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物見

前回の投稿からかなり期間が開いてしまったこと申し訳ありません。


※全話を定期的に見直し所々で誤字・脱字修正を含みました改稿をしております、物語の進行には影響しませんのでご了承下さい。

 クレアルとの念話(コール)を切ったココは、怪訝な面持ちで様子を窺っていたウィズに状況を伝えた。


 「【天啓(テンケイ)】、ですか……」


 ウィズは少し考える素振りを見せたあと「少々お待ち下さい」と云い、右手を前に出して胸の高さまで持ち上げる。スッと青紫色の魔方陣が右の掌から展開されると、虚空から一冊の青白く光輝く分厚い本が現れた。


 ウィズは本を手に取り慣れた手付きでパラパラと目を通すが、すぐにパタリと閉じてしまう。


 「只今確認しましたが、次元データベースにも該当するものはありませんでした」


 ウィズが右手から出現させたのは次元データベースというウィズのみが持つ固有アイテムで、そこにはビッグバンの世界観や装備、技術(スキル)魔技(マギ)、クエストなどありとあらゆる情報が記録されている。これはココを含めたフローレンス・サザビーのメンバー全員の記録と言っても過言ではなく、かつてのクランメンバーが集めた情報をウィズという専属NPCを製作する際にメンバーが共有できる記憶デバイス代わりに使っていた為である。


 リュカリスという世界に転移してしまったココにとって、今となっては意図せず手に入れた大きな副産物であり、現在も新しい発見があればリュカリスの項にココが記録を命じているのだ。


 ウィズを通せばココはいつでも欲しい情報を好きな時に引き出せる、しかし……。


 「ウィズの次元データベースにも無いなら、いよいよ正体が分からない。恐らくこの先こういう事が増えると思う。本来なら私達もマニュアル通り、身を隠せる安全な場所に移動しないといけないけど、メジェドの監視も付いてるし少し様子を見に行ってみよ」


 「かしこまりました」


 ココとウィズは話を切り上げると気ばやにゴードンの元へと戻る。


 「何かあったのか?」


 「はい。ゴードンさん、"天啓"という言葉に聞き覚えはありますか?」


 王国宮廷御用達の鍛冶師なら何か知らないものかと、ココはダメ元でゴードンに訊ねてみる。


 「いや、すまない。初めて聞く言葉だ、心当たりは無いな」


 「そうですか……。今、村の外で不足の事態が起きているようです。この倉庫には防御結界を張るので、安全の確認が取れるまで住人の皆さんと一緒に外には出ないで下さい」


 「また魔王軍が襲撃に来たのか?!」


 「いえ、私達にも分からないんです。状況を確認するためにも、私達は村の外の様子を見てきます」


 「わ、わかった。気をつけろよ」


 ゴードンと村人達は不安な面持ちでココ達を見送った。ココとウィズも未知の反応と知り、内心は不安を募らせている。


 村の西側に向かっていると、ウィズが作ったという地面が一段下がった遺体安置所が見えてきた。此度の魔王軍襲来の犠牲者を弔おうと遺族達が集まっている。その場しのぎ的に作った感は否めないが、遺体が雑多に転がっていない分、最低限の配慮は為されているようだ。


 ウィズ曰く、安置所を村の西側に作ったのは、腐肉臭を外に出さないため、村に吹く風向きを考えてのことだと語っていた。これは、敵性NPCの一部は腐肉に集まる性質を持つ者もいるためだ。モンスターの湧きやすい森が途切れて、丘になっていることも考慮しているのだろう。


 「ココさん、ウィズさん」


 不意にココとウィズを呼ぶ声が届く。先程とは打って変わり、喉が(しわが)れていることから相当悲しみに暮れていたのであろう様子が窺えるレーカであった。泣き張らした顔には涙の後が残っている。


