gust
「しばらく来てないと思ったら、まさか学校の友達を連れてくるなんて。しかも女の子」
「だからこうして久々に来たんじゃないですか」
金髪遊び人と一緒に帰ることになってから約一時間後、カウンター席でココアを飲みながら、喫茶店の店長と会話していた。
金髪遊び人はテーブル席にて、しかめっ面の男性と向かい合っている。
「でも、すごいね。快速ルールで保さんと打ち合えてるよ」
「さあ、打ち合えてるんだか…」
保さんとは、金髪遊び人と向かい合っている男性のことだ。この喫茶店の常連で、よく他の客とチェスを打っている。俺はあまり詳しくないので、どれくらい強いのか全然知らないが。
俺が小学生くらいの時には既に定年退職されていた筈なので、推定七十代。
普段はにこやかなおじいさんだが、チェス中はしかめっ面になるので怖かった覚えがある。
そんな懐かしさを感じるこの喫茶店はボードゲームカフェ。店長が親の知り合いであるため俺も顔見知りではあるが、顔見知りなだけであまり出入りしていない。かれこれ二、三年は来ていなかった。
「慎之介はまだ生きてるの?」
「ええ、残念ながら」
「そう」
酷く物騒な会話をしていると思われそうだが、実際に物騒な会話をしている。
慎之介とは俺の父親のことで、この喫茶店の店長、及び俺、その他この店の客の数人は、父親の存命を残念がっている。
「チェックメイト」
後ろで声がした。思わず振り向く。
「…負けました」
何故か保さんが負けていた。相手が相手だったから、さすがに勝つのは難しいと思っていた。
「将棋は経験である」というどこかの誰かの声、またはどこかの誰かの記事を見たことがあったから、チェスも同じようなものだと思っていた。保さんの強さは知らないが、キャリアの差で圧倒的に負けている気がするのだが。見た記事が違うのか、将棋とチェスが違うのか。
店長も驚きの顔を隠せずに、「慎之介の息子だから」という理由でえらくゆっくりと用意されたココアの瓶を持ったまま固まっていた。
「いや、恐れ入った。若い子に負ける筈はないと思っていたが、打ち筋が違いすぎる」
「…本当に快速ルールで保さんに勝っちゃったの?」
快速だか特急だか知らないが、どうやら本当に勝ったらしい。
金髪遊び人は困った顔で俺を見ていた。一方で、笑いを堪えたような嬉しさの感情も見て取れる。俺は肩をすくめた。
「真君にこんな友人がいたとは。気が向いたときにでも、また対局しておくれ」
保さんはにこやかな顔で握手を求め、金髪遊び人も借りてきた猫のようにはい、と言いながら握手に答えた。
「マスター、負けちまったから、この子の分も払うことにするよ」
保さんはそう言いながら、明らかに枚数の多いであろう野口英世を数枚カウンターに置いた。
「ああ、大丈夫ですよ。彼女の分は慎之介に請求するので」
「じゃあいいか」
良くねーよ。
俺ではないにしろ、俺の家の無駄な出費が増えることには変わりない。
というか、俺の父親は保さんにまで嫌われてるのか?
元々保さんが払う必要は全くないので、保さんは元々の自分の料金を払って店を出て行った。
それでも、お礼にと俺達にココアを一杯ずつ奢ってくれた。
店長がココアを用意するために奥に引っ込んだ。時間が悪いのか俺達三人以外に誰もいないので、先程まで保さんが座っていた席に腰を下ろし、頬杖を突きながら金髪遊び人の方を向いた。
「チェス以外のボードゲームの経験は?」
「や、ないけど…」
人生ゲームやオセロくらいならやったことはあると思ったが、それもないのか。
それか、こいつの『ボードゲーム』のくくりに入っていないか。
少し考えていると、金髪遊び人が口を開いた。
「楽しいけど、こういうのは…」
「何もチェスだけだなんて言ってねーよ」
たまたま店に入った時に保さんがいて、せっかくだから打たせただけだ。
何もチェスだけやらせようとした訳ではない。
タイミング良く、店長が二杯分のココアを持って戻ってきた。
「店長、オススメあります?できれば、多少頭が悪くてもルールが理解できそうなやつで」
「うーん…。殺人犯探すゲームと、人狼になって村人を殺すゲームと、革命を起こして民衆を支配するゲーム、どれがいい?」
なんで選択肢が全部そこそこ物騒なんだ。俺に何かを伝えようとしてるのか?というかどのゲームもそこそこルールが難しそうだが。
「…選べよ」
引き攣った笑顔を見せる金髪遊び人に対し、諦めたように言い放った。
「…じゃあ、村人を殺すやつで…」
よりにもよってなんでそれ?
