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トリックスター ~最弱職業の中で最強と呼ばれた盗賊~  作者: 大栗えゐと
盗賊王と海賊王
16/26

不意

2019/7/13

近日中に最新話を投稿します!

お待たせして申し訳ありません!

 ヌーフの方舟の内部2階層は貨物エリアとなっている。かなり広い開けた空間が幾つかに別れて果てしなく奥まで続いており、この舟の全体からの大きさで考えると見えている範囲でも、まだ半分程度の空間だろうか。


 貨物エリアと呼ばれるだけあり、広大な空間には果物が入っていそうな甘い匂いを放つ大きな木箱や年季の入った酒樽、様々な骨董品、錆びついたボロボロの宝箱、火縄式の大砲などからガラクタと呼べるような代物までが所狭しと置かれている。


 入りくんだ迷路のように通路が別れている、複雑な客室エリアの1階層を難なく突破したココ、ウィズ、エヴァの三人は余裕綽々と言うほどに体力を持て余していた。これには純妖精(ピクシー)であるエヴァの種族能力(アビリティ)、物体や空間を透視できる"妖精の瞳"による所が大きい。


 「1階層も広かったですが、貨物エリアは違う意味で無駄に広いですねぇ。あちらの、奥の方に見えているのは扉でしょうか?」


 ウィズは切れ長の目を凝らし、雑然とした貨物の配置によって造られた通路の彼方を見て指を差す。


 「……その様ですが魔力によって鍵がかかっていますね」


 両の瞳に羽根のような模様を浮き上がらせ、ウィズが指差す方を凝視するエヴァ。


 「その瞳力(どうりょく)、視力も洞察力もかなりの物ね」


 「……お褒めに預り恐縮です」


 「"妖精の瞳"。対ドラゴンには無類の強さを誇る、その由縁たる代物と聞きます。良ければその瞳について詳しく聞かせてもらえませんか?」


 「……ウィズ様、今は任務中ですので」


 「おや、これは失敬。またの機会にお願いしますよ。……それにしてもこの場所は先ほども通ったような」


 「さっきからあの扉を目指して歩いているのに一向に距離が縮んでない。私の罠に対する技能(スキル)もほとんど意味がないようだし」


 「……ココ様、ウィズ様。……やはり扉との距離は全く縮んではいません」


 「これも罠、か。ループ系の仕掛けは痕跡が残りにくいから、気付くのに時間がかかるのはこの世界でも同じみたいね。どこかにこのループを解く仕掛けがあると思うんだけど……」


 「お探し物は私にお任せください。【魔力検知(ディテクト・マジック)】、【魔技永続補助(パーマネンシイ)】」


 ウィズの杖から円錐形に青白い光が広がり、ある程度伸びた所で固定される。杖の動きに合わせて円錐状の光も一緒に動くのを見たココは、「懐中電灯みたい」と心の中で呟く。


 ウィズは長い杖を何かにぶつけること無く器用に取り回し、ループの罠を解除するための手がかりを探す。すると、木箱の陰に隠れていた一門の大砲へと杖の先を向けたとき、円錐形の光の色が黄色いものに変化した。どうやら魔力の痕跡を検知したらしい。


 「目的の物はこの大砲周辺にあるようです」


 傍らに居たエヴァは細い腕を大砲へと伸ばし、ひょいと擬音が聞こえそうなほど軽々と大砲の位置をずらす。知らない者が見れば目を疑って驚くような怪力だろうが、ココもウィズも特段驚きはしない。何故なら二人を含めたフローレンス・サザビーの者達であれば、このくらいなら同じように軽々と動かせるからである。


