無知
今回、ちょうど良い切れ目を模索していたのですが少しだけ長くなってしまいました。
※全話を定期的に見直し所々で誤字・脱字修正を含みました改稿をしております、物語の進行には影響しませんのでご了承下さい。
ココは付近の村に住むという少女、レーカを背負って彼女の住む村を目指し、森の中を木々の枝から枝へと駆け跳んで進んでいた。ココの後ろを追うウィズは、「周囲の警戒を」という主の命令に従い、飛行を使用してある程度の距離と高度を保っている。
「ココ様、村が見えて参りました!」
「コ、ココさんは一体何者なんですか、囲いの丘から一瞬で村に着くなんて!」
ココのあまりの速さに振り落とされないように、レーカは力を振り絞って必死にしがみついている。村への入口を確認したココは、村を囲っている背の低い鉄柵の少し手前に着地する。
「到着っと。私は通りすがりの"ただの"盗賊だよ。ここがボクサ村?」
「はい……」
村の惨状を目の当たりにしたレーカは絶句してしまった。
中世を思わせる牧歌的な村。レンガ造りの小さな家がポツリポツリと集まった集落だが、不自然という程に、どの家にも外観には似つかわしくない立派すぎる煙突が設けられている。
魔王軍によるボクサ村の襲撃は現在進行形なのだろう。村からは悲鳴が聞こえ、道端には瓦礫が散らばり、疎らではあるが燻った煙が昇る様子から火の手も回っているようだ。
「お父さーん!! お母さーん!!」
村に着くなりレーカは自分の両親を探して、ココを置き去りにしてしまう。
「レーカ、危ないからあまり遠くには行かないで!」
「ココ様」
偵察飛行を行っていたウィズがレーカと入れ替わるようにココの元へと戻る。
「上空から村の様子を窺った所、召喚師と思われる魔技使役者が、獣を引き連れて襲撃しているようです」
「【絶対感知】……、敵の数は20ね。ミニベヒーモスを召喚したのはソイツらで間違いない」
「その様ですね。いかが致しますか?」
「とりあえず、私が戻るまでウィズはあの子を守ってあげて。あとは周囲を警戒しつつ、怪我を負っている村人を発見したら治癒の魔技を。もし、倉庫とかがあるなら村人を一ヶ所にまとめてもらえると助かるんだけど。私はこの村を襲っている奴らで"実験"をしてくるつもり。任せられる?」
「かしこまりました、早急に取り掛かります。ココ様、くれぐれも無茶は為さらずに。では、後ほど」
再び飛行の魔技を発動して、ウィズはココの元を離れて村の中へと入って行った。
「さて……」
ココが発動している技能、絶対感知によると、敵は村の中心部から近い位置を徘徊している10名と、村をぐるりと囲うように動かない10名に分かれている。
「私は外側から攻めますか。っと、その前に……」
ココは片耳に手を当て【念話】と口にする。リュカリスでもビッグバンの世界同様に念話での音声通信は可能であり、ココは秘書役でもあるクレアルを呼び出した。
「こちらクレアルです。ココ様、お呼びでしょうか?」
「クレアル、当初予定していたよりも早く実験に取り掛かれそうだから、今すぐに記録の準備を。対象の位置情報を送るから、安全な場所にメジェドと護衛を配備してくれる? 首尾はこの前打合せした通りお願い」
「かしこまりました。……現在、ココ様から送られてきた位置情報によりますと、メジェドの配置は西南西の高台辺りがよろしいかと。この場所でしたら、広範囲を見渡せますので」
「了解、頼んだよ」
念話を切り、西南西を確認するココ。転移門の出現とメジェドが送り込まれて来たことを気配で感じ取る。
ココは村を囲う鉄柵を反時計回りに沿って駆ける。鉄柵は森と村のちょうど狭間に設置されており、木々や地面の起伏により村側からの視界はあまり良くない。
数百メートル進んだ辺りでミニベヒーモスを隣に置いた黒いローブの召喚師が見えてきた。召喚師はココに気づく素振りも見せず、村の方を向いてピクリとも動かない。ココは一度草陰に身を潜めてピープ・イン・ステータスを発動し、敵情報の確認を試みる。
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名称 隠匿情報 Lv.16
種族 隠匿情報
所属 隠匿情報
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名称 ミニベヒーモス(召喚) Lv.15
種族 魔獣
召喚主 隠匿情報
備考:混沌を好む魔獣、ベヒーモスの幼体。
9級魔術までの魔技無効耐性、闇属性耐性Ⅲを持つ。
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(人間の方はほぼ隠匿情報……、対人へのピープ・イン・ステータスはフレンドでもない限りこんなもんだよね。ミニベヒーモスはビッグバンと比べて特に変わった所は無し。備考欄は、ビッグバンの時に自分で記録したものがそのまま反映されてる)