◆
「二人ともありがとね、遊んでくれて」
「いや、久しぶりに遊んで面白かったですよ」
結局、村人を殺すゲームをした後に革命を起こすゲームをしていたのだが、ゲーム終盤で小学生が何人か店にやってきた。いつもは店長が多面指しのような形で小学生の相手をしていたようだが、今日は俺達がそれぞれ小学生の集団を相手にしていた。
金髪遊び人も楽しめたようで、ゲーム中は俺よりも小学生達と仲良くなっていた。
面倒見がいいからなのか、それとも頭が似た者同士だからなのか。
「さすがに夜も遅いね。真は大丈夫だろうけど、春乃ちゃんは大丈夫?」
「はい、ここから近いので」
店の時計を見ると夜の八時半。高校生とはいえ、さすがに帰る時間か。
それほどまでに、時間を忘れてここで遊びに興じてたってことになる。
鞄を持ち、忘れ物がないことを確認してカウンターへ向かう。
「子供達も喜ぶし、遊びたいときはまたおいで。学生だし、少しくらいはサービスするよ」
そう言って告げられた金額は、明らかに普通の料金よりも安い金額だった。
「小学生以下は空席があれば基本料金なし」としているようで、小学生からも飲み物を頼んだ子以外は料金を取っていなかった。
父親に請求が届いていないことだけを祈る。
料金を払い、店を出た。再度家の方向を聞いたが、相変わらず教えてもいないのに俺の帰り道と同じ方向を指さすので、仕方なく同じ道を歩く。
「…で、どうだった?」
店を出てからやけに大人しい金髪遊び人に感想を聞く。
「や、面白かった、かな…」
気を遣って出てきた言葉ではなさそうだった。
遊んでいた卓こそ違ったものの、時折見せる表情は驚くほど自然だった。
だが今は、何かを考えている…又は、何かに戸惑っているような表情を見せていた。
「ま、すぐそんな結論出そうとすんなよ」
俯いていた金髪遊び人が俺を見る。俺は目を合わせないように前を向きながら、言葉を続けた。
「今日のあの店で何が面白かったか考えてみて、それに繋がるものを次に試せばいいんだよ。出された飲み物が気になったなら、別の喫茶店に行ってみて自分の一番の店を見つけるのもよし、今日やったゲームの中に気になるものがあれば、似たようなものを探してプレーするもよし、コンセプトのある喫茶店が気になったなら、猫カフェみたいな他コンセプトの喫茶店に行くのもよし。そうやって続けて行って、自分に合うものを探していけばいいんだ」
「…うん」
金髪遊び人は考え込んでいるからか、やけにゆっくり歩いていた。昼から何も食べてないだろうに、飲み物だけで平気だったのだろうか?もうすぐ夜の九時を回ろうとしているのに。
そんなことを考えているうちに、俺の家付近まで来ていた。目の前にある曲がり角を曲がれば、もうすぐそこだ。金髪遊び人は俯いたまままっすぐ進もうとしているので、おそらく違う道なんだろう。
家は近いと言っていたので大丈夫だとは思うが、一声かけておく。
「もう遅いし、ちゃんと家帰れよ。普段慣れてるだろうから大丈夫だとは思うけど」
俺が声をかけると、金髪遊び人は顔を上げた。俺が違う道に進もうとしてるのをみて、状況を察したようだった。
しかし、俺を見つめたまま動かない。
「…何だよ?」
「…ううん、ありがと。また明日ね」
明日からは話すことはないと思うが。
適当に返事を返し、背を向けて歩いた。夜ということもあり、季節の変わり目でもあるためかなり肌寒い。そろそろ冬用にしなきゃいけなさそうだな。
まだ背後に金髪遊び人がいて俺を見ているような気がしたが、振り返らずに歩いた。