揚々
満天に爛々と輝く星ぼしと月明かり。隙間なく続く建物からは楽しげな声に怒号や歌が混じり合い、明かりと共に通りへと漏れでている。浅瀬の海底へと木造の橋脚が伸びた板の道は海の上を渡るかのように造られており、軒先に吊るされた揺らぐランタンの炎が水面に踊って視界を照らす。一見すると賑やかな雰囲気の街だが、そう遠くはない港の方に目をやると海賊旗を掲げた船数十艘が公然と停泊している。
ぐるりと岩壁に囲まれ、蜂の巣のような印象で海賊の楽園と呼ばれる水上の街『トルトゥガ』。騒がしく荒々しい歓楽街を、人の間を縫うように気ばやに駆ける一人の海賊の姿があった。
手入れをしているようには見えない無精髭と、健康的ではない顔つきが実際の歳よりも老けて見えるその男は、目的地である街一番の酒場を見つけると、スイングドアの入口を乱暴に開けて中へと入る。
「提督! 提督はいるか!?」
入るやいなや喧騒に負けじと大声を出した男だったが、広い店内に溢れる騒音に声は掻き消された。どうしたものかと首を振って辺りを見渡す男に、近くに座っていた同じ海賊団の一人が親しげに男へと声をかける。
「おおぅ、ロメス副隊長! おめぇ今戻ったのか? どうだ一杯! 土産話でも聞かせてくれよ」
ロメスはそれどころではない、と言いかけるも男に諭され仕方がなく椅子代わりの空樽に腰を落とす。
「まあまあロメス、何をそんなに泡くってるんだか知らねぇが一杯飲めよ」
ロメスの前に詮の抜かれたラム酒のボトルがゴツンと置かれる。ロメスとしては酒を飲む気分では無かったのだが、気を落ち着かせるためにと勢い任せにグビりとラム酒を煽る。
「どうやら落ち着いたみてぇだな。仲間もいねぇようだしよ、それで何があったんだ兄弟?」
「兄貴悪い、先に教えてくれ。提督はどこに?」
「提督ならここにはいねぇよ。いつもと同じ、具合悪そうに金だけ置いてどっか行っちまったよ」
「……三番隊率いる艦隊が壊滅させられたんだ」
「何だって!?」
「俺達は遠征航海で古びた高い塔のある島を見つけたんだ。モルブ海南西の果て、王国領土付近の離れ小島にある古塔。ここからだと、それなりの距離はあるが」
「……そんな所に塔なんてあったか? 何が起きた?」
「俺の記憶でもあんな場所に塔なんて無かった思う。謎の島を目の前に最初は警戒したんだ。だが、偵察のオウムを飛ばしたら、塔の頂上にはそこらの建物くらいあるバカでかい宝箱があるってことが分かってな。当然、魔物か何かが守ってるもんだと思って慎重に上陸の準備を整えた。そして……」
ロメスの兄は固唾をゴクリと飲み込み「そして?」と、呟く。
「上陸してすぐに美女が現れたんだ、それも見たことない様なとんでもない美人が6人も。俺達はもちろん警戒したが、あまりの美しさに見惚れちまった。私達の土地だから帰ってくれ、さもなくば酷い目に合うと可愛い顔で脅してきたんだ。俺達ぁ海賊だ。宝と良い女が目の前にある、タダで帰ろうなんて奴はいなかった。一斉に襲おうとした時に後ろから爆音がして、振り返ると三隻あった船のうちの一つ、母船が燃えながら吹き飛んだ。何が起きたのかは分からないが、あまりの出来事に俺達は仕方がなく補給船に戻り、撤退を余儀無くされたんだ」
気がつくとロメスの周りには話を聞こうと人だかりが出来ていた。
「二日後、船長のマクさんの命令で俺達隠密部隊と戦闘員で再び島に入った。すると美女ではなく若い森妖精の神父が俺達の元へと警告しにきたんだ、島に近づくなと」
話を聞いていた不気味に細い男がロメスの話に首を突っ込む。
「待て待て、隠密部隊が容易く見つかったってのか? 確かに森妖精は探知能力に長けているとはいえ、うちの隠密部隊が易々と見破られるなんて提督以外にできる奴を俺は見たことも聞いたこともねぇ。ヘマでもしたんじゃねえのか?」
「ヘマ何かするか、俺達も目を疑ったさ! その後すぐのことだ、残りの二隻をその森妖精の魔技一撃でぶっ壊された」
「そんな、まさか……」
ロメスの周りで話を聞いていた者達の中でざわめきが波のように広がる。
