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旅路

ここから新章「勇者と魔王」編です。

※全話を定期的に見直し所々で誤字・脱字修正を含みました改稿をしております、物語の進行には影響しませんのでご了承下さい。


 「此度のトルトゥガでの件だが、我々は優秀な同胞であるモフィアスを失う結果となった。海賊の小娘に施した呪いも今では機能しておらず行方も分からん始末。そして何より、あの忌々しい純妖精(ピクシー)なんぞという下劣な種族に遅れをとるとはどういう了見なのだ!!」


 黒く禍々しい玉座の間に、迫のある竜人(ドラゴニュート)の怒号が響き渡る。


 玉座の前には龍を思わせる翼の着いた黒いローブを纏った者数名が、片膝を着いて怒れる主に対して沈黙を守っていた。その内の一人、右端にいたローブの者が沈黙を破る。くぐもった男性の声が静かな玉座の間で、皇王へと意見を届ける。


 「しかし、陛下。此度の"維新の者"は3名。単体でさえ彼奴等(きゃつら)はリュカリスに住まう者よりも強力な力を持っております。故に、古参とはいえ諜報に長けたモフィアス様では些か荷が重かったのかと」


 「ふむ、そうだな……。貴様、(おもて)をあげよ」


 皇王の命により、右端のローブの男が面を上げる。皇王は黒い鱗に覆われた左手を前に出すと、腕がグンッと勢いよく伸びてローブの男の頭目掛けて掌底が放たれた。グチャリと骨肉が潰ぶれる痛々しい音を立てて、ローブの男の頭が無くなった。首から先が消えた男は、首の断面から夥しい量の血を噴き出しながらその場にぼとりと崩れ落ちる。


 「他に頭を失いたい者はおるか?」


 「皇王陛下、私のこの命は陛下の為とあらばいつでも差し出す覚悟は出来ております。恐縮ながら、私の戯言をお許し下さい」


 左端で膝を着いていたローブの者が口を開く。ローブのフードを深く被っているため顔は見えないが、声の高さからまだ若い女性だと思われる。


 「レイシーか、言うてみよ」


 レイシーと呼ばれた女性は「ハッ」と返事をして続ける。


 「(くだん)の作戦につきましては、此方はモフィアス様と共に国宝に匹敵する至宝である"ぐろうぶ"アイテムを失うという失態を犯してしまいました」


 「その通りだ。モフィアスの消失と共に託していた邪なる龍の眼(イビルドラゴンズアイ)の反応も消えた。恐らく、敵に易々とくれてやるならとモフィアスが破壊したのだろう。だがまあ、良い。奴は死するまでソートの民としての信念を貫いたのだからな」


 「はい。モフィアス様同様に、我らはソートの民として、そして黒龍院(こくりゅういん)代表としましても、最後までこの命は悪魔と龍の元に在らんことを誓います。そこで僭越ながらご提案がございます」


 「続けよ」


 「現在の状況は我が国にとって悪しき方向へ向かっていると考えます。我らの第一目標を彼奴等(きゃつら)に据え、今この時より全力で目標を屠る為に動くべきかと具申致します」


 鱗に覆われた顔をわざとらしくしかめる皇王。人差し指でトントンと一定のリズムで玉座の肘掛けを何度か叩く。そして、「大臣」と一言、呼ぶように口を開いた。


 「皇王陛下、お呼びでございますか?」


 玉座の左手の何もない空間から、低い声と共に厳かな龍のローブを纏った男が現れる。


 「貴様の意見を聞こう」


 「私も皇王陛下の判断とレイシーの提案には賛成でございます」


 「我はまだ何も言っておらんが?」


 「側近ならば、仕える主の存じ上げることも把握していて当然でございます。しかしながら、提案に賛成とは申しましたが、今すぐに彼の者達を討ちにいくのは些か早計でございます」


 「大臣殿、お言葉ですが、戦力の出し惜しみはしないと以前陛下は仰られました。今すぐにでも全軍を用いて動くべきだと考えます」


 レイシーの言葉を聞き、大臣は呆れたように質問として言葉を返す。


 「何処へ動く? 拠点となる場所、敵の総戦力、内包が予想されるアイテム群、全てに答えられるのか? どうなのだレイシー」


 「それは……」


 「現状では情報が乏しすぎるのだ。"世界掌握"までの道筋は一進一退、今派手に動くのは得策ではない。盗賊、聖職者、戦兎(ワーラビット)、そして我が国の天敵たる純妖精(ピクシー)。私達が知っているのはこれだけだ。貴様はモフィアスの何を見てきたのだ? 奴は情報戦のプロだ。周到に用意をしてからでなければ寝首をかかれるのは我が国なのだぞ」


 「大臣、そこまでにしてやるのだ。純妖精(ピクシー)がいると分かり、少々無謀と知りながら奇襲を指示したのは我ぞ」


 「少々言葉が過ぎました。陛下、どうかお許しを」


 「良い。貴様の事だ、既に手は打っているのだろう?」


 「大変恐縮ながら、魔導院と諜報院には既に話をつけております。後は、ここにいる黒龍院のみですな。モフィアスの最後の報告によれば首領格は女盗賊。奇襲後の足取りについては分かっておりません。しかし、彼奴等(きゃつら)はリュカリスに来て間もないことも確か。情報が欲しいはず」


 「となるとすれば」


 「はい、冒険者の集う街かと。"勇者"に近づくと思われますな」





 青々と生い茂る木々。小動物が作ったのであろう草の踏まれた獣道をココとウィズは歩いていた。ココの装いは普段の紺一色から打って変わり、頭に飾りのついたターバンを乗せ、顔は鼻までマスクで覆われている。純白に水色が映える踊り子のような装備は正に砂漠の盗賊という出で立ちであった。


