」


「ぶっちゃけてもいい?」


「……意味わからん」


「喋らせてくれたらいい」


「どーぞ」


彼は黙ってそれを聞いていてくれた。何を話したかと言うとこの話の冒頭から彼に出会うまで。それから私の夢だったり、西村のことだったり……パパやママのことだったり。多分一人でこんなに話したのは初めてだと思う。とにかくいろいろ過ぎて細部までは覚えていない。



「犯人は憎い?」


私が長い語りを終えたあとポツリと彼が言った。


「もちろん……」


「そうか」


でもそれきりなにも言わなかった。ただ私の頭を撫でるように手を動かす。だけどその手は虚しく空を切った。



それから3日ほどした土曜日。すっかり僕の家に住み着いた幽霊はよく眠っている。


「さて、と……」


僕は家を出た。学校からそう遠くない一軒の家の前に立ちインターフォンを押す。鈍い音を立てて扉が開く。


「薫さんのクラスメイトの三島と言います」


顔を出した女性には目に隈があった。眠れていないのかもしれない。


「あら、あの子のお友達? 上がって頂戴 きっとあの子も喜ぶわ」


警戒の様子もなく招き入れられ居間に案内された僕は仏壇のまだない剥き出しの位牌に線香をあげる。


「……」


両手を合わせ黙祷。彼女はここには居ないからこんなことに意味はないわけだけど。


「掛けて頂戴 あの子の話を聴きたいわ……」


彼女はテーブルに紅茶を2つ並べた。僕は軽く頭を下げて微笑を作る。


「すいません 実は僕、あなたに用があって来たんですよ」




「え……?」


今井 加奈子(名前は薫に聞いた)が困惑を顔に走らせる。無遠慮に僕は言う。


「少々お訊きしたいことがありまして 掛けても?」


「え…ええ」


彼女の向かいに座り僕はゆっくりと万が一にも聞き違いのないように発音した。


「なぜ、あなたは薫さんを殺したんですか?」


今井 加奈子の顔には隈があった。きっと眠れていないのだろう。きっと実の娘を殺したがために


「聴こえませんでしたか? ではもう一度いいます あなたはなぜかお…──「やめてっ!」


彼女の声はほとんど悲鳴に近かった。ティーカップの中の紅茶が大きく揺れる。僕は眉一つ動かさずにそれを眺める。


「今井さん 僕には人には見えない物が見えるんですよ 死者の念みたいな物であなたには彼女が死の間際に放った怨念が黒々と染み付いている」


「出ていって!」


叫ぶ。同時に彼女のティーカップが倒れてテーブルを濡らす。

僕は自分に出された紅茶を一口啜り、感情のこもらない無機質な声を出した。


「『彼女』は窓は閉まっていたと言いました もし犯人が外部犯でゴミ箱から2階の窓に飛び付いて入ったんなら、出ていくときに同じ窓から飛び降りたはず

なら犯人は『どうやって窓を閉めた』のでしょうか?」


「夫が閉めたのよ あの子を見つけたときにっ」


「ヘェ 普通に考えて現職の警察官である敏夫さんが部屋に入るなりいきなり現場を荒らしたりしますか?」


一拍して小さく息を吸い込む。


「あの日、敏夫さんはある事件の捜査で帰宅したのは朝だったそうですね 起きて来ない薫さんの様子を見に行って死体を発見された

もし敏夫さんが殺したのならあなたが気づかないはずがない 違いますか?」


返答がないことを確認して僕は続ける。


「正直僕はあなたが警察に捕まろうが捕まるまいがどちらでも構いません でも僕は知りたいんですよ

あなたがどうして実の娘を手にかけたのか」


どうして人は人を殺すのか あの日、あのリョウテはナニをオモってボクのクビに……


「っ……」


脳裏に浮かんだあれを打ち消す。それに昔のようなしぶとさはなく直ぐに現実が戻ってくる。これには悩まされたものだ……


「あ…ぅ……」


彼女は小さくうめいた。

俯き、自分の両手をずっと眺めている。もしかしたら殺した感触が蘇っているのかもしれない。

やがて俯いたまま憑き物が落ちたように小さな声でボソボソと話し始めた。


「……耐えられなかったのよ

あの子と夫が愛し合っているのが……」


「……どういう……意味ですか?」


「そのままの意味よ……夫はあの子と愛し合ってたの 男と女として」


「近親相姦……」


「失恋したり、悪い点数取ったりして落ち込んでるとあの子はいつもあの人に甘えてたわ でもいつからかどんどんエスカレートして行って……


あの子はあたしの若い頃そっくりなのよ あの人が愛した……ね」


「そうですか 薫さんではなく敏夫さんを殺そうとは思わなかったんですか?」


「あの人は私が愛した人で、薫は私が愛した人の娘でしかないわ」


「ああ なるほど」


その気持ちが僕には少しわかる気がして頷く。親はあくまで子とは別の人間だ。彼等にとって僕もそうだった。不意に彼女が顔を上げ、僕と視線が合った。瞳に涙は浮かんでいない。


「……あなたに話したらなぜか少しだけ楽になったわ ありがとう」


彼女を苛んでいたのは『娘』を殺した自責ではなく、あくまで『人』を殺した自責らしい。


「こちらこそ、貴重なお話をありがとうございます」


僕の言葉を最後に沈黙する。痛いほどの静寂。

しかしそれは必要な静寂だった。

しばらくして不意に彼女が笑った。無理のない自然な笑みだった。

そのあと2、3こと他愛のない話をしたが僕はその内容を覚えていない。


「……では僕は失礼させていただきます


「ええ」


彼女は座ったまま僕を見送った。違うか、送ったのは多分僕のほうだ。

玄関を出た。その直後、がたんっという何かが倒れたような音がした。「ほら」、とか呟きながらそっともう一度、家に入り血を吐いて倒れたている今井 加奈子を一瞥して自分の使ったティーカップを丁寧に洗い、指紋をつけないように棚に戻した。


そのあいだ僕は薫に彼女のことを伝えるべきか考えていた。

7月の太陽が窓を突き抜けて横たわる今井 加奈子の穏やかな死に顔を照らしている。



一片の悔いもないような穏やかな死に顔を




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