ココは腰の位置にクロスで装備している二本の短剣に手を添える。先ほど、レーカを襲うミニベヒーモスを倒す際に使用した、冥界の雷を宿した龍殺しの短剣、グロウブ級『ラピスアビス』と、数多の猛毒を持つ材料で作られ、毒属性と爆破属性を持つ、ゴッド級『ヴェノムフリッパー』。
(さっきはラピスアビスの超級固有技能、【冥雷】を使ったから、次は毒の効果を……)
ヴェノムフリッパーを抜いて、ミニベヒーモスへと忍び寄る。召喚師は村を監視し、ミニベヒーモスは鼻をヒクつかせてはいるが、やはりココに気づく素振りは無い。
(【連鎖の猛毒】)
ヴェノムフリッパーの固有技能を解放し、物陰から一気に距離を詰めてミニベヒーモスに一振りの斬撃を放つ。
「ッグオオオォォォォ!!」
「なんだッ!?」
突然のミニベヒーモスの雄叫びに、召喚師が驚いて辺りを警戒する。しばらく周囲の様子を伺うも、何も発見することは出来ない。苦しそうに唸るミニベヒーモスの元へ視線を移す召喚師は、ミニベヒーモスが毒状態になっていることに気付いた。
「毒? ……ぐッ、ぅ、あああぁぁ」
ミニベヒーモスの口からは紫色の靄が漏れて漂い、それを吸い込んだ召喚師も毒状態に陥ってその場に倒れこむ。【連鎖の猛毒】により猛毒を受けた者は、その者を感染源として、次々に猛毒が広がって行くのだ。
(あの苦しみ方は、スリップダメージだけじゃなくて体調にも直接作用してるのかな? 思いもしない副産物だよ。確かに、リアルだと食中毒になっただけで具合悪くなって熱も出るし、お腹も壊すよね)
「グルルルゥゥ……」
「げ、解毒薬を……」
ココの通常攻撃とはいえ、一撃を受けていたミニベヒーモスがどさりと先に事切れる。召喚師は解毒薬を取り出して一気に飲み干すが、毒状態は一向に解けない。
(あの解毒薬の等級はコモン、ただの毒状態は治せても猛毒状態は治癒できないよ)
ココは物陰から飛び出して、猛毒の苦しみにもがく召喚師に近づいていく。
「だ、だれ、だ……?」
召喚師の言葉を無視して、ココはヴェノムフリッパーの切っ先をちょこんと召喚師に触れさせる。
「グアアアアァァァ!! や、やめ……!!」
召喚師は苦しみに顔を歪め、泡を吹いて力尽きてしまった。ヴェノムフリッパーは、触れた相手に対して毒を3回まで重ねて付与する事ができるため、召喚師は猛毒状態から劇毒状態に変化し、一気にHPが削られたのだ。
(レベル16程度じゃ、劇毒には耐えられないか……)
その後もココは村の周囲を回り、召喚師とミニベヒーモス相手に粛々と実験を続ける。
(この実験の目的は色々あるけど、まずはこの世界と私達の強さとの擦り合わせ。周囲に強すぎることを疑われない程度の技能等級を見つけることが最優先。さっきの毒みたいにゲーム状では描かれる事の無かった事が起きる可能性を考えると、威力・効果範囲特定の実験要項は見直しが必要だね……)
ただ敵を圧倒するだけなら、ココの強さを持ってすれば村の周囲に陣取る召喚師を一掃するのに1分とかかることはないが、対象への効果と観察を含めた結果、村の入り口に戻ってきたのはウィズと分かれてからちょうど30分が経過してからだった。
(今回はまずまずの成果かな。それにしても、リアルでは人とか動物を痛め付けるような事は絶対出来なかったのに、今は技の威力と効果を知りたいっていう好奇心しかない……。あぁ、私人間辞めたんだって思うとちょっとエモい)
ココはウィズの気配を辿って村の中を進む。所々で召喚師とミニベヒーモスが倒れているのを見る限り、ウィズが倒したのであろう魔技を使用した痕跡が残っている。
村の北側に位置する倉庫のような建物に入ると、ウィズによって集められた村人達の怪訝な視線がココへと向けられる。
「ココ様、お待ちしておりました。ご無事で何よりです」
ウィズがココの到着に気付き膝を折る。倉庫の様子を一瞥したココはウィズに近寄ると耳打ちする。
「ウィズ、冒険者モードに切り替えて。公然での主従関係の強調は危ない。それと、多少失礼があっても人間相手への侮蔑も禁止よ。盗賊と森妖精ってだけで、もうすでにかなり怪しまれてるんだから」
「わ、分かりました、気を付けます。では、呼び名も……」
「ダメ。私達の名前はレーカに知られてる。今更偽名を使うのはリスクが大きい」
「かしこまりました」
「今からはココって呼んで」
「し、しかし、それは流石に……。ココ……さん……、でもよろしいでしょうか?」
「"さま"よりは大分マシかな」
「お、おい、森妖精の兄ちゃん……!」
こそこそと話すココとウィズに痺れを切らしたのか、折った布をハチマキのように頭に巻いた青年が声をかける。
「その女盗賊がさっきアンタが言ってた仲間か?」
「ええ、先ほどお話しました、この村の外側を包囲していた魔王軍の対処に向かっていた仲間のココさ……んです」