 「……スイッチ、の類いはありません。大砲の弾が一つだけ置いてあります」


 エヴァの言葉を受け、再びウィズが大砲の弾に杖の先を向けて光を当てる。光の色は赤い光へと変化している。


 「この砲弾がキーアイテムで間違いないようです。ですが……」


 ウィズは黒々とした砲弾を持ち上げて色々な角度から見てみたり、コンコンと中指で叩いてみるが弾に特別変わった所は無いようだ。


 「砲弾に魔力は付与されていませんが、先ほどの大砲は微少な魔力の反応がありました」


 様子を見ていたココはウィズから砲弾を受け取る。本来であれば相当な重さなのだろうが、ビー玉くらいの重さにしか感じられない。


 「大砲に砲弾……。扉に向けて撃ってみましょうか」


 ココの提案にウィズとエヴァは首を縦に振り、エヴァは大砲を持ち上げて通路のちょうど中央へと場所を移す。大砲の角度の調整が終わったのを見て、ココは砲弾を指先に乗せて回しながら砲身へと近づいていく。


 ココが砲弾を砲身に入れると、ゴロンという重厚な音を立てて砲弾が吸い込まれるように装填された。


 「準備が整いましたね」


 「そうね、後は着火すれば……」


 腰に取り付けている小さなアドバッグの中を掻き回すようにゴソゴソと漁るココ。


 「これでもない、あれでもない。ん、あったあった」


 【火口箱(ほくちばこ)】と呼ばれる火打石と火打金が納められているアイテムをココは取り出した。緋色の箱は金の装飾が施されており、炎を纏う不死鳥の紋章が刻まれている。

 

 一般的な火打石と打ち金はそれぞれが独立した消費アイテムであるが、火口箱は同じものが納められているものの非消費アイテムである。また、下級の火口箱であれば火を点すことしか出来ないが、ココの取り出した【不死鳥の火口箱】はレア等級が上から3つ目のディーバ級アイテムであり、1日に3回までという制限付きではあるが力尽きた者を復活させる事ができる。


 「ウィズ、点火をお願いできる?」


 「畏まりました」


 火口箱を受け取ったウィズはカチャリと蓋を開けて、中に納められていた紅く煌びやかな火打石と金の火打金を取り出した。


 「では、点火致します」


 尾栓(びせん)の脇から伸びる短い火縄に向けて、先ほど取り出した火打金で火打石を叩く。すぐさま炎が縄に移ってジリジリと導線を削ってゆく。火薬独特の臭いが三人の鼻をツンと刺す。


 「危ない!」


 瞬間であった。ココの危険を知らせる大声と時を同じくして、点火した大砲は弾を飛ばすと同時に周囲へと轟音を響かせながら大爆発を引き起こしたのだった。





 「爆音……。フン、どうやらネズミが罠に掛かったらしい」


 垂れた鷲鼻を鳴らしてほくそ笑むのは、アラモウド海賊団一番隊隊長の"豪血のヤガ"であった。


 彼らが召喚したこの舟、ヌーフの方舟は長距離移動用の輸送船なので、海賊船には必ずある船長室というものが存在しない。その為、ヤガは方舟の最奥部である広大な機関室に陣取っていた。


 幸いにも海賊達にとってヌーフの方舟は迷路のような客室階、いくつもの罠が仕掛けられた貨物階など、防衛設備の充実から安全かつ最高の砦であり、反面、多大な魔力を必要とするため頻繁に召喚することはできないが切り札と言っても差し支えない代物である。


 「ヤガさん、あいつらならこの鉄壁と言われた防衛線すらも突破しちまうんじゃ……」


 ロメスは幾度と無く目の当たりにした今回の敵の強さに恐れを抱いていた。正に次元が違うという言葉でしか言い表すことが出来ない存在に対して。


 「どうやって舟に忍び込んだのかは知らねぇが、いくら強いと言ってもここまで辿り着くのは不可能だろう」


 「……」


 沈黙という形でしかロメスは返答出来ない。ヤガが傲っているわけではない。ヌーフの方舟は絶対的な鉄壁の要塞。今まで相対した強者と呼ばれる者もこの防衛線を突破し、ここまで辿り着いた者は誰一人として存在しないのだ。


