不穏
(【聖なる龍の眼】?! でも、あの宝玉からは邪気が溢れてる。もし似たようなアイテムならいくら姿を隠しても感知される。今、鑑定アイテムを使うのは得策じゃない……)
【聖なる龍の眼】はビッグバンに存在したグロウブ級アイテムの一つで、あらゆる事象を見透すことができるという魔宿アイテムである。
「……報酬と言っていたけど、前払いになるなら聞かなくもないけど?」
湿った港風吹きすさぶ暗い路地裏。ココは黒装束の者数人を従えたリーダーらしき男に交渉を持ちかける。
「前払い、ですか。……事にもよりますが、まずはお聞きしましょう」
ダメで元々と考えつつも本命から口にするココ。
「さっき私達のことを『維新の者』って言っていたけれどどういう事なのか教えて欲しい」
少しだけ考える素振りを見せる黒装束の男はフフっとわざとらしく不敵な笑みをこぼす。
「……それはあなた達が今一番欲している情報かとお見受けしますねえ。よろしいでしょう、前払いですから少しだけなら。この世界にはあなた方のような存在が古より少なからず存在しているのです。そして例外なく大なり小なり世界に変革をもたらしてきた。そのような存在の者を古くから『維新の者』と総称してお呼びしているのですよ」
(私達の他にもビッグバンから飛ばされた人がいるって事? 古くからってことはこの世界に飛ばされても皆が同じ時代に来るわけじゃない?)
「フフっ、かなりご興味がお有りの様子ですが……よろしいですかな?」
ココの頭には新たに聞きたいことが波のように押し寄せるが、相手はこれ以上教えるつもりがないことを雰囲気から察知する。
「ええ。じゃあ次。さっきも聞いたけれどあなた達は何処の何者なの? 手を貸すのなら必要最低限の身元は確認したい」
「ふむ。……私が嘘をつく可能性もありますが?」
「もし虚言を吐いたことが後で分かったら、あなた達も含めて関係者全てを滅ぼすから」
後ろに控えている者たちから小さな響めきが起きる。
(この男達からは強者の匂いは感じられない。組織なのか国なのかは分からないけど、あの海賊達に手を焼くくらいだから戦力はそんなに大きくはないはず。この挑発的な発言に乗ってくれたらもらいものね)
「これはこれは恐ろしいことを仰りますね。あなた方を敵に回すのは我々としても些か本心ではありませんから。そうですね、いずれ知ることになるでしょうから。私達はスプレム皇国という此処からほど近い場所にある国の者です。困ったことにあの海賊達は私達の領地において略奪行為を繰り返しているのですよ。私達は海賊達の略奪行為を止めるために国の命にて派遣された者です」
「スプレム皇国?」
「調べればすぐに分かりますよ、これが最低限の身元という事で納得してはいただけないでしょうか?」
「分かった。それじゃ最後。あの海賊達についてあなた達が知っている情報を教えて」
男は顔の半分まで覆うフードを大きく縦に何度か揺らす。
「それはもちろんですよ。その件に関しましては私達も情報の提供は惜しみません」
ココは、にやりと笑う男から海賊達の情報を得る中で、海賊の首謀の名前を聞き、目と口を大きく開けて絶句した。
*
「ラヴィ、ラヴィ。聞こえますか?」
オール・ベガス・エデン内、ラグジュアリー・ペントコアにある一室。豪奢な装飾が施されながらも落ち着いた雰囲気がある談話室には、クレアル、アリス、ラッキー、アバルト、ジィヴスと牡丹の六花弁のまとめ役リサが先ほど戻ってきたウィズとラヴィの様子を窺っていた。
「ん……んん、ん? ウィズ……? みんな、どうしたの? ティータイム? では、無さそうだけど?」
能天気なラヴィを囲む皆は少し複雑な表情を浮かべている。状況が飲み込めずに困惑するラヴィにウィズが口を開く。
「全く、あなたは。ココ様にどれほどのご迷惑をおかけしたと思っているんですか」
頭の上にクエスチョンマークを並べて考え込むラヴィ見て、ウィズに代わってクレアルが続ける。
「ラヴィ、任務中にあなたは暴走してしまったのよ。その後始末にココ様が向かわれたの」
「幸いにもココ様はお怒りではなかったですが。ラヴィ、現地で私がエヴァから受けた報告では、エヴァをからかったあげく満月を見て暴走したと聞いています」
ラヴィの顔が見る見る内に青ざめていく。落胆とも絶望ともとれる落ち込み方をするラヴィに同じフロアを任されているアリスがラヴィに言葉をかける。
「悪い癖だよ、ラヴィちゃんやっちゃいましたねぇ」
「うぅぅ、ごめんなさい」
「ココ様が戻られたら直接謝罪するように。うかつな行動は時として事が悪い方向に進むということを覚えてください」
「……はぃ」
返事とともにラヴィは枯れた花のようにうな垂れる。
「ラヴィも反省しているみたいだし、ウィズ、もういいんじゃない?」
