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トリックスター ~最弱職業の中で最強と呼ばれた盗賊~  作者: 大栗えゐと
盗賊王と海賊王
12/26

提督

 夜明けの海賊島トルトゥガは、太陽が力尽きてしまったのではと思う程の曇天だった。遠くで響く鳴り止まない雷鳴に、負けず劣らずの怒号が島の中心部からはひっきりなしに飛んでいた。


 アラモウド海賊団三番隊副隊長のロメスは、その喧騒を掻き分けて袋小路の奥にある古びた酒場に立ち入った。


 「ヤガさんはいるか?」


 店の店主は腕を曲げて奥だという合図を送る。ロメスは合図を確認するとカウンターの横を抜けた場所にある古びれた木製の扉を開く。扉の先にあった小さな部屋はロメスも見慣れたもので、草臥れた黒い半円形のソファーがテーブルを囲っている。ソファーにはドカッと腰かけた猛々しい大柄の男。一人分開けた右隣には美人ではあるが不適さが滲み出る女が座って、ラム酒を煽っている。


 「あらロメス、遅いから先に一杯頂いてたわ」


 「ヤガさん、ボアさん遅くなってすまない」


 ヤガはロメスを一瞥すると左の手先を捻り、こっちに来いと指示する。ロメスはヤガの指示に従って、対面のソファに腰を下ろした。


 「状況は芳しくない」


 重い口を開くように一言を発するヤガは、腕を組んで目を瞑る。


 「まあ見ての通り港に泊めてた船はウチのだけじゃなく全壊だしねぇ」


 昨夜暴れていた戦兎(ワーラビット)の一件により、トルトゥガの港に泊まっていた海賊船はほぼ全てが大破か、良くても半壊の状況だった。アラモウド海賊団を含めたトルトゥガを拠点とする海賊達はそれは怒り狂い、主犯と思われる戦兎(ワーラビット)の情報が事件直後から街中に広がっていたのだ。


 「船ならば予備がある。問題は提督の容態だ」


 ロメスとボアは不安を露にヤガの顔を窺った。


 「スプレムの馬鹿共が提督に投げつけた呪いの腕輪。提督の異常とも呼べる強さを持ってしても未だ呪いが身体を蝕んでいる。このままじゃまた、あの惨劇を繰り返す可能性がある」


 ロメスは口を固く結ぶ。いつも優しく気高い我が提督が見境無く暴れ回るという豹変を思い出していた。


 「流石の俺でも提督は止められねぇ。前回は運が良かっただけだ。今度またあんな事が起きたとあっちゃ、クルー全員でかかったとしても……まぁ無理だろう。そして昨夜の強襲だが、腹立たしいことに奴等への報復へ戦力を割いている余裕は今は無ェ。今はトルトゥガ自体が危機的な状況にある」


 口をへの字に結んでいたボアが唇をペロリと舐めてから口を開く。


 「言いにくいんだけね、スプレムの連中が昨日から目撃されてるんだよ」


 「スプレムだって! そりゃホントですか?」


 「ああ、今朝がた見張りから報告を受けて探りを入れたんだ、間違いねェ」


 「……奴らがどう動いて来るのか分からない今、いっそ様子を見て提督に暴れてもらうってのはどうだい?」


 話を聞いたヤガが鋭い眼差しでボアを睨み付けると、ボアは身体をビクリと一瞬震わせて萎縮する。


 「冗談だよ」


 「馬鹿共の噂なら俺の耳にも入っている。建前は俺達の制圧だろうが、狙いは……」


 「ヤガさん、一つ提案があるんだが……」


 今にも目で人を殺せそうなヤガの眼球がロメスを捉える。


 「言ってみろ」


 「今トルトゥガ中の海賊達は例の戦兎(ワーラビット)共に怒り狂ってる。戦力を割けないなら海賊達を集めて協力してもらうってのはどうだ? うちの提督は圧倒的な強さを誇る海賊王だ、奴等も手を結んでくれるはずだ。うまくいけば提督の護衛にも人が回せる」


 鼻息を一つ漏らし、少し考えるように間を開けるヤガ。


 「試してみるか……」


 「今から声を掛ければトルトゥガに滞在中の船長達、総勢12人。昼までには全員集まるはずだ」


 「あまり期待はしてねェが……」


 「そううまくいくかねぇ」





 昼過ぎのトルトゥガは朝の曇天からバケツをひっくり返したような豪雨へと空模様を変えていた。ロメスらが滞在している古びた酒場の奥からは、静かに張りつめた緊迫した空気が漂っていた。


 「それで、私達と同盟を?」


 アラモウド海賊団からの申し出を聞き、一番に開口したのは口髭を生やした品のある男。リボール海賊団船長、木葬(もくそう)のラフィットだった。


 「どうにも腑に落ちない点があります。未明に私達の船を破壊した者達は相当な実力者だと私は推測します。あなた方の申し出を受け入れたとして、次の強襲を受けた際に果たして返り討ちにすることができるのでしょうか?」