「吹き飛ばされて意識を失っていた俺が目覚めたとき、地獄が目の前に広がっていた。マクさんを含めたほぼ全員が殺られていた。三番隊は壊滅したんだ。それでも何人か生き残っていた奴らは副船長の俺を提督の元へ帰そうと……」
「マクさんが」と、誰かが漏らし沈黙がその場の空間を支配する。
「話は聞かせてもらった、よく戻ったなロメス」
いつしかロメスの周囲には各部隊の強者達がズラリと集まっていた。その中で肩から巻いた太いベルトに8本のククリ刀を納めた、ここにいる誰よりも屈強な肉体を持った男が沈黙を破りロメスに近づく。
「……ヤガさん」
「そのふざけた奴らをぶっ倒して島ごと頂こうじゃねぇか! そうでもしねぇとマクや他の奴等が報われねぇ!」
アラモウド海賊団の戦闘員をまとめ、賞金首としても名高い一番隊隊長ヤガならあの森妖精とも渡り合えるやもとロメスは一瞬考えるが、補給船とはいえそれなりの大きさを誇る二隻の船をたった一撃で屠った森妖精の光景が重く脳裏に蘇る。
「神父っつーことは魔技使役者でも神聖属性に特化した聖職者か白魔導師ってとこか……」
「ヤガさん、あの森妖精は確かに魔技使役者なのは間違い無いが、俺も隠密部隊として多くの戦闘を経験してきた……。だが、生まれてこの方あそこまで強力な魔技を使う奴を一度も見たことがねぇ。あれは噂に聞く魔法ってやつかもしれねぇよ」
「フン、下らんな。魔法なんざこの世には存在しない。酒の飲みすぎだロメス。俺は今まで何人もの強力な魔技使役者と戦ってきたが、全員が魔導師と呼ばれる存在だ。お前も副隊長ならそれくらい分かってんだろ」
話の輪から外れていたロメスの兄がふとした疑問をヤガにぶつける。
「ヤガさん、俺は弟より頭の出来が悪いもんで魔法だの魔導師だのってよく分からねぇんだが魔技は魔技だろ? どういう事なんだ?」
ヤガは再びフンと鼻を鳴らし、腰元のベルトからパイプを取り出して火を点けると面倒くさそうに語り出す。
「いいか、おめぇらも覚えておけ。魔技使役者ってのは魔技を使う者の総称だってのは常識の中の常識だ。だが、魔技使役者には厳密にいうと格があるんだ。俺達がよく出会うのは魔技の中でも下級の"魔術"を扱う魔術士、そしてごく少数だが強力な"魔導"を扱う魔導師だ。うちで言うとボアがそれだ。より強力な魔法っつう魔技が在るらしいが、これは英雄譚や伝説で魔導が誇張されたもんだってのが通説なんだ。魔技の法則を司る者、魔法司なんてものの存在は確認されてねぇんだ」
「やけに詳しいのねヤガ? 頭に詰まってるのは筋肉だけかと思っていたわ」
一番隊副船長の女海賊、ボアがアハハと悪戯な笑みを浮かべてヤガをおちょくると周りからもどっと笑いが起こる。
「うるせぇぞ、ボア! ……ともあれロメス、お前の話は俺から提督に伝えておく、異論はねぇな?」
こくりと一つ頷くことでヤガへの返事に代えるロメス。
「相手の戦力、力量が定かじゃねぇのは確かだが、こっちもやられてばっかじゃいられねぇ! ボア、全隊を集めろ! ロメス、てめぇは情報収集に徹し、その島を裸にしろ! アラモウド海賊団、総力をあげてその島を略奪だ!」
血の気の多い野太い雄叫びが、夜更けの海賊島トルトゥガに響き渡っていった。
*
オール・ベガス・エデン内、ラグジュアリー・ペントコアにあるクランズドグマと呼ばれる大ホールには、ビッグバンを引退していった元クランメンバー数と同じ31の多種多様な装飾を施された玉座とも呼べる巨大な椅子が半円を描いて設置されている。半円のちょうど正面に位置するクランマスターの椅子に座り、ココは神妙な面持ちでコンソールと睨めっこをしていた。
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アバター名 ココ Lv.100
種族 ホムンクルス
所属 フローレンス・サザビー
メインクラス 盗賊「トリックスター」
サブクラス1 影支配者「シャドーロード」
サブクラス2 忍「カゲロウ」
サブクラス3 暗殺者「サキヌ・マハラ」
サブクラス4 錬金術師「エリクシルブルゥ」
特殊クラス メルクリウス
