表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
トリックスター ~最弱職業の中で最強と呼ばれた盗賊~  作者: たしゅみな
盗賊王と海賊王
5/26

帰還

 ココは謎の墜落を果たした砂浜から技能(スキル)"影足(かげあし)"を使用して海を歩いて渡り、南東の方角に確認していた離れ小島へと上陸していた。


 かつて、その名を知らぬ者はいない程に名を馳せ、自身がクランマスターを務める強豪クラン『フローレンス・サザビー』。


 その拠点である『古都オール・ベガス・エデン』の正門付近には荘厳な印象を放つ【クランズオーナメント】 ―――クランの歴史や功績が称えられた記念碑――― が鎮座しており、ココはそのオーナメントにアクセスして自らの置かれている現況を知るべく情報を得ようと試みていたのだが、有用な情報は一つとして記録されていなかった。

 

 (告知無しのアップデートの線も、消えちゃったか……)


 手詰まりの状況に眉を潜めて下唇を噛んでしまう。ココは気づいていないが、この仕草は明日未来が物事がうまく進まない時に無意識に行う仕草だ。


 再びオーナメントを操作して、開いていたコンテンツ全般に関する情報の画面を終了する。そして気がつけば歯痒い気分を紛らわせるかのように、かつてフローレンス・サザビーが残した栄光をオーナメントから呼び出していた。


 一年に一度開催されていたビッグバン屈指の一大イベントである"グロウブクランズウォー"、通称グロクラ。オーナメントに記録されているこのイベントでの功績は、いかにフローレンス・サザビーというクランが強豪としての盛り上がりを見せていたのかということを物語っていた。


 オーナメントから欲しい情報を得られなかったココは、視線をぐるりと周囲に向ける。


 (元々拠点が在った場所はナール砂漠のオアシス。場所も雰囲気もずいぶんかけ離れちゃったなぁ。何処かに転移したのだろうけど、拠点ごと転移するなんて聞いたことないよ)


 人や物の転移については"【転移門(ポータル)】"や"【瞬間移動(テレポーテーション)】"などの技術(スキル)を使用すれば用意だが、建造物のような転移門(ポータル)などにはそもそも入らないもの、まして固定オブジェクトである拠点ごと転移することなどビッグバンではまずありえないことなのだ。


 ココの憶測では自身を含めて拠点ごとこの未曾有の地に転移してしまったこと。そして、この世界はおそらくビッグバンとは違うということ。確証は得られないが、薄々元の世界には戻れないのではという考えがココの頭の中を過る。


 白く堅牢な石造りの大きな正門を目の前に考えをまとめていると、不意に門の奥から生命の反応を検知した。これはパッシブで発動している簡易探知スキルによるものだということをココはすぐさま理解する。


 生命反応を確認してすぐのこと、ゴゴゴという鈍重な音を響かせながら門がみるみる開いていく。突然のことに呆気に取られつつも警戒態勢に入ったココの目の前には、よく見知った人物が姿を現し、そして驚愕した。


 「なッ! ココ様? ココ様ではごさいませんか!」


 「!?」


 初老の男性が目に涙を浮かべてこちらに駆け寄ってくる。綺麗に切り揃えられた白髪と同じ色の立派な髭をたくわえ、着こなしている燕尾服の上からでも分かる筋骨逞しい体格の良さ。フローレンス・サザビーの執事長であり、家令役という設定のクラン専属NPC、ジィヴス・マイヤーであった。


 「ココ様お帰りなさいませ! 私、この日をどれ程待ち望んでおりましたことか! ご無事で何よりでございます!」


 ココはあんぐりと口を開けて驚愕の表情を崩せないでいた。クラン専属NPCが言葉を放っていることに。


 この事実が先ほどより抱いていた思い、いやまさかそんな事はありえないだろうと否定し、考えないようにしていたこと。今いる場所はビッグバンというゲームの中ではなく、まして明日未来の住む現実の世界でもなく、異世界なのではないかという思いがココの中でほぼ確信に変わった瞬間であった。


 ココの手を取り膝まづくジィヴスの後方には、ジィヴスと同じように全員が練習していたかのように寸分違わぬ所作で膝をつく6名の女性達が居た。


 全員がそれぞれ異なったキャビンアテンダント風の衣装を身に纏うジィヴスの直属の部下という設定のタワー・アテンダント、"牡丹の六花弁(ピオニー・ペタル)"と呼ばれる六人のNPCで、彼女達は謂わばフローレンス・サザビーのメイドである。


 ココの姿を見て目に涙を溜めている者、涙を流している者、驚きの表情の者とそれぞれがそれぞれの顔を見せている。


 「ココ様、どうかなさいましたか?」


 ビッグバンの世界ではNPCは設定したエモートに沿った表情しか表現できない。自身の常識を大きく外れた状況にココはひどく動揺していた。そんなココの様子をジィヴスはどう捉えたのか。


