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worlds strap  作者: 晴れ
5/7

coat

「加奈、おはよ〜」


「おはよう、美夜ちゃん」


背後から肩を叩かれて振り返ると、美夜ちゃんが立っていた。


「コート持ってきてないの?寒くない?」


「この後の一つで終わりだから、なくてもいいかなって」


「なるほどね。いいなー、午後イチで帰れるの」


今日は午後の一番最初の講義でおしまいなので、寒くなる前に帰れる予定だ。それならコートは必要ないと判断した。


それに、最近は気温も上がったり下がったりしている。少し前まではコートがないと昼でも寒かったのに、今ではコートがあると暑く感じる。


これから冬だというのに、あべこべな感じだ。


「それより、昨日ありがとね。おかげで時間かからなかったよ」


昨日、夜に美夜ちゃんから電話を貰った。課題についての確認で、私が使った解答方法をそのまま伝えた。答えが合っているかはわからないけれど、自信はある。


「ううん、私も確認になったから」


「ホント真面目だよね、加奈」


真面目。昔からよく言われる言葉だ。ある時は尊敬の目で、ある時は疎ましい目で。


「あれ、午後イチだけってことはお昼食べない?」


「ううん、これからお昼のつもり。次の講義室近くのベンチに行こうかなって」


「なるほどね。私もそうしよーっと」


美夜ちゃんと一緒に南棟に向かう。南棟は大学の中でも少し小さな建物で、大学の入り口付近にある。その分他の建物よりも少し設備が充実していて、空調設備やエレベーター等、学生には少しだけ喜ばれている。


「華の大学生だってのに、勉強とバイトばっかで余裕無いよね。サークルにでも入ってたらもっと浮いた話もあったのかなあ」


「…」


「どっかに良い人いればなー」


そういう美夜ちゃんは、確か先週と先々週、合コンをしていたような。


笹川ささがわさん」


突然呼ばれて、肩が跳ねる。驚きで跳ねたんじゃない。声に聞き覚えがあった。

途端に美夜ちゃんがニヤニヤしだす。


振り返ると、端正な顔立ちの青年。

仁科健司にしなけんじ。少し前にゼミの課題で同じグループになり、そして、最近距離が近い男の子でもある。


「正門前で、笹川さんを探してる人がいたよ」


「え?」


私を?


「それ、どんな人だった?男?」


美夜ちゃんが不振そうに尋ねた。私は大学生になって、初めてこの町に来たので、知り合いがほとんどいない。大学に通い始めて、美夜ちゃんのような仲の良い友達もいるけれど、サークルやコンパ、歓迎会などの人が集まるところに行かない分、知り合いも少ない。


「いや、作業着来た茶髪の子だったけど」


アキラだ。仕事に行く前に、大学に来た…?


仁科君にお礼を言い、足早に正門に向かう。ちょうど南棟も近くなので、遠回りにはならない。

美夜ちゃんを連れて正門に到着すると、正門に背中を預けて俯いているアキラがいた。


「アキラ!」


私が呼ぶと、アキラはパッと顔を上げた。それに続いて、後ろで美夜ちゃんが「え?」と声を上げる。

アキラはいつもの棒付きキャンディーを加えながら、私に向かって歩いて寄ってくる。


「どうしたの?」


「お弁当忘れてたよ」


そう言われて、カバンの中身をチェックする。確かに朝入れた筈のお弁当がなかった。


お礼を言い、お弁当を受け取る。アキラが戻ろうとした時、美夜ちゃんが口を開いた。


「あの…加奈の同居人さん、ですよね?」


「…」


アキラは何も言わず、美夜ちゃんを見つめていた。

その目に、何かを答えようという意思が見られない。

見かねた私が声を出す。


「そう、同居してるアキラ。こっちが、同級生の美夜ちゃん」


「どうも~」


美夜ちゃんはニコニコしながら手を差し出した。アキラは無言のまま美夜ちゃんを見ていたけど、私をチラと見た後、無言のまま握手に応じた。


「…じゃ、仕事行くから」


「うん」


アキラがまたしても戻ろうとした時。


「ちょっと、大丈夫!?」


後ろから大きな声がした。私も、アキラも、美夜ちゃんも一斉に後ろを向く。


後ろには、地面に膝をついて胸の辺りを抑えている女の子がいた。

少し距離はあるが、遠くからでも苦しそうに呼吸しているのがわかる。

周りにはあまり人がいない。特に男の人がいない。


「アキラ、手伝って!」


振り向いてアキラに叫ぶ。

アキラは女の子だけど、土木作業員をやっている分、普通の女の子よりは力がある。もしもあの女の子を運ばなきゃいけない場合、アキラに頼るしかない。


アキラは短く頷くと、私について走り出す。

けど、私たちの足はすぐに止まった。


「来ないで!!」


膝をついていた女の子が急に叫んだ。怯えた目で私達を見ている。


何もできない私達に向かって、女の子は指を差した。


「その茶髪の人、人殺しです!」


アキラに向かって、叫んだ。


アキラを振り返ると、私の目の前で、いつもの、何も変わらない無表情で、女の子を見ていた。

アキラの齧っていた棒付きキャンディーが、アキラの口の中で砕けた音がした。

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