 しかし、頭では分かっていても胸をざわつかせる妙な違和感が拭えない。先ほど唐突として現れた首領格だという女盗賊と、塔の島でマクを一瞬で亡き者に変えた森妖精(エルフ)の聖職者。脳裏に焼き付いた"絶対強者"の残像が不安となって襲ってくるようだった。


 「……得体がしれない」


 青ざめたロメスがか細く放った言葉をヤガは横目に流すと、短いため息を一つ付く。


 「得体なら知れてるさ。恐らく、だがな」

 

 「……?」


 「奴らは数百年から数千年に一度現れると呼ばれる存在だろう」


 「まさか! 提督がこの世界に来てまだ2年だってのに」


 「そのまさかがあり得るって話だ。提督に匹敵するであろう戦闘力を間近で、しかもお前は二度も見たのだろう?」


 「【維新の者】……!」


 「そういう事だ。まともにやり合ったら俺達じゃ勝ち目はねぇ、提督を除いてな。だが、提督は知っての通り万全じゃねぇ。正直、ヌーフに乗り込まれた時点で俺の腹は決まってる」


 「……もしかして、あそこに行く気じゃ!」


 「さすがだな、お前は本当に頭がよく回るな」


 「待ってくれ! それじゃあこの舟ごと封印するってのかい!」


 「……それしかねぇだろう。"維新の者"はいつの時代も戦争、抗争、革命、覇権争いの火種だ。海賊達、ひいてはこの世界の為だ」


 「だからって心中するなんてまっぴらだ! それにらしくねぇじゃねぇかヤガさん! 俺達は海賊だ、世界の為だなんだってあれだけ暴れ回ってきた人が言える台詞じゃねえよ!」


 「……全くだな。ロメス、お前は降りろ、アラモウドを頼む。魔の海域ペルトリコントライアングルには俺と提督だけで行く。いずれ俺達、被箱者(インパンド)の魂が行き着く場所だ、あの世で会おうぜ」


 馬鹿を言うなと言いかけたロメスの怒号を遮るように、聞き覚えのない男の声が割り込んできた。


 「それは少々困りますねぇ」


 「何者だ!」


 ヤガが勢いよく振り返ると、そこには全身を覆う黒いローブを纏い、右手に二頭の龍が絡み合った長い杖を持った男が不敵な笑みを湛えながら立っていた。


 「スプレム、何時からそこにいた!」


 「ずっと居ましたとも」


 男が浮かべていた薄ら笑いが更に歪む。左手で右手に持った杖の頭を撫でながら男は続ける。


 「魔の海域ペルトリコントライアングル、通称ワールドエンドですか。フフっ」


 「何がそんなに面白いんだ?」


 「いえ、この笑顔は癖のようなものでしてね」


 「んなこたぁ聞いてねぇよ!」


 「ヤガさん避けろ! 【骨の槌拳(ボーンハンマフィスト)】!」


 スケルトン化し、右手を大きな骸骨に変えたロメスが飛び出して、ヤガを押し退けローブの男を襲う。


 ガキンという金属音が響く。ローブの男は杖でロメスの攻撃を防いでいた。ローブの男から箱解除者(ボックスキャンセラー)特有の黒いオーラが漏れ出るのを確認したロメスは、大きく後ろに飛んで距離をとる。


 「チッ!」


 ローブの男はにやにやと笑っている。両手を大きく広げると全身を這うように黒いオーラが身体を包みこんでいく。


 「この舟の封印は全力で阻止させて頂きます」


 「ロメス、コイツらにだけは舟は渡せねぇ。手ぇ貸せ!」


 緊迫した空気が蒸気や魔素が散る機関室を支配する。ヤガの言葉に納得できないロメスではあったが、因縁のスプレム皇国海援隊の男を前に髑髏に宿る赤い目付きを鋭いものへと変化させた。

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