 「ココ様はお疲れのご様子。無理もございません、2年もの間お戻りになられなかったのですから相当の苦労もしたことでしょう。リサ、皆を率いてすぐに戻り、主であるココ様を労う準備を整えなさい」


 「かしこまりました」と深く一礼し、了解の意を示す牡丹の六花弁(ピオニー・ペタル)の面々。


 「ちょちょ、ちょっと待ったぁ!」


 ココは慌てて、身を翻そうとする彼女達を制止させジィヴスに質問を投げる。


 「ま、まず状況を確認したいの! ジィヴス、今私が2年帰らなかったって言ってたよね」


 「左様でございますが」


 「あなたが覚えている、私の最後の記憶を教えて欲しいの」


 「かしこまりました。私の覚えている限りでは、ココ様は全能の塔正門にてカメラをお使いになり撮影を行っておりました。その後、何処かへ転移されたと記憶しております」


 ジィヴス曰く、ココが転移したその直後、大きな地震と時空系技能(スキル)に近い巨大な力を感じ、気が付くとオール・ベガス・エデン全域がこの島の上に在ったという。


 そして、そこから2年もの間、クランメンバーが技巧を凝らし作り出したオール・ベガス・エデン専属のNPC達はこの地から離れることなく、侵入を試みた外部の者を何度か排除し、主であるココがいつ戻って来ても良いように維持管理に務めていたらしい。


 「時空系の力……。転移したのは間違いないみたいだけど、周囲の土地へ偵察などは行ったの?」


 「はい、海底を含めました半径1キロの範囲で偵察を行いましたが、集落などの人工建造物やダンジョン、また強力なモンスターなどは確認できませんでした。偵察後、フロアマスターの皆様方と私を含め協議を重ねまして、結果としましてはこれ以上は主の命令無しに外部と接触するのは危険だという結論に至り、オール・ベガス・エデンの守護を第一に考え務めて参りました」


 「そう……なんだ」


 (ジィヴスの話っぷりと牡丹の六花弁(ピオニー・ペタル)を見る限り、専属NPC全員が意識というか自我を獲得してる感じなのね。しかも、プレイヤーのいないクランの守護を2年って、最早運営の領域だよ)


 「私以外のクランメンバーは?」


 「残念ながら。私達の認識ではココ様が唯一のビッグバンに残られた偉大な御方でございます」


 (私とNPCの間に2年もタイムラグがあるならってちょっと期待したんだけど……)


 「そっか、皆は来てないのね……。ここへ侵入しようとしてきた外部の者っていうのを具体的に教えてくれる?」


 「はい、1つ目は侵入者というよりは迷いこんでしまったモンスターでございます。この辺りでは稀にキングシザークラブが出現致しますので撃退をば。2つ目はここ最近の話でして、海賊と思われる輩を3度ほど撃退致しました」


 「初心者でも楽に倒せるキングシザークラブが生息してるってことは、より強敵になりそうなモンスターは居なそうね。それに海賊……か。それはプレイヤーなの?」


 「恐れ入りますが、人型であることは確認できたのですがプレイヤーと呼ばれる存在かどうかは判りかねます」


 「分かった、ありがとうジィヴス」


 「とんでもございません」


 (NPCと会話してることへの違和感がまだ晴れないけど、一先ずは)


 「ジィヴス、最後に一つお願いをしても良い?」


 「何なりとご命令下さいココ様」


 「今から地下98階層のエクスサブア宮殿にフロアマスターとタワーアテンダント全員を召集してくれない? 念のため、拠点の周囲に最上級の防御魔技と拠点隠蔽の幻術を張って、姿を隠せる能力に長けた者と遠視に長けた者を見張りに立てて欲しいんだけど、頼める?」


 「かしこまりました」


 NPC達は全員揃って深々と了解の意を込めた一礼をし、各々散るように去って行く。


 ビッグバンでは、NPCは設定されたコマンドに基づいた行動しかできなかった。まして、自ら言葉を発し、考えて動くということはない。現在の技術では、NPCそれぞれに設定した性格などを反映することは不可能だろう。できたとしても、ゲームの中に数え切れないほどいるNPC全てに高性能のAIを反映させるとするならばどれほどのデータ量になるのか想像もつかない。


 (クラン専属NPCの詳細な設定はあくまでも個人で考えた設定だし。ビッグバンでの設定が全て活きている異世界に来ちゃったって考えるなら辻褄が合うけど、本当にそんなことって……)


 ココは思考がパンクしそうな脳を休める。他のNPC達より一足先に宮殿へと赴くため右腕のグローブの下、人差し指に装備している拠点内を自由に転移できる指輪『クランズ・リング』を起動した。


ご閲覧頂きありがとうございます。

次回更新予定は2019/3/3を予定しております。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
cont_access.php?citi_cont_id=966253129&s
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