「本当に盗賊がアイツらを倒したってのか?」
未だ怪訝な表情を変えない村人達を見て、ぎこちないウィズに変わってココ自らが青年に返事をする。
「疑われるのも無理ありません。盗賊は冒険者の中でも弱小と呼び声の高い存在ですから。でも、村を包囲していた奴らを全員倒したのは本当です」
「ふむ……」
青年は押し黙り、何かを見定めるようにじっとココを見る。
「すまんが、その鞘にしまってる武器を見せてくれないか?」
「短剣を?」
「ああ、俺に渡す必要は無い。見せてくれるだけでいいんだ」
ウィズは何か言いたそうだが、ココは怪しまれまいと青年に従って腰の鞘からラピスアビスとヴェノムフリッパーを取り出す。
「こりゃすげぇ……!!」
ココが二本の短剣を取り出すと、村人達にざわめきが起きる。
「いや、悪かった! 俺はこのボクサ村の村長、ゴードンだ。村長って言っても、この前なったばかりなんだが……」
「私はココ」
「ウィズです、よろしくお願いします」
「ああ。それにしても、本当にたまげたな。未だに俺の目を信じられない!」
「等級が分かるんですか?」
「まあな。俺はこう見えて王国宮廷御用達の鍛冶師でもあるんだ。武器を見りゃ信用に足る人物かどうかくらいは判断できる。ただ、この俺でもアンタの武器の等級は分からねぇ。物凄いってのが分かる程度だ。そういえば、森に逃げたレーカを助けてくれたこと、そして俺達の村を救ってくれたこと、まだ礼を言ってなかったな」
「いえ、皆さんが無事で何よりですよ。それで、レーカは?」
「今回の魔王軍の襲撃は、アンタ達が来てくれたお陰で被害は少なかったとはいえ、ゼロじゃない。レーカの両親はアイツを森に逃がす為に……。今は森妖精の兄ちゃんが作ってくれた遺体安置所にいるよ」
「……そうですか」
「まあ、何もねぇ村だがゆっくりしてってくれ。それと、報酬の話だが、見ての通り村はこんな有り様だ。本当はそれなりの報酬を用意してやりたい所だが……」
(突然の事だったし報酬は特に期待していなけど、ここは言わずが吉かな。なんせ冒険者としての振る舞いも分からないし、変に口を出して墓穴を掘っても困るし……。てゆうか、まだ冒険者ですら無いけど)
ココにならいウィズも無言を貫いている。ゴードンは頭を捻り「そうだ」と、何かを思い付いたようだ。
「今後、アンタ達の武器や防具の整備が必要になったら、お得意様価格で請け負うってのはどうだ? もちろん、初回は無料でやらせてもらう」
「良いんですか?」
「ああ、ここは鍛冶の村だからな。幸い、腕の良い職人はまだいる」
(これはチャンスね。この人が宮廷に装備を入れてるんなら、製作を依頼すれば装備の適正な等級が分かる)
「では、お言葉に甘えて一つお願いをしても?」
「なんだ?」
「ゴードンさんが製作できる最高の短剣を一振り製作してもらえますか?」
「構わないが、ココさん。アンタの持ってる短剣を越えるようなもんは流石の俺でも無理だぜ。それに、この村はまだ魔王軍の脅威が消えた訳じゃないからな、村長として復興や補強の段取りも組まなきゃいかんし」
「構いませんよ」
「分かった。それなら、まずは素材の仕入れだな。最高の短剣を作るんだ、少々の手伝いとそれなりに時間はかかると思っていてくれ」
「お手伝いですか?」
「ん、ああ。見た所アンタら冒険者ギルドに登録してないだろ。メダルを着けてないからすぐに分かった。だから村の皆も、少し警戒してたんだ」
(そうゆうことか。冒険者でもない身元不明の盗賊に、森妖精なんて怪しすぎるもんね)
「俺がギルドに推薦状とアンタ達指名で素材収集の依頼を出しておく。少々危険度は高いが、アンタ達の強さなら問題はないだろう。素材も集まるし、推薦状があれば冒険者適性審査も有利に進む。悪くない条件だと思うが」
「そこまでして頂けるとは、ありがとうございます」
「礼を言いたいのはこっちの方なんだが……」
ココと村長ゴードンの会話が一息つきそうになったその時である。ココの耳に念話が入ってきた。
「ゴードンさん、話の途中ですいません。少し席を外します」
「ん、ああ。どうしたんだ急に?」
ココはウィズを連れて倉庫の人気の無い場所に移動し、念話に応答する。
「どうしたのクレアル?」
定時連絡はウィズに一任しているため、クレアルがココに直接念話してきたということは、急ぎの案件か緊急事態である。
「ココ様、緊急事態です! 村の東側20キロ先に未知の反応を確認しました! メジェドの解析では【天啓】と出ているのですが、どの情報ソースにも乗っておりません!」
「分かった、すぐに確認する! クレアルは緊急マニュアル通りサザビーの警戒レベルを最大に」
「かしこまりました!」
聞いたこともない【天啓】という未知の反応に、ココは一抹の不安を覚えた。
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