 ラフィットの疑問に数人の船長達が同意するように首を縦に振る。様子を見ていたロメスとしてもラフィットの疑問にはハッキリと答えることはできない。


 「おいおい随分弱気じゃねぇの、木葬」


 口を割って出てきたのはヤガに負けず劣らずの大男、島飲みの異名を持つ海賊ダビド。


 「情けないぜ、同じトルトゥガを拠点にする海賊がそんなんじゃな」


 「……ダビド、私をあまり苛立たせない方がいい。今この場で貴方を屠ってもよろしいのですよ?」


 「やってみろよ」


 今にも飛びかかりそうな二人にヤガが静かに威を放つ。


 「そこまでにしておけ」


 ヤガとの圧倒的な実力差を知っている二人は睨み合いながらも、散らしていた火花を納める。場を包む一発触発な雰囲気の中、それを破るように若い男が口を開いた。


 「だけどもよ旦那、いつ敵が来るかも分からねぇ上に、スプレム皇国の暗躍。おまけに、あんたらの親分は出てこれねぇ。これじゃ八方塞がりじゃねえのか?」


 モルブの海賊達の中で最強と言われるヤガと幾度と無く拳を交え互角に振舞う姿から、次期海賊王と呼ばれている大型ルーキー、闇荒(あんこう)のロバーツだ。


 「ロバーツの言うとおりこのままじゃ八方塞がりだ。情報によるとスプレムは既にこの街に潜伏している。一先ずは奴らを叩く」


 「【解放者(リブリーター)】がいるってのか!」


 「そうだ。この場にいるほとんどの奴が海の秘宝と呼ばれるパンドラの小箱を開けた者たち、【被箱者(インパンド)】だ。解放者(リブリーター)にうろちょろされてちゃ目障りだからな」


 この場にいる船長達はパンドラの小箱と呼ばれる特殊な秘技を、己の身に宿す秘宝を手にした者、被箱者(インパンド)である。パンドラの小箱を開けることは一般的には禁忌(タブー)とされており、絶大な能力を得る代償に寿命が大幅に縮み、死後は世界のどこかに存在すると言われるパンドラの箱に魂が蔵められ苦痛の中に閉じ込められる。その後、肉体は能力を吐き出すだけのアンデットと成り果てる。


 解放者(リブリーター)とは、パンドラの小箱の能力を抑え、滅殺する事に特化した者のことで、被箱者(インパンド)の天敵と呼ばれる。


 「トルトゥガはアラモウドの縄張りでもあるが、数多く存在するモルブの海賊の楽園だ。その楽園を守る為の決断なんだ、異論のある奴はいるか?」


 ヤガの問いに誰も返事はしない。


 「契約は海賊の掟に則り行う、従う者はジョリーコインを前に出せ。引き返したい奴は今のうちだ。別に咎めはしない、だが、以後トルトゥガへの立ち入りは許さん」


 沈黙が場を支配する。しかし、船長達は一人、また一人と懐から金色のコインを持ち出す。


 「決まりだな。トルトゥガを守るためにも、ここに一時的にではあるがモルブ海賊同盟を結ぶこととする!」





 朝から続いていた豪雨が引き、割れた厚い雲の隙間から茜色の夕日が海賊島の所々に差し込んでいる。


 「……ココ様。ココ様?」


 人目に付きにくい繁華街からも港からも離れた小さな宿屋の一室にココとエヴァは身を潜めていた。昨夜の騒動の後、適当なボロで姿を隠してこの宿屋に来た。三階建ての建物、そのニ階の角部屋は、落ちる西日が目に痛いほど差し込んでいる。


 「あぁ、エヴァごめん。何だっけ?」


 「……昨夜から食事を摂っていないのでお持ち致しました」


 「そういえば、何にも食べて無かったっけ」


 エヴァはココの前に置かれたローテーブルの上に柔らかそうなパンと黄色いスープ、焼いた厚切りの肉と見たことのない野菜が盛られたサラダが乗ったトレイを丁寧に置く。


 目の前に置かれた料理を眺めながらココは考える。この世界に来てからというもの腹が減るという感覚が無い。減る感覚も無いが食事を口にしても腹が満たされるという感覚も無く、不思議な気分をココは味わっていた。


 「何日絶食できるかチャレンジしてみようかな?」


 現実の世界でダイエットと言って何度挫折したことかと沁々と懐かしむココに、エヴァから注意が飛んでくる。


 「……恐れ入りますがココ様、食事を摂らないというのはいけません。食事は健康の源、明日への活力となります」


 ココは真剣な眼差しで訴えるエヴァに対して母親かと心の中で突っ込む。


 (そういえばエヴァの生みの親、千ぃちゃんは保健の先生になったんだっけ)


 「ふふふ」


 「……?」


 少し可笑しくなり笑いを溢すココを不思議そうにエヴァは見つめる。


 「何でもないよ。エヴァもそんな隅っこにいないでこっちで一緒に食べようよ」


 「……(あるじ)の眼前での食事は失礼にあたりますので」


 「そんな堅苦しいこと言わなくていいから、おいでよ」


 渋々ながらもココの前にトレイを持ってくるエヴァ。


 「ご飯はこうでなくちゃね! いただきまーす!」


 「……いただきます」

 




 「ふぅ、美味しかった、ご馳走さまでした」


 「……ご馳走さまでした」


 食べ終わった二人分のトレイを下げて戻ってきたエヴァがココに疑問を投げかける。


 「……ココ様、一つお聞きしたいことがあるのですが」


 「ん、どうしたの?」


 「……はい。昨夜の怪しい者達との会話。彼らとの話の最後、ココ様が驚いているように見えたのですが」


 ココは昨夜スプレム皇国を名乗る者達との会話で、海賊の名前を聞いたあと言葉を失い、現在に至るまで物思いに更けっていた。


 「……かの人物とはお知り合いなのでしょうか?」


 (そっか、エヴァは全く面識がないもんね)


 ココはどう説明したら良いものかと言葉に詰まってしまう。ココ自身が未だに戸惑っており、頭の中はまだ整理されていなかったのだ。やがてゆっくりと、言葉を選ぶように語り始めた。


 「カラメリア・プリン・カタラーナ。アラモウド海賊団の提督は私なの」

 更新が遅れてしまい申し訳ありませんでした。GWに突入してしまい、元号も変わってしまいました(笑)

 投稿できなかった分、連休中に投稿出来ればと思ってます!

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