豪血
投稿が遅れてしまい楽しみにされていた方、本当に申し訳ありませんでした。
「しかしまあ、スプレムまでもこの舟に乗り込んでいたとはな」
眉間に無数の皺を寄せてヤガは黒いローブの男をギロリと睨み付ける。殺意のこもった視線をギラギラと受けてなお、スプレム皇国海援隊の男からは不敵な笑みは消えない。
「乗り込んでいた、という表現は少し違いますね。連れてきて頂いたというのが正当な答えですが……。まぁ、どちらでも良いことですね」
二匹の龍が絡み合う杖に淡い光が宿る。奇怪な文字である魔字を中空にスラスラと書き連ねると、文字が輝き魔技を発動させる。
魔字の使用は魔術特有のモノであることをヤガとロメスはよく知っている。魔字は物体に刻めば書き連ねることなく使用出来るため、日常の中にありふれているからだ。消えないランタンや水を絶やさない瓶、武器に仕込めば魔技が即座に発動できる。ーーー物体などは刻まれた際の、武器の場合は使用者の魔力が切れると効果は切れるーーー
「【グラウンド・スモーク】、【ゴーストリィ・ディスガイズ】」
一つ目の魔技の発動と共に杖から煙の塊が放たれ、着弾すると天井付近まで煙の柱が伸びた。その後、辺り一面がモクモクとした灰色の煙幕に包まれる。
二つ目の魔技の発動で男の体はみるみると半透明になり、先ほど展開した煙に紛れてしまう。
「この戦法はどこかで……」
「煙幕に半幽霊化とは小賢しい」
ヤガはズボンに巻いたなめし革のバッグから四角い小瓶を取り出すと、グビリと中に入っていた薬を一口で飲み干す。
ヤガの体が一瞬だけ白く光ると共に甲高い効果音が鳴る。感知系特有のエフェクトだ。
「左か! 【血の槍】!」
ヤガは勢いよく突き出した右手から血で形どられた全長二メートルほどの槍を放出する。
放たれた槍は煙幕に風穴を開けながら鋭く突貫する。しかし、直撃すればただでは済まないであろう攻撃は呆気なく避けられてしまう。
同じように何度も血の槍を飛ばすヤガだが攻撃は掠りもせず、槍が壁に当たって血溜まりを作るのみであった。
「そのような精度ではいくら放っても当たりはしませんよ」
「チッ。おいロメス、なにボーッとしてやがる!」
「……思い出した。お前は諜報院の幹部、モフィアスか」
「おやおや、私を存知ていらっしゃるようで。光栄でございます」
「ロメス、今はんなこたぁどうでもいい!」
話の途中にできた隙に容赦なく死霊系の魔技が煙の中から無数に飛んでくる。ロメスとヤガは避けきれず何発か被弾してしまった。
「戦闘に集中しろ!」
「……悪い」
煙の中から嘲笑う男の声が聞こえる。感知に長けたロメスは男の声が聞こえてきた方向を正確に捉え、すぐさま攻撃へと転じる。
「【骨の弾幕】!」
ロメスの攻撃した方向を見て間髪入れずにヤガも同一方向へと先ほどと同じ攻撃を繰り出す。
息の合った攻撃ではあったが、モフィアスがいるとおぼしき場所の煙がぼんやりとした紫色を写し出し、物体がぶつかり合う音が響いた。
「防御系の魔技で防いだか」
モフィアスの魔技とヤガとロメスの攻撃の応酬が続く。モフィアスは強力な攻撃魔技こそ使ってはいないが、幽霊化により姿が見え難い上に煙に紛れているためジリジリと追い詰められる二人。
「これじゃ埒が明かない!」
「ロメス、下がれ」
ヤガはロメスに命令すると背中から血の腕を四本形成して、身体に巻き付けていたククリ刀を放り投げて全ての腕に装備する。血の塊と刃がまるで猛牛の形を思わせる。
「【赤い猛牛】!」
六本のククリ刀を構えたヤガは咆哮を上げながら暴れ牛のような勢いで煙の中へと突っ込んでいく。ヤガの勢いによって蔓延していた煙が晴れていき、杖を前に構えて防御の姿勢をとっている半透明の男が姿を現した。
「そこかぁ! 【固有技】!、【ブルズストライク】!」
大きく跳び上がったヤガは身体を丸めて高速回転し落下、隕石のような勢いでモフィアスへと突っ込む。
「【レッサーバリア・オブ・ガスト】!」
モフィアスは慌てて杖に込められた防御魔技を展開する。ヤガの攻撃と亡霊が渦巻いた薄いバリアがぶつかり合うが、猛烈なヤガの勢いは止めることができず、バリアを破壊した勢いのままに凄まじい斬擊が叩き込まれる。
「アアアァ!!」
大きな悲鳴と共におびただしい血と肉片が飛び散る。ズタズタになるほどの裂傷を負いながら、突っ込まれた勢いで吹っ飛んだモフィアスは壁に激突してそのままぐったりと座り込む。
「呆気ない。今の一撃で幽霊化を解けたな」
「ゴフっ、ああぁ……効きましたよ今のは。……さすがは、モルブ海の……豪血。小細工は利きませんね」
血を吐き出しながら、モフィアスは苦しそうに呟く。
「おお、まだまだ元気そうじゃねえか。お前らは略奪行為をしたと執拗に俺達を追い回してるが、本当の狙いはうちの提督だろ、違うか?」
「……」
「まあいい、お前が紙みたいな耐久力だったお陰で一瞬で決着がついた」
ヤガの言葉にモフィアスは沈黙を貫く。ロメスに警戒しろという意味の目配せを送ったヤガは、黙る男に右手を向ける。
