方舟
「封入の鍵?!」
「……ココ様! 【妖精の防壁】!」
ロメスは隠し持っていた歪な鍵を天へと突き出す。錆びついていた鍵は青白い輝きを放ち、鍵先の一点へと収束した光は一瞬にして遥か上空へと伸びていく。
咄嗟にココの前へと飛び出して、自身とココを覆う強力な防御スキルを展開するエヴァ。
次の瞬間、遥か上空から雲を突き抜けて高密度なエネルギーの柱が地上へと降りそそぐ。
「エヴァ、ありがとう。だけど、あの光線は攻撃じゃない。召喚系特有のエフェクトね」
(アイテムによっては、魔字を施したり魔技を付与する事でマジックアイテムとして使用する事は出来るけど、封入の鍵は元から膨大な魔力を宿す物。付与術者の技量によっては……)
「もしかすると、とんでもない強敵が召喚されるかもしれない。エヴァ、警戒は解かないで」
「……かしこまりました」
ヤガは光を見上げる様に天を仰ぐと苛立ちを含めた舌打ちを一つ。
「チッ、不本意だが致し方無いか……。 ロメス、提督を頼む。【血の防御壁】!」
(光ごと自分達を囲んだ……?)
ココの経験上、アイテムやスキルを使用した召喚を使用する場合、敵対者に対して阻害や妨害といった援護の役目を持つモンスターを呼び出すことが多い。これはビッグバンにおいてパーティー、クランといった人数が入り乱れている戦闘では、ルーティーン通りにしか動けない、尚且つ簡単な行動しか設定できない召喚NPCの壁役では前線の火力に押し負けて簡単に突破されやすい ーーー所謂サンドバッグ状態ーーー という点があるからだ。ただ、稀にではあるが遠距離に特化したパーティーなどでは火力重視のモンスターを召喚し、足りない前線の火力を補う場合もある。
「……ココ様、あれは?」
エヴァの声に従うように、ヤガが作り出したドロドロと流れ続ける血の壁よりも更に上の空をココは臨む。ぶ厚い雲を掻き分けるように超という言葉が相応しいほどに巨大な帆船が此方に向かってふわりと飛んで寄ってくる。
「【ヌーフの方舟】?!」
「……ヌーフ?」
「ビッグバンの世界では超長距離の移動手段は特定の街に設置された転移門が主流なのは知っていると思うけど、転移門が実装される前は港がある街で空飛ぶ船を使って移動してたの。船を使った移動には目的地の距離に応じてかなりの時間が掛かってた。転移門が設置されて以降はもぬけの殻で、船を使うプレイヤーは今では殆どいない」
「……その昔、大陸間などの移動に使われていた船という事ですね」
「その通りよ。【上級目的探査】。……やっぱり」
「……?」
ココが使用した技能、【上級目的探査】は対象の物理的魔技的詳細を明らかにする。
「ヌーフの方舟を含めた長距離移動用船舶、車両は破壊出来ない。それこそグロウブアイテムでも無い限りね」
(この展開は予想出来なかった。どんな状況にもある程度対応出来るように準備しておくべきだったか。【神鳴雷鼓】でも持ってきていればヌーフは破壊出来るけど、グロウブアイテムは使い方を間違えれば……。それに今は敵に手の内を多くは見せたくない)
「……破壊出来ないとなると何か策は。……ココ様、先ほどの海賊達の気配が消失致しました。」
「方舟に転移したのね、このままじゃ遠くへ逃げられる! カラメリアがすぐそこにいるのに! せめてウィズがいれば……」
「お呼びでしょうか?」
紅白のカミラフカのちょうど中心に取り付けられた金色の十字架を直しながら、フローレンス・サザビーの頭脳と呼べる大魔技使役者ウィズがタイミングを見計らったかのようにココ達の前に姿を見せた。
「ウィズ!」
「……ウィズ様」
「遅くなってしまい申し訳ありません。ヌーフの方舟とは驚きましたが……。何やらお困りのようですね」
状況を察しているのか、はたまたココの考えを正確に捉えたのか、ウィズは気取ったようにわざとらしく口角を上げて不敵な笑みを浮かべている。
「ウィズ、急いでヌーフに転移を!」
「かしこまりました、時間が余り無いようですのでお二人共此方へ! 【最強化魔技】、【上級転移】!」
ウィズが魔技を発動すると、3人は瞬時にヌーフの方舟の前部デッキへと転移した。船の速度が増しているのか強い向かい風が吹き荒れている。
転移した3人は警戒するようにぐるりと辺りを見回して、敵が近くに居ないことを確認すると三者三様の反応を見せる。
「始めて乗った時も感じたけど、かなりの大きさ」
「私は乗船するのは二度目ですが、記憶するところでは確か内部はかなり複雑な構造になっていましたね」
「……」
ココとウィズがヌーフの方舟に関する情報や記憶を整理する中、エヴァはシルクのように白い肌を青いものへと変えていた。
「ビッグバン創世記に初心者殺しと怖れられた、乗船時に一定確率でドラゴンが強襲する鬼畜イベントがあってね、複雑な構造はその名残、懐かしい。……それよりエヴァ、顔色が悪いけど大丈夫?」
普段から表情に乏しいエヴァだが、心なしか気だるそうに見えるのはココとウィズにしか分からないだろう。
「……気分が……気持ち悪いのです。吐きそう……です」