 「レーカ」


 「さっきはごめんなさい、急に飛び出してしまって」


 「無事で良かったよ」


 「その……お二人はもう村を出てしまうのですか? まだお礼すらしていないのに」


 襲撃直後ということもあり、村を救ったココとウィズがいなくなってしまうのではという思いから、不安げな面持ちで問いかけるレーカ。


 「村の外で何かが起きてるの。安心して、少し様子を見てくるだけだから」


 「そうだったんですね!」


 レーカはほっと一息ついて、不安げだった顔に安堵の表情が浮かぶ。


 「てっきりもう行ってしまうのかと。また魔王軍でしょうか?」


 「分からない。とりあえずレーカは此処にいる人達を連れてゴードンさんの所へ戻って。また襲撃されるとも限らないから」


 「わ、分かりました。お二人共、どうかお気をつけて!」


 そう言うと、レーカは安置所へと足早に踵を返す。


 「ココ様、思考の及ばない私の愚問にお答え頂けますでしょうか?」


 「どうしたのウィズ」


 「ココ様の強さは十二分に承知の上ですが、未知に対して危険を侵してまでこの先に進むべきなのでしょうか? ココ様は私達にとっては代わりのいない唯一無二の存在です。一度オール・ベガス・エデンに戻り、メジェド達偵察班に任せても良いのかと」


 「村に何かあってからじゃ遅いからね」


 「お言葉ですが、この村にそれほどの価値があるようには思えないのです」


 「ウィズ、私達の最終目標は?」


 「……世界征服ですか」


 「そう。世界をこの手に納めるのは簡単じゃないし、どんな事が待ち受けているか私自身も想像すらつかない。けど、未知を恐れてたら何も始まらない、やってみなきゃ本当の事が分からないことの方が多いんだよ」


 「なるほど……」


 「あの村を手中に納める事が出来ないようじゃ世界征服なんて夢のまた夢。あの村は私達の目標を達成させる為の(いしずえ)が揃ってる。だから、機を待つのは今じゃない」


 「そこまでお考えだったとは」


 「私自身が裏方に回ってあなた達に指示を出す場面も当然出てくると思う。だけど、その基盤を創るまでは私が矢面に立たなきゃ私の顔が立たないじゃない。それに、私はどっちかっていうと前線にいる方が性に合ってるしね」


 「分かりました。ココ様、考えが至らず申し訳ありません」


 「謝ることなんてないんだよ、ウィズ達が私を思ってくれてる気持ちも十分に理解してるから! 私が危なくなったらその時は頼んだよ、参謀!」


 「勿体なきお言葉です、ココ様の期待に応えられるよう努めます!」


 膝を折るウィズを見て、ココはかつてのクランメンバーであるウィズの創造者、マノが重なって見えた。


 (意外と保守的な所があるけど、目的がハッキリした時の目付きはマノちゃんそっくりだね。けど、こんな私に着いてきてくれる皆を本当にすごく頼もしいと思ってるんだよ)


 ココとウィズは夕日を正面に歩を進める。村の西門を潜り、小さな林を越えると、樹木の少ない大小の小山が凸凹と連なる丘陵地帯が延々と広がっていた。


 丘を縫うように土がむき出しの一本道が敷かれており、無数に車輪の跡などが残っている所を見ると街に繋がっていると予想できる。


 「反応はこの道を西に()れた先だね」


 ココは【念話(コール)】を使用し、クレアルを呼び出す。


 「こちらクレアルです」


 「私だよ。メジェドとの視界共有に問題はない?」


 「今のところは全く問題ありません。ココ様とウィズがバッチリ確認出来ています」


 「良かった。クレアル、ここからは念話(コール)を切らず、記録の他に私とウィズのサポートもお願いできるかな」


 「かしこまりました」


 クレアルからの念話(コール)がウィズにも届いたのであろう、ウィズも耳元に手をかざす。


 「ウィズ、聞こえますか?」


 「ええ。クレアル、現在の状況は?」


 「現在、"天啓"と称します反応は動きを見せていません。視界にも生物の影らしいものは写りませんね」


 「相手方も様子を見てるのかな? とりあえず警戒しながら前進するよ。技能(スキル)、【消音(デッドサイレンス)】、【零の不可視化(ゼロインビジブル)】」


 ココの得意とする隠密技能(スキル)を使用し、前方へと注意を払いながら雑草の(しげ)る丘をウィズと共に進んでいく。背の高い草木が無いため、完全に姿と音を消す技能(スキル)を使いつつも、小山の影を利用して先々の様子を窺う。