「終わりだ」
「遠路遥々やって来たのですが残念です。……そうですね'私'としては、そのようですね」
男の言葉に違和感を覚え、ヤガはロメスに向けて怒鳴る。
「ロメス、殺れ!」
しかし、ロメスとヤガが攻撃するよりも早く、男はどこからか不気味なカードを取り出していた。
「【……デモンズ……アドベント】!」
叫んだ男の地面に呪文陣が現れ、黒いオーラが激しく渦巻き男を包み始める。
「スプレム皇コクニ、ソートノ民ニ……栄光アレェ!!」
糸で操られた人形のように、何かの力で無理矢理にモフィアスの身体が起き上がる。片言のような叫びを機にモフィアスは黒いオーラに完全に包まれる。
「ヤガさん、あれはヤバすぎる!」
「ああ、見りゃ分かる!」
黒いオーラは中空に浮いてどんどん膨らんでいく。ロメスとヤガは距離をとり、持ち合いの緑色の【ポーション[コモン]】でHPを回復した。その間もオーラは膨らみ続け、巨大な船内の天井に届かんというところで膨張が止まった。
次の瞬間、黒いオーラが禍々しい光を放ちながら弾ける。強い光に目を守る二人。再び正面を見るとそこには巨大な体躯を持つ烏賊のような化物がいた。蒼白い体色、10本強ある触手には青く光る吸盤が無数に散らばり蠢いている。頭の部分に一つだけあるスリットの入った不気味な赤い瞳はギョロりと二人へ向けられていた。
「ヤガさん、あの化物は何なんだ!」
「恐らくだが、クラーケン。スプレムの連中が身体に悪魔を宿していると聞いたことがあるが、どうやら本当のことだったらしい」
「クラーケン? 悪魔ってのも噂レベルの話じゃないのか?」
「俺も詳しくは知らねぇ。悠長に話してる時間もねえみたいだ」
巨大な触手が二人を目掛けて振り下ろされる。すんでの所で避けた二人は直撃は免れるも、衝撃波で吹っ飛ばされる。
「デタラメな攻撃だ!」
ロメスは腰巻きから緑色に輝く宝石を一つ取り出すと右目にはめ込む。一定時間自身の素早さを底上げする魔技が込められたエメラルドであるが、使用回数に制限があるためロメスにとってはここぞという時にしか使用しないアイテムである。
「【インプローブド・イニシアティブ】!」
ロメスとは反対の方向に吹き飛んだヤガは、受け身を取って立ち上がると方舟に乗る前、ロメスから渡された小瓶を手にする。パンドラの小箱の力を持つ者、被箱者の能力を増幅させる入手が難しい貴重な秘薬である。
ヤガは一瞬飲むのを躊躇うが、一気に秘薬を口にする。空になった小瓶を捨てて、ヤガは気持ち悪そうに口元を押さえる。
「この味だけは慣れねぇな」
距離が離れた二人はお互い目配せを行い頷く。息の合った動きでヤガとロメスは襲い来る触手の猛攻を避けていく。
「全開だ、【血管爆弾】!」
ヤガは丸い血塊をいくつも発射する。血塊はクラーケンにぶつかると勢いよく破裂する。付着した血液からは湯気が立ち上ぼり、クラーケンの皮膚の一部をデロデロと溶かしていく。
間髪入れずロメスは自身の背中から脊椎を取り出すとクラーケンの触手へと軽やかに飛び乗った。駆けるロメスは溶けて柔らかくなった表皮を目掛けて大きく跳躍し脊椎の槍を重力に任せて刺し込みにかかる。
「【脊椎の長槍】!」
ズブリと触手に深く刺さる鋭利な骨の槍。飛び散るクラーケンの青い体液。憤怒を思わせる異様な咆哮と共にクラーケンは全身を捻るように暴れだした。
ロメスは槍から手を離し、暴れ出したクラーケンから飛び降りようとする。しかし、横から払うように動いた一本の触手に襲われ吹き飛んで壁に叩きつけられる。
「ロメス! くッ……!」
負傷したロメスの元へと移動したいヤガであるが、読めない動きで荒れ狂う触手を躱すことがやっとの状態で、近寄るどころか距離を取らざるを得ない。
ヤガは暴れるクラーケンの様子を窺うことに徹する。そして、一つの事実に気づいてしまう。
「薬の力で威力は通常の何倍にも上がってるってのにまるで効いてねえってのか……」
先ほど攻撃した箇所、骨の槍は刺さったままだがクラーケンの触手の傷が既に治癒していたのだ。
「だが……。ここで俺が殺られる訳には行かねえんだよォ!」
吠えるヤガは【赤い猛牛】を発動する。自在に動き回る触手を避けて、躱して、突進する。跳躍したヤガはクラーケンの顔面を目掛けて自身が使用できる最大のスキルを発動する。
「【固有技】、【ブラッディブルズメテオール】!!」
空気を引き裂くような勢いで、一点に力を集中させた体当たり攻撃をクラーケンの顔面にめり込むように叩き込む。しかし、これで終わりではない。ヤガが猛牛の形をした血塊の中から飛び出すと、残った血塊が爆発した。
「これが'豪血'だァ!!」
血液による赤い煙幕。血生臭と熱風が辺りを支配する中で、倒れていくクラーケンを横目にヤガはロメスの元へと駆け寄っていった。
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