両手をあげ、肩を竦めるウィズは「では、後は任せましたよ」と言うと静かに部屋から出ていく。扉が閉まるのを横目に見ながらアリスが誰にともなく言葉を発した。
「それにしても【邪獣化】状態のラヴィちゃんの攻撃を直接受けたにも関わらずほぼ無傷で、しかもたった一撃で瀕死に追い込むなんて。さすがココ様ですね」
アリスの感嘆にジィヴスがコホンと咳払し、「昔、偉大なる方々がお話していたのですが」と語り始める。
「ココ様のメイン職業である【トリックスター】は、レベル100に達した盗賊の中でも特異な覚醒職業らしく、ココ様以外にその存在が確認されていないそうです。何でも大人数で討伐を目指すグロウブ級ボスですら装備如何では単騎で落とせるほどに火力が桁外れだとか」
ジィヴスの言葉にクレアル以外の皆が驚きに目を見開く。
アバルトは興奮のあまりか言葉と共に白い蒸気を甲殻に覆われた口元から吐き出してしまう。
「ココ様ハ『京ヲ超エル』HPヲ持ツト言ワレルグロウブ級ボススラオ一人デ討伐デキテシマウトイウノカ!」
アバルトに続いてラッキーも驚きのあまり、口から炎の吐息を漏らす。
「まさかそこまでとは。我もココ様と直接対峙したことがあるが、あの時はまだレベル80代前半。当時ですら盗賊の域を脱しておられたというのに……」
クレアルはこれ見よがしに補足を加える。
「ココ様の装備はどれも軍を抜いた一級品。普段は汎用性の高い【アビス装備】だけれど、【紅蓮灰】みたいに火力一点だけを突き詰めた装備もお持ちですから、本当に底が知れないのよ」
驚愕のあまり言葉を失った皆を見て、クレアルは整った顔をにこやかにして「はいはい」と手を叩く。
「お喋りはこの辺で終わりね、みんな持ち場に戻りましょう?」
クレアルの声を皮切りに各々が同意すると、揃って出口へと向かう。アリスは抜け殻と化したラヴィを引きずっており、皆が退出するまで開いた扉を押さえていたリサにクレアルは声をかける。
「リサ、申し訳ないのだけれど、後で私の部屋の紅茶を補充してもらえる?」
紺色を基調にして桜色を各所にあしらった清楚な衣装に身を包むリサは、透き通るような声で了解の意を示す。
「かしこまりました」
「ありがとう。さてと、みんな戻ったみたいだし、私もレポートを作らなきゃね」
*
荘厳な雰囲気の中に重圧とでも呼ぶべき力が働いているように感じられる、暗く重たい印象を放つ玉座の間。黒い煌きを放つ玉座に座る人物は、龍を思わせる翼の着いた黒いローブに身を包んだ魔技使役者と言葉を交わしていた。
「それで?」
若き日の猛々しさが面影に残る老いた竜人が膝を着いている魔技使役者に問いかける。
「はい、皇王陛下。モフィアス殿の隊が海賊の追跡中に新たな『維新の者』と接触した模様です」
「ふむ、続けろ」
「四名を確認し、申し上げにくいのですが、うち一人が純妖精だという報告が届いております」
純妖精という言葉を聞いた途端に皇王は顔を大きく歪ませて烈火のごとく怒りを露わにする。
「何だと? あの忌々しい純妖精が!」
「……現在、隊は海賊奇襲に向けて彼らに協力を仰いだとの事でございます」
皇王の怒りのボルテージはますます上昇し、肘掛けの端を掴んでいた右手は、その握力で肘掛けをバキリとへし折っていた。
「純妖精なぞを引き連れた者など信用できるか! かつて我らを裏切りこの国を陥れ、挙げ句には龍皇を憤怒させたことでこの地に甚大なる被害をもたらした種族ぞ! 貴様とて知らぬ訳ではあるまい!」
「陛下の仰る通りでございます。しかしながら敵は『維新の者』。彼らと敵対するのは得策ではないかと」
「こちらにも『維新の者』はおるではないか! それに、あの海賊。かの小娘を此方に引き入れれば国としての戦力は倍以上に膨れ上がるだろう! モフィアスは一体何をしておるのだ!」
「モフィアス殿から今しがた最新の情報が送られて参りました。それによりますと、純妖精を含めましたかの者達は、我々に協力し海賊を討伐することを合意したとのことです」
「信用ならん! 虎の威など借りずとも、此方には龍がいる。事が済んだら忌々しい純妖精は暗殺せよ。抵抗するなれば此方も戦力の出し惜しみはせん!」
「御意に」
皇王は「行け」と手を振る。側近が部屋から出るのを確認すると、玉座から立ち上がり禍々しい光を放つ二つの宝玉が奉られている祭壇の前へと身を動かす。
「黒闇の龍ゾルトフェドラ、暴嵐の龍ガイキエン。……二頭の龍の融合を持って龍皇となるファフニグアス。この国を創造せし偉大なる龍よ、我らスプレム皇国、ソートの民に栄光を!」
禍々しい輝きが一層増したように見える二つの宝玉は、静かに皇王の手の中に納められた。
どうもたしゅみなです。最近広げた風呂敷を綺麗に畳むことができるのか不安です笑
さて、来週ですがまたまた出張の為、更新が遅れる可能性が有りますゆえ期待半分でお待ちいただければと思います。