 小山を三つ程越えた所で、ココが技能(スキル)を再度使おうと歩を緩めたその時である。


 「ココ様、前方に動きが!」


 突然のクレアルの警告に、ココは即座に技能(スキル)の使用を中断し、目線で合図を送るウィズと共に前方から襲い来るものへと身構えた。





 「外したか?」


 白銀に輝く立派な全身鎧(フルプレート)に身を包んだ凛々しい青年が、碧眼を凝らして前方を見据える。全身鎧(フルプレート)だが兜は無く、振り抜いたのであろう白銀の剣からは光がぼんやりと尾を引いていた。


 「どうでしょうか。やはり、上手く感知できません」


 青年の疑問に応えたのは頭にウィンプルを纏った美少女だ。目をつむって見えない何かを捉えようとしているのか、時々眉間に力が入る。右手で掲げている長い杖からは神秘的な光が溢れ、細い首元から伸びる金の刺繍が目立つ白いローブが丘から吹きおろす風にひらひらと揺らぐ。


 「エメルナちゃんでもかんちできないことあるんだねぇ」


 何処か幼さを感じるあどけない声で美少女をエメルナと呼んだのは、豪奢な鎧と武装爪を携えた黄色い大きな怪鳥であった。


 怪鳥の言葉にエメルナは一瞬だけ困ったような表情を見せると杖先に集まっていた光が少しだけ小さくなった。目は閉じているがエメルナも光が小さくなったことには気づいているようで、「集中、集中……」と暗示のようにボソボソと呟き始める。すると、先ほどの光の輝きが杖先に戻ってくる。


 「グリム、エメルナのMPは出来るだけ温存しておきたいだろ? 私とヨルグァで空から様子を見てこよう」


 そう言って怪鳥の腰に手を回したのは、その中性的な声色と整った顔立ちから性別の区別がつかない者だった。緑色の羽帽子を頭に乗せたその者の背には、1枚の葉っぱが付いた大きな木弓が見える。


 グリムと呼ばれた全身鎧(フルプレート)の青年は、「そうだな……」と一言だけ放つと、鞘に剣を納めて自身の周りにいる3人と1匹を真剣な瞳で見やる。そして、何か決心がついたのかフッと顔を微笑みに変えた。


 「ハミュート、ヨルグァ。くれぐれも注意するんだぞ。恐らくこの先にいるのは……」


 自信に満ちたグリムの瞳から、ハミュートは的確なまでにその思いを汲み取っていた。「油断はするな」ということ。そこまで分かった上でハミュートはグリムの言葉を遮る。


 「分かってるさ、それじゃ行くよヨルグァ!」


 「ボクはまだいくなんていってないよー!」


 怪鳥のヨルグァの背にある鞍にハミュートが飛び乗ると、ヨルグァは大きな羽をバタつかせる。ハミュートは手綱を掴み、「ほら行くよ!」とヨルグァに発破をかけると、ジタバタしながらヨルグァは夕陽に焼ける東の空へと飛び立った。


 ハミュートとヨルグァの飛翔を確認したグリムは、この場に残っている2人に向き直る。


 「いつもの事だが、油断はするな。敵性存在は間違いなく俺達に気づいている。力量も不明だ。ヤバいと思ったら全力で退け、いいな!」


 「はい!」


 エメルナは真剣な面持ちでグリムに返事を返す。もう1人、グリムとは打って変わり、携えた両刃の大槍と禍々しさを感じるほどに黒い全身鎧(フルプレート)に身を包んだ者も、返事の代わりに相槌を打つ。


 「よし、エメルナは後方でみんなの支援だ。"神壁(しんへき)"は切らすなよ」

 

 「分かりました」


 「グアスは俺と来てくれ、このまま前進する。もし、この先の村へたどり着けそうなら俺達に構わず進んでくれ。救援要請からはかなり時間が経ってしまっているが……」


 「……いいだろう」


 グアスと呼ばれた黒い全身鎧(フルプレート)の者は、同じ全身鎧(フルプレート)でも顔まで覆われているため、反響した低い声がくぐもって聞こえる。


 夕陽を背にして、グリム達は未知の力量を持つと思われる者たちの偵察へと動き出した。

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