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コンソールには、ココの基本情報が数ページに渡りずらりと続いており、右手で写し出された画面をスクロールしながら目を通していく。
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種族アビリティ
超回復、疲労超回復、薬剤適性X、打撃耐性Ⅶ、魔技耐性X
身体能力X、錬金術の素養、豆腐メンタル、賢者の叡智
炎熱耐性脆弱Ⅷ、斬擊耐性脆弱V、超能力耐性脆弱X
神聖属性耐性脆弱Ⅶ、病弱X、毒無効化、麻痺無効化
暗視、試験管の呪縛、神罰……
職業アビリティ
盗賊の七つ道具、状態異常付与強化X、隠密X、影の極意
フェイクカウンター、双刃熟練度X、ユニコーンボディ
ライオンハート、超錬金、グロウブマスター……
課金・アイテムアビリティ
物理攻撃無効V、物理攻撃力上昇V、高次元耐性X、
落下ダメージ無効、限界突破、ハイスピード
盗賊の秘宝……
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ここまで読んでココは疲れを通り越してげんなりしていた。―――疲労超回復の効果で身体は疲れをほとんど感じないようだ――― まる2日かけてフローレンス・サザビーに所属する主要NPCの設定や能力を読み返し暗記していたのだ。自身の項目については装備アビリティをすっ飛ばして、早々に切り上げる事にしたココはうーんと右手を挙げて身体の凝りを解すように伸びをする。
「とりあえずは頭には入れたけど、私こんなに記憶力良かったかな?」
ココは現実世界では明日未来という名のごく普通の女子で、一介の公務員のそれも下っ端でしかない。この世界に来てからというもの、自身の種族特性やアビリティの副作用的な効果が自身に反映しているとしか思えないでいた。
その中でもやはりこの世界はゲームの中ではないと痛感したのは呼吸だ。呼吸を止めると苦しいのは人間として当然の摂理なのだが、ゲームの世界ではそれはない。所謂安全装置の働きで、生命維持に関わる部分はいかにリアルなFDMMOとはいえ、反映されてはいなかったのだが、先日この世界にて初めて入浴した際に、湯船で寝てしまったラヴィが溺れ、一緒に湯を共にしていたクレアルに助けられていたのだ。
何とも間抜けな話だが、ココはこの一件で改めてこの世界に文字通り生きているという実感を強めていた。
「ココ様、大丈夫ですか?」
かなり険しい顔をしていたココを心配してか、隣で様子を窺っていたウィズが怪訝な表情をしている。
「大丈夫よウィズ、それでラヴィとエヴァからは?」
「申し遅れました。先程、件の海賊が根城にしている島の名前がトルトゥガだという報告が来ているのですが……」
「トルトゥガね、それで?」
「はい。何でも特別な航法での侵入が必要のようで、船に隠れていたラヴィとエヴァは侵入に成功したようなのですが、それからというもの音信が途絶えております。泳がせていた海賊の反応が途絶えたことからも、封印術か何かで守られていると思われます」
「この世界の敵の強さが不明瞭な上に敵地に置き去り状態って訳か。それ上、敵の動向が分からない、最悪の状況だね」
「仰る通りかと」
「分かった、私が直接乗り込む」
「ですが、ココ様……」
「ウィズ、私にはみんなを守る義務があるの。だから、この状況で私が動けないようじゃクランマスターは務まらないよ」
ココの言葉を受けて感銘を受けたのかウィズの目はうるうるとした輝きを見せる。
「ココ様、貴方は何と慈悲深い方なのですか!」
自分の言葉に少しばかりの恥ずかしさを感じつつも、ココの意思はすでに固まっていた。
「それに……」
「はい」
「杞憂かもしれないか。とにかくウィズ、あなたも一緒に来て。初の実戦に備えて、フル装備を整えたら転移門の準備を」
「かしこまりました」
「見せてもらうわ、この世界の住人の強さとやらをね!」
いきり立つココの背には、まだ見知らぬ世界への好奇心が滲み出ていた。
どうも「たしゅみな」です。投稿予定から遅れること四日……。リアルでの不意の出張をお許しください。