 またウィズは杖先のねじ曲がりが特徴的な世界樹の杖に武器を変え、普段の紅白に分かれた司教服ではなく、緑色のローブに白と茶色を基調にした森に住む森妖精(エルフ)らしい魔技使役者(マギフォーサー)の格好である。


 「しかし、まさか徒歩で大移動することになるとは……」


 「仕方がないよ。転移門(ポータル)は視野範囲以外は一度行ったことのある場所にしか出せないんだから」


 ココ達はカラメリアに渡された子供の落書きよりもひどい地図を頼りに、ヘインズ王国領西の都フィビーを目指し、ココが墜落した浜辺を越えて西へと進み、現在、ヘインズ王国領の森の中を丸2日間歩いていた。


 「本当に此方で合っているのか、些か不安を抱いております」


 「太陽の位置的に方角は間違いないけど、精密な地図が手に入らなかったんだから文句言わないの」


 フィビーへの旅路の前日に「今までも海図を沢山書いてきましたから、地図ならワタクシにお任せくださいませ!」と、カラメリアが意気込んで製作した地図を見て、クレアルとアリスは顔を真っ赤にして吹き出すのを堪え、ラヴィとスコットは腹を抱えて笑っていた。しかし、ココは自身の画才の無さを思い出して、何だか自分が笑われているようで突然恥ずかしい気持ちになったことは心の内に秘めている。


 「申し訳ありません」


 「まあでも、そろそろ森を抜けるはずだよ」


 「私には達筆ゆえに難読なカラメリア様特製の地図からそこまで読み取るとは、流石はココ様です」


 「違う、周りをよく見て」


 「……なるほど。確かに森ではありますが、木々が等間隔で生えていますね。人の手が加えられた森ということは、人里が近い可能性が高いですね。いやはや、上位森妖精(ハイエルフ)の私よりも先に気がつくとは、流石は……」


 「誰か、助けてええええ!!」


 突如、少女とおぼしき悲鳴が森に響く。


 「何事でしょうか?」


 「ウィズ、あっちよ!」


 獣道を逸れて声の聞こえた方へと駆ける。雑多に生えた背の高い草花を避けながら少し進んだ所で、木々に囲まれた拓けた場所に出た。足を止めたココとウィズの正面には、血だらけの少女が尻餅をついて震えている。少女の眼前には象のような巨体に鋭利な二本の角を持ち、長い鼻と口の間から大きな牙を剥き出しにした異形の獣が唸り声をあげていた。獣は今にも少女に飛び掛からんと鋭い眼をギラつかせている。


 「ミニベヒーモス!? ココ様ッ!」


 スタスタと少女に近いてゆくココ。ミニベヒーモスはココに気づいて低い唸り声を強くする。


 「冥雷(アビスレビン)!」


 ココが右手に装備している短剣、【ラピスアビス】を中空に振り抜くと、刀芯から雷鳴を伴い黒い稲妻が生まれてミニベヒーモスへと迸る。


 バチバチと弾けるような雷鳴を響かせる冥雷(アビスレビン)を受けたミニベヒーモスは一瞬にして黒焦げになり、その場にどさりと倒れて灰となった。消し炭となった死骸からは黒い煙と異臭が漂う。


 「凄い威力、超級技能(スキル)はやり過ぎたかな?」


 「ココ様、この者はいかが致しますか?」


 ココは血まみれの少女に向き直る。少女は先ほどよりも震えが強くなり、目は朧気だ。


 「もう大丈夫よ。私達はあなたの敵じゃないから安心して」


 「む……むむ……」


 「酷い怪我。血を流してすぎて軽いショック状態にもなってるね。ウィズ、この子に治癒を」


 「かしこまりました」


 ミニベヒーモスの鋭利な爪で背中を抉られたのであろう少女の傷が、ウィズの魔技で跡形も無く消え去る。同時に少女の顔には生気が戻り、震えも幾分か引いていく。


 「しかし、何故こんな場所にミニベヒーモスが? 彼らは魔源(マナ)の豊富な空気の淀んでいる場所を好むはずです。このような空気の澄んだ森にいるというのは不自然ですね」


 「私の探知で気づけなかったということは、召喚(サモン)されたか、私の探知を欺く程に隠蔽技能(スキル)が高いかどっちか……」


 ウィズの治癒が終わった少女が、「あの……」と様子を窺う素振りを見せた後、切羽詰まったように言葉を発する。


 「助けて頂きありがとうございます」


 「何があったの?」


 「村が、私の村が魔王軍に襲われているんです! あなた達は都から来た冒険者ですよね? お願いします、村を救ってください!」

 

 「魔王軍……」


 ココが呟いた言葉をどう捉えたのか、少女は目に涙を浮かべて口火を切る。


 「……やっぱりあなた達も村に来た他の冒険者と同じなんですか? 魔王と聞いただけですぐに踵を返す、魔王を討伐するのは勇者の仕事だと! 戦う術を持っているのに目の前で襲われている大勢の人を助けようともしない!」


 突然の少女の言葉にウィズは嫌悪感を露にして、杖を振り上げる。


 「偉大なるココ様に慈悲を頂けたのにも関わらず無礼であるぞ人間。身の程をわきまえよ!」


 「ウィズ、()しなさい」


 「かしこまりました」


 「あなた名前は?」


 「……レーカ、です」


 「レーカ、あなたの村に案内してくれる?」


 「……魔王軍を退けてくれるのですか?」


 「できる保証は無いけど。話は後、村が襲われてるんでしょ?」


 少し驚いたような表情を見せたレーカは涙を拭いて立ち上がると、ココとウィズに村の方向を教えた。

どうもたしゅみなです。


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