血気
「ヤガさん!」
トルトゥガでの戦いの火蓋が切られてから約二時間が過ぎようとしていた。アラモウド海賊団の提督が留まる、高台の屋敷を守っていたロメスの元に多少の傷を負ったヤガが合流したのは、予定していた時刻よりも幾ばくか遅れての事だった。
「待たせたロメス。予想していたよりもこっちへ回ってきた敵の数が多くてな」
「ヤガさん、その事なんだが。どう考えても潜伏を把握していたスプレム海援隊の数とは合わないんだ」
「海賊達の中にトルトゥガの掟を破った裏切り者がいる。もしくは例の奴らとスプレムが手を組んでいるのか」
「そのどちらも、かもしれない……。街の状況はどうなんだい?」
ヤガはロメスの問いに反応して顔に皺を寄せて、険しいものに変える。
「ボアが殺られた」
「ボアさんが! 何かの間違いだろう?」
ロメスは信じられないという驚きを全身を使って体現する。ボアは強い。アラモウド海賊団ではヤガの次にだが、類い稀なる魔技の才が彼女にはあり、魔技使役者としての純粋な強さなら、かの王国宮廷魔導師であるハインツに匹敵すると言われていた。
幾度と無く共に死線を越えてきた姉貴分の死をロメスは簡単に受け入れる事が出来なかった。
「し、死体は?」
死体があれば後々蘇生できる可能性がある。蘇生魔術の成功確率は低いが……。
「……辺りはボアの攻撃によるものと思われる氷片と眠った同胞達が居たのみで、ボアの死体は見つかってねえ」
「じゃあ、まだ死んだとは言い切れないんじゃ?」
「以前ボアが作成していた、魔技を付与して作ったクルーの管理記録があっただろ。それを使って確認したんだ、死亡したことは間違いないだろう」
「だが一体誰が? ボアさんが殺されるなんて相当な手練れだ。それにクルーを100人は引き連れていた」
「同胞達の話では純妖精を見たらしい。恐らく、騒ぎに乗じて強襲を仕掛けてきたんだろう」
ギリリと歯を食いしばり、拳を握るヤガからは怒りの感情が今にも吹き出しそうな程に漏れ出ているようだ。
「奴らの目的は先に危害を加えた俺たちへの報復だろう。マクとボアが殺られた事を考慮しても相当の強者だ。威勢だけではどうにもならないかもしれんな……」
ヤガにしてはいつになく弱気な発言だとロメスは考えたが、言葉の裏に隠されたヤガの思考をロメスは的確に察知した。
「……あの島の奴らの強さは異常だと前に言ったことを覚えてるかい? 交戦はやはり避けるべきだと俺は思う」
「んなこたぁ分かってる!」
歯痒い思いに苛まれる二人。戦況はあまりにも芳しくない。
「……ヤガさん、もしもの為と一応持ってたんだ」
そう言うとロメスは巻いた腰袋に右手を突っ込み、装飾が施された小瓶を取り出すとヤガへと手渡す。
「この一本しか間に合わなかった」
「……十分だ。それと、もしもの時の為に【ヌーフ】を機動できるように準備しておけ」
「……空飛ぶ伝説の方舟ヌーフ。緊急離脱用ってことでいいんですかい?」
「ああ、不本意だが、逃げるにしかりもあるってことだ。長らく使ってねえから魔力は十分に溜まってるはず、問題はねえだろう」
「分かりました。おっと、噂をすりゃ。お客さんみたいだぜヤガさん」
うっすらと火の粉が舞う高台の広場。そこへ続く階段をゆっくりと登って来る影をロメスとヤガは確認した。
*
「ここで間違いないんだよね」
「……昨日確認した地図に寄りますとそうですね。この街で一番大きな宿泊施設がある場所です」
ココとエヴァは高台へと続く湾の崖に沿うようにして作られた石製の階段を登っていた。
「確かに、スプレム皇国の男が言ってた、カラメリアが居るかもしれないって建物」
「……はい」
「早々に会えるといいんだけど」
階段を登りきった所で二人に向けて男の野太い声が飛んできた。
「よく来たな、歓迎するぜ」
二人の正面には南国のリゾートホテルを思わせる大きな建物。それを背景にして、ククリ刀を身体に巻き付けた大男と健康そうではない顔色の細い男を先頭に100人程の海賊がココとエヴァの前に姿を現す。
戦闘をした後なのか海賊達の武器は血で汚れ、身に纏う衣服と身体にはススと返り血がベッタリと付いている者が多く生々しい。
再び獣のような野太い声がココとエヴァ、二人の方を目掛けて飛んでくる。どうやら先ほどの声の主はあの大男のもののようだ。
「うちのクルーを殺ってくれたらしいじゃねぇか、なぁ純妖精?」
ボアと同じようにエヴァの隣にいるココの姿は探知できていないようだ。姿眩ましの技能は対象を選択出来るためエヴァにも付与することは可能だが、首謀者として顔が割れている状況を活かし、ココが観察者として動くために敢えて技能を付与してはいなかった。
「エヴァ、ここは私が出るわ」
「……承知致しました」
エヴァが独り言を言っているように見えた海賊達は訝しげな表情で様子を見ている。
ヤガが口を開こうと身体を前に乗りだしかけた時、エヴァは後方に3歩下がると、何も無いところからスーっとココが姿を現す。少なくともその場に居たエヴァ以外の者にはそう見えた。
「……盗賊?」
海賊達の間で嘲るような薄ら笑いがひた起きるが、ヤガとロメスだけは異様な違和感を覚えて目を細める。
「お前は何者だ、スプレムの諜報員か?」