嘔吐を我慢するかのようにたどたどしい口取りで不調を訴えるエヴァを見て、悪いとは思いつつもココは内心「可愛い」と感じてしまう。ウィズの方はやや呆れ顔で右手に持った杖ごと肩を竦める。
「まさか船酔いですか? まだ乗船したばかりですよ?」
「ウィズ、エヴァの状態を回復してあげて」
「畏まりました」
ココの命令でウィズは右手に持っている【アスクレピオスの杖】をエヴァに向け、不調を癒す7級魔導を発動した。
「【体調不良回復】」
明るい緑色の光がエヴァを包み、放散するように光は外側へと弾けていく。
「……ウィズ様、ありがとうございます」
「いえいえ。さて、ココ様。これより如何なさいますか?」
「目標の海賊達は恐らくは内部の最奥、5層目の機関エリアにいるだろうから地道に進むしか方法はないよ。船内の1層目は客室エリアだけど、2層目の貨物エリアからは罠だらけのダンジョンみたいな構造になっていたはず。……まぁ盗賊の私がいれば大抵の罠は大丈夫だけど、ヌーフの方舟には【推進機】っていう特別なトラップがあるの。あれだけは私の技能でも無効化できないから慎重にね」
「ココ様、実に知識不足なのですが、"すいしんき"というのはどういった罠なのですか?」
「簡単に言うと転移トラップね。推進機の放つ紫色の光線に触れると船外に投げ出されて、アイテム以外、一定時間スキルや魔技が使えないデバフが付くの。推進機のある4層、駆動エリアは【忍耐ステージ】 ーーー複雑で難度の高いアスレチックになっており、スキルや魔技による身体能力の向上及び、飛行能力や転移系の魔技は無効になる特殊な場所。純粋な移動という基本のプレイヤースキルが試され、足場やホールドから転落すると初期位置に戻され何度も最初からやり直す必要があるーーー になっているから気をつけてね」
「……忍耐は得意です」
「忍耐、ですか……」
「海賊達がこの舟を召喚したということは、オーナー権限も彼らにある。私達が此処に居ることもバレてるだろうからウィズは自信無さそうだけど、忍耐ステージを避けることは出来ないよ」
「し、承知致しました。時にココ様、一つお聞きしたいことがあるのですが」
「何?」
「私がココ様の元へ到着する前、戦闘において敗北を予期した海賊達はこの舟を召喚し、ココ様とエヴァから逃走を謀ったという認識で間違い無いでしょうか?」
「多分ね。最初は深追いするつもりは無かったけど、向こうにカラメリアがいると分かったから……」
「カ、カラメリア様ですか?! お言葉ですが何かの間違いか、罠ではないでしょうか?」
カラメリアの存在が俄にも信じ難いのか、ウィズは怪しむように問いながら、その複雑な表情からは色々と思考を巡らせているのだろうとココは予測できた。
「その可能性も否定出来なくはないけどね、私も本人を見たわけじゃないから。でも、私達の存在を知らなかった者が、ましてフローレンス・サザビーにすら加入していない"カラメリア・プリン・カタラーナ"の名前を口にすると思う? 私がこの世界に飛ばされたということは、カラメリアも飛ばされていたとしてもおかしくないわ」
「確かにココ様の仰る通りですね。ですが、そうなると一つ大きな疑問が浮かびますね」
「カラメリアの人格、でしょ?」
「……人格?」
「流石はココ様です。エヴァにも分かりやすいよう説明すると、私達クラン専属NPCはココ様を筆頭にした偉大なる方達によって創造された存在。性格や趣味嗜好、果ては使用できる技や魔技に至るまでこと詳細に設定され、我々という存在を形成しているんです」
(いち早くそこに気づくなんて。やっぱりとんでもない頭脳の持ち主だわ、ウィズ)
「カラメリアの詳細設定は私の頭の中にしかないと言えば伝わるかな? サブキャラだからステータス、技能、装備なんかは変わらないだろうけど、性格を含めた内面が私が考えていた設定や状況が違えば、もしかすると、カラメリアを始末する必要があるかもしれない……」
自身が手塩にかけて育てたキャラクターを始末するという選択は、ココとしてはできれば避けたいという思いが強いが、クランマスターとして、カラメリアを切り捨てるという決断を選択せざるを得ない状況になった場合の事を考えると、ココは複雑な思いであった。
「……ココ様」
「そうですね、カラメリア様はココ様並みにお強いですから。あまり考えたくはないですが、万が一、一戦交えなければいけないならば相応の覚悟が必要ですね……」
ウィズは更に口にしようした言葉を呑み込むが、ココはウィズが云わんとしたいことを代弁する。
「もし戦闘となったら私との相性抜群に悪いんだよねぇ」
「ココ様……。その折には全力でサポートさせて頂きます!」
「ま、戦闘にならないことを祈りましょ。さて、少し喋りすぎたかな? 二人共、ヌーフの攻略にかかるわよ!」
「はい!」
「……はい」
先ほどよりも強く荒れる嵐のような風を背中に受ける3人は、海賊達が召喚した方舟の内部へ続く入口を目指す。門戸は高さ数メートルはあろう頑丈な木材で造られており、押し開けて中に入ると、重厚な音と共に彼らを内部へと吸い込んでいった。
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