ヤガの言葉にエヴァがギロりと刃物のように鋭い視線を差す。
「エヴァ、いいわ。……私はあなた達が略奪に押し寄せた塔のある島、オール・ベガス・エデンの長。戦闘の意思はないわ。ただ話し合いがしたいの」
ヤガはフンと鷲のように垂れた鼻を一つ鳴らす。
「盗賊風情が長とは実力が窺えるな」
ヤガの挑発にエヴァは夥しい殺気を溢れさせて、今にも飛び出しそうに身体をわなわなと震わせる。
「エヴァ、落ち着きなさい」
ココの迫のある命令にエヴァは漏れ出ていた殺気を隠す。
「話し合いって言ったな。その前に一つ教えてくれ、昨夜この島に停泊していた海賊船を全壊させた戦兎はお前らの仲間か?」
「ええ」
「ボアも、殺ったのか?」
「申し訳ないけどアレは事故だったの、殺すつもりは全く無かった。それに、先に私達の領地に略奪を仕掛けてきたのはあなた達なのは事実、まずは私達の話を……」
「ふざけんなッ!!」
部下を殺されたという事実から、憤怒が炎のようにヤガから吹き上がる。ヤガは腰を落とし両掌をココへと向ける。
「【血の導管線】!」
腕の血管が隆起し、伸ばした右手からは青、左手からは赤の太い管が素早く飛び出し鞭のように延びてココを襲う。
ココは素早く双剣を抜き払い二方向から来る管をズバっと斬り落とす。斬られた管からは赤い血が吹き出して、辺り一面へと飛び散った。鉄のような生臭さが周囲を支配する。
「吸血鬼?」
「ほう、反応できたか。盗賊にしては中々やるようだが……。【血の尖兵】!」
周囲に飛散していた血痕が三ヶ所に集まり、ボコボコと膨れ上がると剣を携えたアンデットの形を象る。
(見たことのない能力。さっきの鞭は血管? 同じ血を操る能力の吸血鬼とは少し違う。覚醒職業……?)
ビッグバンでは特定のメイン職業は職業レベル上限に達すると覚醒させることができる。覚醒先は多岐に渡るため、ココでも全ては把握出来ていない。
「俺達は海賊だ。金銀財宝を奪うのが仕事だが、奪われるのは好きじゃねぇんだ。特に仲間の命と船は、な!」
【血の尖兵】によって生み出されたアンデットは、ネチャネチャとした足音を鳴らしながらココへと突進していく。ヤガはその隙に身体に巻き付けたククリ刀全てを宙へと投げ出す。背中からはボコボコとした音を出しながら羽のように六本の血液でできた腕を生やしていく。生えたその腕で投げ出したククリ刀を掴むヤガ。
"豪血のヤガ"。モルブの海域一帯で知らない者はいない彼の通り名である。
「話し合いがしたいだけなんだけど。聞く耳すら持ってないみたいね」
「弱小の盗賊風情がモルブの王者、アラモウド海賊団に盾突いたことを後悔するんだな!」
ヤガの隣でロメスも自身の能力を解放する。全身が骨の身体に変化し、アンデットモンスターであるスケルトンを少しだけ頑強にしたような風貌である。
(あの様子だと、この世界でも盗賊は弱小職業扱いか……)
「あなた達に教えてあげる。この世界には最強の盗賊がいるってことをね!」
「抜かせ。盗賊の最強などたかが知れている」
嘲笑を浮かべる海賊達に少しだけ懐かしい気分になるココ。ビッグバンを始めた頃は盗賊というだけでパーティーには入れてもらえず、盗賊という職業を選択したことを馬鹿にされたりもした。無駄に格好の良い技能エフェクトだけの最弱職業。そんな思いを払拭したくてココは課金に課金を重ね、相当な時間を費やし最強の盗賊を作り上げたのだ。
「【移動速度最速化】、【技能最弱化】。信じられないなら見せてあげる、【ブレイドカーニバル】!」
「消えた? ふん、ハッタリだったか」
「いや、ヤガさん後ろだ!!」
予備動作無しで踏み込んだココは、後ろに控えていた100人の海賊の群れに突っ込んでいた。青い閃光が海賊達を縫うように走る。遅れて海賊達は中空に吹き飛び、全員を一瞬にして気絶状態に追い込んだ。
ヤガとロメスはココを目で追うことが出来ず、風が吹き抜けたような感覚だけが伝わってきた。
ヤガが正面に顔を戻すとそこには先ほど変わらない位置で、ココが右手に短剣を持ったままポンポンと肩を叩いていた。
「……流石ですココ様」
「ど、同胞達に何をしたあああああ!」
猛るヤガ、焦るロメス。何が起きたのかが理解出来ないのだ。
「見せてあげたんだけど……。もしかして速すぎて見えなかったとか言わないよね? 大丈夫、皆峰打ちだから死んでないよ」
「この常識外れな力、まさか提督並みの強さ? いずれにしろ人間の領域を超えている!」
何と言っていいのか分からず、ポリポリとフードの上から頭を掻くココ。
「一先ず言えることは私は人間じゃない、人造人間よ。ギルド、フローレンス・サザビーのギルドマスターにして最強の盗賊!」
ココの言葉と戦闘能力を目の当たりにしたロメスは、この場を離脱するために、左手に隠していたヌーフの方舟の鍵を起動した。
投稿が遅れてしまい申し訳ありません。
誤字脱字、コメント各種お待ちしておりますのでよろしくお願いいたします!
また、書き溜めしておらず不定期投稿ながらこの度1000pvを達成致しました! この場をお借りして感謝申し上げます!
トリックスターはまだまだ続きますので、どうぞよろしくお願いいたします!




